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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第39話

「些か脱線してしまったが、話を戻すとしよう。当然だが、三人を呼んだのにはきちんと理由がある。……一番は東の隣国――『カークウッド王国』だったか?――に対する国民の返還交渉で脅しとして使うためだ。アンナたち別動隊が散々に痛めつけてはくれたみたいだが、やはり武器と魔法とでは端的に言って派手さが違うからな。脅しとしてはもってこいだ」


 パンパンと手を叩き、アルスは軌道修正を図った。

 ホープスに居たときに比べ、アルスの知識も増えている。その最たるものは隣国に関する知識だろう。立地の関係もあっただろうが、クサナギ公爵領では大雑把に『北の連合』、『東の隣国』といった程度にしか扱わなかったのだ。

 だが、さすがに直接の被害を被りかねない領邦ともなれば、隣国の名前くらいは一般常識として広まっているし、ご当地の言語を話せる者もいる。むしろ、国が違えば言語も変わっておかしくないことを鑑みれば、通訳可能な者がいて然りだ。いなければ交渉もままならない。

 この短時間で言語まで話せるようになるのは不可能だったアルスだが、国の名前くらいは覚えることができた。……まあ、若干怪しい部分はあるが。


「当時の状況を鑑みると、『寝返り』という手はまさに妙手だっただろう。食うにも困る状況で攻められたら如何ともしがたいしな。しかし、当時と今とでは状況が変わったのも確かな事実だ。隣国からの支援を引き出すことには成功したが、既に手を差し伸べられたからこそ、逆にどう扱われても不思議はない。領民全員奴隷落ち、なんて事態もあり得るだろう」


 権力者の手にかかれば、真実なんてものは如何様にでも捻じ曲げられる。風評も然りだ。

 そも、元々の所属国が違うのだから、領地を占領したからとて即座に自国民と扱う道理もない。

 既に『人道的観念からの配慮』は実行されたのだ。さりとて、その費用は無論タダではない。である以上、食うにも困る極限状態を脱却できたのなら、その費用を請求してもおかしくはないのだ。

 問題なのは、その請求先だ。

 状況を鑑みると、帝国に求めるのは期待薄だ。帝国の混乱が引き金となったのだから。

 そうなると、残りは支援を受けた当人たちに求めるしかない。しかし、敵国民と認知しているのであれば、馬鹿正直に適正価格を告げるわけもない。仮に告げたところで、『価値の違い』を引き合いに出されればそれまでだ。残酷な様だが、同盟国の民でもなければ自国民と同等に扱う道理も存在しないのだ。既に支援を受けたうえで、一面の道理も立っているとあれば、不満を覚えようと如何ともしがたいだろう。

 だが、ここで新たな請求先が現れたのも事実。帝国とルーツが同じである以上、新帝国に求めてもおかしくないのだ。むしろ、別動隊にさんざっぱら打ちのめされた事実を踏まえれば、その意趣返しとしてふんだくろうとしても不思議はない。

 金や物品で解決するならアルスとしても万々歳ではあるのだが、唯々諾々と従うのも馬鹿らしい。自分の不始末でもないし、ごねることが可能な要素もあるのだから尚更だ。

 だからこそ、互いに妥協点を探り合うことになる。

 そして、未だ返還交渉についてのコンタクトは取っていないが、既に勝負は始まっているのだ。先手を取った方が有利にもなれば不利にもなる局面であり、その逆もまた然りなのが現状である。


「あくまでも強気で臨む……と、こういうことですね?」

「少数精鋭が俺たちの売りでもあるからな」

「兵力だけならまだまだ向こうも余裕はあるだろうけど、それを率いる人材はまた話が別だからね。小隊長とか中隊長とかの被害は大きい筈だよ。私たちで大半を討ち取ったり怪我させたし」

「ま、それ以外に勝ち目が薄いだけだったけどな。いやはや、戦端を開かずに蓄えてただけあって、馬鹿にならねえ兵力だったぜ」


 サリウスが確認すれば、アルスが頷き、アンナとホリンが補足を入れた。

 数は確かに力だが、それを効果的に動かせるからこそ脅威なのだ。数の強みを活かしきれないのであれば『烏合の衆』でしかない。

 そして、効果的に動かすための大きな要素が指揮官であり、それをカークウッド王国は大きく失っている。将軍はもちろん指揮官級にもまだまだ余裕はあるだろうが、二の舞は御免被りたい筈だ。犠牲に見合うだけの、あるいはそれ以上の利益が見込めるならば無理攻めも選択肢に浮かぶだろうが、実行は難しい筈だ。


「まあ、三人を呼んだ主な理由はこんなところだ。さりとて、手札が多いに越したことはないから、すぐさま交渉開始とはならん。……ああ、そうそう。一緒に頼んだ件はどうなった?」

「持ってこれる物は、といったところだな。タイミングの問題もあるから、こればかりは如何ともしがたい」


 肩をすくめてマティークが答えた。


「何を持ってきたんです?」

「食材と調味料だな。あと、後続が馬を持ってくることになっている」

「馬? ……ああ、そうか。あなた方の家名を聞いて何かが引っ掛かっていたんですが、漸く思い出せました。帝国有数の馬の産出地でしたね」

「間違いではないですが、正確には連合自体がそうなのですよ、お嬢さん。さすがに加盟国の全てが該当するわけではありませんが、他国から憧憬と嫉妬を込めて『騎馬大国』と呼ばれるくらいには馬が産出されます。そこらの傭兵ですら馬持ちは少なくありません。もちろん、育成には相応の環境とノウハウが必要なわけですが、これは帝国傘下に入ってからもある程度は維持されています。また、これは帝国の傘下に入ってから分かったことですが、帝国の『良馬』ですら、連合では『一般』の域を出ないのです。逆説、連合の『良馬』ともなれば、他ではどれだけの値が付くか……」


 レンの言葉を受け、ラインハルトが補足した。

 実際、連合加盟国の多くが騎士団を抱えている。特に英雄の末裔の国々ともなれば特色ある騎士団となっており、ベルトマーなら火炎魔法の使い手を主体にした『紅炎騎士団』、トードなら雷魔法の使い手を主体にした『雷光騎士団』、シレジアなら風魔法の使い手を主体にした『暴風騎士団』といった具合だ。……末裔の中でもイザークは例外的に騎士団を持っていないが、馬を扱わぬが故の強みがある。

 他に類を見ないほどの『移動砲台』、『起動戦力』の豊富さが連合の長所と言えるだろう。引いては、それを支える馬の産出、率いる神輿の存在も。

 反面、どれかが欠ければその脅威もガクンと落ちる。

 神輿のいない騎士団では、団員にとって『ここぞ』という場面での拠り所がないも同義。

 機動力のない騎士団など、そこらの術士や戦士と大差がない。騎手のいない馬も然り。

 個々の能力自体が優れていようと、それを活かしきれなければ、どうとでも対処は可能だ。


「納得です。新帝軍を見てると毒されて忘れそうになりますが、馬が軍需物資の一面を持っているのは、まだまだ一般的ですからね。確かに十分な手札となり得るでしょう」


 レンはウンウンと頷いた。

 見せ札の有る無しでは、与える印象もまた違う。それを踏まえれば、リストだけではなく、その一部を前以て用意して置くのは大切だ。特に、一般に『貴重』、『重要』と扱われる物であれば効果も大きいだろう。ある程度認知されており、それでいて実用性がある物なら尚更に。

 たかが馬。されど馬だ。頭に『良』の一字が付くか否かで、その価値も大きく変わる。それは決して否定できない事実だ。


「馬については納得ですが、食材と調味料はなぜ?」

「それは、単に美味しい食事が食べたいからでしょうね。まあ、人気取りの面も含んでいるとは思いますが……」


 クスクスと笑いつつサリウスが言った。


「何にだって限界はあるものだが、それは食材に関しても同じことだ。鮮度を鑑みれば殊更短いと言えるだろう。それでも、どうにかこうにか工夫しつつこれまではやってきたわけだが、自領内ならばともかく、いや、たとえ自領内であっても、距離が開いては鮮度を維持しつつの運搬はコストがかかる。買ってすぐに食べるのならまだしも、保存するなら尚更に。結果として、領主とはいえ余程に資本力がなければ、新鮮な食材を豊富に取り揃えることなど不可能。……これが今までの常識だった」


 マティークの言葉に、レンとオーランジュは頷いた。

 辺境伯たるオーランジュだが、その彼をしても鮮度のある食材を揃えるには限度というものがあった。

 そして、人間というものは飲まず食わずでは生きていられない。世の中、そのままでも長期保存の利く食材も無いではないが、大概は何もしなければすぐに腐って食べられなくなる。だからこそ創意工夫がなされ保存食が生まれるに至ったわけだが、大抵は何かしらの欠点がある。必然、それをどうにかするための調理法や料理が生まれたりもしたわけだが、やはり限度がある。


「しかし、アルス様の支配領域内ではそれが変わりつつあるのです。街道整備、未だ限定的ではありますが車両の開放、新たな魔道具の開発……それらが組み合わさった結果、人であれ物であれ、今までよりも遥かに短時間での運搬が可能になっているのです。特に車両なり魔道具なりを貸し与えられている商人は、アルス様の指示でぼったくりが禁止されているのも大きいでしょう。今までに比べると遥かに安価で様々な食材を手に取ることができるようになりました」

「また、アルス様お抱えの研究・開発陣の尽力もあり、土地土地で新たな産物の可能性も生まれました。風土や気候によって育ちやすい作物は異なりますが、生きるために不向きな作物も無理くり育てていた面が無いではありません。通常、それを変えるとなれば大きな反発が予想されるものですが、先の事情もあって期待感の方が増しているのが実情ですね」


 ホープスという環境に帝国内の研究者が集い、それを上手く活用した結果だ。大雑把ながらも完成図があり、同業者と有意義な意見交換ができて、研究に必要な素材も限度はあれど敷地内で手に入る。加えて設備も上等とくれば、今までからは考えられない速度で技術が進捗しても不思議はないのだ。

 無論、研究者ごとに一番に研究したい事柄には違いがあって然りだが、それを踏まえてもホープスという環境に対する魅力の方が勝るのも大きな要因だろう。それ以外にも、研究を進めるうえで何が役に立つか分からないのも事実だから、他の研究を手伝うメリットが存在するのも一因としてある筈だ。

 ホープスにはシオンを筆頭に同期生もいれば、エクシードという管理AIもいる。そのため、研究陣の暴走を防ぐことも問題ない。むしろ、安全性の維持が期待できなければ、こうも留守にしておけるわけがない。『マッドサイエンティスト』というのは、何もフィクションの中だけの存在ではないのだから。

 常識と良識を持ちつつも、『未知』への解を求めて暗がりの中へと足を踏み出す存在。これが『マッドサイエンティスト』の正体だ。そして、こういった存在は何も科学面でのみ存在するわけではない。料理人にも武芸者にも、それ以外にだってこういう存在はいる。

 同時、こういう存在が居なければ発展というものは有り得ない。リスクを踏まずにリターンを得ようとするのなら、余程の幸運が必要だ。しかし、往々にしてそこまで幸運に恵まれる存在などまずいない。


「いずれは飽食にするのが理想の一つではあるな。俺自身、不味い飯よりは美味い飯を食いたい。……が、何でもかんでも厳選すれば良いってものでもない。料理人、設備、食材、それら全てを厳選した料理はさぞかし美味なんだろうが、それが『当たり前』になっちゃダメなんだ。そういうのは、皇帝であってもごく偶に食べられるくらいで丁度良い。……まあ、まだまだ先の話ではあるし、塩梅が難しいのも事実だがな」

「……『技能者』の話ですか。今の例で言うなら料理人ですね。仮にそのような極上の美味を作れる料理人がいるのなら、その技能を安売りさせるわけにはいかないでしょう。確かな価値を付けなければ、新たにその域を目指す者がいなくなるかもしれません。そうした意味で手っ取り早いのは『皇帝お抱え料理人』といった肩書でしょうが、それはそれで無駄な誇りを生じかねさせませんか……」

「そういうことだな。肩書を付けることで、方向性を歪ませたり縛りつけたりする可能性は捨てきれない。『皇帝陛下にこんなありふれた食材で作った料理をお出ししろというのか!』……なんてのは簡単に思いつく」


 肩をすくめてアルスが言うが、その場の誰しもが簡単にその場面を想像することができた。つまりは、それだけ的外れな危惧ではないということだ。


「俺としては、そういうありふれた食材を如何に上手い料理に仕立て上げるかが腕の見せ所だと考えてはいるのだがな」


 アルスの言にも一理あるが、想像内における料理人の言にも一理あるのだから、現実とはままならないものである。……『考え方の相違』と言ってしまえばそれまでだが。


「話は変わるが、そんなわけで今晩の食事は俺たちが作るから期待してろ」

「はあっ!? ……正気ですか?」


 アルスの言葉にレンは驚きを露わにし、次いで正気かを問いかけた。中々に失礼である。


「正気も正気だ。第一、初見の食材を上手く調理しろってのはいくらなんでも無茶振りが過ぎるだろ」


 それを気にすることもなく、アルスは軽々と受け流す。


「それはそうですが……」

「元より、無駄に凝った料理なんか作れないからそんなに心配するな。『お手軽でも上手い料理がある』、『こういった料理がある』、ってのを示すためでもあるんだよ」

「そうそう。それに、応用次第で陣中食の改善にも繋がるしね」

「そう言われると断るのも難しいですね。……ですが、それなら後学のために私も参加させていただきます」

「そういうことであれば、私も便乗させていただきましょう」


 そんなわけで、本日の夕食作りにはレンとオーランジュも参加することに決まったのであった。

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