48頁:仲間の戦力を把握しておきましょう
『剣術スキル』
剣で戦うスキル。
オーソドックスな戦闘用スキル。攻撃力、間合いなどのバランスが良い。基本的には『片手剣』『両手剣』の技が主体だが、派生技能には『二刀流』『曲刀』『フェンシング』などがある。
ボスダンジョン攻略四日目。
長らく一部のプレイヤーに独占されていたフィールドの隠しダンジョン。
通称『上位種の洞窟』と呼ばれるダンジョンシリーズであり、『時計の街』から周囲の六つの町までの間のフィールドに出現する十種類のモンスターの亜種、上位種の巣窟であり、『時計の街』の周囲でも前線レベルのモンスターと戦うことができる、人によってはかなり便利な場所だ。
そんな場所で、〖ワイルトパピー〗の上位種〖ブラッドウルフ LV30〗を鎌で貫きながら、楽しそうに笑うプレイヤーがいた。
「ヒハハハハハハ!! もっともっと速い奴は、固い奴は、重い奴は、大きい奴は、強い奴はいねえのか!! そんなんじゃ腕がなまっちまうぜ!!」
ナビキのもう一つの人格、ナビキの闘争本能ことナビである。
ナビキがスカイの護衛をしているという事は同時にナビにもスカイの護衛の責務が発生しているのだが、ナビはスカイから
『私は店にいるから適当に遊んでていいよ。でもお昼ご飯までには帰ってきてね~』
と言われているので、こうして遊びついでに経験値稼ぎをしているのだ。
「おいおい、もうポップ枯渇しちまったのか? ホントはあたしもボスとやりたいのをあんたらで我慢してんだよ……あーあ、きっとあっちは楽しんだろなー」
大きな声で独り言を言いながら、ナビは奇襲を仕掛けてきた〖ブラックファング LV31〗を鎌の先端で串刺しにし、宙に放りだした後に刃で真っ二つにする。
「黒ずきんが帰ってきたら遊んでもらおうかな……」
呟きながらナビは思う。
黒ずきんなら楽しめるかもしれない……赤兎ほどじゃないにしても。
《現在 DBO》
アイコの主要スキル『気功スキル』には、大きく分けて三つの使い道がある。
一つ目は筋力、防御力の強化。
二つ目は時間経過による自然回復の能力を強化して行う持続的回復能力。
三つ目は敵の『気』を感じ取る索敵能力。
これにより一人でも戦闘、回復、索敵ができ、パーティープレイでも索敵、近接戦闘担当として十分活躍できる……はずだった。
だが、スキル的に『できる』ということと、プレイヤーが『使いこなせる』かどうかは別問題だ。
「アイコ、前に出過ぎだ、囲まれるぞ!」
「え、いつの間に!?」
「こっちの道は開けた!! 戻ってこい!!」
アイコは、赤兎の前で良いところを見せようとする意識なのか緊張なのか、赤兎がいる前では気合いが空回りし、ミスを連発していた。
その失敗をサポートするのはライトと赤兎の仕事だ。アイコ自身が高い防御力を誇るのでうっかり罠にはまったくらいで即死の心配はないが、危険な状況にある少女を黙ってみているわけにもいかない。
それがライトの狙いだった。
アイコには緊張を和らげたりミスを防いだりするような策を何一つ仕込んでいない。むしろ、緊張を増長させるような助言をしてある。
『第一印象は大事だ。実力を見せつけてやれ!』
そう言っておけば、必ずミスを連発するとわかっていたからだ。
そして、アイコがミスすれば、赤兎は必ずサポートする。それで間に合わない時はライトがサポートする。
そして、アイコの『守ってあげたいヒロイン』としての立ち位置を確立するのだ。ライトの計算では、赤兎は護られるより護るタイプの気質の持ち主だと考えられるため、『赤兎がアイコを護る』というパターンから始め、そのうち『赤兎とアイコが共闘する』というパターンに進展させる。
「フフフ。さあ、主人公よ……本能のままにヒロインを護るがいい」
ダンジョン探索の休憩時間。
アイコは、安全エリアの隅で体操座りになってうなだれていた。良いところを見せようとして失敗ばかりになってしまったことが精神的に大きなダメージとなってしまったのだ。
「もうだめだ……ごめん、ライト。協力してくれたのに……」
ライトの計算通りだとは知らずに落ち込むアイコ。
そんな彼女の傍らに歩み寄る男がいる。
「よう、さっきは危なかったな。どっか痛いところでもあんのか?」
アイコはその声に反応し顔を上げる。
そこに立っていたのは、アイコがかっこいいところを見せようとして逆に失態ばかり見せてしまった相手……赤兎だった。
安全エリアの中の少し離れた場所でライトは戦闘で使った武器を整備しながらほくそ笑む。
なにせ、赤兎をアイコのもとへ誘導したのはライトなのだ。
『あいつ調子が良いときと悪いときの差が激しいんだ。ちょっと行って励ましてやってくれ』
アイコには悪いが、最初は弱い部分を惜しみなく見せてその後、頼りになる部分を強調した方が効果的だ。ファーストコンタクトでステータスそのものの高さは赤兎も文字通り肌で感じているはずなので、どんなに失敗しても『ただの足手まとい』という印象にはならないはずだということも計算に入っている。
ライトが磨いた武器の反射と『聴音スキル』を利用してこっそりと見守る中、赤兎はアイコの隣に座った。アイコは想い人からの思わぬ接触に赤くなるが、赤兎は気がついていないらしい。
「ちょっと隣、邪魔させてもらうぜ」
後出しだ。断る隙もなかった。
「まあ、誰だって調子の悪いときくらいあるぜ。元気出せ」
赤兎はアイコの肩を軽くたたく。
アイコの顔はもうトマトのようだ。
「せ、せっかくパーティーに入れてくれたのに……迷惑かけてごめんなさい」
アイコはとりあえず謝ることにしたらしい。
だが、大して気にしていない赤兎は明るい笑顔で応える。いい流れだ。
「迷惑なんかじゃねえよ。アイコの攻撃すごかったじゃねえか、防御も固いし、すごい心強いって!」
そう。ミスは多かったものの、アイコだって今までソロで戦ってきただけあって、しっかりと敵は倒せている。素手でモンスターを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、武器を持たない分不利な間合いを足運びと牽制で補いながら一体ずつ確実に倒そうとしていた。赤兎は戦いながらもちゃんとアイコの戦いを見ていたらしい。
「それに、なんかこう……すごく努力して修めた技術みたいなのを感じたんだ。だからわかる。アイコなら、今できないこともすぐできるようになるってな」
「赤兎さん……赤兎さんはすごいですね。一回一緒に戦っただけでそんな事がわかっちゃうなんて」
アイコは心なしか自信を取り戻したらしい。赤兎からアイコへの好感度を上げると同時に、アイコから赤兎への好感度も上げる作戦は順調だ。
「すごくないって、似た奴を知ってるだけだよ」
「似た奴? 赤兎さんの知り合いですか?」
「ああ……実はオレ、元の世界にアイコと同じくらいの……」
ライトは二人からは見えない笑みをこぼす。
これは『おまえと同じくらいの妹がいるんだ』の流れかもしれない。妹的ポジションは最善とまでは行かないが、親密な関係を作りやすい位置ではある。そこから恋愛に発展させることは十分に可能だ。
「アイコと同じくらいの……弟がいるんだ」
ライトは思わず磨いていた武器を叩いた。
(弟!? 妹じゃなくて弟!? 確かにアイコは活発そうに見えるし男の子みたいな感じもするが、妹じゃなくて弟!? てかデリカシーなさ過ぎだろ!! 恋する乙女から男を連想するな!!)
「昔から負けず嫌いなやつでな、でも何度失敗しても成功するまでやり続けるんだよ。最初はうまくできないから傷だらけになったり、試合で負けたり……でも、最後にはやりとげる。きっと、アイコもそうやって強くなってきたんだろ? なら、アイコだってもっともっと強くなる。落ち込むことないって」
アイコの顔が笑顔になった。
自分の重ねてきた努力を理解してもらえて嬉しかったらしい。
「あ、ありがとうございます!!」
誉められて嬉しそうなアイコを見て、ライトは二人から見えないように頭を抱えた。
十分後。
アイコはドロップしたいらない武器を譲るという口実でライトの所にウキウキと歩いてきた。
「ライトライト、赤兎さんとフレンド登録しちゃった!! 一歩前進だね!」
「この一歩は確かに大きな一歩だ。しかし、方向性がちょっと違う!!」
「え!?」
「赤兎はアイコのことを女の子として見てないぞ。このまま単純に距離を縮めていっても恋仲にはなれない可能性が高い。告白しても『ごめん、キミを異性として見れない』って断られるぞ」
「そ、そんな……」
『ガーン』という効果音が出そうな表情で後ずさるアイコ。だが、ライトはその肩を掴み、軽く揺すって放心を防ぐ。
「まだ軌道修正はできる!! この後の戦闘では無理に気を張らずに、オレとの連携をメインにして確実に敵を仕留めて行くぞ。そして、赤兎にはほぼ単独で敵の相手をさせて疲れさせ、時刻一二○○から作戦Bを開始する。ここからは、女の子らしさで勝負するぞ!!」
時刻一二○○。正午。
ライト、赤兎、アイコの三人はライトの提案により、安全エリアで昼食休憩を取ることになった。
そして、作戦B……『手作り弁当作戦』が開始された。
赤兎の目の前に出されたのは木の箱に入った弁当だった。
「これは? いつものとは違うみたいだな。なんか見た目は少し悪いけど凝ってるっていうか……」
普段の昼食は各々が持ってきたパンなどの比較的日持ちする加工食品か、モンスターなどから入手した食料アイテムをプレイヤーが集めてライトに一斉調理を依頼するかの二択であり、個人に対してそれほど凝った物は出てこない。まして、小分けに箱に入った弁当など、ライトの負担を考えれば全員に振る舞うのは不可能に近い。
「ああ、それはアイコの手作りだ。友好の印らしい、残さず食べてやってくれ」
そう。これは、アイコの作った弁当だ。
昨晩、今後の方針決定のためにライトはアイコの使えるスキルを教えてもらったのだが、驚くことに、その中には『料理スキル』があった。
なんでも、装備を新調して所持金が少なくなった時に『まかない目当て』でレストランのバイトクエストをしたとき自動的に修得していたらしいが、それからは料理する事もなかったため初期のレベルのまま放置していたらしい。
そこにライトが目を付け、早朝に弁当を作っておいたのだ。
赤兎は、最低限のスキルがあるだけで料理はほぼ素人のアイコの作った料理を口に運ぶ。
そして……
「んっ、結構旨いなこれ。アイコ、あんがとな!」
「お、お粗末様です」
作戦成功。
ライトはほくそ笑んだ。
作戦にあたり、問題なのはアイコの『料理スキル』のレベルの低さであった。レベルが完全に初期値で、本人にも料理の経験があまりないらしかったので、普通にやっても感動するような美味しさにはならない。
なので、ライトはまず簡単な弁当をアイコに作らせた。当然のように、それは味も見た目もいまいちだった。そして、ライトはその一部を試食し、アイコに味の修正点を教えた後、こう指示したのだ。
『味を改良して、見た目は一つ目の盛り付けと同じに作るんだ』
味を直しても、アイコの弁当はまだまだ普段のライトの配る料理には届かない。だから、見た目の第一印象を落とし、味は見た目より少し美味しい弁当を作った。このギャップで、赤兎に『アイコの弁当は意外においしかった』という印象を植え付けるためだ。
そして、赤兎の反応は……
「なかなかうまいな……ナビキの作ったのと同じくらいうまい」
ライトの手の中で、箸が静かに折れた。
(弁当作ってくれた女の前で別の女の弁当を引き合いに出すな!! デリカシーないってレベルじゃない……あれで誉めてるつもりなんだろうが、アイコ的にはオレの援護があってナビキと同等、つまりナビキに負けた感じになるんだぞ!! ヤバいこいつ、鈍感すぎる……)
結局、赤兎は『友好の印』という言葉を疑いもせず弁当を完食。アイコの気持ちにも当然のように気づかず、ようようと午後の狩りを始めた。
同刻。
『時計の街』の西側の『大空商社』では、客の切れ目を狙って簡単な昼食を済ましたスカイの下にメールが届いた。
「あ、このメールは……ライト? 定時連絡にはまだ間があるはずなのに」
同刻。
『上位種の洞窟』の入り口のすぐ外にて、ナビは大空商社の人気商品『マイライ弁当』を食べていたが、メールを受信して食べる手を止める。
「なんだ? ライトか? なになに……赤兎の情報教えろ?」
同刻。
聖王国の飛び地よりさらに前線に近い町『針金の町』の路地裏にて、誰にも顔を知られずプレイヤーから恐喝と強盗を繰り返していた犯罪者の『死体』を跡形もなく『処分』していたジャックは、メールの受信を告げるアイコンを見て、自分にしか見えない血の付いた仮面の口元を拭いながらメールを開いた。
「………………ふーん、あの赤兎をねぇ」
同刻。
同じく『針金の町』のアイテムショップにて。
自分と、今は『野暮用』で外出している同行者が昼食後に一緒に食べるデザートを探していたマリー=ゴールドは、ライトから受け取ったメールを開き、楽しそうに微笑んだ。
「あらあら、銀メダルと銅メダルは面白い関係みたいですね」
そしてほぼ同刻。
ダンジョンの探索中、モンスター出現の合間にこっそりメールを作成していたライトはメールの圏内のエリアでメールを送った相手全員からの返信を確認した。
『ちょうど前線に情報源が欲しいと思ってたところだから乗ってあげるわ』
『あの鈍感相手には、よくあいつを知ってるあたしが手伝わなきゃ無理だろ! あたしもナビキも赤兎にそういう感情はほとんどねぇし、乗ってやんよ』
『ボクは違うゲームでの赤兎を知ってる。あんまり交流はなかったけど手伝えるかもしれない』
『恋の相談なら人生経験豊富なおねえさんに任せてください。その純情なお嬢さんを救うのに協力します』
返事を見て、ライトは人知れず笑みを浮かべ、メールを送り返す。
『全員参加。協力ありがとう。
では、このメンバーで《赤兎攻略遠隔会議》を設立する。
あの鈍感な戦闘職を、アイコに落とさせるぞ!!』
《水晶》
比較的簡単に採掘でき、安く取り引きされる鉱石。色で六種類に分類される。
しかし、純度が高いものは魔力を蓄える媒体として使用され、魔法のための電池のように扱われる。
ただし、貯えた魔力は時間経過で発散してしまい、保存しておける量にも限度がある。
また、武器などに埋め込むことも出来る。
(スカイ)「今回はこちら。魔法使いの必需品、魔力電池の水晶です」
(イザナ)「きれいですねー」
(スカイ)「まあ、そんなに高いもんじゃないし、採掘場で掘ってれば簡単に手にはいるけどね。だから純度の高いやつ以外は店頭に並べないよ」
(イザナ)「勿体ないですねー……きれいなのに」
(スカイ)「売り物にならないやつはいらないから廃棄してるし、いくらでもあげるけど」
ドサドサドサドサ
(イザナ)「いっぱいありすぎると、あんまり魅力を感じませんね」




