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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第二章:戦闘編

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37頁:大切なものからは目を離してはいけません

 最近自分の語彙力の無さを痛感してます。

 9月のまだ暑いころ。

 行幸正記は予習をストックするために、部室でノートを書いていた。


 そんな彼のいる部屋でゲームをしている人物が居た。もちろんミカンだ。


 今日のゲームは立体映像のブロックを積み重ねて消す『3Dテトリス』……を知り合いが改造して製作したという『11次元テトリス』というとんでもないゲームだ。複雑な法則で不定期にブロックが瞬間移動することもあるらしく、常人には何が起こっているのかよくわからない。


 それを平然と進めながらも、ミカンはライトに話しかけてきた。


「キミって不器用だよね」

「少なくともそんなゲームしながら人に話しかけられる師匠よりは不器用です! 邪魔しないでください、不器用なオレが予習をするのを妨害して楽しいですか」


 ミカンの手は止まらない。

 コンボを決めたらしく大量のスコアが追加される。


「そう言いながらも手止まってないじゃん。その点で言えばキミはかなり器用な部類だよ。私が言いたいのは人間関係の方だよ。なんで、他の部員の子達と帰らないの? 皆で買い食いするって言ってたけど」


 そう。正記はいつも部活が終わってから少し時間を置いてから帰る。必然的に部長として戸締まりを確認するミカンと残ることが多くなる。……まあ、実際は戸締まりをする役は正記で、ミカンが正記が戸締まりしたのを確認しているのだが……


「人がボッチみたいに言わないで下さいよ。オレは皆とも仲良くしてますから」


「そうだね。確かに、先輩後輩男子女子関係なく全員とすごく仲良くしてるね。きっと、キミがピンチだったら私以外は全員助けてくれるでしょ……でも、それは『全員』であって『皆』じゃない。キミが『皆』との下校を避けたのは、『複数同時』になるから、そうでしょ?」


 ゲーム内で落ちてくるブロックが分裂するようになった。ミカンは複数のブロックを器用に、同時に消していく。


「一対一なら相手の望むベストな振る舞いをすればいい。でも、『観測者』が複数になれば『理想の振る舞い』にも食い違いが出てくる。だから、『全員』の中の自分のイメージを壊さないために、いつも一人の私をダシにして、惚れ込んでる『フリ』をして残ってるんでしょ?」


 身も蓋もない話だった。


「…………師匠だって、残ってるじゃないですか。いつもゲームして時間つぶして、寂しくないですか? オレが邪魔だから……オレを邪魔するんですか?」


 正記は手を止めてミカンの目を見つめる。その奥の心を読もうとするように、深く深く見つめる。


 だが、ミカンは全く動ずることなくニヤリと笑う。


「キミのその『思い通り』に動いてくれるところは好きだよ。からかえば怒ったフリしてくれるところも。でも、切り替えもできるようになればもっと良くなる。期待通りじゃなく、良い意味でも悪い意味でも期待を裏切る活躍が出来れば、『主人公』だって敵じゃない」


 正記には、その目の奥の心は読めなかった。




《現在 DBO》

「で、この報告書は何? この『看板の町』の下り、半分くらい敵の行動パターンが書いてないんだけど。しかも、何この経費申請『ファンファンの世話代立て替え』って、勝手に決めといて先払いした分?」


「どちらにしろコーナー作るのも、世話代払うのも承諾してくれただろ?」


「だからって事後承諾で経費が落ちると思ったら大間違いよ。そもそも、先に連絡するのが普通でしょ!! なんで勝手に代理で契約書作ってるの?」


「既成事実作っちゃえば万が一にもスカイが断ることないと思ってな。さすがにその契約破棄するためにオレを切ったりしないだろうし」


「打算し過ぎよこの確信犯!! ダメです。独断での『接待費』として自腹扱いです!!」


「え、それはさすがに無いんじゃないか? いくら何でも……」


「うるさい!! 人の判子勝手に使うようなまねをする人には罰金、なんなら六法全書のその部分暗唱してあげましょうか?」


 ジャックを置き去りに、ライトが説教をくらっていた。


 『壺の町』で朝を迎え、帰ってくるついでに『オール•フォー•ワン』の練習をかねてポップストーンを破壊して道を開通させて西側の門から帰還すると、スカイが待っていた。


 そして、薄々予想していたが、報告した内容に幾つか問題があったらしく、ライトはスカイに怒られている。


 主な内容としては『行動が自由過ぎ』ということらしい。まあ、ライトとジャックは手当たり次第にクエストを攻略していたし、それを纏める側としては纏めるのが大変になるのだろうから当然かもしれない。


「確かに仕入れてくる情報が多いことは良いことよ。でも……情報量多いにも限度があるでしょ!! 頼んでないクエストとかイベントもあるし、本を売る対象のプレイヤー達のレベル的に危険すぎるの混ざってるし!!」


 どうやら今回の遠征の責任者はライトだったらしく、全ての説教がライトに向けられている。


「スカイ、ライトは……」

「ジャック、これは久しぶりの挨拶みたいなもんだ。気にしなくて良い。それより、長くなりそうだから街の中でブラブラしててくれ」


 ライトは説教を軽く聞き流してジャックに話しかけてくる。

 驚いたが、スカイを見ると確かにそれほど怒ってはいないらしい。むしろ、怒っているフリをしているような気もする。


「ライト、聞いてるの? まだ話は……」


「はいはい、ちゃんと聞くよ。大変だったんだろスカイも」


「当たり前よ。大事な会議にも帰ってこなかったんだし、その処罰が説教くらいで済めば幸運だと思いなさい」


「ということだ。ジャックは自由行動でいい、夜までには終わると思うから……あと、終わったら相手するから街から出るなよ。迷子になられたらかなわない」


 どうやら、この『説教』は他の生産職への義理立てみたいなものらしい。ライトはこの一週間ほぼ戦闘職のようなプレイをしていて、この街の生産系の仕事や入荷はほぼ全てキャンセルしているのだ。一応処罰に近いものが必要だということだろう。


「ジャックちゃんは頑張ってるこの街のプレイヤーの職業見学でもしてきなさい。私は愚痴いいたいこと)がまだたくさん残ってるから」


 そして、なんだかんだでスカイもライトを頼っている。約一週間もライトを独り占めしてしまったのだ。説教の間くらいスカイに預けて置いても良いだろう。


 ジャックは一度だけ頭を下げ、文字通り音もなく店を出る。

 それを確認した後、ライトはスカイを正面から見つめた。


「さて、じゃあオレからもそろそろいいかな……スカイ、例の『あれ』について外で調べていろいろ分かったことがある。急いで対処した方が良いかもしれない」


 それを聞き、スカイは溜め息を吐く。

「全く、頼んでもないのにどうしてそうも勝手に動くかな……」


「今回はスカイのためじゃない。ジャックのためだよ。それに、スカイだってオレが頼んだ以外にも、どうせ似たようなこと考えてんだろ?」





 ジャックは取りあえず、荒れ地の中で音のする方へ行ってみることにした。音がすればプレイヤーが居るはずだ。


 その『音』は『コン コン コン』という木を打ち付ける音だった。近づいてみると、『大工』らしきプレイヤーが集まり、建物を造っている。それも、一軒家ではなく『屋敷』と呼べそうな規模の骨組みだ。


 そこでは、何人ものプレイヤーが協力して何かを造っていた。『大工』だけでなく、布を加工する者や金属を加工するもの、ポスターのようなものを作っているプレイヤーもいた。


「これは……」


 自分の知らない内にここまで大きな物が造り始められてるなんて驚きだった。それも、最初の一週間には無気力で、何もしていなかったプレイヤー達の手によってだ。


 驚いていると、何やら物資の運び入れらしき事をしていたプレイヤーがジャックに気が付き、近寄ってきた。


「きみ、教室に参加する子かい? 申請はここじゃなくて『大空商社』ってプレイヤーショップの方に行ってもらいたいんだけど」


「『教室』? これはいったい……」


 ジャックは困惑した。

 『大空商社』とはスカイのプレイヤーショップのことだが、つまりスカイがこの建物に関わっているということだろう。ここまで大規模なら生産職の間で有名になってるに違いない。


 しかし、外の町から帰ってきたばかりのジャックはその詳細を知らない。別に後ろめたいことはないが、前線での生産職に対する戦闘職の差別思想をなまじ知っているため、自分が『外』から来た『戦闘職』だと正直に言うのは躊躇われた。


 答えるべき言葉が見つからず悩んでいると、少し遠くから自分に向けられたよく知る声が聞こえた。


「あ、黒ずきんさん!!」

「お久しぶりです、黒ずきんさん」


 目を向けるとそこには知り合いの双子姉弟マイマイとライライ、そして、二人と共に歩く金髪の女性がいた。


 金髪の女性は跳ねた塗料が作ったような水玉模様の牧師服を着ており、顔立ちからして髪は染めたのではなく、ナチュラルなブロンドなのだとわかる北欧美人。


 その北欧美人がジャックに歩み寄り、頭を下げた。

「はじめまして黒ずきんさん。私はマリーと申します。この子たちだけでなくチイコちゃんからも話は聞いております。……少し、お時間よろしいですか?」





 マリーが少し話をすると、マイマイ、ライライ、そして物資の運び入れをしていたプレイヤーはそれぞれの持ち場らしき場所に戻っていった。


 そして、残ったマリーはにこやかに笑う。

「改めまして、マリーです。あなたが黒ずきんさんですね?」


「そうだけど……あなたがチョキちゃんの面倒を見てたって言う……」


「はい。大したことはしていませんが、それは私で間違いないでしょう。私はただ、みんなと一緒にいてあげただけですが……」


 マリーの言葉には嫌みや社交辞令の類が感じられなかった。本当に、心から謙虚にしているように思えた。


「いやでも……大したことじゃない? ライトから聞いたよ、マリーがいなかったら子ども達の中には精神的に壊れてたかもしれない子もいるって」


「まあ……皆さん同じように思ってくれたようで、今は建築中ですが、この『組合』ではカウンセラーに推薦して頂きました」


 そう言って、マリーは骨組みだけの建物を見る。どうやらこの施設は『組合』と呼ばれるものであり、マリーはそこでカウンセラーをする予定のようである。


 いまいち状況を把握仕切れていないらしいジャックを見て、マリーはまたにっこりと笑った。


「しばらくこの街を離れていたのでしょう? なら説明しましょう。私もあなたと話してみたかったですし。何でも聞いてください」


 なんだか、心の底から善良そうな人だった。確かに、カウンセラーに向いていそうだ。

 話しやすそうだったし、厚意をはねのける理由もなかったので、ジャックは聞きたかったことを聞いた。


「じゃあ、『組合』って何?」





 話が長くなるかもしれないから座れるところで話そうと言われ、ジャックはマリーに連れられるまま、建築中の建物の近くの小屋に来た。よく見ると『休憩所』という看板がかかっている。


 小屋の中に入ると人は他になく、部屋の真ん中に机が一つ、その周りに椅子が六つ置かれている。

 マリーは机に歩み寄るとメニューを開き、木の大皿を出した後、さらに実体化させた《クッキー》や《マシュマロ》などのお菓子を並べる。


「どうぞ、遠慮なさらず」


「え、でも……」


 スカイのような例外を除き、戦闘職と生産職では収入に大きな隔たりがある。戦闘職のジャックが生産職のマリーにお菓子を『奢らせる』という行為は、見ようによっては貧しいものへの搾取に近い。


 しかし、マリーはすぐにそれを察したのか優しく笑う。


「大丈夫です。これは子供達が料理の練習で大量に作ったものですから、いっぱいあってこのままだと腐らしてしまいそうなの。食べるのを手伝ってくださる?」


 ジャックはお菓子をみる。確かに手作りらしい不揃いさが目立つが、どれもおいしそうに見える。むしろ、この『手作り感』が新鮮だ。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


 ゆっくりと手を伸ばし、クッキーを一つ摘み、口に運ぶ。

 そして……


「ふふ、気に入ってもらえたようで何よりですわ……あらあら失礼、つい猫を被ってしまいそうになりました。わたし)、愛らしい子の前ではついついお上品に演じたくなってしまうことが……」


「あ、愛らしい!?」


「ええ、美味しそうにお菓子を頬張るあなたの顔は、とっても愛らしかったですよ」


 味への反応が顔に出てしまったらしい。思わず赤面する。

 マリーはといえば、確かにとても優しく……母性に溢れると言っても過言ではないような表情でジャックを見ている。

 その表情を見て、ジャックはさらに赤面する

 こんな調子では、まるで子どもではないか。


「えっと……うん。美味しいよ。ところで、『組合』とか『教室』ってのが何なのか教えてもらえる?」


 とにかく、話題を変えた。

 母性に溢れるマリーのペースに乗せられていると、どんどん子供になってしまうような感覚を覚える。だから、何とかして話を元に戻したい。


 幸いなことに、マリーはあっさりとジャックの無理矢理な話題の転換に付き合ってくれた。


「そうですね……ではまず『組合』から話しましょうか。まだ正式に名称が決まっていないので仮に『組合』と読んでいますが、中身を加味すれば『時計の街のプレイヤー共同組合』とでも言うことになるでしょうか」


「時計の街のプレイヤー共同組合……」


「この街に今いるプレイヤーのほとんどは生産系のスキルを磨いています。しかし、そのほとんどはスキルのレベルを上げるにも材料費がかかり、入荷するにもお客さんの求めるレベルがあるとは限らないので、そのお客さんを見つける段階から一苦労です」


「まあ……確かにそうだよね。鍛冶屋の人とかは数少ない『戦える人』を探さなきゃいけないわけだし」


「はい、それに最近は治安も悪く、お客さんを見つけたと思ったらアイテムを強奪されたという人も少なくありません。そこで、スカイさんが発案したのがこの『組合』です。参加するプレイヤーは上げたいスキルの種類でグループ分けしてメールでの連絡網を築き、各グループから交代で受付を担当して、仕事やアイテムを分配する仕組みです」


「簡易的な職人ギルドの仕組みだね……でも、さっきの建物は? 受付するだけならあんなに大きな建物は要らなくない? 木材とかも大量に必要になるし」


 ライトが木材と金属が必要だと言っていたことを思い出す。おそらく、木材はこの建物のためだろう。しかし、そんなことしなくても適当に宿屋の一室でも使えば良いのではないかと思う。しかし、マリーはにこやかに答える。


「骨組みだけ出来たら当面はテントみたいに布を張るそうですよ。それより、大事なのは『インフラ』だそうですよ。私がカウンセラーとして担当する『保健室』も、使用頻度の低いアイテムの貸し出しを行う『備品室』も、新しいアイテムの開発を試す『理科室』も、さっきの話にあった『教室』もその一つです」


 なんだか部屋の名前が学校みたいだった。スカイは学校に思い入れでもあるのだろうか。


「『教室』というのは……簡単に言えばゲームに関する技術や知識をプレイヤーの皆さんに教えるための場所です。街の外のプレイヤーも招いて、戦い方を知らないプレイヤーには最低限の戦い方も教えるそうですよ」


 戦えないプレイヤーに戦い方を教えるという方針にジャックは反応した。

 危険なフィールドやダンジョンを乗り越えてきたジャックは、生半可なプレイヤーに攻略を強いることの危険性を分かっている。


「まさか……戦えないプレイヤーを、傭兵にでもするつもり?」


 それを聞き、マリーはキョトンとした後、笑いながら答えた。


「あはは、そんな危ないことさせるわけないじゃないですか。教えるのは『危ないことから身を守る技術』ですよ。まあ、それで攻略に加わりたいと思うようになる人もいるかもしれませんが、無理強いは絶対しませんし、させません。本人が望んだとしても、見合った実力がないのなら全力で引き止めますよ」


 口では笑いながらも、目は真剣だった。

 そして、メニューを開き一冊の冊子を取り出して机の上に乗せる。


「これを見てください。『教室』で使う教科書の試作品です」


 その表紙にはもう有名な攻略本の名前の下に『レクチャー版』と付け加えられていた。

 中を開いてみると、『メニューの基本的な操作法』、『役に立つ便利な機能』、『街の中のクエスト情報』、『街の周りのモンスターの特徴、対処法』、そして元々の攻略本にはなかった『犯罪に巻き込まれない方針、巻き込まれたときの対処法』などの本当に基本的な事が丁寧に書かれていた。


「……これ、ボクとライトでやった折り紙のクエスト……」


『危険度:0

 適正レベル:なし

 時間はかかるけど、眠っちゃうほど安全だよ!』

 これは一発でわかる。

 ジャックの寝落ちをネタにした紹介……ライトの仕業だ。


「一応教科書は有料ですが、教室は基本自由参加です。先生は希望したプレイヤーが交代で、だそうです。スカイさんには武勇伝でも聞かせてくれればいいと言われました」


 ジャックは、大体読み終わった冊子をマリーに返す。

 そして、心の中で思う。


 やっぱり、スカイは『創る』ことにおいて『天才』だ。

 そして、『多才』なライトとの組み合わせは反則的に強力だ。まるで、一流の職人と、職人の愛用する道具のように馴染んでいる。


 負けた気がした。

 戦闘能力なんて関係なく、スケールで負けた。


 どうせ、戦うだけの戦闘職なんていくらでも代わりが利く。だが、ライトやスカイのようなプレイヤーは稀有だ。こんな組み合わせもそうはない。


 そこに、自分が関わっていいのだろうか……他のゲームでPKで有名になってしまっている自分の存在が知れれば、二人の名に泥を塗ることにはならないか。

 秘密を持ったまま、一緒にいていいのか。


「いいんですよ。秘密なんて、誰もが持っていることです。あなただけじゃないんです」


 まるで心を読んだかのように、マリーがそう言った。


「え……どうして……」


「意外かもしれませんが、実は私は教会で育ちました」


「いや、それは意外でも何でもないけど」


 牧師の服なんて着て教会に住んでいるのだ。そのくらいは予想が付く。


「もう教会は出ましたが、小さい頃からいろんな人の告解や懺悔を聞き、人がどんな風に悩んでいるかくらいはわかるつもりです」


 マリーはジャックを見つめる。


「良ければ話してください。他言はしません」





 ジャックは、『ジャック』という名前が死んだ友人から受け継いだものだということ、そして、その名前でほかのゲームではPKをしていて有名であることなどを掻い摘まんで話した。

 自分の病気や『ネバーランド』のことは話さなかった。


「つまり、友人の名前を汚してしまったのではないかと……そして、それがライトさんやスカイさんの迷惑になるのではないかと悩んでいるのですね?」


「うん……でも、ライトが受け入れてくれてもスカイや他のプレイヤーが受け入れてくれるかわからないし、秘密にしててももう知ってるライトに悪いし……」


「ライトさんの提案した攻略本の作戦でも、やっぱり完全には払拭できないかもしれない……そういうことですか…………ちょっと歩きましょうか。昼食に丁度良い頃合いです」




 次に連れて行かれたのは、建設中の建物のほど近くにあるテントだった。そこには、簡易のキッチンと机があり、マイマイやライライを含めた料理人と、料理を食べる客がいた。


 マリーは迷うことなく椅子の一つに腰掛け、ジャックにも座るように促す。そして、注文を聞きに来たプレイヤーに手慣れた様子で二人分の食事を頼む。


「ここは……」


「ここは『模擬店』と呼ばれています。まだ店を出せない料理人が集まって擬似的に店として機能しているの」


 マリーは言葉を区切り、ジャックの右側の机にいたプレイヤーを視線で指した。


「あそこにいる大きなお客さんはサトウさん。戦うのは苦手だけど真面目に働く人で、今では『園芸スキル』の代表になってます。あっちの女性はオリヒメさん。名前の通り『裁縫スキル』を頑張って練習していて、ここにはテントの布の接合に来ているの。……二人とも、強盗や恐喝でお金やアイテムを盗まれたことがあります」


「!!」


 マリーは差別を欠片も感じさせない優しい目でジャックを見つめる。

 そして、慈しむように優しく言う。


「犯罪を犯す側にも事情はあるかもしれません。でも、誰かが止めなければなりません。止めてあげなくてはなりません。でも、非力な私達では限界があります。……『ヒーロー』が必要なんです。その名前を聞いただけで悪事を諦めたくなるようなヒーローが」


 『ヒーロー』それは、ジャックがその名でなろうとしたものだ。


「秘めたる過去を持つヒーローなんて、かっこいいじゃないですか。ヒーローなら秘密の一つ二つ、許してもらえますよ」


「ヒーロー……」


 確かに、映画で暗い過去を持つヒーローを見て、尊敬したことはある。しかし、本当にそのヒーローのように受け入れてもらえるかどうかはわからない。


 ジャックが応えかねていると、マリーはにっこり笑って言った。


「すぐでなくても良いです。でも、そういう生き方もあると覚えててください」


「う……うん。考えてみるよ」


 考えたこともなかった。

 自分の今までの悪行が、逆に人を助ける武器になるかもしれないなど……自分の後悔した行動が正解だと言えるようになる生き方があるなど、考えたこともなかったのだ。


 思考にはまるジャックを見て、マリーは少々困ったような笑い方をした。


「……なんか、シリアスになっちゃいましたね。このまま食事というのも何ですし、黒ずきんさんの秘密を教えてもらった分、私の秘密を教えちゃいましょう。それでお互いに秘密なんてなしにして、変な溝も埋まるはずです」


「マリーさんの秘密?」


「耳を貸してください。あまり、大きな声で言いうのは恥ずかしいですから」


「う、うん」


 マリーは口をジャックの耳元に寄せると、衝撃的な告白をした。



「私、男の子だけじゃなくて、女の子も好きなんです……男の子みたいな女の子のジャックさんは、ストライクゾーンド真ん中ですよ」



「……え」


 マリーはジャックの耳から離れた。


 そして、頬を赤らめ……


「冗談です」


「冗談かい!!」


「実は『冗談です』というのが冗談です」


「え、え、どっち!?」


 混乱するジャックを見てマリーはクスクスと笑う。それを見て、からかわれたのだと察したジャックも呆れながらもつられて笑う。


「まったくもう、一瞬本気で告白されたかと思ったよ」


「そうですね。クスクス、あわてた顔も可愛かったので、次はもっとサプライズでやってみましょうか」


「勘弁してよー、でもありがと。なんか他人に距離置こうとしてたのが馬鹿らしくなってきたよ」


 そう言って、ジャックはフードを脱いだ。

 思えば、今までずっと顔を隠して来たのだ。いつまでもそれでは失礼だろう。


「あら、よく見ると本当に一目惚れしてしまいそうです。どうです? この後デートでも」


「デートか……じゃあ、この街を案内してもらおうかな」


 いつの間にか、ジャックの心には未来への希望が溢れていた。





 三時間後。

 マリーにエスコートされたジャックは街を隅々まで見て回った。


 ジャックはマップだけではわからない生産職のプレイヤー達のめまぐるしい進歩や、隠れた掘り出し物を売るアイテムショップや、街に伝わる言い伝えなどの『生の』情報をたくさん知り、この街への認識を改めた。


 ここは攻略に取り残されたプレイヤーの集まる場所ではない。かつての『ネバーランド』と同じく、それぞれが自分のしたいことを、出来ることを探して命を懸けて生きる場所だ。


 そして、それを作り上げたのはライト。

 本人が自分を『偽物』だと言っても、例えそうだとしても、ライトがいなければできなかった。


 無性に感謝の意志を伝えたくなった。

 幻影だとしても、もう一度『ネバーランド』と同じ空気を感じられたことを、不器用ながらに伝えたい。


「それなら、プレゼントなんてどうですか? ライトさんなら、きっと何だろうと大事にしてくれますよ」


「まあ確かに包丁のお返しとして渡せば、自然と渡せるだろうし……でも何だったら喜ぶかな? ライトって決まった武器とかないし、ファッションセンスもあの帽子とかコスプレ好きとかわけわかんないし……やっぱり、実用的な物が良いかな……良い店ない?」


「そうですね……実用性なら、マジックアイテムを売ってる店がありますが……効果はいいけど値段が……」


「お金なら結構あるよ。だから、そこに案内してくれる?」


 感謝の気持ちを込めたプレゼントだ。ケチケチしたことは言わない。だが……


 十分後。

「う……高い。少し足りない……」


「マジックアイテムって高いですからね。もっと安い物にしたらどうですか?」


 マジックアイテムのショップにはライトにぴったりなアイテムがあった。だが、喜んだのも束の間。値段を見て驚いた。


 かなり有能な効果があるためなのだろうが、予想より桁が一つ多かった。これを払ってしまうと、ライトに立て替えてもらったツケが払えない。


 これは、ジャックがろくに所持金を持ち歩いていないとか、そのアイテムが戦闘職の全財産に匹敵するとかという話ではない。

 これまでのクエストで得たアイテムを売れば十分足りるのだ。しかし、このアイテムはスカイに売却するとライトとの間で取り決めてある。


「簡単なクエストで残りを稼ぐ……でも、流石に所持金を空っぽにするわけにはいかないし、でもここでランクを下げると妥協した感じになっちゃうし……でも今買わないと多分タイミングないし……」


「貸しましょうか?」


「いや、多重債務はマズいし、自分の稼いだお金で買いたい……お金……稼ぐ? あそこなら夜までに……」


「黒ずきんさん?」


 この時、ジャックの脳裏にはある『稼ぎどころ』が浮かんだ。今のジャックなら、行って夜までに帰ってくることは可能だ。


「あそこなら一時間あれば十分稼げる……マリーさん、ちょっと行って来る!! ライトがスカイの店から出てきたらメールして!!」


「え、どこに……」


「夜までには戻るから!!」


 それだけ言うと、ジャックは全力で西門へ向かって走り出してしまった。スピード重視のジャックを追いかけることなど、マリーにできるはずもない。


 この時、ジャックの頭からライトの『街から出るな』という言葉は綺麗に消えていた。というより、頭の中でライトの用事が済む前に帰ってくれば大丈夫だという内容に切り替わっていた。


 取り残されたマリーは一言呟いた。

「何もないと……良いのだけれど……」






 同刻。

 『隠れ家』のロロに至急の要件として一枚の写真が持ち込まれた。


「本当にこいつか?」


 写真を持ち込んだ男は黙ってうなずく。

 それを見て、少し考えてから頷いたロロはそこにいる全員に向かって叫んだ。


「全員に召集かけろ!! この写真もコピーして配れ!! これが、『マスクドジャック』の素顔だ!!」

《ランタン》

 火を硝子で保護する照明器具。

 燃料は油で、蝋燭とは違い補充すれば何度でも使える。


(スカイ)「今日はこちら、意外と売れてる照明器具ランタンです」

(イザナ)「夜の灯りによく使いますよね」

(スカイ)「あんまり明言されてないけど、ゲーム内の夜の室内は光源がないと真っ暗だからね。お買い得な値段だし、夜の狩りをする人とかにもよく売れてるよ~」

(イザナ)「でもこれ、原価どうなってるんですか? 作るのは難しそうですけど」

(スカイ)「これ、屑鉄山で大量にライトが壊れたの拾ってきたから私が修理して売ってます~、だから、原価はタダよ」

(イザナ)「タダってことは……あれ? ライトさんへの給料は……」

(スカイ)「ではまた次の大空通信でお会いしましょう~」

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