第44話
旗を掲げ兵隊や騎兵隊を連れ立つのが常識ではあったが、帝国軍のそれは違っていた。
まず騎兵隊がいない。そして、帝国においては既に知らぬ者がいないと言えるほどにまで認知された車両が群れをなしている。
その車両も様々で、四、五人収容するのが精々の物から、数十人を収容できる物もある。また、旗を掲げるのではなく、車体に帝国の紋章が描かれていた。
国境砦からその光景を見下ろす連合兵は、今までの常識からは全く考えられない光景に戦慄と緊張を露わにした。
先日、帝国はとある声明を発表し、その旨はご丁寧なことに帝国から連合へと書簡で通達された。それも一通ではなく何通も送り届けられ、その宛先も一所に留まらなかったそうだ。おそらくは握り潰されるのを忌避したのだと思うが、内容を見れば納得だった。
所感が届いた各地の反応は実に様々だったらしい。特に矛先と挙げられた三家は盛大に怒りを露わにしたと聞く。
当然ながら入国を禁止しようとしたらしいが、道理は帝国の方にこそあった。『英雄』=『神器』=『輝ける聖痕』=『聖痕』=『末裔』=『英雄』という感じで、部分的かつ連鎖的に繋がっているのは、連合において周知の事実。
そして連合所属国の中でも特に末裔家の場合、王権の正統性は伝承に語られる『英雄』に起因している。である以上、帝国の本意がどうであれ、『英雄』の末裔を担ぎ出されたのであれば頭から拒否もできない。それが神器の資格者であるならば尚のこと。『英雄』の『末裔』である以上、身体のどこかにはそれを示す『聖痕』がある筈であり、最上級の『神器』を使用できる資格者ならば『聖痕を輝かせる』ことができる。そういう図式だ。
少なくとも、『末裔』であるかどうかは『聖痕』の有無で確認できるし、それを輝かせることができるならば、玉座に就くに当たっての正統性は十分に有する。
そんなわけで、如何な末裔家といえど無理通しはできなかったのだ。他の連合所属国はもちろんだが、己が配下からも反対されたらしい。
結果、帝国一行に対する入国許可が出されるに至った。正確には連合側の国境砦への立ち入り許可である。ここで一定数による監視の下『聖痕』の有無などを確認され、真だと認められた場合、本格的な入国許可が与えられることとなる。……まあ、理由が理由な以上、目的地までのルートは限定されるし、護衛兼監視が付くことにはなるが。
そして目的地に着いたら、今度は『神器』を使用してみせる。ここまでされれば、もはや誰も正当性を否定はできない。できる者がいるとすれば、それは同じ立場の者だけになる。……が、件の三家に資格者がいるかは、連合国民にとっても怪しいものではあった。
早い話、『連合』としての仲間意識はあっても、人によっては酷く薄いものであり、それは末端に至るまで共通していた。
「いやはや、帝国の商人が乗りつけてくるもんだから車両は見慣れたつもりだったが、あんなに種々様々な車両が一堂に揃うと流石に壮観だなあ。お前もそうは思わないか?」
「その気持ちは分からなくはないが、今は勤務中だぞ。感想を述べるのも同意を求めるのも後にしろ。俺までどやされる」
よって、見張りがそんな会話を交わすのも、まあ無理からぬことではあっただろう。
そして意外なことに、散々と帝国と小競り合いを繰り広げてきた連合兵にしては、その態度に帝国一行に対する忌避感は見られない。
見張りの視界の先、砦前に停車した車両から続々と人が降りるのが見えた。
大型車両から降りた者たちは揃いの制服を着ており、帝国の正規兵だと思われた。彼らは順次車両から荷物を降ろし、ある者は砦前の一角に陣幕を張り、ある者はテントを張る。その様子は実にキビキビとしており、帝国兵の練度の高さを窺わせるには十分であった。
これは予め通達されていたことではある。
所詮、ここは砦に過ぎないのだ。上等な部屋や設備を求めたところでその程度は高が知れており、本来ならばお偉い様方を迎え入れるには心許ないものがある。……それでも、野宿よりマシではあるだろうが。
同時に、防備の要たる砦であることに間違いはないのだ。如何に正規の手続きを踏んで訪れた『お客様御一行』とはいえ、人員の全てを迎え入れることなどできるわけがない。数で押されれば、それだけで制圧される可能性は捨てきれないのだから。だからといって、『護衛ともなる戦力を連れてくるな』と言える筈もない。
結果として、砦には一部の人員を受け入れ、それ以外は砦前で野営と決まった。無論、設備の不足については予め説明しており、帝国はそれを受け入れている。
一方、普通サイズの車両からは数人単位で降りているのが確認できた。こちらは制服というわけではなかったが、遠目にも身形の良いことが分かる。豪奢というわけではないが、立派な装いであることは間違いない。
そして、そのうちの何名かが砦へと歩を進めたのが分かった。
この後はお偉い様方同士のやり取りだ。
一介の見張りがやることなど、それこそ見張り以外にはない。本格的に関わることも、また無い。
少なくとも彼らの認識ではその筈だったのだが、それが崩れたのは夕食時のことである。
同じ『砦詰め』とはいえ、司令官を始めとするお偉いさんと末端の兵士とでは、食事を摂る場所も食事の内容も違って然り。それが当然であったのだが、今日に限っては例外だったのだ。――正確には、食事を摂る場所自体は変わらないのだが、その内容と参加する顔触れが違ったのである。
末端の兵士たちがいつも食事を摂る広い食堂。普段なら厨房カウンターに盆が置かれ、兵士たちはそれを持って席に着き、凡の上に並べられた料理を食べる。それがいつもの光景であり、『あれが食べたい』、『これが食べたい』などといった希望が叶えられることはない。
まあ、それも当然のことで、砦の食事環境など基本的には劣悪なのだ。社会全体的に見れば、食材の輸送技術や保存技術もそこまで優れているわけではないのだ。あくまでも現在の帝国が異常なのである。運さえ良ければ近場の農村などから食材を分けてもらうこともできるが、毎回というわけにもいかない。
それらの事情が重なれば、保存食を使った料理がメインとなるのは自明の理。詰めてる兵士の数も多い以上、厨房番が一々要望を聞いていられるわけがない。『手早く』、『簡単に』、『量を用意する』。この三拍子を揃えようと思ったら、メニューが変わり映えすることなどそうはない。
だが、今この時ばかりは違った。いつものカウンターには幾つかの大皿と大鍋が置かれており、そこから各自が自由に料理を取って食べていいとのこと。食堂内には美味そうな匂いが漂っており、自然と涎が溢れてくる。
今すぐにでも皿に盛り付けて掻っ込みたいところだが、残念なことにそれは叶わなかった。平たく言えば『事情説明』である。いつもと違う以上は相応の理由がある筈であり、それを説明するのは分からない話ではない。……末端にまで詳しい内容を説明されることは極々稀ではあったが。
「連合の方々には我儘を聞き入れてもらい感謝する。生まれついての貧乏性というか、傭兵暮らしの弊害というか、どうにも凝り固まったことには慣れんのでね。『静かに、お行儀よく』ってのができんわけじゃないが、飯ってのは皆でワイワイガヤガヤと食った方が美味しく感じるタチなんだ」
そう言ったのは、帝国に属する傭兵集団『ジャガーノート』の団長、『黒騎士』として名高いランスロットであった。
小競り合いとはいえ何度となく干戈を交えたこともあり、連合兵の中にはその姿を直に目にした者も少なくはない。連合にとっては悪名高いこの人物が、件の資格者の一人だというのだから驚きだ。
だが、こうして戦場以外で相対し、それぞれの立場を抜きにして考えると、決して憎めない人物ではあった。
そもそも、敵対関係だからこその畏怖であり、その強さと振る舞いに憧れている者は、連合兵の中にも少なからず存在する。第一如何に強かろうと卑怯卑劣な振る舞いばかりが目立つようでは、『騎士』の名を冠されるわけがない。
「まあ、当然ながらそれだけが理由というわけではない。私、ジュリアス・ユグドラシルや彼、ホリン・レンスターと異なり、ランスロットに限っては諸君らと実際に刃を交わしたこともあり軋轢が強いだろう。……しかし、順当に事が進んだ場合、そんな人物が新たに連合所属国の玉座に就くことになる――かもしれない。さすがに、そうと知っていて何の手も打たないわけにはいかんよ。少なくとも、軋轢を和らげるための努力はするべきだ」
「かといって、ここへの滞在期間も限られているんでな。そうそう時間はかけられねえ。結果、手っ取り早く『同じ釜の飯を食って親睦を深めよう』となったわけだ。……まあ、ほぼほぼこっちの我儘なもんだから、食材と料理はこっちの方で提供させてもらった。帝国料理には馴染みがねえかもしれねえが、この機会に堪能してくれや。上手く事が運べば、これからは帝国と連合の付き合いも増える筈だからよ。……ああ、そうそう。そっちのお役目を考えて酒は抜きにさせてもらったが、そこは勘弁してくれ」
そして、資格者の残り二人が補足を入れた。……が、傭兵のランスロットはともかく、ジュリアスとホリンの気安い振る舞いが、兵士たちにとっては意外であった。
同時、それぞれの言い分には理解と納得を示せるだけの理があった。すぐに蟠りを無くすことはできそうにないにしろ、こうもあからさまに言われれば、受け入れようと努力するのも吝かではない。
「まあ、そういうことだ。この砦の司令官としても、連合各国からやってきたお三方に対するチェック係としても、申し出を拒否する理由は少なかった。そんなわけで、無礼講とまではいかんが、少しくらいは羽目を外しても構わん。それを、御三方を始めとする帝国の方々もお望みだ」
そして、砦の司令官からゴーサインが出た。
瞬間、兵士たちは我先にとカウンターへ向かうのであった。
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「さて、兵士諸君に聞いてほしいことがある」
用意された食事の全てがハケた頃合い。基地司令官が徐に口を開いた。
満腹感と幸福感に浸りつつも、そこは兵士である。誰もが司令官の方へと向き直った。
「食前にも諸君に伝えた通り、今回の食事は帝国の提供だ。一部の連合兵も関与してなくはないが、直接の調理には関わっていない。……話の前段階として率直に感想を訊くが、美味かったか?」
司令官の問いかけに対し、返るのは共通して『美味かった』ということ。少なくとも、『不味かった』と返した者は一人もいない。
「だろうな。私もそう思う。……それを踏まえて聞いてほしいのだが、現在、連合は大きく割れようとしている。まあ、言わずとも理解しているかもしれないが、御三方――引いては帝国の受け入れ派と反対派だ。そして、当然と言えば当然であり、厄介と言えば厄介なことに、一国の中でも反応はバラバラで意思統一はなされていない。そんな中で、このたび砦へと派遣されてきたのは、須らく受け入れ派となる」
派遣されてきた聖痕チェック担当が軽く頭を下げた。
「明日以降、目的地までの途上にあるそれぞれの国から、帝国の方々への護衛兼監視の兵が順次到着し、それが揃ってから彼らは出立される。一方、我らは変わらず砦詰めだ。だから、そこで彼らとの関係は一時途切れる――とはならないだろう。……ここにいる諸君は、元々の所属国がバラバラだ。ただ、これまでは連合全体の意思として帝国を敵と見做してきたし、だからこそ曲がりなりにもまとまってこれた。しかし、そこに変化が訪れた。まあ、いちいち細かな要因を挙げていけばキリがないがね。……そして、我らは否応なくこの事態に対応していかなくてはならないのだが、その『対応』が共通しているとは限らないのだから厄介だ。この砦では『司令官』という最上位の立場にいる私も、国許へ帰れば中間管理職だ。当然、上には上がいるし、命令だって下される。諸君らは言わずもがなだろう」
そこで司令官は一度言葉を切り、飲み物を口へと運んだ。
兵士たちは騒めく。回りくどいと言えば回りくどいが、その分だけ『なぜ?』、『どうして?』が分かりやすいのも間違いはない。
「曲がりなりにも連合が『連合』としての体裁を維持してこれたのは、隣接する帝国があまりにも強大だったのも一因だ。敵が強大だからこそ、強力な個人戦力を頼りとし、彼らを中核として結んだ。……だが、それが上手く機能したのも今は昔だ。年がら年中争うわけでなければ、一大決戦と洒落込むわけではなかったのだから当然だな。歳月と共に『軍費』という負担は賄いきれなくなっていき、その一方で『持たざる者』から『持つ者』へ対する妬み嫉みも増大していった。その結果、開戦当初に『頼り』とされた資格者は、反転して『憎悪の対象』となった。一度そうなってしまえば、その矛先が『資格者』から『系譜』、『系譜』から『所属国』へと輪を広げていくのもおかしな話ではない。味方に対する謀略や裏工作がおこなわれ、或いはお家騒動が勃発し、或いは帝国へと売られた。その果てに『今』がある」
先ほどまでの幸福感はどこへやら。兵士たちは固唾を飲んで話に聞き入っていた。
正規兵として務めるに当たり、必要最低限の勉学はおこなっている。しかし、今しがたの話は学んだ内容と異なる。その差異が、兵士たちへと緊張感を齎す。
自分たちを『美化』・『正当化』するのは、ある意味で当たり前のことだ。最低限とはいえ学習したからこそ、兵士たちの中にも今しがた言われたようなことを想像した者は少なからずいる。しかし、一人で勝手に想像するのと『上』が肯定するのとでは、その重要性は明確に異なる。
「多くの資格者が失われた時点で、もはや連合はその態を成していなかったと言ってもいい。それでも騙し騙しやってきたが、ついに限界を迎えた。言ってみればそれだけのことだが、それを『素直に受け止められる者』と『受け止められない者』が現れるのもまた道理だ」
前者が帝国の受け入れ派、後者が反対派ということか。……兵士たちは、誰もがそう理解した。
帝国が『強大な敵』だったからこそ連合は必要だったが、そもそも帝国が『敵』とならないのであれば、連合を維持する理由はない。同時にそれは、必要以上に『英雄の系譜』を立てる必要が無くなることも意味している。
「ジュリアス殿、ランスロット殿、ホリン殿……お三方は確かに資格者と認められたし、三国の玉座に就く正当性は十分に有している。ここまでくれば、概ね流れは変えられん。しかし、絶対ではない。帝国が武力を掲げての侵攻ではなく、お三方を掲げての侵略を図っている以上、お三方がいなくなれば無に帰すのも道理だ。そして、反対派は間違いなくそれを狙っているだろう」
皇帝たるアルスを始め帝国の面々がいる中で臆面もなく司令官は言ってのけるが、アルスたちが口を挿むことはない。黙って成り行きを見守っている。
それを見て、今度は兵士の一人が口を開いた。
「ですが、それをおこなった場合、今度は帝国の手法が武力行使に切り替わるだけではないのですか?」
これまた率直な物言いだが、やはりアルスたちは黙して語らない。
「そうなる可能性は高いし、ある程度の学さえあれば、冷静に考えることができるなら簡単に思いつくことではある。……が、それは状態によって容易く左右されることでもある。特権に浸るだけの追い詰められた連中が、冷静でいられると思うかね?」
「それは……」
うまい汁を吸うだけの連中は、どこにだっているものだ。誰と断言することはできなくとも、それを否定する要素はない。
「だからこそ、『出立した彼らの後背を衝け』と何らかの方法で命令してこないとも限らない。しかし、それをすれば間違いなく国は滅ぶ。食事一つとっても、帝国との違いが明らかなことは諸君も分かっただろう? もはや国力が違いすぎるのだ。アルス帝を討とうと、お三方を討とうと、一時的な延命にしかならん。仮にそんな真似をすれば、今度はアンナ皇后が帝国の総力を挙げて攻め入ってくるだろう。ただの自殺行為ではなく、より悲惨な結末を迎えることになりかねんのだ。正直に言おう。そんなのは御免被る。……だからこそ、私はこの場で砦の司令官として諸君に命令を下す。『我らはお三方に味方し、その後背を護る』。そのことを胸に刻み、遵守せよ。これを破る者がいた場合、問答無用での討ち取りも辞さん」
そして、司令官からの命令が下された。
もはや、食事を摂った直後の幸福感はどこにもなかった。
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