第九話: 否定の利用
彩が静かに言った。
「否定を利用してみれば?」
俺と響は同時に顔を上げた。
「否定を……利用?」
「どういうこと?」
彩は淡々と例を挙げる。
「例えば、盾の中に一枚、木の板でも隠しておけばいい。相手に“盾は壊れる”と否定されても、木の板は盾じゃないから残る。その板が攻撃を防いでくれるでしょ?」
俺と響は顔を見合わせた。
「……あっ!」
「確かに、それ盲点だった!」
今まで俺たちは、盾=絶対的な防御と考えていた。だから壊されたら終わりだと思い込んでいた。
でも、理想を重ねて複数仕込んでおけば――片方を否定されても、もう片方が残る。
「なるほどな……理想を多層的に組み合わせれば、簡単には破られない」俺は感心して呟いた。
彩は小さく頷く。
「そう。理想は脆い。でも工夫すれば、矛盾を利用できる」
俺たちは思わず笑みを浮かべた。
まるで迷路の出口を見つけたみたいな感覚。
「よし……試してみよう!」
俺はすぐに理想を思い描いた。
目の前に大きな盾を造り出し、その内側に木の板を一枚仕込む。
外からは見えないが、確かにそこに“二重の守り”が存在していた。
「響、ちょっと殴ってみてくれ」
「おう!」
響が勢いよく拳を叩きつける。
――バキンッ!
盾は粉々に砕け散った。
だが、その奥から木の板が姿を現し、攻撃を受け止めていた。
「おおっ!残ってる!」
響が目を輝かせた。
俺も思わず声を上げた。
「本当に防げた……!」
彩は少しだけ口角を上げたように見えた。
「言ったでしょ。否定を利用すれば、可能性はいくらでも広がる」
響は拳を振りながら笑った。
「これなら、あの謎の男にだって対抗できるかもしれない!」
俺は頷いた。
まだ道のりは長い。でも――
ようやく“勝ち筋”を掴んだ気がした。
響が手を打った。
「じゃあさ、炎の玉の中に石を仕込んだらどうだ?炎が消されても、石は残って相手にぶつかる」
俺は目を見開いた。
「それ……めちゃくちゃ分かりやすい!」
響は得意げにニヤッと笑うと、掌に赤い炎を灯した。炎の中心には小さな石が潜んでいる。
「よし、夢路。否定してみろ!」
「わかった」
火球が一直線に飛んでくる。俺は集中して心の中で強く念じた。
――炎は消える!
――ボウッ!
炎は音もなくかき消えた。だが、その奥から石が弾丸のように飛び出し、俺の盾に直撃する。
ゴンッ!
「うわっ!」思わず後ろにのけぞった。
「よっしゃ!」響が拳を突き上げる。
俺は驚きながらも、思わず笑みを浮かべた。
「すげえ……本当に通った!」
「でしょ?これなら“否定されても攻撃を残せる”ってことだ」
彩は腕を組んだまま、淡々と口を開く。
「悪くない発想ね。」
「でも、これで俺たちにも戦える手が見えてきたな」
「うん!」響も力強く頷いた。
交差点の風が吹き抜ける。
今までただ無力に怯えるしかなかった俺たちに、ようやく反撃の可能性が見えてきた。
――次にあの男が現れた時こそ、俺たちは負けない。