第四十一話 距離の遮断③
その日以降。
ありすは、答えを出さなかった。
出せなかった、が正しい。
業務は通常通り回す。
捜査三課として、千翠を呼ぶこともある。
ただ。
それ以上には、進めない。
距離は保ったまま。
線の内側に踏み込まない。
(……あいつ、多分)
ふとしたときに考える。
千翠の言葉。
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「付き合ってる状態になればいい?」
⸻
あの軽さ。
迷いのなさ。
(……違う)
結論は、何度も同じところに戻る。
(好き、とかじゃない)
もっと単純なもの。
目の前にある対象。
その中で、たまたま自分が選ばれているだけ。
(……触れたいだけ、なんだと思う)
その判断が、一番しっくりくる。
だから。
止めている。
ここで名前を与えたら。
全部、曖昧なまま許してしまう。
それは、違う。
そう思うから。
⸻
一方。
千翠は、変わらないように見えた。
呼ばれれば来る。
仕事は正確にこなす。
必要なことだけをやる。
それだけ。
でも。
内部では、止まっていた。
⸻
夜。
一人の部屋。
何もない空間。
静かすぎる場所。
千翠は、ベッドの上で腕を組み、胡座をかいている。
動かない。
ただ、考えている。
(……なんで)
最初の疑問。
(今まではよかったのに)
事実。
問題はなかった。
近くにいて。
触れて。
満たされていた。
それで、成立していた。
でも。
今は違う。
同じ行動が、拒否される。
理由は提示された。
“付き合ってないから”
理解はできる。
言葉としては。
でも。
(……それ、必要?)
行動と結果は、変わらない。
なのに。
間に“名前”が必要になる。
その意味が分からない。
さらに。
(……ありすじゃないと成立しないのはなぜ?)
二つ目の疑問。
理由を探す。
橘。
違う。
別の刑事。
違う。
条件。
能力。
性格。
どれも決定的ではない。
似た人間なら、他にもいるはず。
でも。
同じにはならない。
千翠は、そこで。
ふと、最初の頃を思い出す。
ありすと初めて現場で仕事をした時。
事件の途中。
千翠は、いくつかヒントを出した。
答えそのものではない。
ただ。
自分なら、そこからどう考えるか。
それを示しただけだった。
他の人間なら。
千翠に説明を求める。
でも。
ありすは違った。
千翠の言葉を聞いて。
自分で考えて。
自分で組み立てて。
自分で答えを出した。
そして。
事件を解決した。
あのとき。
千翠は初めて、ありすに興味を持った。
自分が答えを与えなくても。
自分の考え方を理解して。
その先まで辿り着く。
それが。
少し、不思議だった。
そして。
もっと知りたくなった。
ありすが。
どう考えるのか。
どう答えを出すのか。
どんな反応をするのか。
気づけば。
千翠は、ありすを見るようになっていた。
(……他の人とは、違う)
そして、ありすはその後も。
自分に何ができるかではなく。
何を考えているのかを聞いてきた。
ありすは、知ろうとしていた。
自分を。
使える人間としてではなく。
ただ、自分自身を。
そこまで考えて。
千翠は、少しだけ首を傾げる。
(……だから?)
ありすといると、落ち着く。
ありすが近くにいると、足りている。
触れたいと思う。
でも。
それだけじゃない。
ありすが自分を知ろうとすることが。
嫌じゃない。
むしろ。
もっと知ってほしいと思う。
その感覚が。
他の誰かでは、起こらなかった。
千翠は、ゆっくりと目を伏せる。
そのとき。
『好きなんだろ』
橘の声が浮かぶ。
(……好き)
その言葉を繰り返す。
考える。
何度も。
でも。
何も思い浮かばない。
好きが、分からない。
だから。
その言葉を、自分には使えなかった。
思考は、そこで止まる。
今までの考え方では、答えが出ない。
千翠は少しだけ眉を寄せる。
無意識に。
そして。
(……ありすは)
(何を求めてた?)
(……付き合う、って何?)
最後の疑問。
定義を探す。
条件。
行動。
関係。
どれも、完全には一致しない。
曖昧すぎる。
それでも。
それがないと、拒否される。
なら。
必要な要素のはず。
でも。
理解できない。
処理できない。
結論が出ない。
思考が止まる。
静かな部屋。
何もない空間。
(……分からない)
答えがあるはずなのに、どこにも辿り着けない。




