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本当に使ってもいいのか聞きたくなるほど、すずなに与えられた部屋は広かった。
「これで一人部屋なんですか」
「ええ。少し狭いかしら」
「いえ、広すぎるんです」
冷や汗がじわじわと滲んできた。どう考えても四人部屋にしか思えない。
「それからこちらがお姉さんのお部屋ね」
桔梗はにっこりと微笑みながら、もう一つのドアの前に立った。迷子になりそうなほど屋敷は大きかった。
「ここが秀馬のお部屋で、そのとなりが透也のお部屋よ」
はい、と頷きながら長く伸びる廊下を歩いた。他にもたくさんドアが並び、誰の部屋なのか絶対に間違えると緊張した。
ふと以前鍵がかかって開かなかった大きな部屋を思い出した。なぜか暗く沈んでいるように見えた部屋だ。
「桔梗さん、あの部屋は何の部屋ですか」
指を差して聞いてみると、すぐに答えが返ってきた。
「秀馬がお花を育てている部屋よ。中には植木鉢や花の育て方の本や園芸に必要な道具が置いてあって、秀馬だけが入れるようになってるの。秘密部屋みたいなものね。別に秘密にしなくてもいいことだけどね」
そういうことか、と疑問がやっと晴れた。異様な雰囲気だったのは長いこと人間が中に入っていないので生気が感じられなかったからかもしれない。手入れをしていないから花も枯れてしまっているだろう。後で秀馬に詳しく聞いてみようと決めた。
「秀馬はどちらかというと一人でいるのが好きで、あまり外に出たがらない性格なの。逆に透也は一人でいるのが苦手で常に周りに誰かがいないとだめだった。全然違う性格だったからケンカもそれほどなかったわ」
昔は本当に何の問題もなかったのだと改めて思っていた。幸せだった頃の佐伯家を見てみたい。
「堀井さん、これからはあなたのことをすずなちゃんって呼んでいいかしら。いつかは堀井という姓ではなくなるし、家族になるでしょう」
つまり秀馬と結婚するという意味だ。嫁に迎え入れるのは本気だと確信した。
「はい。よろしくお願いします」
どきどきしながら答えると、桔梗は満面の笑みになった。
「それから英一郎さんがすずなちゃんに会うために日本に帰ってくるので、みんなでお祝いしましょうね」
「日本に帰ってくる?」
あっさりと言われたが、すずなの心にはずっしりと重くのしかかった。さすがに父親となると焦ってしまう。無礼な真似は絶対にできない。失礼なことをしてしまったら悪い印象を持たれる。すぐに秀馬に相談すると呆れた顔を向けられた。
「どうしよう。あたし無事に過ごせるのかな。嫌われちゃったら……」
「変な妄想すんなっていつも言ってんだろ。俺も透也も母さんもお前の味方だし、普通にしてればいいんだよ。とりあえず怒鳴るのと泣くのをやめておけば問題ねえよ」
「だ……だけど……」
落ち着かせるためかぎゅっと両手を強く握りしめてきた。そして真剣な眼差しで見つめた。
「誰が反対しても俺はお前のこと、娶ってやるから」
「めとる?どういう意味?」
目を丸くして首を傾げると、不機嫌な表情に変わった。
「それくらい高校二年だったら知ってろよ。お前本当にバカだな」
むっとしながらすずなも言い返した。
「でもバカで子供っぽいからいいんでしょ。あたしも秀馬の冷たくて意地悪で自分勝手なのがいいところだと思ってるし、そこが好きなんだよ」
傍から見るとただ口争いをしているだけにしか思えないが、二人にとっては普通の恋愛なのだ。もう離れてしまうという不安は消え、明るい未来しか見えない。繋がったのを確かめるためにすずなの方から唇を重ねた。
「すずちゃん、よかったね」
背後から声が聞こえ勢いよく後ろを振り向くと、有架と透也が並んで笑っていた。すずなも秀馬も全身が炎が燃え上がるほど熱くなった。
「い、今のはね、キスじゃなくって」
「どうして隠すの?それに、あたしは初めて会った時からすずちゃんと佐伯くんは繋がれるって信じてたよ」
有架は何もかもわかっていたという意外な事実に驚いた。「東条くん」から「佐伯くん」に変わっているのは、透也が全て話したからだろう。
「邪魔しちゃいけないから俺たちは先に行こう」
透也が優しい声で有架に言い、ゆっくりと歩き出した。二人も運命の相手と出会えたのだ。
「いいなあ……有架。あたしも彼氏とデートしてみたいな……」
独り言が漏れてしまい、はっと口を閉ざしたが秀馬の耳にはきちんと届いていた。
「デートしてみたい?」
「だって今まで出かけてたのはデートじゃないでしょ。もっとロマンチックなところに行きたいよ」
すると秀馬が腕を掴み歩き出した。ずるずるとひきずられながらすずなはあわてて聞いた。
「なに?どうしたの?」
「デートに行くんだよ。恋人同士なんだから当然だろ。それに行きたいならはっきりそう言えよ」
ようやく彼女に認められたと感じた。感動で涙が溢れそうになったが堪えた。嬉しいのに泣くのはおかしい。
「よし、これからはあたしが秀馬のことぶんぶん振り回してあげるよっ」
大声を出して飛び込むように抱き付くと、秀馬もにやりと笑った。
「できるもんならやってみろ。またたくさんいじめてやるから」
嫌味に聞こえないのはすずなだけだろう。しかしそれでいい。大好きな秀馬と繋がっていられれば、ずっといつまでも幸せに生きていけるのだから。
読了ありがとうございます。
ここまで長いお話になるとは全く思っていなかったので、自分でも驚いています。
話のきっかけは、今まで私が書いてきた女の子は大人しくて控えめな性格ばかりだったので、元気で明るくて前向きな女の子を書きたかったからです。
また、好きな人と嫌いな人が変わるというどんでん返しみたいなストーリーにしたかったので、満足しています。
秀馬が花を育てているとか、花言葉とか、バンスクリップとか、恋人同士のフリなどは完全な思い付きです。キャラはしっかりと、ストーリーはゆるくが私の書き方なので!
読んでくださった方、活動報告のコメントをくださった方には心の底から感謝しています!ブックマーク、評価などもありがたいです。
ではでは、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




