第1話 奇妙な少女との出会い
新連載です!
幼い少女と高校生の光一が織りなす和風ファンタジー要素のある小説となります。
是非、楽しんでいただけたら幸いですm(_ _)m
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
曾祖母の葬式の日。
音の出ないはずのハーモニカから、声がした。
『なんとも、下手な音を出すもんじゃなぁ』
――それが、すべての始まりだった。
長い年月を経た道具には、精霊が宿ることがある。
曾祖母さんは、そう教えてくれていた。
◇◇◇◇
俺――榊原光一は今日、祖父の母……つまり曾祖母さんの葬式に参列していた。
この春高校に入学したばかりの俺は、小さい頃に色々あって、今は祖父母と共に暮らしている。
俺は祭壇に飾られた曾祖母さんの遺影と、目の前の棺を見つめる。
写真の中の曾祖母さんは、どこか芯の強さを感じさせる、愛嬌のある笑顔を浮かべている。
一人息子である祖父によれば、実際の曾祖母も強くてよく笑う人だったらしい。
葬儀が終わり、曾祖母さんの家に戻った俺は骨壺に手を合わせて別の部屋へ向かった。
曾祖母さんが暮らしていた家は、夫婦ふたりに丁度いいくらいの小さな家だった。
部屋の中を見渡すと家具の数は少なく、必要最低限のもので暮らしていたことがよくわかる。
――けれど、なぜだろう。
決して豪華じゃないはずなのに、どこか懐かしく心が落ち着くのだ。
「それでも……おばけでも出てきそうな部屋だな」
そうつぶやいてから、祖父から聞いていた〝曾祖母さんの部屋〟に入る。
そこはやっぱり狭い部屋で、小さなタンスと、鏡付きの古い化粧台が置かれていた。
その前には、ひとつのきれいな箱が静かにたたずんでいる。
気になってそっと箱を手に取り開けてみると、中には年代物のハーモニカが入っている。
ところどころ傷はあるけど、丁寧に磨かれていて味のある色合いだ。
きっと大事にされていたのだろうことがよくわかる。
ふと、音が出るのか試してみたくなった俺は、ハーモニカに口をつけ、そっと息を吹いてみた――。
……でも、音は出なかった。
やっぱり壊れているらしい。
それでも捨てずに持ち続けていた曾祖母さん。
きっと、たくさんの思い出がつまった特別なものだったんだろう。
そう思った時だ。
『なんとも、下手な音を出すもんじゃなぁ』
……え?
どこからか小さな声が聞こえた気がして、俺は思わず周囲を見渡す。
でも、部屋には俺しかいない。
空耳か――と、思って前を向いた瞬間だった。
まるで座敷童のような幼い女の子が、にっこりと微笑んでそこに座っている。
「うわぁ!!」
思わずのけぞる俺。
でも女の子は、楽しそうに笑顔を向けてくる。
「ど、どこから入ってきたんだ!? 近所の子ども……かな? ご両親は? 迷子かな……。でも、葬式の最中に勝手に入ってきちゃダメだろ?」
『ほほう、お主、私が見えるのか?』
……な、なんだこの子は。
とにかくまずは落ち着こう。
俺は深呼吸して、彼女と向かい合うように座り直す。
「……今は曾祖母さんの葬式中なんだ。だから……ん?」
俺の言葉に、女の子はじっと俺を見つめてきた。
俺の顔になにかついてるんだろうか?
不思議に思った矢先――。
『お主、光秀によく似ておる……そうじゃ! 光秀じゃ!』
「俺は光一だ! 光秀って誰だよ!?」
――ますますわけがわからない。
俺は立ち上がって、とりあえず女の子の親を探して帰ってもらおうとした。
だが――彼女を掴もうとした腕は、まるで霧のようにスルリと抜けてしまった。
驚いた俺をよそに、少女は声を上げて笑い、ふわりと宙に浮かぶとそのまま俺の後ろに降りて首にぎゅっとしがみついてくる。
「な、なにを!?」
『面白いのう……面白いのう……ふふっ……なんとも嬉しい気持ちになるものじゃのう……よかったのう……命は続いた……良かったのう!』
――突然女の子はぽろぽろと涙をこぼした。
俺の首にしがみついたまま、しばらく泣き続ける。
……この子が人間じゃないってことくらい、流石にわかる。
だけど、年の頃は五歳くらい。
見た目は、ただの小さな子どもだ。
追い出すなんてできなくて、俺はそのまま座って、背中を貸してやった。
でも、一体何を思って泣いているのかはわからない……。
それから、どれくらい時間が経ったのかはわからないけれど。
五分か、十分か。
泣きやんだ少女は、ようやく俺から離れた。
季節はまだ四月。
窓を開けて空気を入れ替えていたけれど、まだ少し肌寒い。
少女が座ったのは、日差しのあたるあたたかい場所だった。
俺から離れると、少女は敷いた座布団にちょこんと座って、嬉しそうに笑っている。
『どこから話せばよいかのう? 話したいことが山ほどあって、時間がいくらあっても足りぬのう!』
「わかった。少しずつ聞いていくからゆっくり話してくれ。まずはお前の名前を聞いておきたい。なんて呼べばいいんだ?」
話すことで少しは気持ちが落ち着くかと思って声をかけると、彼女はハッとした顔でこちらを見た。
『私か? 私は【お琴】と言う名じゃ。そこの口風琴の付喪神……に、なりかけのものじゃよ』
「口風琴って、このハーモニカの事か?」
化粧台の上に置いていたハーモニカを手に取ると、お琴は勢いよく頷いた。
百年を経た物に精霊が宿る――付喪神の話は聞いたことがあった。
でも……それが目の前に現れるなんて、信じられなかった。
『私は付喪神になりかけている存在ではあるのじゃが、ちゃんとした付喪神になるには徳を積まねばならぬのじゃよ』
「へぇ……」
『光一! お主にはその手助けをして欲しい!』
「ええ!? 急に言われて困るよ! 大体何をすればいいんだ? さっぱりわからないぞ!?」
いきなり頼まれても困る。
困り顔で返すと、お琴は目を丸くしてショックを受けたようだった。
『なぜ断るんじゃ!? 光一は付喪神が嫌いか!?』
前のめりになって必死に訴えてくる。
急に言われても困るのは間違いないし、どう返事をしたら理解してくれるだろうか。
「好きとか嫌いとかじゃなくてな?」
『私は立派な付喪神になりたいのじゃ! それも神格持ちじゃ! 神様になれば、それこそ光一を守ることもできよう!』
「あいにく、俺は今の人生でそれなりに満足してるんだ。そんな頼まれごとをされても……ちょっと困るよ……」
そう告げた途端、お琴はワナワナと震えだした。
その瞬間、家が小さくカタカタと揺れ始める。
驚いたけど、視線はお琴から外さなかった。
揺れがおさまると、お琴は真剣な顔をして両手を床につき、頭を下げた。
『……頼む光一、手伝いをしてくれねば私とて辛いのじゃ』
「どう辛いっていうんだ?」
『今の揺れを見たであろう……あれは私のせいじゃ。
徳を積まぬ付喪神は、妖怪や鬼の様な姿になってしまう。
それだけじゃなく、大事にしていたものにさえ害をなす存在となる……。
私はお菊が大事にしてくれていたおかげで今はこうして人間の姿を保っていられるが、それがいつ恐ろしい見た目に変わってしまうともわからぬのじゃ』
(それで徳を積む――つまり、良いことを重ねることが必要なのか)
お琴の肩がしょんぼりと落ちた。
俺はため息をつきながら、そっと小さな頭を優しく撫でた。
決して、お琴のことが嫌いなわけじゃない。
人に頼られるのが、少しだけ苦手だ。
――そうなった理由はあるのだが……こんな子どもに説明するのは難しい。
そう考えていると、お琴が突然立ち上がって俺の肩に両手を置いて揺さぶってきた。
『私は……妖怪には、なりとうない……! 約束も……大事な人のことも……全部、忘れてしまう! そんなのは嫌じゃ!』
お琴は怯えるように体を震えさせながら首を振り、涙を零しながら叫んだ。
「落ち着けお琴」
『落ち着いておられぬ――!』
俺はお琴の腕をつかんで引きはがし、両頬を軽くつかんでもう一度「落ち着け」と言った。
お琴の目にあふれていた大粒の涙が、頬を伝ってポロポロとこぼれていく。
よほど強い気持ちがあるんだろう。
その様子が、過去の自分と重なって……。
ああ、助けてやりたいという気持ちが浮かんでくる。
「良いかお琴? ひとつずつ整理していこうな?」
そう言って微笑むと、お琴は唇をきゅっとかんだまま、しっかりとうなずいた。
お琴が流した涙が、俺の手にぽたりと落ちてくる――。
きっと、お琴には俺以外に頼れる相手がいないんだ。
それを放っておくことは、祖父母の【困っている人がいたら助けなさい】という教えにも背くことにもなるだろう。
だから、俺自身もまずは落ち着いて、少しずつ。
お琴を眼前に座らせると、俺はゆっくりと話をまとめていった。
――この時の俺は、まだ知らなかった。
この出会いが、自分の寿命すら巻き込むことを……。
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