40頁:困ったときは他人に相談しましょう
連続投稿行きます。
オマケは途中略させてもらいます。
「どう? リストは憶えた?」
「はい。道端ですれ違っても必ず気づきます『先生』」
「それでいい。それでこそ私の最高傑作……いや、『人類代表』の選ぶ『人類最高』……まさしく『金メダル』ね」
背の高い女は椅子に腰かける。
ただし、座るのは座席ではなく背もたれの方だ。
「でも、どうしてこんなものを? 『先生』の他の『生徒』のリストなんて……」
「ちょっと面白いイベントがあるから、それを利用して『合宿』でもやろうかと思ってね。ただし、私は参加しないからあなたが皆を指揮しなさい。なんだかんだで一番すごいんだから」
「嫌です。私も楽しみたいから適当に他の人に任せてください」
「まあまあそう言わず、困ってる人を見たら助けてあげるのが人間でしょう? このリストの子たちだけでも面倒見てあげてよ。なかなかいい素体が揃ってるのを一気に使おうとしてるんだから」
「先生は好きですが、その人間を実験動物みたいに見てるところは嫌いです」
『金メダル』は拗ねたようにそっぽを向く。
『先生』はその顔が向いた方へ移動して、しゃがんで上目遣いする。
「お願~い。せめてこの二人だけは気にかけてあげて。特にこの上から二番目の『銀メダル』はまだメンテが必要かもしれないから」
「えっと……じゃあこの女の子はどんな子なんですか?」
『金メダル』はミカンが指差した二人の内、上から四番目の少女を指した。
カラスの羽のような艶やかな髪をした少女だ。
すると、ミカンは少し悩んだ後、にっこり笑って答えた。
「困ってたら仲良くしてあげて。きっと、仲良くなれるよ」
デスゲーム開始前日のことだった。
≪現在 DBO≫
ゲームシステムからの衝撃のメール受信後、ライトは『大空商社』に飛び込み、スカイはライトを見るとすぐに、異口同音に言った。
「『車輪の町』だ!!」「『車輪の町』よ!!」
二人は一瞬互いに顔を見つめると、口々に言った。
「情報を整理して殺人事件の起こった場所がわかったわ。『車輪の町』のダンジョンの入り口から近いところ。被害者はたぶん男性二人でジャックではないわ」
「フレンドリストでわからなかったからジャックのいるところを知ってるプレイヤーを探し回ってたら、マリーが教えてくれた。ジャックは金を欲しがっていたらしいから、『圏外』になってるのも含めて考えるとあそこの隠し部屋かもしれない」
二人は要点だけ説明すると、脱力したかのよう棚や壁に寄りかかった。
「ヤバいな……ジャックが巻き込まれてる可能性が高い、すぐ向かうとしよう。あと、『たぶん』っていうのはどういうことだ? 信じていい情報なのか?」
「状況が酷過ぎて直視できないそうよ……あと、行くなら急いだ方がいいわ。もう野次馬が集まり始めてるから結構な量の情報は入ってるけど、直接見ないと分からないこともあるでしょ? 死体はEP残量にもよるけど、たぶんあと一時間ちょっとで消えちゃうから」
「イザナの家で馬を借りていくから十分間に合う。それより、オレが行ってる間にジャックが帰ってきたらメールくれ」
ライトはすぐさま店を出ようとする。
すると、スカイがライトを引き止めた。
「待って。これを着て行きなさい」
「これは?」
手渡されたのは畳まれた空色の布だった。
広げるとそれが羽織りだとわかる。その背中には『空』の一文字が白で染め抜かれていた。
「ライト、前言ってたでしょ『上着を用意したい』って。作っておいたわよ。あと、便利な効果付き」
「マジックアイテムや装甲系のアイテムではなさそうだけど……どんな効果?」
「『正式にスカイの代理になれる』って効果よ。それさえ着ていれば、野次馬も退いてくれるわ」
これは、『組合』を作る会議でスカイが伝達したものだ。『組合』参加の条件の一つとして、この羽織を着たライトはスカイの代理人として扱い、『プレイヤー全体の利益』に関わる事と判断出来るなら、クエストの順番待ちや情報提供などを優遇することが取り決められている。
このような『捜査』にも堂々と乗り出せる。
即座に大方の事情を呑み込んだライトはその羽織りを着て、背中をスカイに向ける。
「行ってくる」
「必ず帰ってきてよ。借金残ってるんだから」
ライトが馬で街の『西門』を出た頃、ジャックは『北門』の近くを俯きながらフラフラと歩いて街へ向かっていた。
『ねえ、本当にこれでいいの?』
走り疲れて歩き始めたあたりで、そんな声が聞こえた。声に反応して顔を上げると、『それ』は街の方向に立っていた。
その目も、鼻も、口も、全てよく見慣れたもの。いつも鏡で見ていたもの。
紛れもない『自分』が、目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔で立っていた。
『ライトやみんなの所へ帰ろうよ。ちゃんと話せばわかってくれるよ』
その『自分』は、今の戦闘に特化した服装ではなく、ライトとクエストを巡った時と同じ服装だった。
「……帰れないよ。ボクは殺人鬼なんだから」
目の前にいるのは幻影。
非常に不安定な精神状態が生み出した幻想。相手にしても意味がないのでジャックはそのまま歩を進める。
『称号なんて勝手に付けられただけでしょ? ほら、正当防衛だよ』
「今頃死体は見つかってる。あの状態じゃあ正当防衛なんて言っても誰も聞かないよ。それに、ボクが人殺しであることに間違いはない」
『うぅ………お願いだから、スカイさんに頼もうよ。スカイさんならきっと何とかしてくれる。』
幻影は自分を引き留めようとする。
暖かい日向の世界への未練が、足を止めさせようと語りかけてくる。
『本当は殺人鬼なんかになりたくなかったでしょ? ヒーローになりたかったんでしょ?』
「なりたかったものに成れるとは限らないよ。もう、そんな選択肢はない」
『どうしてこんなことになっちゃったの? なんで、あんなことになっちゃったの? 何が悪かったの?』
幻影は今にも泣き出しそうな声で語りかけてくる。だが、ジャックは歩みを止めず、幻影の横を通り過ぎる。
『ねえ……みんなと生きようよ』
「ごめん……『茨愛姫』。もう、壊れちゃったんだ、なにもかも」
幻影の声が絶える。
もう、何を思ったところで遅すぎるのだ。
ジャックは振り返ることなく街へと歩いた。
街はパニックに陥っている。
みな、不安なのだ。自分の隣にいるプレイヤーが殺人鬼だったらと、他人を恐れ、人間不信に陥っている。
そんな中を『金メダル』は堂々と歩く。
武器一つ持たず、何も恐れることなく、歌すら口ずさみながら、パニックに陥った人々を見て回る。
「~♪ さあ、ボヤボヤしてると全部終わってしまいますよ。銀メダル」
日が沈みきり、星が堂々と輝き出す頃。
『隠れ家』の酒場にて、柄の悪いプレイヤー達の前にロロが立った。
既に先程写真は配り終え、手下は『ほぼ』揃っている。
「いいか!! 今回殺されたのは、『マスクドジャック』の素顔を知る二人の同朋だ!! これが偶然だと思うか? これは、俺たちの動きを察知した奴が先手を打ってきたんだ!! しかも、奴はそれにより街の中で殺人を犯すことができる凶悪な能力を得てしまった!! これは猶予はない、一刻も早く、総出で奴を見つけ、全戦力で叩き潰す!!」
ロロが剣を掲げる。
それに合わせ、そこにいる全ての手下が武器を掲げる。
「今を以て、犯罪者ギルド改め、仁侠ギルド『日陰組』を結成する!! 野郎共、俺たちは日向の奴らから見たら嫌われ者かもしれないが、このゲームに反感を持ち集まった仲間だ!! 運営の思い通りにさせないために、プレイヤー同士での争いを取り払い、プレイヤーが団結するために汚れ役を引き受ける。俺たちは弱い者からには力をふるわず、犯罪者には容赦しない!! まして、今回の相手は同朋の仇だ!! 全力で探し出せ!!」
「「「ぉぉおおおおおおお!!!!」」」
怒声が上がる。
この『日陰組』は、ロロが犯罪者を『ゲーム世界への反感』を繋がりとして集め、運営の思い通りに無闇に荒れ狂うのを止め、外の犯罪者を狩ることを決めた『仁侠ギルド』。敢えて汚れ役を引き受けるギルドだ。
中にはまだ無法者も混ざるが、全体としては陰からゲームを支えようという方針を持って動いている。
この一週間、ロロが嘗て前線で集めた情報から『旨い』狩り場やアイテム産地を秘密裏に独占したことで力も付けた。総勢30名、平均レベル的にも十分治安維持に足る勢力に育った。
その『日陰組』にとって、初戦の『殺人鬼』はその名を轟かせるに相応しい相手だった。
「探し出せ!!!!」
「待った!!」
ところが、まさに動き出そうとした瞬間に、それを引き止める声が上がった。
そこにいたプレイヤー全てがその声の方を見る。
その声は少女の声だった。
その主は、フードケープを脱いだ。
そして、その顔を見た者達は思わず写真とその顔を見比べる。
彼女は……ジャックは、片手のナイフで自分の周りに密集していた四人のプレイヤーを切り裂き、もう片方の手で鬼の面を装備した。
「探す必要はない。たった今から、全滅の時間だ」
『車輪の町』の地下二階層の『事件現場』に入ったライトはその『惨状』を前に立ち止まる。
アイテム化されたらしい内臓がそこかしこに転がり、死体の四肢も欠損し、全身に斬りつけられたような傷がある。しかも、死後につけられたらしき傷も多い。
このゲームでは出血とはダメージを受けた瞬間のエフェクトとして見えるだけなので、血の海にはなっていないが、傷がよく見える分かえって悲惨なようにも見える。
そして、現場には『黒い布切れ』が残されていた。
「……片方心臓が抜かれてるのは……医療スキルの『ハートスティーラー』か? 蘇生不可能に止めを刺す技、あの不死身のボス部屋の後で修得して遅いってぼやいてたっけ……」
ある程度死体を観察したとき、スカイからメールが来た。
『緊急事態。
殺人鬼が宿屋で暴れてるみたい!!
すぐに戻ってきて!! 』
ライトが『大空商社』に戻ったのはメールを受信してから一時間後だった。
「スカイ、詳しい情報を頼む」
「街中混乱してて纏めるのに時間がかかっちゃった、もう少し連絡網にも改良が必要ね……まあそれは後回し。時系列に沿って教えるわ。
三時間前殺人事件発生。それによりメールが全プレイヤーに送信されたと推測される。
さらに、そのメール中の主に『HP保護無効化』という内容にパニックが発生。さらに数十分後、事件現場の詳細な様子が流布してパニックが激化。
一時間半前、ライトが『車輪の町』に向かった約三十分後、ある宿屋で殺人鬼が戦闘を開始したと思われる……この辺は互いに疑心暗鬼になったプレイヤーの戦闘が所々起きてるせいで本物の特定が遅れたけど、ダメージが発生したらしいから宿屋に本物がいるのは間違いないよ。だけど、その宿って言うのが……例の犯罪者ギルドの本拠地」
「え、じゃあジャックは、敵のど真ん中か?」
すると、スカイは一瞬苦い顔をした後、呟いた。
「やっぱり……あの子なのね」
スカイにも、ジャックの居場所がわかった時点でその可能性が思い浮かんでいたらしい。
ライトは、静かに肯定する。
「……ああ、証拠があった」
「助けに行くつもり?」
「……まあな」
「………その必要は無いわ」
「理由は? 人殺しだからか?」
「……四十分前、戦闘が終了。殺人鬼……ジャックは無事、そして犯罪者ギルドは『全滅』したわ」
「な……」
「そして、彼女は宿屋の一般客を人質に取り、何の要求もせずに立て籠もってる。脱出を試みたりドアを開けて状況を伝えようとした勇敢なプレイヤーも、外から知り合いの解放を呼びかけに言ったり突入したプレイヤーも、例外なく『全滅』させてる。一応中に知り合いのいるプレイヤーにはメールで部屋から出ないように呼びかけてるし、宿屋には近寄らないように連絡回して非常線張ってるけど、知り合いを心配したプレイヤーやその知り合いが宿の外に集まってるわ」
「早く対策を練らないと……戦えないプレイヤーが一度に強行突入して行きかねない。それは最悪のシナリオだ」
「……このまま日付が変わるまで解決できなければ、前線に連絡して突入班を組んでもらう。これは生産職全体の決定よ」
スカイは残酷なタイムリミットを提示する。
「そうなれば、ジャックは死んで、おそらく前線の方も多大な被害が出る。だが、交渉の手段すらない殺人鬼相手ではスカイは何もできない。いや、それ以前の問題として、戦闘職を差し置いて行動を起こして被害が膨らめば今後、生産職は戦闘職に頭が上がらなくなるから危険な事は出来ない……スカイは生産職の代表だからな」
「……悪いけど、私は他人の為に無償でリスクを負えるほど……アナタほど無欲になれない」
それを聞くと、ライトは帽子を脱ぎ、スカイの目を見つめた。
スカイも、その目を見つめ返す。
「……スカイのそういう強欲なところ好きだぜ。憧れる」
「私はライトのそういう無欲なところ嫌い。もっと自分の利益とか考えたら良いのに」
ライトは帽子をかぶり直し、重い声で言った。
「スカイ、いろいろ頼みたいことがある。頼まれてくれるか?」
「まったく……良いけど、高く付くわよ~」
夜が深まる頃。
『隠れ家』の玄関前の酒場で、鬼面を被った殺人鬼はカウンターに座る。
店員NPCは殺してしまったか逃げ出したか、店は完全に彼女の貸切だった。
カウンターの上にはアイテムの山。
殺したプレイヤーの持っていたアイテムの持ちきれなかった分だろう。
まるで豪華な景品のように置かれている。
あたかも、『私を倒せばあなたのもの』とでも言うように。さながら、昔話の鬼が決まって溜め込んでいる金銀財宝のようだ。
しかし、この鬼に挑んでくる者がいない。
ここにいた者は既に全滅させてしまったのだ。ここは、この鬼の城だと言っても良い。
「…………まだかな?」
鬼がそう呟いた三秒後、宿の入り口の扉がノックされた。
「入って良いか?」
「………………うん」
その小さな声が聞こえたのかどうかは知らないが、律儀にノックをした者は扉を開けて入ってきた。
見知らぬ空色の羽織りを着ているが、頭の上の帽子は見間違えようもない。他にそんなファッションのプレイヤーは六つの『町』と一つの『街』を巡ろうと一人しか居なかった。
「相変わらず、古臭くて変な帽子だね。ライト」
「みんなそういうけど、オレはそこそこ気に入ってる。それにしても、その仮面付けることにしたのか?」
「なかなか効果が良いからね。良いお守りだよ…………ライトはさ、ここに何しに来たの? 泊まりに来た?」
「いや、ジャックを探してたんだ。入れ違いになっちゃったみたいだけど」
「『車輪の町』には行った?」
「ああ。見たよ、全部見てきた」
「そう……で、どう思った? 赦せないとか?」
「死体がジャックじゃなくてほっとしたよ。まああとは……ジャックって散らかし癖があるなってくらいだ」
「………そう、じゃあ『この事件現場』の感想は?」
ここは酒場だった。
しかし、百人に聞けば、百人が『殺人現場』と答えるだろう。
そこには何十という『死体』があった。
それも、明らかに『死後』につけられたであろう外傷を持つ異様な殺人現場。
中には、内臓を抜かれたものや、縛り上げられて四肢を切断されたものもある。
「『これ』を見ても、何も感じない?」
「『何も感じない?』って言われても困るんだが……あ、あそこの首、この前チョキちゃんの所に来たやつだ。やっぱり犯罪者ギルドの勧誘だったか……攻略本に変な勧誘は断るように書いとかないと」
それを聞き、ジャックは俯いて言う。
「そんな……無理して、目をそらしてまで仲良くしなくていいよ。分かってるんでしょ? 犯人はボクだよ。ここから『実は犯人は別にいて互いに勘違いしてる』とかって展開を期待してたら残念だけど、真実は小説ほど奇じゃないよ」
「そんな展開、考えてたとしてもそれは読者がご都合主義に、希望的観測で考えるだけだ。いや、寧ろ一番それを望んでたのはジャック自身なのか? まだ『夢落ち』とかって展開を狙ってるといけないから言っとくが、そんな展開はない」
「当たり前だよ。ここまで来てそんなオチ……期待できるわけないじゃない」
「そうだな……まあ、気分を変えて外に出ないか? 手合わせの約束もまだだろ?」
「何その露骨な交渉、手合わせなんてもういいよ。そんな約束……あ、だけどその代わり一つお願いしていい? 一生のお願い」
「ここで一生のお願い使うのか? まあ、叶えられる範囲でなら叶えるが、経済的な事はスカイに言ってくれ。オレ多重債務者だし」
あくまでも会話は平静に行われる。
致命的な引き金を避けて、なんとか話し合いが続くよう模索する。
だが、それは両者の合理なしには成立しない。
「大丈夫、お金はかからないから。それに、ライトにしか叶えられないことだから」
ジャックはカウンターの上に立ち、ナイフ……ではなく、ライトに貰った包丁の成れの果て、《血に濡れた刃》を鞘から抜いた。
「一度だけでいいから……ボクに殺されてくれない?」
その殺意は、確かに『本物』だった。




