20頁(折り込み表):堂々とロールプレイングしましょう
今回は表編、裏編で二部に分かれます。
お姫様を夢見たことはない。
最初から似たようなものだった。
主人公を夢見たことはある。
しかし、それは正義のヒーローでも悲劇のヒロインでもなかった。
善人に憧れたことはない。
だが、悪人になりたいわけじゃなかった。
ただ、ありきたりな日常物語の主人公になりたかった。
だから、そのために一度だけ舞台に立とう。
日常を迎えるために、一度だけ、自分の足で非日常の世界に身を投げよう。
さあ、開演の時間だ。
この茶番劇を全力で演じよう。
《現在 DBO》
暗い舞台。
閉じたカーテン。
見かけは豪華なお姫様をイメージしたドレス。
闇の中で、お姫様の格好をしたスカイは仮想の空気で深呼吸する。
自分こそが主役。
自分こそが最重要登場人物。
「落ち着け、失敗してもフォローする。恐れずやれ」
背後からライトの極力音量を抑えた声援が聞こえる。
「今は私より、ナビキを応援しなさいよ。ナビキが最初でしょ?」
ライトは一切の心配の混じっていない笑いを洩らす。
「大丈夫。今のナビキは何でも出来る。心配なんて逆に失礼なくらいだ」
「私には失礼じゃないの!?」
ブー
開演の合図だ。
まずは吟遊詩人の格好をしたナビキがギターを弾きながら歩いて登場する。
スカイの居場所は今観客から見て右側。ナビキは反対の左側からの登場だ。
「さあ 始めましょう 不思議な 物語♪」
劇はナビキの歌声から始まった。
ギターでの演奏だが、どこか優雅で上品な演奏。そして、それと組み合わされた歌声もまた観客を魅了する。
「あれ? レベル高すぎない? 客みんな聞き惚れてるんだけど」
「こんな心休まる時のない世界じゃ、ああいう音楽には飢えてたんだろうな。まあ、ナビキ自身の歌声と技術も大したもんだが、あのギターはオレがナビキにあわせて『細工スキル』で改造した一点物だ。客の心を掴むには十分だ」
ライトはスカイの背中を押す。
「さあ、主役のお出ましだ」
カーテンが開かれる。
ここからが本番。本気で演じなければ、ナビキの演奏に負ける。
「私は 旅の歌人 国をわたり 歌を運ぶの♪」
ナビキが反対側から歩いてくる。
スカイは自分一人の足でステージ中央に向かい……倒れた。
これでいい。予定通りだ。
スカイにスポットライトの光が注がれる。《ランタン》をライトが改造したものをマイマイとライライが操作しているのだ。
「まあ、綺麗なお召し物。さぞや高貴なお嬢様に違いない。そんなお嬢様が、なぜこんな所で倒れているのですか?」
ナビキの演じる吟遊詩人の問いかけ。スカイも大きな声で自分の役を演じる。
「私はこの国の王女。しかし、父が裏切られ、城を追い出された私にはもう何もない」
すると、吟遊詩人は何かおかしいことでも有ったかのようにクスクスと笑う。
「何もないとはおかしなことを、貴女には命があるではありませんか。命があれば出来ることもありましょう」
スカイは……姫は出来うる限り心を込めて歌人を睨み付けて言う。
「もはやこの世界に私の居場所などなく、その命を繋ぐ糧もない。もはや、私に生きる希望などかけらもないのよ」
思い出す。
父の会社がなくなったあの時を。
歌人は姫君の言葉を聞くと、服の中に隠していた物を取り出す。それは、赤い水の入った2リットルほどのまん丸なガラス瓶。ライトがダウジングで見つけた物だ。水は木の実の果汁を混ぜてある。
「ならば、貴女にこれを差し上げましょう。これは貴女の命、大切にお使いなさい」
そして、歌人は一度弦を鳴らして観客席を見て、大きな声で話す。
「この世界に居場所がないというならば、違う世界に求めましょう!! さあ、風よ、竜巻よ、この姫君を新たな世界へ運びなさい!!」
正直、ここの演出はもう少しどうにか出来ないかと思う。予定では、カーテンを一度ほとんど閉め、その間に舞台を変えるはずだ。
だが、ここでスカイの予期せぬことが起きた。
「きゃっ!!」
「「「おお~!!」」」
スカイの体が何かにいきなり引っ張られたかのように宙に浮いた。
その最中、舞台袖のライトが視界に入り、状況を察する。
糸だ。ライトが両手で糸を引っ張っている。
そして、予定通りカーテンが一瞬しまり、その間に舞台に背景の森の絵や、セットの木が並ぶ。
時間がないから後にするが、絶対ライトには一言言ってやる。
カーテンの幕が開いた。予定では歌人は舞台袖の客から見える位置。そして、ライトは予定通り……目の前で微動出せず両手を水平に上げて立っている。
カカシの演技だ。
「あら? ここはどこかしら?」
姫君は周囲を見渡す。カカシには気が付かない。
「悲鳴を上げたらのどが渇いてしまったわ……これ、飲めるのかしら?」
姫君は歌人から貰った瓶の中の水を口に含み、顔をしかめて思わず中身の半分ほどをぶちまけ、それがカカシに降りかかる。
この演技は特に練習したところだ。おかげでライトが何回ずぶ濡れになったことか。
「まあ、なんとひどい味。まるで血のようだわ」
姫君はふたを閉じる。
そこで、ライトの出番。カカシが動き出し、観客が息をのむ。水をかけられてもあまりに微動だしないので本気でただの人形だと思っていたのだろう。
姫君も驚き倒れる演技をする。
「おお、なんと幸運なことか。それはまさしく命の水。命を分けていただけるなど、なんと優しいお方か!!」
「命の……水?」
「さよう。それは貴女の命、あなたそのもの。その水が尽きればあなたは死んでしまう」
「なんですって!?」
「しかし、その生命の力が命なき私に命を吹き込んだのです。ぜひとも、恩返しをさせてください」
カカシが礼儀正しく帽子を脱いで頭を下げる。
そこで姫君はありったけの感情を込めて叫ぶのだ。
「じゃあ元の世界に帰してよ!! 瓶が割れたら死ぬような世界に来たかったわけじゃない!! こんな危ない世界より、まだ元の世界の方がいい!!」
観客が息をのむ。
気が付いたのだろう。この劇が何をテーマにしているのかを、この劇でスカイ達が伝えたいことを。
ベースは『オズの魔法使い』。だが、テーマは『デスゲーム』……まさしく、今の状況なのだ。
カカシは困ったように手を左右に開く。お手上げのポーズだ。
「それは困りました。私は命を得たと言っても所詮はただのカカシ。あなたを元の世界に戻すなどと言うことはできません」
しかし……とカカシは姫君に手をさしのべる。
「旅人の噂では、この道を真っ直ぐ進んだ先に、偉大な魔法使いがいるそうな。その方なら、あなたを帰すこともあるいは……」
「じゃあ」
「しかし、途中には危険な動物や悪党が多いとも聞きます。無事にたどり着けるかどうか」
だが、カカシは優しく手をさしのべる。
「ですから、私がお供しましょう。あなたにもらった命。あなたの剣となりあなたを守り、あなたの足となりあなたを魔法使いの所まで送り届けましょう」
姫君は感情を込めて応える。
それは演技ではない。ただ、感謝していた。
カカシのこれからすることは、ライトがこれまでしてきてくれたことだ。
デスゲームという異世界で、最初に組んだ相手がライトで本当に良かった。そう思っている。いつもは口には出さず、ひどい扱いもしてしまうが、この機会にその一部だけでも伝えておこう。
「ありがとう」
カカシと姫君が足踏みし、場面の変わり目を表現する間、舞台の端の歌人は歌う。
「歩き出した二人 命の水は半分 待ち受ける困難 なくしてならない 残りの命♪」
場面は変わり、カカシが腕で姫君を制止する。
「どうしたの?」
「お下がりなさい。何かが来ます」
舞台袖から腰に二本の剣を携えたフルアーマーの兵士が登場。中身は草辰だ。
「おまえはブリキ人形!! なぜ道を阻むのだ!!」
ブリキ人形はフェイスアーマー越しとは思えないはっきりとした声でカカシに答えた。
「それは命の水!! それがあれば、俺は本物の命を得る!! さあ、それを渡せ!! 渡さぬのなら奪うまで!!」
それを聞いた姫君は声を荒げる。
「私は異界の王族よ!! あなたに譲る命などない!! そこを退くのです!!」
それを聞いたブリキ人形は高らかに笑う。
「異界の王族? そんなものはここでは関係ない!! おまえが誰だろうが知ったことではないのだ!!」
そう言い、ブリキ人形は剣を抜き、姫君の前のカカシに斬りかかるが、カカシは手を広げてそれを敢えて受ける。
背中の姫君を守ったのだ。
「うぐっ」
観客が息をのむ。
当たり前だ、仕掛けがしてある剣ではない。本当に刺さっているのだ。
ライトも今激痛に苛まれているだろう。
HP保護圏内ではHPは減らないし、圏内で受けた傷もすぐ直る。だが、痛みはある。『自傷スキル』で軽減できるらしいが、それでも痛い物は痛いだろう。
なぜ竹光などを使わなかったのか……それは、客を驚かすためであり、『本物』に近付けるためである。
ブリキ人形はすぐさま剣の刺さったカカシを突き飛ばして、もう一本の剣を抜刀する。
姫君は倒れたカカシを心配して駆け寄る。
カカシは剣を抜き、弱々しく、しかし、観客にもよく聞こえる声で姫君に話す。
「奴はブリキ人形。人の代わりに戦うために造られた機械人形です。あいつは、その命の水を飲み干し、本物の人間になるつもりです。あなたが逃げても、どこまでも追ってくるでしょう」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「命の水を……残りの半分でいい。私にかけてください」
「でも、これは私の命なのよ!!」
「このままでは全て奪われてしまいます。ですが、私にかけていただければ、私は必ずあなたと残りの命を守り抜きましょう」
ブリキ人形が重たい体を動かしてゆっくり接近してくる。
それを見て、姫君は渋々水をカカシにかけた。
すると、カカシは本当に力が注ぎ込まれたかのように跳ね起き、自分の体から抜いた剣を手に取り、ブリキ人形に相対した。
「さあ、かかってくるが良い。私は今までの私ではない。さっきのように勝てると思うな」
「ほざけ、どれだけ変わろうとカカシはカカシ。獣や鳥を退けるしか能がない木偶の分際で生意気な」
「そう、私の使命は脅威を払うこと。ならば、おまえだろうと退ける!!」
そこからは会話などなかった。
二人は剣を全速力で振るう。
その剣の軌跡が照明を反射し、二人の間に現れ消える光は幻想的だった。予め手順の決まった斬り合いではない。これは、二人が本当に相手を斬ろうと振るう『本物』の交戦。しかし、スキルは一切使わず、全てを自分で考えて動かしている。
殺気と敵意、感情と思考。
それが今回の演劇の狙いだった。
この『サーカス』を見る観客の表情にはどこか冷めた部分があった。
その感情を言葉にするならこうだろう。
『どんなに凄い事しても、どうせ全部システムが動かしてるんだ』
たとえ、マジックで壁ぬけをしたとしても、練習して空中ブランコを成功させても『そういうプログラムなんだ』で終わってしまう。
だから、ライトは心のこもる『演劇』を選んだ。ナビキの歌、ライトのシナリオ、スカイの演技、草辰の威圧感、マイマイとライライの表情で心を揺さぶる。
剣の打ち合いは一分ほど続き、最後にはカカシがブリキ人形の頭をアーマーの上から剣で殴りつけ、ブリキ人形は倒れた。それも練習通りに昏倒前にふらついたのを装って舞台袖のカーテンの裏にフェードアウトだ。
「さあ、ブリキ人形は倒れました。先に進みましょう」
またも場面が歌人の歌とともに変わる。
「残りわずかな命の水 魔法使いはもう少し でも 困難は終わらない♪」
ステージの左の端に石造りの門のセットが置かれる。
「ご覧ください、あれこそが魔法使いの城。もうすぐです」
だが、姫君はセットの右端で座り込んでしまう。
「もうやだ。ちょっと休ませて。私は今までこんなに歩いたことがなかったの。もう一歩も歩けない」
そこに、二人の子供の声が響く。
「待て!! そこの人間を置いていけ!!」
舞台の左端から出てきたのは一体のライオン。布と木で出来た作り物。
中からマイマイ、ライライが操作している。
さっきのブリキ人形からはクオリティーが少し下がっているが、あれには仕掛けがあるのだ。
「そこのカカシ、その人間を置いていけ!! そうすればオマエは見逃してやる」
「そこの人間、命の水をよこせ!! 早くしないと無理やり奪うぞ」
それを見て、カカシは答える。
「置いていけとは無理な相談だ。欲しければ奪うがいい」
そう言って、先ほどのブリキ人形の剣を構える。
ライオンが飛びかかる。だが、そのライオンはあっけなく一刀両断され……
「なに!?」
前後二つの布が独立して動き、片方がカカシと姫君の間に回り込んだ。
そして、『二人』が布を脱いで『登場』する。
「きゃー」
「あれって……」
「これは!!」
観客席から様々な声が聞こえてくる。特に、マリーが一際大きく黄色い歓声を上げていた。
二人の役は『ライオンの子供』だった。
ただし、その『本物加減』は敢えて抑えられ、パジャマのような体に密着する着ぐるみと頭に着けた『ライオン耳』がその愛らしさを強調する。
二人はなんとも可愛らしい『ライオンのコスプレ』をしていた。
「しまった、まだ子供のライオンだ!!」
二人は暗器系の武器≪かぎ爪≫を装備してそれぞれカカシと姫君に向けている。
「さあ、早くそれを渡せ!!」
姫君は瓶を抱えて叫ぶ。
「私はこんなに弱ってるの。こんな弱い私を襲うの?」
「おまえがどんなに弱くても関係ない。お母さんの病気を治すのにそれが必要なんだ」
カカシが目の前のライオンを見据えながら大きな声で言う。
「臆病者のチビライオンども。手が震えているぞ、覚悟がないなら帰るがいい」
だが、二人のライオンは一緒に叫ぶ。
「「強さなんて関係ない!! 臆病者だって、仲間のためなら戦える!!」」
カカシが姫君を守るため振り返る。そして……
前後両方から、子ライオンの鉤爪で刺された。
「ぐ……」
「ごめんなさい」
「ごめん……カカシさん」
二人の声は震えていた。あるいは本音だろう。
ライトも痛みがあるのを知っている。
だが、すぐに二人は姫君に向き直り、呆然とした姫君から瓶を奪い取り木のセットの裏に隠していたガラス瓶にそのほとんどを移し替える。
命をほとんど失った姫君は力なく倒れる。
「少しだけ残してあげる」
「これだけあれば、仲間も助けられるから」
二匹のライオンは切れた布の断片を持って退場する。
そこで一旦照明が落ち、歌人にスポットライトが当たる。操作しているのは草辰だ。
舞台の端の歌人が言う。
「さあ、命の水はあとほんの少し。さあさあ、門は目の前なのに、カカシさんは倒れ、姫君は命を使い果たし動けない。さあ、どうなってしまうのでしょう……」
ここで、草辰が『コン、コン』という音を木材を叩いて出す。
「おや、客人のよう。少々失礼」
スポットライトが消え、その間に配置が変わる。
森の背景と木のセットが取り払われ、姫君が仰向けになり、そこに毛布がかけられる。
歌人はその隣に佇む。
そして、照明がついた。
「ん……あれ、ここは?」
姫君が目を覚ます。
目を覚ました姫君に歌人が語りかける。
「また会いましたね、お姫様。どうですか? 新しい世界は」
姫君が起き上がって辺りを見回す。
「あのカカシはどこなの? 私をここまで連れてきてくれたカカシは?」
すると、歌人は目を伏せる。
「あなたをここに運んできたのはそのカカシさんです。しかし、彼はその後すぐに……」
それを聞き、姫君は毛布に顔を押し付け、嗚咽する。
「最後に、あなたを元の世界に戻すよう頼まれました。しかし、あなたは元の世界に戻っても居場所はない。もしよければ、この世界に留まりませんか? 命の水は私の力で補充します。瓶が割れれば死んでしまいますが、瓶さえ守れば死ぬことはない」
しばしの間の後、姫君は顔を上げて答えた。
「いえ、私を元の世界に帰してください」
「そうですね。やはり、瓶が割れただけで死ぬというのは怖いですね」
しかし、それに対して姫君は首を横に振る。
「いえ、人が死ぬのはどちらでも同じ事。私が帰るのは、私を帰すために倒れたカカシのためです」
「そうですか……わかりました。ならば目をおつぶりなさい。あなたを元の世界に帰しましょう」
照明が落ちる。
そして、歌人は毛布を持って退場。
照明がついたときには、姫君ただ一人。
その隣には、空のガラス瓶が一つだけ。
「ああ、帰って来たのね。元の世界に」
姫君は立ち上がり、辺りを見回し、瓶を見つける。
「夢ではないわ。私は、あの世界に行ったの……そうだわ、カカシ!! あなたのおかげで帰って来れたわよ!!」
姫君は観客の方を見て、大きな声で最後の台詞を紡ぐ。
「私は生きている!! 私には命がある!! 見ててカカシ!! 私はやるわ!! こんどこそ、守られるだけじゃない私の物語を!!」
カーテンが閉まっていく。
最後に、歌人がステージの中央で付け加えるように言った。
「お姫様はその地位をきっぱり諦め、その高価な服を売ったお金で新しく商売を始めたそうです」
カーテンが閉まった。
拍手が最初はポツリポツリと、その内、大きな流れとなってカーテン越しでも聞こえるくらいに響いた。
「やったね!! みんなよくやったわ!!」
スカイがねぎらいの言葉を送り、パーティー全員の気が緩みそうになるが、そこでライトが厳かに言う。
「まだだ。ここからもう一度出るぞ」
その言葉に、五人が凍りついた。
「え、そんな時間はないでしょ? 確か結構許容時間ギリギリじゃ……あ!!」
「オレ達の後のイベントが中止になってるんだ。オレ達がもう一度出るくらいの時間はある」
ライトたちは元々最後から二番目のイベントだったが、最後のイベントが中止になり暫定的なトリとなったのだ。最後のイベントの分の時間の一部はライトたちが使用できるようになっている。
「だが……何をする気だ? 一発ギャグでもする気か?」
草辰の言うことももっともだ。後の時間でできることなど限られている。
だが、ライトはギラギラとした笑みを浮かべて言った。
「なに、ちょっと『作者のあとがき』と『スポンサー紹介』をするだけだ」
カーテンが開き、観客の前には衣装のままの六人が現れた。
そしてカカシ役が叫ぶ。
「紳士淑女の皆さん!! 御観劇ありがとう!! 匿名希望のカカシです!! 今回はシナリオも担当しています!! もし『カカシ刺され過ぎ』『カカシ死ぬエンドが嫌』『歌人が魔法使いとか意味不』とかってシナリオ上の苦情があったらオレの方へお願いします!! 時間が残っているので、オレ達は少しこの場を借りて言いたいことを言おうと思います!!」
クレームの宛先に対する注釈に少々笑った後、観客は静まった。
「たぶん気がついてると思うが、このシナリオは『オズの魔法使い』をパロディーして、それをデスゲーム風にアレンジしています」
スカイは驚く。こんなわかりやすいこと、わざわざ言うまでもないと思っていたが、あえてライトは伝えたいらしい。
「ここで一つ!! あなた方、特に今までクエストも何にもやってない人に質問があります」
途端、ライトの声が低くなる。
「オマエら、本当にそんなんでいいと思ってんのか?」
観客席のそこかしこから息をのむ声がする。
「まあ、攻略に出て行ったまま様子を見に来ることもない人たちにも言いたいことはあるが、今は時間に限りがあるから街でいつも座ってる人たちに優先して言いたい。
誰かがゲームクリアするのを待ってただ座ってるだけなんて、虚しくないか? 戦いに出たプレイヤーが死んでるからって街に残った自分たちが勝ち組みたいに思ってるのって、ただ不戦敗したのを正当化しているだけじゃないのか? 『自分は望んでこんなところに来たんじゃない』とか『現実では責任ある立場だから危険は冒せない』とか『自分はVRゲームが上手くないからベテランに任せる』とか……馬鹿じゃないのか?」
観客席がざわめく。
「別に、前線のプレイヤーが死ぬのが戦わないプレイヤーのせいとか言うつもりはないし、フィールドに出てモンスターに特攻しろとか言ってるんじゃない。だが……このゲームを出た後のことを一度でも考えたか?」
ざわめきの音量に負けないようにさらに大きな声でライトは話す。
「ゲーム攻略に何年かかるかもわからない。クリアしたところで職がないかもしれないし、下手したら親も死んでるかもな。不安要素でいっぱいで保障されるものなんて何もない……だが、生きて帰れば必ず起こることがある。
それは、子供に、友達に、恋人に、家族に、役人に、キョウダイに、赤の他人に、必ず尋ねられるんだ。
『ゲームの中で何があったか?』
ってな!! その時どう答える気だ? 『助けが来るのを願って震えてました』か? いいのかそれで!!
どうせなら武勇伝の一つでも作っとけ!! 胸を張って『自分はこういうゲームプレイをしてた』って言えるようになっとけ!! 『剣を一日に百本打った』『自分の作った弁当を何百人ものプレイヤーが喜んで食べてくれた』、別に戦いに出なくてもできることなんて山ほどある!! まだ言い訳を探してるのか? 『ゲームばっかりしてるガキが初心者の気持ちも知らずになんか言ってる』? 生憎、オレはこのゲームが初めてのVRMMOだよ!! 初めてでいきなりデスゲームだったよ!! これで文句ねえだろ初心者仲間の野郎ども!!」
この会場にいるのは最大でも2000人に満たない。プレイヤー全体の三分の一以下だ。だが、ライトの心からの叫びは響く。
「オレだって現実世界で会いたい人がいるんだよ!! 何年も経ったら忘れられるかもしれないが、次会ったとき『オレはこんな凄いことができたんだ』って胸を張って語りたいんだ!! 自分の凄い武勇伝を嘘偽りなく語れる最高の『語り部』になりたいんだよ!! 武勇伝の作り方もわからないか? だったらいいものがある。もうさっき弁当を買ったプレイヤーは受け取ってるだろうがな……おい、この姫様に見覚えはないか? こんな恰好じゃなくて、初期装備の方が思い出しやすいだろうが……」
一瞬の空白の後、観客席のあちこちで声が上がる。
「あ、あの売り子の人!!」
「プレイヤーだったのか!!」
「弁当の人だ!!」
「え、あの歩いてた人?」
「暗くてよく見えなかったが、確かに言われてみれば間違いねえ!! あの弁当売ってた人だ!!」
ある程度プレイヤー達が思い出した段階で、ライトは声を張り上げる。
「作者のあとがきは終わりとして、次はスポンサー紹介だ!! 今回の劇、弁当販売、このサーカス自体の設営クエストのスポンサーはここにいる『スカイ』の経営するプレイヤーショップ『大空商社』だ!!!! 西の荒れ地の入り口辺りで今日から営業開始してる。知ってるやつもいるだろうから知らない奴がいたら教えてやってくれ!! さあ、スカイ本人からも一言言ってやれ!!」
いきなり話を振られたスカイは一瞬困惑したが、いまさらライトの突発的な行動を責めてもしょうがない。
スカイは、仮想の空気をしっかり吸って、観客全員にちゃんと聞こえるようにしゃべり始めた。
「私は『大空商社』代表取締役のスカイです。私の商店は情報、アイテムを含めたできる限りのものを取扱い、プレイヤー全員の活動の活性化も図るつもりです。もう既に一部のプレイヤーから委託されたプレイヤーメイクのマジックアイテムの販売も開始しています。そして、今回お弁当を買ってくださった皆様にはサービスとして我が商店自慢のオリジナル商品をお配りしました。これからも更新していくつもりなので、お買い上げになりたければ、ぜひ店頭に御出で下さい」
こうして、サーカスを利用したコマーシャルは当初の予定の100%以上の結果だった。
そして、翌日。
「はいはいいらっしゃい!! オリジナル商品は他の商品をお買い上げになった方しかお買い上げできないですよ~」
『大空商社』大繁盛。
狭い店舗に入りきらない数のプレイヤーが押し掛けてくる。
「スカイ、マリーが新しいアイテム持ってくるついでに子供たち30人以上を引き連れてお礼のあいさつしに来るって言ってたから案内して来たぞ」
「仕事増やすな!! 本気で嫌がらせ!?」
「じゃあオレはクエスト行って来るよ」
「棚の補充と客の整理手伝って!!」
スカイはあまりの集客に忙殺された。
そして、夕暮れ時。
客足も落ち着き、ようやくスカイは一息つくことができる。
昨日のサーカスの後、店の噂はたちまちに広がり、しかも『マジックアイテム』、『加工され味付けされた食べ物』、そして『オリジナル商品』などの目玉商品のおかげでお客は大満足だった。
そして、スカイは一日の帳簿をつけながら今回使った演劇の衣装の傷を補修しているライトに話しかける。
「ライトって、ホントにコスプレに変なこだわりがあるのね。まさか、行商人から買ってたアイテム類がほとんどコスプレの材料だったなんて……」
「ホントはスカイの店員としてコスチュームも自作したかったんだけどな。勝手に用意してるし」
「どう? 似合ってる?」
スカイは今は空色の布を材料に作った≪着物≫を着ている。
これはスカイが赤兎に頼んで分けてもらったもので、四肢の細く不健康な印象を持たせやすいスカイにとってはこのような露出の少ない、しかも印象に残りあまり変でない服が見つかったのはかなりよい出会いだった。
「まあ……いいな。ずっと和服で居てくれ」
「そこまで!? コスプレっぽかったら何でもいいのかアンタは!!」
「あ、そうだ。……まあ最終的に和服になったのは丁度いい。社長、開店祝いでこれあげる」
ライトは何かを実体化してスカイに投げ渡した。
スカイは慌ててそれを受け取る。それは……
「そろばん?」
「ああ。そのレベルならあんまり意味もないかもしれないが、武器として装備状態にしておくと『商売スキル』に補正がつくらしい。まあ、洋服で武器がそろばんというのも面白いかと思っていたんだけどな」
いつの間にこんなものを用意していたのだろうか?
行商の中にはこんなものはなかったような気がするし、ダウジングで屑鉄山や荒れ地から拾って来たものにしては真新しい。
その時、スカイは過去の言葉を思い出した。
『んー……社長への開店祝いのプレゼント? サプライズの』
「あれ、本当だったの?」
「なんだ、ばれたかと思ってたのに」
思えばライトはナビキに自分で改造したギターを贈っていた。その発想は元々スカイへのプレゼントを贈るということが念頭にあったのかもしれない。
そこで、スカイはすっかり忘れていた疑問を思い出した。
「そういえば、私が観客席側にいた時、何があったの? なんだか三人がナビキに従ってたし、なんか自信満々だったし」
すると、ライトは少し言いよどんでから、客がいないのを確認してスカイに耳打ちした。
「ナビキがブチ切れて覚醒してレベル68のボスモンスターを倒した」
「……レベル68? 覚醒?」
「まあ、詳しく話そう。客もいないことだしな」
(イザナ)「はいお待ちかねのNPCトークルームのお時間です」
(キサキ)「確かに英語にすれば会議室も談話室もそれでいけるね……でも、相変わらず固定しようよ」
(イザナ)「あ、どうして街を守護するモンスターの〖スケアクロウ〗が街の中に……ってライトさん!!」
(キサキ)「え、騙されてたの? 知り合いなんだし一目で見抜こうよ」
(イザナ)「だって全く動かなかったもん……って、あ、凄い斬り合い、あ、可愛いライオンさん!!」
(キサキ)「駄目だこりゃ……後編は裏舞台です」




