第45話
護衛兼監視の兵は、予定通り集まった。その全てが騎馬兵だが、これは事前の取り決め通りである。
第一の理由として、帝国側の移動手段が車両であることが挙げられる。
車両の移動速度は基本的に馬車より速いし、徒歩相手では比較にもならない。……稀に素の身体能力で匹敵乃至は凌駕するような人物もいるが、そんなのは例外中の例外だ。
第二の理由として、人数が増えればそれだけ移動速度も落ちてしまうことが挙げられる。
速度が落ちれば、それだけ食料も余分に消費する。買えば済む話ではあるが、帝国内ほどスムーズにはおこなえないし、都合よく買えるかも分からないのだ。人数が多ければ尚更である。
かといって元から余分に用意しようにも、イレギュラーが起こる可能性が高い以上、心底からの安心は得られない。武力を用いての侵略行為ではないが、『侵略行為』であることに違いはないのだ。如何に大義名分があろうとも、反対する者はいて然りである。……なお、砦での提供は予定通りのことなので、翌日早朝には補充済みだ。
こうなると、『移動に時間をかけてはいられない』というのが帝国側の基本路線である。
一方の連合側だ。
直接的な槍玉に挙げられたのは三国であるが、連合を組んでいる以上、他の国も大なり小なり影響を受ける。そのため、同国内でも今回の件に対する方針がバラバラなのが実情だ。
この状況の解決は、事態の進展なくしてあり得ない。そして事態を進展させるためには、帝国の掲げるお題目の真偽を示さなくてはならない。それを示すためには、『ユグドラシル』、『アストリア』、『レンスター』の三国へと赴かなくてはならない。……正直、状況証拠だけならば現時点でも十分なのだが、決定打とは言い難いのが事実であった。
早期の事態進展は帝国迎合派としても望むところなのだが、状況証拠が揃いすぎていることから反対派にとってはその限りではない。状況打開のためにどんな手を打ってくるか分かったものではないのだ。普通に考えれば二の足を踏むようなことでも、焦燥に駆られれば実行しかねない危うさがある。
帝国の掲げるお題目がお題目だ。王権の正統性を鑑みれば無視はできないとしても、一般的に考えれば『招かれざる客人』であることは否定できない。しかし、だからこそ『護衛兼監視』の兵を派遣する理由にもなる。
とはいえ、国内の意思統一がしきれないために多くの兵は割けない。敵対派閥の兵が紛れても、それが分からないからだ。本音と建前が別であることなど珍しくも何ともない。
兵数が多ければ、その分だけ安心感を得られるのは間違いない。しかし、それは数が十全に機能すればの話でもある。正常に機能しないのであれば、数の多さは逆に混乱を助長することになりかねない。
それ故の妥協案が、『少数からなる騎馬兵の派遣』であった。
一国辺りが派遣する人数は少なくても、国の数が増えれば自然とカバーできる。如何に総数が多くても一国辺りの人数が少ないのであれば、統制を利かせることも不可能ではない。また、騎馬であれば、低速で走る車両に並走ことも不可能ではない。
双方が双方の事情に理解を示すことも、解決策として提示された案に頷くことも、然程難しくはなかったのが幸いだったと言えるだろう。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「……あれ、何だと思います? 『風の勇者』さん」
「質問は明確にしてほしいな、『風の勇者』くん? ……まあ、敢えて回答するなら『分からない』だな。俺たちがこっちの実態を知らない以上、『反対派に使嗾された兵士』という可能性と『見たまんまの野盗』という可能性、そのどちらも捨てるべきではないだろう」
「あ~、やっぱそうなりますよねえ~」
などと暢気な会話を交わすのは、マティーク・シレジアとリリィ・ブレイブだ。出身地や主な活動拠点は異なれど――或いは異なるからか――共通して『風の勇者』と称えられている。つまりは、それだけ熟達した風魔法の使い手であることを意味していた。
なお、マティークは帝権がアルスに移ってからも変わらずシレジア領主のままだが、リリィはその所属を変えている。付け加えると、暫定的に与えられていた騎士爵の位も今は無い。それはライラックも同じである。
運営側にしてみると、興行団などという存在は情報収集に打ってつけなのだ。それを組織し、団員からも慕われているデュースを元々の領地に留め置くのは、アルスにしてみれば『人材の無駄使い』以外の何でもない。そのため、『興行団』という形はそのままに、一同をアルス直属の特殊部隊として配置した経緯がある。
アルス直属としたのは、その方が都合が良かったからでもあり、それ以外に手が無かったからでもある。その仕事柄、興行団の正式な所属は帝国の諜報機関になるが、それだけだと他の者たちにも便利使いされかねない。それだと持ち味である『興行』の良さが損なわれる危険性が捨てきれなかったのだ。
同時に、その経緯から興行団員の技能が高いのも見逃せない。団員の中で役割分担こそされているものの、ある程度の規模までであれば自分たちだけで完結まで持っていけるのは大したものだ。戦闘要員までいるのは尚更凄い。
また、必然としてデュースを元々の領地から引き剥がすことになる負い目もあったし、所属団員の離脱を防ぐためにも何らかの手を打つ必要があったのも間違いない。デュースの伯爵への陞爵も、リリィたち暫定的に騎士爵を与えられていた者にはまた別の方法で名誉を称えたのも、その一環だ。
一例を挙げるなら、リリィの『風の勇者』という称号は、皇帝たるアルスが認めたものとなっている。そのため、騎士爵ではなくなった今もリリィは家名を名乗ることが許されているのだ。……それに伴い、彼女の家名は本人の希望により『ナイトナウ』から『ブレイブ』へと変更されている。ちなみにライラックの家名はそのままだ。
「まあ、まずは陛下に報告するとしよう。俺たちで勝手に片付けるのも一つの手ではあるが、それは護衛として派遣されてきている者たちを蔑ろにするのと同義だ。今後の付き合いを考えれば、さすがにそれは不味いだろう」
「了解です」
結論を出した二人は、地面へと下りていく。……そう、二人は空中で会話をおこなっていたのだ。
区分としては『浮遊』、『飛行』、『飛翔』の順で難易度が高くなっていき、入り口である『浮遊』自体をおこなえない風魔導士も多い。
しかし、熟達した風の使い手である二人にとっては、そう難度の高いものではない。
この世の中、周辺の探査・警戒は必須事項であると同時に重要事項だ。そして、いくら個人で気を付けようとも、人にはできることとできないことがある。だからこそ、そういった技能や心得を持つ者は重宝される。
その点、この二人は飛ぶことで遠方の確認が手軽にできる。まあ、飛べたところで視力が上がるわけではないので確認するにも限度はあるが、そこら辺はどうとでもカバー可能だ。バスタードシリーズの一つである『双眼鏡』や『望遠鏡』などは、その最たる物と言えるだろう。従来から似たような品はあったが、性能面が段違いである。
着地した二人は、確認した事柄をアルスへと報告した。そしてアルスは、受けた報告をそのまま派遣された護衛兵へと流した。
結局は連合領内のことなので、外様であるアルスたちがあまり出しゃばりすぎるわけにはいかない。そういう判断だ。……まあ、『今更何を』な面があるのは間違いないのだが。
それを受け、護衛兵たちは隊長格同士による相談をおこなう。
「我らの面目が立たないのは事実ですが、今の我らは極論すれば『烏合の衆』なのが実情ですからね。手勢で対処するには限度があります。それを認めずに無理を通し、その果てに抜かれるようなことがあっては、それこそ面目が立ちません。我らの不甲斐なさを嗤ってください」
相談の末、護衛隊長の一人がそう言って頭を下げた。
こうして派遣されるくらいなのだから、手勢の指揮に関しては問題ないだろう。だが、それが通用するのは、あくまでも『手勢』だけなのだ。
「嗤いはせんよ。むしろ、その判断を称賛しよう。……如何に『連合兵』同士といえど、元々の所属は違うのだ。何の練習や訓練も無しに連携が取れる筈がなければ、指揮統一がなせる筈もない。違うかな?」
「はっ。仰る通りで……」
アルスの問いかけに、護衛隊長は力なく頷いた。……己が役目を果たせないことに対して、内心では忸怩たるものがあるのだろう。
「世の中には『役割分担』や『適材適所』という言葉がある。どのような流れであれ、そこに貴殿らが関与し、結果として俺たちに危害が齎されることがなければ、客観的な事実として『役目を全うした』ことに違いはない。……あとは、それに対して当事者である貴殿らがどのように思い、どのように受け止めるかの問題だ」
「はっ。ご教授、痛み入ります」
再び、護衛隊長が頭を下げた。
それから数分後。一行の目にも件の『野盗?』の姿が映る距離にまで近付いた。
「なるほど、確かに恰好は野盗だあな」
「伏せてる奴もいるな。最低限の脳はあるか……」
そう言ったのはホリンとランスロットだ。彼我の力量差によるものだろうが、伏兵の気配を掴むことにも成功している。さりとて、伏兵の数が掴んだ気配だけとは限らないので油断はない。
「よおよお! 御大層な行列だが、身包み置いてってもらおうか! こんなところで死にたきゃねえだろう!? ギャハハハハ……!」
テンプレ的なセリフを宣って『野盗?』は嗤う。あまりにもテンプレすぎて、野盗かそうでないかの見分けはつかなかった。
「あ~、言葉を返すようだが、そっちこそ素直に降りな。それこそ、こんなところで無様に死にたくはねえだろう?」
頭をガシガシと掻きつつ、呆れを隠さぬ様子でホリンが言った。挑発と捉えられなくもないが、十中八九は本音だろう。単純比較して、彼我にはそれだけの力量差がある。そして、それを読み取れないホリンではない。
「隠れてる奴も出てくることだ。無駄だからな」
ランスロットが続いた。ご丁寧に、気配が掴めた伏兵が潜んでいる位置を剣で指し示す。
すると、『野盗?』がどよめいた。挑発返しだけならまだしも、伏兵の位置が掴まれているとは思っていなかったのかもしれない。……しかし、やはり判断がつかない。どちらでもあり得る反応だからだ。
「命までは奪わんでいいぞー。てか、良い機会だから新兵器の実験台になってもらうとしよう。……てなわけで、二人とも、頼んだ」
「はいはい、了解。……ま、無駄に生命を奪わないで済むんなら、その方が良いしね」
結局、野盗かどうかの判断がつかなかったため、生け捕りにすることを決めた。挑発を兼ねて気楽に命令を下す。その傍らで、これまたマティークとリリィに協力を頼んだ。
マティークとリリィ、たった二人だけが前に進み出る。
「私がばら撒くんで、制御はそちらにお願いしていいですか?」
「接近戦の心得はそちらの方が上な以上、安全策を取るならそれが妥当だろうな」
「では、そういうことで!」
二人の間で簡単なやり取りをおこなった後、リリィが単騎で駆け出した。その速度はまさに『疾風』と言わんばかり。瞬く間に距離を詰め寄った。
「プレゼントです!」
しかし、それでおこなったのは相手の足元に小袋を放る程度。特に斬りかかったりするでもない。
そして、即座に距離を取って別の相手に詰め寄り、再び足元に小袋を放った。
終始それの繰り返しで、攻撃らしい『攻撃』は何らおこなっていない。
だが――
「ぶえっくしょん! ぶえっくしょん!」
「目が! 目がああああっ!」
だが、所々で阿鼻叫喚の光景が繰り広げられていた。
「いやはや、最初に提案された時は首を傾げたものだが、この光景を見ると、陛下の『先見の明』には畏怖せざるを得んな……」
「自分でやっといて何ですけど、『ああ』はなりたくないですね……」
何をやったかと言えば単純明快で、小袋の中身は胡椒やら唐辛子やらの粉末であり、マティークが風を操作することで、その被害を相手だけに押し付けたのだ。
言うだけなら簡単だが、実行するにはいくつもの前提条件がある。大きい部分でも、こんな真似に使用できるほどに胡椒や唐辛子の在庫に余裕がなければならず、相手だけに被害を齎せるほどに綿密な風の操作ができなければならない。正直に言えば、これだけでも無理難題に等しい。
逆に言えば、帝国にはそれが可能であり、だからこそマティークとリリィは半強制的に動向を余儀なくされた経緯がある。何せ、この方法を使えば相手を生け捕れる可能性は限りなく高まるのだから。
所詮は他国のこと。アルス個人にしてみれば、以前の動乱ほどに不殺を心掛けるつもりはない。その一方で、蔑ろにしきれない要因も多々存在する。
そうして悩んだ末の解決策が『これ』であった。
切った張ったが『戦の華』であることを否定する気はアルスにもない。だからといって他の手法を模索しないようでは、被害は増える一方だ。『被害』というものは、一方的に押し付けることこそ望ましいのである。
結局のところ、この『爆弾』も『機動甲冑』も、重視すべき部分が違っているだけで観点は同じなのだ。『尋常なる勝負を蔑ろにしている』という点では、どちらも大差はない。
「では、あれらの捕縛を頼んだ。ああまで弱れば反撃を受けることはないと思うが、油断はしないことだ」
「了解しました。……いやはや、今ほど『帝国とは戦いたくない』と思ったことはありませんね。今回は『野盗?』が相手でしたが、文字通りに戦が一変するでしょう」
死屍累々と言わんばかりに倒れ伏した連中を見やってアルスが言えば、護衛隊長は引きつった顔で応えるのであった。
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