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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第7話

 西方麾下の一つ、グエル家を相手に勝利したアルスたちは、戦後処理を進めつつ、領主館の会議室で次はどこを相手にするかを話し合っていた。その場にはアルスたち以外の姿もある。

 クサナギ公爵領の隣領、かつ実際にアルスたちが姿を領内に現したことで、西方の領主たちや商人たちの中から協力を約する者たちも現れたのだ。それこそ、当主派と子息派を問わずに。

 こういった者たちが現れるのは不思議でも何でもない。移動速度は一般的な軍とは比較にならないほど速いとはいえ、アルスたちは決起してからまずガラント領に行き、その地を鎮圧し、その後の方針を話し合い、それから西方に訪れているのだ。

 同時、コネを使えるだけ使って、アルスたちが起ち上がったことも流布している。

 それだけの時間があれば、ある程度の情報は拡散するだろう。近隣であれば尚更だ。

 正味な話、当主派と子息派を問わず貴族たちは岐路に立たされているのだ。子息派による一斉蜂起を容認し、認めるか。決して認めず、正当権威に忠義立てするか。或いは、起ち上がった新帝派に靡くかだ。どの選択肢にもメリットとデメリットがあるのは当然だが、現状では事態がどう転ぶかも定かではないのが実情だ。

 蜂起を誘発しそれを過不足なく抑え込めたのであれば、或いはその逆に一斉蜂起が万事滞りなく成功したのであれば、事の是非はともかくとして『帝国の力はまだまだ衰えていない』ということを示す証となっただろう。前者であれば『老いてなお盛ん』と、後者であれば『若き力の台頭』と言い分をつければいいのだから。

 だが実際には成功と失敗が入り乱れ、内乱状態となっている。これではどちらに付けばいいのか分かったものではない。……だからこそ、アルスたちが決起したわけであるが。

 現状、貴族の権威は帝国が認めたものであり、当主派と子息派のどちらが勝利したとて家門は維持されるだろう。しかし、どちらに付くかによって権限は大幅に変化する。陞爵もあれば降爵もある。そのため、勝ち馬は慎重に見定めねばならず、裏切りだって考慮せざるを得ないだろう。

 一方、新帝派が勝利した場合、現状の権限は塵と化してしまう。だからこそ、早期に新帝派に協力する理由に繋がる。

 そういった事情ゆえに、先を考える者であれば情報の収集に力を入れていて然りだ。一斉に蜂起した子息派だが、表立って聞こえる理由だけが全てではないのだ。中には切実な理由だってあるかもしれない。

 商人だって同じだ。『客は平等』と謳いつつ、その一方で『お得意様』という後ろ盾があってこそだ。力ある『お得意様』にそっぽを向かれたり、『お得意様』の力が弱まったりすれば、運営にも支障をきたすだろう。

 それを思えば、各々の立場の違いはあれ、アルスの許を訪れ協力を約するのは理に適う行為だ。

 しかし、姿を見せるのがあまりにも早すぎる。偶々タイミングが合っただけと考えることもできるが、何割かはどこかで様子を窺っていたと考えるのが妥当だろう。だとすれば、グエル家はアルスたちを測るための試金石に使われたことになる。

 そう察しをつけつつも、それを咎めることはしない。さりとて、察していることを匂わせはした。侮られる分には構わないが、良いように使われるのは御免である。

 既に武力の一端は示した。そして、自分たちはイノシシではない。利用する分には構わないが、使い方には気をつけろ。――グエル家の顛末を契機にアルスたちの許を訪れた一癖も二癖もある者たちに対して、言外にそう告げたのである。


「はは、これは手厳しい。しかし、なればこそ私たちは賭けに勝ったとも言えましょうな」


 それに対し、そう言葉を返す人物がいた。アルスたちよりは年上だが、未だ若い。

 アルスたちに対する協力、及びアルスたちからの支援を引き出すことが目的の訪問客に対しては、個別対応ではなく一括対応することにしていたため、初見の相手も多いのが実情だった。この人物もその例に洩れない。


「貴殿は?」

「これは失礼しました。西方麾下、ジェターク領を預かるダリル・ジェターク子爵です。まあ、嫡男勢の一人ですね」


 当事者が直に訪れていること自体驚きではあるが、苦笑を浮かべて言葉を締めた立ち振る舞いからは権勢欲など見受けられない。


「誤解なさらないでほしいですが、私は正規の手順で爵位を継承しておりますよ? 情勢ゆえに皇帝陛下への御挨拶こそまだおこなっておりませんがね」


 飄々とした態度ではあるが、そこには己がおこないに対する後悔など微塵も見られない。むしろ、それに同調するかのように頷く者たちの姿が室内には多かった。

 詳しく話を聞くと納得のいくもので、要は切羽詰まった状況での『苦肉の策』というか『処世術』であるらしい。

 まず、南西を治めるクサナギ公爵領の隣領ということもあって、西方と南方の領主はクサナギ公爵領を意識せずにはいられないそうだ。もちろん自分たちの寄り親が第一ではあるのだが、縦の繋がりだけではやっていけないのが社会というものだ。そこにはクサナギ公爵領の統治振りも拍車をかけている。

 クサナギ公爵領は、貴族としては『おおらか』というか、体面を重要視しない気風が領内に定着している。とはいえ、必要とあればきっちりと利用するが。

 生活のグレードは貴族として質素だが、領民が困窮することもない。領内全土で見ても賊や魔物の被害が非常に軽微で済んでいる。麾下領主同士の小競り合いも、起こらないでないが問題視される程でもない。……統治者として見るならば、これ以上ないほどに統治されているのがクサナギ公爵領であるそうだ。

 とはいえ、八大領邦の中でもクサナギ公爵領は特殊である。『始祖降臨の地の護り手』という代々のお役目というか名分もあって、中央との繋がりを最低限に済ますことができているのだ。始祖が直々に与えたために、皇帝と言えど撤回させるのは容易ではない。

 そんな特殊な強みなどない他の領邦は、中央の意向を無視しきれないのが実情である。

 そんな折、家の後継者として今まで頑張ってきた自分たちを蔑ろにし、弟妹を持ち上げる話がそこかしこで出てきたではないか。『始祖の再来』と交友があるのは良いことだし、その利点を認めないではないが、だからといって自分の努力を蔑ろにし弟妹に家督を継承させるのは違うだろう。断じてそれを許すわけにはいかない。……意訳するとこういう話が嫡男勢の間に出回り始めた。

 同じ嫡男の立場にある者としてその気持ちは分からんでもないが、気持ち一つで領地を治められたら苦労はない。さりとて、この流れに真っ向から逆らうのも難しい。

 何せ帝国領内の各地に予想を超えた速度で広まっていたからだ。帝都で聞いたばかりの話を、自領に帰った途端に隣領の嫡男から確認された時など、これ以上ないほどダリルは驚いたそうだ。

 それでいて、当主に悟られている様子もない。……普通に考えて、これ以上ないほどにキナ臭い。誰かが御膳立てをしているのは間違いないだろうが、余りにも見事過ぎるのだ。

 そんなわけで常識と良識のある嫡男勢の一部は、話をそっくりそのまま当主に回したらしい。

 結果、周囲の状況やらも鑑みたうえで、敢えて簒奪失敗に見えるように立ち回った家もあれば、タイミングを合わせて正規の手段で家督を譲った家もあるそうだ。

 簒奪か正規の手段で得たのかなど外からは簡単に分かる筈もないので、ダリルもここに来て見知った顔の多さに驚いたそうだ。何せダリルのように当主自身が訪問しているパターンは少ないが、或いは近隣領主の家の重鎮、或いは傍付きの使用人、或いはお抱え冒険者、或いはお抱え商人がいるのだ。

 表向きの結果がどうあれ、内実は当主と子息がしっかりと協力している領地は統治に問題など起こる筈もない。そんなわけで、少数の人員を派遣するのに不都合などありはしなかったのだ。

 ダリルらの行動の裏には、それだけクサナギ公爵領の影響が働いている。新帝派と言い換えてもいいだろう。クサナギ公爵領の隣領という近場だけあって、より遠方の領地に比べればホープス関連の情報を得やすく、その真贋も見極めやすいのだ。

 普段から情報の収集に力を入れていれば、そして一端の危機感があれば、その後に考えを巡らせて然りである。そんなダリルらにしてみれば、旗頭がどうなるかまでは分からなかったものの、ホープスに滞在している者たちが黙っているとは思えなかったのだ。実際、アルスたちは決起した。


「そうなれば、あとは己が耳目――乃至はそれに比肩する耳目――で最終確認をするだけです。そして結果は上々でした。私としては新帝陛下に忠を誓うに否はありません」


 ダリルがそう言って頭を下げる。それに対する訪問客たちの表情が面白かった。喜色を浮かべて続く者もいれば、渋面や苦笑を浮かべている者もいたからだ。

 おそらく、後者の本音としてはもっと高く自分たちを売りつけようとしていたのだろう。だが、そんな思惑をよそに子爵のダリルが先陣を切ってしまった。これでは、より低位の貴族である男爵や騎士爵が値を釣り上げることなどできはしない。より高位の貴族である伯爵以上であればやってやれなくはないが、それではアルスたちからの心証が悪くなる。ダリルよりも下になってしまうのは間違いなく、新帝陛下の治世で立場を得るのも難しくなってしまう。


「協力の約、感謝する。決起したばかりで現状では木っ端に等しい我らだが、だからこそ事が成った暁にはきちんと働きに報いるつもりだ」


 アルスもまた、そんな彼らに対して高らかに宣言するのであった。……意訳すれば、『俺の政権では元の立場なんぞ関係ねえからな? 見返りほしけりゃしっかり働けよ?』である。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 全てではないにせよ西方の領主たちを味方につけ、そのコネで西方に拠点を置く商会や冒険者、傭兵団などの協力も取り付けたことで、アルスたちの進撃速度は格段に早まった。

 西方は割と平和だ。外敵もおらず、戦闘の機会など領内の賊や魔物退治、或いはごくたまに要請を受けて北方への援軍に行く程度。それでも、確かな戦闘能力を有する者たちは存在した。

 これは西方領内にダンジョンが存在しているためだ。ダンジョンと言っても『迷宮』ではない。言ってしまえば『魔力溜まり』だ。

 このダンジョンは、帝国領内だけでも何ヶ所か確認できていた。範囲を広げればどれだけあるか分かったものではない。

 帝国が誕生してからの永い歴史の中、分野を問わず色々と研究されている。その結果、魔物やダンジョンについても仮説が立てられている。

 まず、魔物とは『魔力』に適合した存在である。分かりやすいところだと野生動物が適合した存在が挙げられるだろう。この仮説で考えると人間もまた『魔物』の一種ということになるが、精神的な問題以外に否定する要素は少ない。それを後押しする存在として、不死者(アンデッド)幽霊(レイス)の類が挙げられる。

 そして魔力溜まりとは、文字通りに魔力が充満している地点である。間欠泉の如く大地から魔力が噴き出しており、その影響力が多大に及んでいるだろう範囲を便宜上『ダンジョン』と呼称しているのだ。

 そんな理由もあってか、ダンジョンでは魔法が発動しやすくなり威力が上昇する。これを利用して、ダンジョンで修行する者たちも少なくはない。

 ただし問題点として、ダンジョンは魔力の噴出点に近付くほど棲息する魔物が強力になる。一般的に外側から『外縁』、『中層』、『深層』と呼称されているが、中層以降は元が同じ存在とは思えぬほど異常進化を遂げた個体も珍しくはない。単に強くなっているだけではなく、生物としての『格』自体が上がっているのだ。

 それ以外の問題もあって、魔物は決して徒党を組んでいるわけではないことも挙げられる。元となった動物次第ではつるむ魔物もいるようだが、基本的には敵同士。ぶつかり合いの結果、外縁部に押しやられてくる魔物も皆無ではないのだ。

 そして、たとえ押しやられてきた魔物であっても、元は中層以降に棲息するとあれば、その強さと危険性は段違いであり、早急な対処が必要となる。

 そのようにダンジョンの危険は大きいが、充満する魔力の影響もあってか、珍しい素材が取れたりする。

 また、仕留めた魔物素材の買取価格も一般的な魔物に比べると高い。さすがに外縁部の魔物は量が集まりやすいこともあってそれほど高値はつかないが。……ただし、これは現地の話であり、他の領邦に持っていくと途端に高値がつく。

 まあそんな事情もあり、西方領邦ではダンジョンに挑む者が後を絶たない。実力にもよるが、コンスタントに中層以降に潜れる冒険者もいるし、状況確認を兼ねて定期的にお抱え騎士団なり傭兵団なりを派遣して修行させている領主もいる。

 総評すると、西方領邦はダンジョンと如何に上手く付き合うかが領主の明暗を分けている土地なのだ。

 そして『明』の側の貴族は、時勢を読むのが上手ければ、世渡りも上手い。早い話、アルスらに協力を表明した貴族はこちら側だけである。……逆説、グエル家は『暗』の代表となるだろう。

 己が沽券も関わってくるとあってか、或いは見返りを期待してのことか、貴族たちが派遣してきた戦力は確かなものであった。中には中層以降に潜れる実力者もいたのだから、その本気振りが窺える。……これでダンジョンの監視や領内の治安維持のための戦力は残してあるというのだから、層の厚さは確かなものだ。

 ともあれ、そんなわけでアルスたちのマンパワーが向上したのだ。それでも少数精鋭であることに変わりはないが、むしろ少数を維持しているからこそ移動速度も維持できている。

 アルスたちが、その『数の暴力』ならぬ『質の暴力』で以て西方全体を鎮圧し終えるのは、そう遠いことではなかった。

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