39頁:PKには気をつけましょう
夏バテしないように頑張りましょう。
昔々、あるところに一人の子供がいました。
彼は父母もなく、どこから来たかもわからない不思議な子供でしたが、優しいお爺さんとお婆さんに拾われて幸せに暮らしていました。
しかし、ある日うっかり人を傷つけてしまいました。
そして、つい手に付いた血をなめてしまいました。
そのとき、彼は思い出したのです。
自分が『鬼』だったということに。
家を飛び出し、何処かに消えた彼は後にこう呼ばれることになる。
茨木童子と……
そして、これには諸説あり、一説には『茨木童子』は、少女だったとも言う。
《メール一斉送信一時間半前 DBO》
「あの野郎、うまく逃げやがったな……網だって結構高いんだぞ」
「だが、もう奴も袋の鼠だ。じっくり待とう」
「ああ。おい、隠れっぞ何時までも外にでてると襲われるかも知れないからな」
「わかった。『ビバーク』」
盾剣士がスコップで素早く壁に穴を掘り、もう一人と一緒にその穴に入って入り口を塞ぐ。
『穴掘りスキル』の技の一つ『ビバーク』だ。この技は地形を少々変えて一時的に安全エリアとなる穴を作ることができる。二人はこの技でモンスターに襲われないように、ジャックが小部屋の中で消耗する頃合いを待っていたのだ。
一方ジャックは、貝が壁に貼りついた小部屋に逃げ込んで、入り口を背中で押さえていた。
「あ、危なかった……」
雷撃魔法と鉄網のコンボ。
あれをまともに受ければ動けなくなっていた。電撃で硬直させ、網で動きを封じ、モンスターで囲む。そんな凶悪なコンボを受けるわけには行かなかった。
だからあの瞬間、ジャックはナイフを投擲して網を壁に縫い止め、武器をなくし反撃出来なくなった直後にモンスターに集中攻撃されるのを防ぐためこの小部屋に飛び込んだのだ。
ガス瓶系アイテムは無限にガスが出るわけではないので、部屋に入ったらもうガスは消えていた。
「これは、本気でヤバい……そうだ、ライトに助けを……」
ジャックは助けを求めるという意のメールを送信した。だが……
「うそ、ここ……圏外なの?」
運が悪い……わけじゃない。
あの犯罪者達が狙ってそういう場所を選んだのだ。というより、そんな危険な場所に一人で入ってきたから、このチャンスを逃すまいと全力で罠を張っていたのだ。
「ライトの言うこと、聞いとけば良かった……勝手に街から出なきゃよかった……」
夜になって帰ってこなければライトも探してくれるだろう。フレンドなら居場所だってすぐ……
「あ、メール使えないとこではそれも無効か……」
ライトがここを捜し当てるまでどのくらいかかるのだろう。まっすぐ来ても一時間以上、下手をすると明日まで……
「でもそうなると、ボクの顔がPKとして公表される? そうなると、ライトも堂々とボクを探せなくなる」
ライトが賞金目当てに裏切るとは思わないが、ジャックが経歴とともに顔を晒されてしまえば、ジャックを狙う犯罪者達が正義となり、ジャックを助けようとするライトが悪になってしまう。下手をすれば、プレイヤー全体から妨害を受けることもあり得る。
「やっぱり、自分でなんとかしないと……でも、今は少し休もう。こんなコンディションじゃ、勝てる物も勝てない……」
ジャックは敵も様子を見ると考え、仮眠を取ろうと目をつぶった。回復アイテムも使い、コンディションを万全に整える。
だが、わずか十分後、ジャックは体の各所に奇妙な重さを感じて目を覚ました。
そして、自分の全身を見て驚愕する。
「何これ!?」
それは壁に貼り付いているのと同じ貝だった。ただし、違うところはそれが貼り付いているのがジャックのフードケープだと言うことであり、ジャックのHPが微減していることだ。
一つ一つは少し重いくらいだが、数が集まるとかなり重い。しかも、引っ張って外れそうもない。
ジャックは慌ててフードケープを脱ぎ捨てる。そして、かつてクエストを攻略してここの地図をもらったときのNPCが言っていた言葉を思い出した。
「『眠ってはならない』……だったっけ。泊まり込みで独占するプレイヤーが出てこないように、動いてないと襲ってくるようになってるんだ……これじゃあ、ろくに眠ることもできない」
今のような状況では、精神の消耗はHPやEPの消耗より危険だ。
まさか、休むことすらろくに出来ないとは思わなかった。
しかも、このPKの一番悪質な部分も見えてきた。それは、PKだとすら思われないところだ。今回はジャックをしとめるためにトラバサミなどの罠を使っていたが、いつもはモンスターを呼び出して襲わせているだけだろう。
そして、たとえプレイヤーが生きていてもそれは『モンスターの大量発生に巻き込まれた』という事故に見え、死んでいれば金やアイテムを盗んで放置しておけば死体は消える。そして、ここはプレイヤーがほとんど来ない隠し部屋だ。ここに置いておけば死体はそうみつからない。
犯罪者側の儲けを考えれば、狙われたプレイヤーが頑張って抵抗するほど死体から奪うアイテムなどは増え、場合によっては偶然を装って助けて堂々と謝礼をもらっても良いし、どうしても生き残ったら弱ったところを襲えばいい。その場合だって、その強奪とモンスターの大量発生はなかなか結びつかない。
「助けを呼ばせてもらえず、休息を封じられて、逃げ道を塞がれてる……ダメだ、完全に詰んでる…………」
ジャックは力無く座り込んだ。
体操座りになり、膝の間に頭を埋める。
「ボク……そこまで嫌われるようなことしたのかな……間違ってたかな……」
確かに、ジャックは他のゲームでPKをやっていた。しかし、それはデスゲームではない。しかも、ジャックは多数で少数の弱い相手を囲むようなことはしなかった。より多数の敵に一人で挑み、ジャックなりに正々堂々と打ち倒してきた。
『相手に有利な状況から始めて全滅させる』それが、ジャックなりの誠意だった。
だが、これはどうだ。
ジャックは目下何十という敵に追い詰められ、明日からはプレイヤー全体が敵にまわるかも知れない。
まるで、世界から異物として排除されてしまうような感覚だ。
「こんなの……勝負じゃない」
より強く、より多い相手との戦いは楽しかった。曲がりなりにも、相手を『敵』として尊重していたのだ。
「麻酔薬にトラバサミ、おまけに電気の網なんて……これじゃあ猛獣の捕獲と同じだよ」
今までの経験の中でも罠の類は幾度も体験しているが、それらはあくまで『戦闘を有利に進めるため』の罠だった。ここまで最初から『戦闘をする気がない』罠は初めてだ。
彼らにとって、自分は勝負の相手ではない。
ただ危険で、しかし倒したときの報酬が高いクエストボスと同じなのだ。
「クエストボス……そういえば、『ツチノコ』は強かったな……あの宝石も強かったけど、あっちの方が強かった」
ジャックは現実逃避気味に以前GWOで戦ったモンスターを思い出した。
〖魔獣ツチノコ〗。その名前とは裏腹に高い戦闘能力を持ち、その名に違わぬ『見つけにくさ』……擬態能力と感知能力を持った難敵だった。
当時、隠密行動に自信のあったジャックはその名声を求めて、単独でツチノコを撃破しようと試みたが、隠密行動は相手の方が上手であり、倒すどころかまともに交戦すらできない内に、『ツチノコ狩り』を人海戦術で攻略しようとする30人超のレイドが来てしまった。
しかし、その30人以上の『餌』はジャックにとって好都合だった。
レイドを攻撃し、ツチノコの住む森に誘い込んだジャックは隠密行動に切り替え、『自分を狙うレイド、それを狙うツチノコを狙う自分』というような奇妙な三つ巴の状況を作り上げた。
そこからは、激しくも楽しい大乱戦だった。
森の陰影に紛れて襲ってくるツチノコ、そのツチノコを探しながら、戦闘の気配で誘き出すためにプレイヤーを襲うジャック。
おそらく、襲われたプレイヤー達も何に殺されたのか分からなかっただろう。
その戦闘の経験によって、ジャックの隠密行動の技術は完成したと言って良い。
「あの後から『マスクドジャック』って呼ばれ始めたんだっけ……プレイヤーネームはただの『ジャック』だったのに……」
思えば、その頃は一人で戦えたのに、今では助けを呼べずに膝を抱えることになるとは皮肉なことだ。一人の時より弱くなったようではないか。
「これじゃあ、みんなに合わせる顔がないよ……」
合わせる顔がない仮面のジャック。そんな台詞が思い浮かんで自嘲気味に笑う。
だが、その時ジャックの脳裏にあるものが浮かんだ。
「……そうだ、あの仮面は確か……」
ジャックはストレージからアイテムリストを呼び出し、あるアイテムの情報を確認する。
それは、目の穴と角が付いただけの簡素な面。ただし、その額には〖マスタージュエル〗の核が埋め込まれている。
《破魔の鬼面》だ。
ライトの話では、自分と同レベルのボスを単独撃破したからかも知れないらしいが、実用性の高い効果を持ったレアアイテムだ。
そして、他にもこの一週間でライトと集めたアイテム群がほぼ手つかずで残っている。金銭的価値だけでなく、実用的価値も高いアイテムが大量に手元にある。
おそらく、犯罪者側にとってこれは誤算なはずだ。普通、こんな狩り場に来るときには出来るだけ大量に宝石や鉱石を持ち帰れるようにアイテムを少なくしてくる。だが、ジャックはそうはしてこなかった。
「これとこれと、あとこれも使って……もしかしたら、行けるかも知れない」
ライトの言葉を思い出す。
『強敵のくれた戦利品以上の御守りはないし、いつか護ってくれるかもしれないからな』
引き継ぐ魂は、何も仲間の物だけではない。
アイテムを並べたジャックは、自分の殺してきたモンスター達に祈りを捧げた。
「どうか、力を貸して」
『ビバーク』で作った穴から時々様子を伺っていた盾剣士は、丁度小部屋の入り口が開くタイミングに出くわした。
「おい、出てくるぞ」
「ぁあ? 案外早かったなぁ。諦めたのか、つまんねぇ」
二人の男はもう勝ったような気分で穴から出た。多少抵抗されたとして、もう手も足も出ないのは先程の戦闘で証明された。そう思っていた。
だが、出てきたターゲットを見て、その余裕がかき消えた。
装備が前と違った。
フードケープは取り去り、代わりに纏っているのは黒い革で出来たジャケット。その所々に施された牙の装飾や伸縮し易そうな材質は蝙蝠を連想させる。
そして、右手にナイフを持ちながら、腰の左右にもナイフが収められているらしい鞘が二つ。合計三本のナイフ。
そして、極めつけは顔を目以外全て隠す白骨の鬼面。表情どころか顔のパーツ自体がほとんどないが、頭から生えた捻れ、曲がった角のせいか怒りがにじみ出ているように感じる。
そして、腕には『DEATH』の黒いバンダナ。
雰囲気が違う。
纏う気配は先程までの『狩られる者』の物ではない。防戦一方で引け腰気味になっていたのが嘘のように、まるでこれから『狩り』を始めるかのように、堂々と胸を張っていた。
そして、放たれる『殺気』は『人』の放つものとは思えなかった。
迫り来るモンスターの群れを見据えながら、確かに『マスクドジャック』は言った。
「さあ、全滅の時間だ」
襲い来る触手とその先端の鉤爪。
個々の威力はそこまで高くないが、爪に引っかかったり巻き付かれたりすれば身動きがとれなくなり、攻撃を受け続けることとなる。
数で囲んで捕まえるのにはうってつけの攻撃だ。だが……
「遅い遅い!! そんなんじゃ100本あっても届かないよ!!」
ジャックの動作はもはや『防御』ではなかった。
相手の攻撃が届く前にその触手を切り落とす『攻撃』だ。『攻撃は最大の防御』という言葉を体現している。
道は狭く、逃げ場はほぼないといっても良い。だが、その分その幅から考えて一度に襲ってくる〖エンシェントナイト〗は三体が限度。一体のエンシェントナイトに生えている攻撃用の触手は八本。
つまり、何十というモンスターが相手だといっても、一度に相手にするのは最大で三体。触手は24本。
ジャックは高速でナイフを動かして次々と鉤爪を根元の触手ごと切り落とし、さらに絡みつこうとしてくる触手を細切れにしている。
ジャックが最初の三体を倒すのにかかった時間は30秒ほどだった。
第一のモンスターの壁を打ち破ったジャックはその分前進し、ナイフを右腰の鞘に収まっていたものに替えた。
「これで防衛ラインは後13、残りは33体、あと7分あれば、いや、さらにプラス1分あれば、おまえ等は全滅させられる」
「な……」
「魔法を使え、後方からの攻撃を含めて作戦だ」
盾剣士は剣を地面に突き刺して薬瓶を投げ、もう片方は反支援の魔法を放つ。
「同じ手が何度も通じると思うな!!」
ジャックは瓶を蹴り返して後方のモンスターにぶつけ、魔法を避けずに正面から受けた。
だが、その動きには全く変化が起きない。
「なっ!? どういうことだ!?」
「確かに当たったはずだぞ……」
その驚く様子を見て、ジャックはモンスターの相手をしながら高らかに笑う。
「あはははははは!! ヌルい魔法だね、〖マスタージュエル〗の魔法に比べたらこんなものなんでもないよ!!」
ジャックは親指で仮面の額にはまる宝石の核を指差す。
「これは強力な反支援魔法を使ってくるボスのくれた戦利品でね、なかなかいい効果があるんだ。『反支援魔法・呪いの一切を受け付けない』!! 最高の御守りだよ!!」
強力な反支援魔法を使う〖マスタージュエル〗を倒したものだけが受け取る、反支援魔法に対する最強の防御アイテム。
「なら攻撃だ!! 網投げろ!!」
反支援が効かないと分かると網と雷撃のコンボを放ってくる。
だが、ジャックは動じない。
「『虚影』」
技により、網がかかる瞬間にジャックが『消えた』。
そして、通電した網は最前列にいたモンスター達にかかり感電。そして、ジャック自身は感電したモンスターの甲羅のうえに着地している。
「ゴム底靴、残念でした。そして、お返しだ!!」
そう言うと、ジャックはポケットから紙で包まれた球のようなものを取り出し、二人に投げる。
魔導師型の男はとっさに先程と同じ魔法で迎撃した。しかし、命中してからその行動が間違いだったと知った。
ボガン
という凄まじい破裂音と共に、熱と、衝撃と、そして煙が広がった。
「特製黒色キノコ爆弾、召し上がれ」
クエストで余った《火薬胞子》を材料に『調合スキル』で『発明』した火薬玉。その煙は視界を遮り、後方からの攻撃を不可能にする。
そして、完全に邪魔が入らなくなったところでジャックの独壇場が始まった。
煙の向こうで聞こえてくるのはナイフが肉を切り裂く音。そして、鞘にナイフを収める音と、抜く音。
数十秒して煙が完全に消えると、〖エンシェントナイト〗の数は30を切り、生き残ったモンスターも動きがおかしくなっている。
そして、少なくなったHPバーを凝視すると『麻痺』と『毒』のアイコンが表示されている。
「な……毒だと?」
何故か隠し部屋の扉の前まで戻っているジャックが二本のナイフを擦り合わせながら、敵の反応を楽しむように得意気に言う。
「別に、毒がおまえたちの専売特許ってわけでもない。そっちは市販ので間に合ってるかもしれないけど、こっちはわけあって『調合スキル』上げてるから、もっと速効で効果の強いやつも作れるんだよ」
ジャックの腰の鞘は《毒溜の鞘》というアイテムだ。毒薬を一定量まで蓄えることができ、納刀するたびに武器に毒を自動で塗布できる。
毒は一定回数使用すると効果がきれてしまうが、それをすぐに充填できる便利なアイテムで、『看板の町』の忍者屋敷で得た物だ。
「おまえたちが煙に巻かれてる間に二撃ずつ入れて全部に麻痺毒とダメージ毒を投与しといたから、もう3分もいらない」
そう言うと、ジャックは短い距離で加速し、モンスターの群れに飛び込んだ。
モンスター達は攻撃しようとするが、ジャックの素早い攻撃に為す術もなく、触手ではなく本体の部分を攻撃されて散っていく。
みるみる距離が縮まっていく間、男たちは驚きで逃げ出すことも出来なかった。
そして、最後のモンスターが倒されたとき、魔導師型の男は呟いた。
「ば…化け物だ……本物の…鬼だ……」
それを聞いたジャックは、極めて冷静に答えた。
「そうかもしれないけど、鬼からは、そこまでして襲ってくる人間の方が化け物に見えるよ」
そう言って、両手のナイフを構える。
二人の男も武器を構えるが、ジャックからはその震えがわかった。
ジャックから二人の男までの距離は6m。
ジャックは走り出すと同時に、両手のナイフを二人の足下に投げた。
「おわっ!!」
「ひっ!?」
不意に投げられたナイフを避けようとして、足を動かして体勢が崩れる。ナイフには毒がついているのだから当然の反応かもしれないが、その隙は大きい。
ジャックは二人の間に入り込み、盾剣士の首に残ったナイフを突きつける。
「さあ、降参する? それとも、全滅する?」
盾剣士は動けない。だが、ナイフを突きつけられていない男は杖をかなぐり捨て、懐に隠していたナイフを振り上げた……が
「仲間が人質になってる状態でも攻撃してくるなんて、ホントに人間は危ない生き物だよ」
ジャックは腰の『後ろ』に装備していたもう一つの鞘から取り出した《包丁》を魔導師型の男の首に突きつけた。これは、ライトがここの貝から作ってくれたものだ。ジャックは一度も背中を見せず、この切り札を隠していた。
勝敗は決した。
しばらく静止した後、ジャックは刃物を下ろした。男たちは刃物を下ろされても動けない。
わかっているのだ。変な動きをすれば、その直後に『全滅』する。
「……別に、殺したいわけじゃない。生きたいだけなんだよ」
そう言い残して、ジャックはナイフの回収すらせずその場を去った。
その十分ほど後、ジャックは町の居住区を目指して歩きながら仮面を外し、フードケープを纏った。
そして、その表情には不安もあるが、根底では何とかなると安心しているような感じがある。
「指名手配なんてされたら、きっと今みたいなのが毎日くる……その前にスカイに相談するしかないかな。また借金することになりそうだけど」
今は顔を隠す必要がある。
自分たちのギルドの存在をほのめかしていた男たちの仲間が、ジャックの写真を持っている可能性が高いからだ。
しかし、それも長くは続かないと考えている。
「あ、じゃあその前にライトへのプレゼントは先に買っておかないと、所持金持って行かれるかもしれないし……あ、それ以前にもう夜になるころだっけ。ライトが心配してないといいけど……言いつけ聞かなかったし、手合わせしてくれないかも……」
そんな事を口に出して考えていた時だった。
背中に悪寒が走った。
慌てて振り返ろうとすると、視界の端に眩しい光が見えた。
その光は、戦いが終わったと思い油断していたジャックに直撃した。
「なっ……これって……」
表示されたのは『睡魔 LV3』。
意識を朦朧とさせるバッドステータス。
後方には、ぼんやりと先程の男たちが見えた。おそらく、穴の中に隠れるなりなんなりして隠れて詠唱を行い、奇襲を仕掛けたのだろう。
朦朧とする意識の隅で、ジャックは呟いた。
「御守り、いつもつけとけばよかった……あの変な帽子みたいに……」
茨木童子の昔話を聞いたとき、茨愛姫は話をしてくれた母親にこんな質問をした。
「じゃあ、このおにさんは、そのひとをけがさせちゃわなかったら、しあわせにくらせたのかな?」
「………………あれ? 何してたんだっけ?」
『睡魔』は運が良ければ数分で効果が消え、運が悪ければ時間がかかって段階的に効果が消え、もっと悪ければ『睡眠』に悪化してしまう。
ジャックは数分で『睡魔』の効果が切れて意識を覚醒させた。もしガス攻撃を食らってしまったときのためにと、きつけの薬を飲んでおいたのが多少残っていたのかもしれない。
目覚めてすぐ状況を判断しようと思ったが、その前に一つの違和感が芽生えた。
「なんだろう、この赤色……絵の具?」
両手が赤ペンキに突っ込んだかのように真っ赤だ。
右手にはライトの作ってくれた包丁が握られているが、その刃も真っ赤に染まっている。
「あー!! せっかく貰ったのに、何この汚れ!? まるで血みたいじゃ……」
そこで、思考に引っかかりを感じる。
確か、自分は後ろからあの男たちに魔法で襲われたはずだ。
それなのに、なんで捕まったり傷つけられたりしていない? あの男たちはどこに……
その時、落とした視線の先に肉の塊のようなものが見えた。それも、小さな時から慣れ親しんだ医学の本に載っていた写真とよく似た……
「……心臓? ……え、でも……そんなはずは……」
頭の中に出てきたアイデアを否定しようと、何か反証はないかと周りを見回した。
赤い『人型何か』が二つ、赤い地面、赤い自分……そして、視界の端のメール受信の表示。
ジャックは恐る恐る、真っ赤な指でメールを呼び出した。
『 ゲーム進行情報
先程、《DESTINY BREAKER ONLINE》開始以来、初のPKが発生しました。
この初のPK実行犯には以下の特典が与えられます。
①称号「殺人鬼」
場所、時間を問わずHP保護を無効にしてプレイヤーを殺傷できる。
②アイテム「血に濡れた刃」
ゲーム内で初めての殺人に使われたいわく付きの武器。
破壊および放棄、譲与は不可。
この武器は殺人鬼の証明となる。
③ユニークスキル「殺人スキル」
殺人鬼のみが使用できるスキル。
殺人数に比例して進化する 』
ジャックは恐る恐る右手の包丁を左手の指でクリックして、アイテム名を確かめた。
そこには《血に濡れた刃》の名前があった。
《マイライ弁当》
プレイヤーメイドの弁当。
一番の隠し味は人の愛情。
(スカイ)「今回の商品はこちら、我らが大空商社のお抱え料理人姉弟の手作り《マイライ弁当》です~」
(イザナ)「攻略本と競り合うくらいの人気ですよね」
(スカイ)「日に日に美味しくなる注目の商品。数に限りはあるけど飛ぶように売れちゃいます~。まあ、姉弟二人で作ってるから数はしょうがないけどね」
(イザナ)「そういえばライトさんが《特製マイマイ弁当》もあるって言ってましたけど、それも売ってるんですか?」
(スカイ)「イザナちゃん、純度の高い愛情は量産できないのよ」




