第40話
「カークウッド王国との交渉は無事に終わりました。領主と領民がこちらに戻ってきます。また、向こう数年間は非戦で合意できました。……ああ、領地の方はくれてやりました。その方が好都合でしょう?」
「お疲れさま。さすがによく分かってる。んで、対価の方は?」
「こちらから差し出すのは、馬と、属性付きの魔鉱石を数セットですね。高いと言えば高いですが、領民全員を一定期間以上食わせ、虐げることもなかった事実を踏まえれば、十分に許容範囲でしょう。……ああ、あと命令通り、思いっ切り陛下のことを貶しておきましたから。『実力至上主義を掲げる暴君だ』とね。私が独立を表明して程なく陛下に頭を下げることとなった事実を伝えたことや、事前に軍事訓練と称してあの三人に魔法を使わせ、それを私の献策と説明したのも大きいでしょう。『相手に精神的圧迫感を与えることで、少しでも交渉を有利に運ぶため』というお題目をすんなりと信じてくれましたよ。そもそもが付け入る隙を与えた帝国側の落ち度でもありますからね。領地を手放すのもそう不思議には思われませんでした」
「上出来だ」
返還交渉から戻ってきたレンの報告を受け、アルスはニヤリと嗤った。
アルスはカークウッド王国で使用されている言語が分からない。各国で使用されている共通語が存在するのだが、クサナギ公爵領では然程重要視されていなかったのだ。まあ、立地などを鑑みれば無理もない。
そのため時間を見つけて勉強中ではあるが、現状では基本的な挨拶程度が関の山だ。これでは交渉に参加したところで役には立たない。
そのため、順当に言語を習得していたレンに交渉役として白羽の矢を立てたのだ。『レンであれば権限を持たせても問題はない』とアルスが判断したのも大きい。仮にレンの能力が不足しているようであれば、与えられたのは通訳の役割が精々だっただろう。
それはレンも理解しているところであり、見事期待に応えてみせたのだ。これで喜ばない方がおかしい。
「そりゃあ向こうもこっちのことを調べてるだろうが、隅から隅までとはいく筈もない。別動隊から受けた被害を思えば、戦闘能力に関する実力至上主義だと勘違いしてくれる土壌は十分だ。……『慣れない人気取りのために馬鹿をやった』と思ってくれるかな?」
「誤認してくれるだけの根拠は与えたと思いますよ? まあカークウッド王国のことを熟知しているわけではないので断言はできませんけどね。それでも、普通に考えて今回差し出した対価は十分な希少価値を持ちます。属性付きの魔鉱石なんて、そう簡単には手に入らない代物ですから。だからこそ、それらの入手が比較的容易となるダンジョンは発見され次第に国が統治下に置くわけですが、高品質・大サイズを求めるほどに入手難度が上がるのも事実です。それを踏まえれば……」
そこでレンは言葉を切った。
領内に火山地帯があるのなら、炎鉱石の入手は比較的容易だろう。ただ、火山地帯ならではの危険があることを忘れてはならない。コンスタントに採掘できるようにしようと思えば相応の準備が必要となり、応じて金も湯水の如く消えていく。元が取れるならリスクを踏むだけの価値もあろうが、実際にやってみなければリターンが釣り合うかも分からないのが現実だ。
そういった事情を踏まえれば、ダンジョンの人気が出るのは道理と言える。
だが、やはりリスクに見合うだけの、或いはそれ以上のリターンがあってこそなのだ。リスクの方が大きければ、どれだけ旨味があっても挑戦者は減っていく。
また、冒険者なりが手に入れたとして、それが即座に市場に出回るわけでもない。武器も防具も使っていれば壊れるのが道理であり、希少鉱石を使った方が往々にして強力な武装ができあがる。諸々の兼ね合いからすぐ売りに出す者がいないわけではないが、大抵は自分やパーティーメンバーのためにキープする。
結果として、貴族であっても容易には入手できない状況となっている。
そんな状況下での、この申し出だ。
王国にしてみれば、せっかく手に入れた領民を手放すのは確かに惜しいだろう。自国民という認識は持てずとも、労働力と捉えれば人手があって困ることはないからだ。
だが、提示された対価の希少性や『新帝』の為人を聞けば、迷いが生じるのも道理だ。交渉を呑んでも領地は手に入るし、対価も上々だ。その時点で全くの旨味が無いわけではない。
そこに交渉相手の『新帝』に対する憤懣極まりない態度を眼にすれば、転がるのも無理はない。
絶対というわけではないが、基本的に貴族というものは男子の嫡男が家督を継承するものだ。その点、レンは如何に年齢に見合わぬ能力を備えていたところで、妾腹で、女子で、兄や姉がいるのだ。これでは家督継承など望めない。
だからこそ挑んだ一世一代のギャンブルを、アルスに呆気なく潰されたのだ。たとえ生命が助かっていようと、別家を立てて重宝されていようと、その腹の底には憤怒が渦巻いていて然り。貴族的にはそれが至極正常な思考であり、それ故に交渉相手はレンの言葉を信じるに至ったのだろう。
たとえレン本人の言葉を鵜呑みにはしなくとも、寝返った領主に訊けば大雑把な情報は手に入る。それこそ、『シュバルツァー家に生まれた妾腹の娘は、随分とデキが良いらしい』程度の情報ならば容易く手に入る筈だ。
発展に必要不可欠な希少素材が著しく減り、良馬もその例に洩れず、領民は取り返せても土地が減り、当の『新帝』は重用している相手にすら腹の底では恨まれている。
向こうの立場になって考えた場合、これらの情報が重なれば、『遠からず足元が揺らぐ』と考えてもおかしくはない。
そして、いざそれが現実に起こった際には、今回以上の混乱が起こる可能性は高い。鮮やかなまでの手腕を見せたからこそ、周囲からの期待は否応なく高まる。そんな状況で配下の統制に失敗すれば、落差で『新帝』の評価は地の底に落ちる。……交渉相手がそう考えた可能性は否定しきれないのだ。まあ、実際にそう考えてくれたのならば、アルスたちの望むところであるのだが。
「向こうの心情がどうあれ、結果は出た。そして、これにより北と東への警戒はレベルを下げても良くなった。……各領邦に伝令を出せ! 日付と時刻を合わせ、八方より同時に中央へ進軍する! なお、無駄に数を出す必要はない。少数精鋭が俺たちの売りであるし、中央は中央でいがみ合いの真っ最中だろうからな。でなければ、こうも各領邦の状況を無視する理由がないだろう?」
優秀な秘書官は、中央貴族への嘲笑をもセットにして各地に伝令を放つのだった。
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そして日は流れ、八方から攻め寄せた新帝軍は帝都を囲んでいた。人数の都合上、完全包囲には至らないが、元よりそうする必要もない。
もはやお決まりとなった魔法による脅しをおこない、そのうえで降伏勧告をおこなう。
繰り出されるのは『神炎』、『神雷』、『神風』とも称される魔法の極致。直接の人的・物的被害は出ておらずとも、心を折るには十分過ぎる。たとえ一度では折れずとも、数を繰り返せば、そして物的被害が出るに至れば、折れない道理もない。
そもそも、『人的被害を出さない』という条件で三人には魔法を放ってもらっているからして、これで折れてくれなければ逆にアルスの方が困る。
結果、アルスは賭けに勝った。脅しもそうだが、勧告で伝えた『全員の助命確約』も効いたのだろう。実際に刃を交えることもなく、帝都から降伏の使者がやってきた。身形が良く、相応の立場にあることを察するのは容易だった。
使者を先頭に、堂々と、そして粛々と新帝軍は進む。無論、油断はしていない。どのような手を使おうとも勝った方が勝者である以上、『騙して悪いが……』をされる可能性はゼロではないのだ。むしろ、この状況で向こうが勝ちの目を掴み取ろうとすれば、それ以外に方法はない。……もっとも、何を以て『勝ち』とするかは人によって異なるのも事実だが。
そして、邪魔らしい邪魔が入ることはなく、一同は帝城へと辿り着いた。
やはり相応の立場に就いているのだろう。使者は誰かに役目を代わることもなく、そのまま城へ入っていく。……絶対というわけではないが、城の敷地までならばともかく、城へ入るには一定の立場が求められることは珍しくないのだ。一種の安全措置である。
初めて目にする帝城は実に巨大だった。華美と剛健さを兼ね備えている。
場内に入って早々に目にするのは広大なロビー。左右と直進に道が続き、直進路を囲むように階段がある。……ある種の『テンプレ的光景』だとアルスの前世知識が教えてきた。
おのぼりさんよろしくキョロキョロと周囲を見回しながら、一行は直進路を進む。直進路の先には巨大なドアがあり、両脇には開閉係と思しき兵士か騎士。
何らやり取りをすることなくドアは開かれ、その向こうは再び広大な空間。『玉座の間』に相違あるまい。視線の先にある椅子の存在が、否応なく存在感を放っている。
おそらくは『皇帝』と『正妃』用だろう。椅子は二つあった。しかし、今は誰も座っていない。
部屋の両脇にはズラリと人が並び、ある程度の空白空間を経て、玉座側に再び何名かが並んでいる。王冠や王様マントを身に着けている者がいることから、奥にいるのが皇族だと判断できた。
そして、その中に見知った顔があった。
(レイス?)
それは間違いなく、アルゴ商会の商人であるレイスだった。この状況でウインクまで寄越してきたのだから、本人以外に有り得ない。
アルスの疑問を余所に、空白地帯の手前まで進んだ使者はそこで足を止め、一行へと向き直った。
「アルス様とアンナ様は玉座の手前へ。ご親族は玉座の両脇へとお並びください。それ以外の方々は停止をお願い致します。略式ではありますが、前へと出られた両陛下へ王冠とマントが渡され、その完了と同時に『禅譲がなされた』ことになります。……よろしいでしょうか?」
「ああ。ここまでの案内と説明に感謝する」
アルスの言葉に頭を下げた使者は、脇の列へと加わりにいった。
使者の言葉に従い、アルスとアンナ、レオンハルトにクサナギ公爵家の面々が前へと進み出る。
そして結局、問題らしい問題が起こることもなく、禅譲は無事に終わったのであった。
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さて。『禅譲の儀』が終わったとて、問題が解決したわけではない。むしろ、『これからが本番だ!』とでも言わんばかりに、やるべきことは山のようにある。
そんな中、アルスは限られたメンバーのみで面談をおこなっていた。相手は皇族及びその血族の面々。アルス側からはアルス、リウイ、セリカ、アンナ、レオンハルトの五人だ。アルスの親族であるクサナギ公爵家の面々にも参加するか訊ねたが、普通に断られた。
皇帝のように太々しい笑みを浮かべている者もいれば、レイスのように微笑を浮かべている者もおり、それらとは一転してアルスを睨みつけている者もいる。
「『はじめまして』の方も『お久しぶり』の方もいらっしゃいますが、挨拶は後回しにしましょう。……で、率直に訊きますが今回の件。絵図を描いたのは誰で、関与したのは誰で、どこまでが計算通りだったんですか? 巻き込まれた挙句に掌の上で転がされた身としては、是非とも知っておきたいんですがねえ?」
少なくとも、この場の全員が全員関与していたわけではない。向けられる表情からそう結論付けたアルスは、ジト目で見やりながら問いかけた。
それに困惑気な表情を浮かべたのは、アルスを睨みつけていた者たちだ。
「これまた何とも難しい問いかけだ。……『絵図を描いたのは誰か?』ってんなら、そりゃあ俺とグロリアスになるんだろうが、綿密に相談したわけでもないし、事が起こった以降は流れでしかない」
「君たちの評価が高まっていたのも一因ではあるがね。『それに危機感を抱いた私は帝権を簒奪し、流れのまま不穏分子を粛清。当然ながらそんな真似をした私が皇帝として周りから認められる筈もなく、今度は私自身が別の誰かに粛清され、弟妹たちの誰かに帝権が移譲する』……と、これが最初に私が考えたプロットだった。国内にも少なからず混乱は起こるだろうが、風通しが良くなれば持ち直せると判断したんだ」
「父上も兄上も気を付けてはいたんだろうが、それこそ、子供でありキョウダイだからね。私を始め、それとなく察した者もいたわけさ。その中には私のように二人へ直接コンタクトを取る者もいれば、勝手に援護する者もいた次第でね。この時点でプロット通りとはいかなくなった。幸いだったのは、元から兄上は帝権の簒奪だけで済ませ、父上を弑する意思がなかったことかな。結果、取り敢えずは様子見することになった。……そこから先は皆が知っての通りさ」
アークライト、グロリアス、レイナードが順番に語る。
「アルスには申し訳ないと思うが、私とアンナもそれに便乗したクチでね。時たまの里帰りで父上と兄上が何かしらに頭を悩ませていたのは知っていたし、勉学を重ねれば自ずと予想もついた。解決には痛みを伴う方法しかないことも」
「けれど、私でもレオン兄様でも、或いはそれ以外の皇族の誰であろうと、グロリアス兄様の排除無くして事態の解決は有り得ない。……だからこそ、私たちはアルスへと白羽の矢を立てた。『皇族ではない。しかし、その特殊性は皇帝として起つには十分な資格となる』から……。きっと、貴族の中にも帝国に限界を感じていた者たちが少なからずいたんだと思う。そうでもなきゃ、『始祖の再来』の二つ名がああも早くに浸透する筈がない。……そして、事態を解決したのがアルスであれば、必ずしもグロリアス兄様を処刑する必要はない」
「へいへい。やっぱり二人も一枚噛んでたわけね。さすがに最初は気付かなかったけど、時間が経つにつれて『もしかしたら』とは思ったよ」
レオンハルトとアンナも切実とした表情で語る。それを受けても、アルスは怒りを覚えなかった。ある時期から想定したことも理由の一つだろうが、覚えたのはある種の諦観だけだった。
「さて。勧告で言った通り、生命までは奪わん。……が、元皇族というだけで特別視もせん。新帝として、俺には目標がある。それを果たすには、内政も重要だが外征も必須だ。人手を無駄に遊ばせる余裕はなく、人材を有効活用するのは既定路線だ。アンタたちにも馬車馬の如く働いてもらう」
「いやはや。冗談と笑い飛ばせればいいのだが、どうも本気で言っているようだな。婿殿は怖い男だ。……して、その目標を訊いてもいいかな?」
アークライトから問われたアルスは、『始祖』とホープス関連の情報、それに伴って抱いた危惧を余すところなく伝えた。
「正直、色々と信じ難くはあるのだが、調べればすぐにバレるような嘘をつく理由がなければ、一抹の筋が通るのも確かか……」
憂い顔でグロリアスは呟き、深々と溜息を吐いた。
「分かった。どこまで役に立てるかは分からないが、私たちもできる限りの協力をしよう。……それと、その目標は早いところ周知した方が良い。旧帝国も新帝国も、『始祖』の存在があってこそ成り立っている。であるならば、『始祖の願い』と『始祖の遺産』が絡む問題である以上、ある程度の無理を通しても道理が立つからね」
そして、協力を表明したグロリアスは表情を一転。凄絶な笑みを浮かべて宣った。
「分かってるさ。そもそも、文化の浸透融和を考えれば、大幅な改革は必須だ。能力の不足している者や、帝国の利益よりも己が利益を優先する者を重役に就ける余裕はない。たとえ貴族が相手であろうと、必要以上の特権を認めるつもりはない。……まあ、罪人でない限りは、誰であろうと必要最低限の生活が送れるように配慮はするがな」
「イイねイイね! う~ん、これだけ心が弾むのはどれだけ振りのことかな? 君とは上手くやっていけそうだ。これからもよろしく頼むよ、義弟くん」
「こちらこそよろしく頼みますよ、義兄上」
「フッフッフッ……」
「クックックッ……」
室内にアルスとグロリアスの笑い声が静かに響き、周りの面々はそれをドン引きした表情で見つめるのであった。
取り敢えず序章完です。
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