あたしだけを見な。
うわ、最悪……。見たくもない光景に出くわしてしまった。正直言って無関係な他クラスの男女に睨まれても、マジで関係がないし、勝手にやってろよ! って叫びたくなる。それなのに、ソイツは勝手にその行為を切り上げてあたしの領域に入って来た。
「――サイアク」
いつものようにあたしは、賑やかすぎる教室では無くて、比較的静かで人がいない屋上で気軽に昼を過ごそうと上がって来ていた。屋上の扉を開けて周りをよく確認しなかった自分が悪いといえば悪いけど、まさかって思ってしまう光景だっただけに、逃れられない立ち位置で強制的に観察してしまった。
「えーいいじゃん。誰もいないし、ここでしようよ? 俺、優しいよ?」
「どうしよっかな~……あ」
「どうしたの? 俺を見てよ」
「人、人がそこに立ってるんだけど……」
勝手にいちゃついてろよ。って思って、さすがにそいつらから目を離して場所を変えようとした時だった。
「待って。君、時葉だろ? 何で逃げるん?」
「関係ないし」
「あぁ、そうか」
そんな一言だけで、いちゃついていた女子を帰すとかなんだコイツ。
「は? 彼女じゃないのかよ? あたしに構わずいちゃついてろよ!」
「違うよ。彼女は遊び相手が欲しかっただけで、それに付き合ってあげただけだし」
なんて奴。こんなチャラい遊び人は合わない。絶対に合わない。だから相手をしてやる意味もない。
「時葉、待って!」
「触るな! あたしに触れたかったら、さっきみたいなお遊びはやめろよ! あたしはそういうのが嫌いなんだ。あたしだけに心を持つんなら、そうしろよ。出来もしないくせに気安く話しかけんじゃねえよ!」
何て男だ。それくらいムカついた。この後はそのまま足に力を込めながら階段を下りて、教室に戻るしかなかった。そしてどういうわけか、こんな精神状態の時に限って『かなで』は声をかけてくる。
「こころ、どうしたの? すっごいキレてんじゃん。屋上の風物詩でも見て来たとか?」
「風物詩? 悪いけれど今はあんたと話すほど余裕ないし、優しくもなれないんだけど?」
「あーうん。見てきてそれでキレてるんだね。ってか、そこでこころを探しているのがカレじゃん?」
「はぁ? どこにそんな――ちっ……」
「舌打ち危険すぎるからやめなってば。とにかく、カレを追い返すことが出来るのはこころだけ。ハッキリ言ってやればよくない?」
「はぁ、めんどくさい。ストーカーかよ。いいよ、行って来る」
「うんうん、ガンバ」
「頑張らない。意味が分からないし」
気のせいか自分だけがピリピリしていて、かなでを含めた周りの女子たちは何かの期待に満ちた表情であたしとソイツに注目をしている気がする。そういうのもウザいと感じて、ソイツが声をかけてくる前に無理やり腕を引っ張ってそのまま屋上に連れて行くことにした。
「おっ……って、ちょっと時葉?」
「黙れ。屋上で話つけてやる」
一発顔をぶん殴ってでも、ソイツを記憶から抹消しようと思って屋上に連れ戻したものの、屋上の扉を開けた途端に頭の中が真っ白になってしまって、何も言葉が出て来なくなった。
「えーと、時葉? な、なに?」
「何じゃねえだろ! 何であたしを追いかけ回してんだ? あたしのクラスにまで来てんじゃねえよ! 用があるんならハッキリと言えっての!」
「時葉、俺と付き合――」
「ざけんな! さっきも言ったけど、あたしに触れる、触れたいんならあたしだけにしな。あたしだけを見ろよ。あんなふざけた光景を見せられた挙句に、そのままの流れでどうしてそういうふざけた告白が出来るんだよ」
勢い任せでほぼ怒声を荒らげてしまった。違う、ホントは……。
「ごめん……俺のこと、どうすれば許してもらえるかな」
欲しい言葉があるし、して欲しい行為もある。でも、あたしから言うものか。気付けば許す。ただそれだけのことにすぎない。
コイツの名前は知らない。それを聞くとしたら付き合いだしてからだ。そう思いながら反応を待っていた。
「――時葉」
「――バカっぽいけど、この後どうする?」
不意に口元にコイツの口が間近に迫っていた。もちろん未遂。
「こうする――」
「――」
キスなんかじゃなく、自分が普段からしてきた頭なでをされてた。というか、手を軽く置かれただけ。
「てっきり不意打ちキスかと思ってた」
「会ってすぐにするほど俺、軽くないよ。俺は時葉だけを見ていたい。キスはその後の展開で期待しときたい」
「分かった。じゃああたしだけを見るんだろ? あたしだけに触れて、あたしだけに恋をする。だったら、していい」
「うん、そのうちする」
突発的展開と、逆告白。結局のところは、自分がかまって欲しかっただけなんだ。だからもう、コイツでいい。
あたしだけを見てくれるならそれだけでいい。それがあたしの望みなのだから――
短いお話でしたが完結です。
お読み頂きありがとうございました。
この話は短いながらにヒロインの、伝えたくても伝えられないもどかしさを表現するという、挑戦的な物語でした。
次回はもっと頑張ります。