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国家に恋愛を否定されたINTJの私とESFPの彼。それでも私は、この恋を選ぶ  作者: 本咲 サクラ


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第8判定:余白の証明、あるいは波打ち際の熱

 学園の居住区を囲む、透明な高周波フェンス。


 私は、適性局推奨の「歴史的遺産観賞による情操教育」という名目で、学区外へのチケットを切った。

 ──同行者に、不確定要素の象徴である白石ユウを指名して。


 「ねえ、イオリ。そんなに眉間にシワを寄せてたら、風景データの解像度が下がっちゃうよ?」


 隣を歩くユウは、学園にいる時よりもさらに自由で、どこか浮き足立っているように見えた。


 私は以前、彼から「ゴミ捨て場で拾った歪なガラス」を渡された時のことを思い出す。


 「……忘れていません。あの時渡されたガラス片が、いかに市場価値も実用性も皆無な『ゴミ』であるか。その厳密な分析結果を、今日こそあなたに突きつける予定ですから」


 「あはは、まだ根に持ってたんだ。……期待してるよ」


     ◇


 たどり端った場所には、かつて海と呼ばれていた場所が広がっていた。

 無菌化された学園の空気とは違う、生臭くて、湿っていて、けれど胸の奥を揺さぶるような激しい潮の香。


 「……海洋データの実物。計算式にある通りの、不規則な波形です」


 「データじゃなくて、音を聞いてみてよ。リズム、バラバラだろ?」


 ユウは砂浜に無造作に座り込んだ。


 私は戸惑いながらも、制服の汚れを計算し、最も被害の少ない角度で隣に腰を下ろす。


 学区外という秩序の檻がない場所で、彼の存在感は圧倒的な密度で私に迫っていた。


 私は、端末に保存していた「ガラス片の分析報告書」を呼び出す。

 

 【組成:一般的な珪酸塩ガラス】

 【構造:熱変性による不規則な歪み】

 【資産価値:0】


 画面をスワイプし、彼に提示しようとした。だが、その指が止まる。


 夕日に照らされた海面が、不規則な光を反射して、私の視界を塗りつぶしていた。

 

 「ねえ、イオリ。……君はいつも『正しい答え』を探してるだろ?」


 「それは、市民としての義務です。最適解を選び続けることが、幸福への最短距離だと教わってきました」


 「でも、今の君の顔。『最適解』を探してる時より、ずっといい顔してるよ」


 ユウが、私の横顔を覗き込む。琥珀色の瞳が、私のバイタルログをまたしても無残に書き換えていく。


 「……根拠のない主観的判断です。私は今、あなたの無価値さを証明する最終段階に……」

 言いかけた言葉が、潮風にさらわれて消える。


 ユウは私の手から端末を奪う代わりに、波打ち際から、また新しいガラスの欠片を拾い上げた。

 

 「これ。今日、ここで見つけた一番の『エラー』。前のがゴミなら、これは、ここに来た『記念』。どうかな?」


 彼の手から、私の手へ。

 手渡される瞬間に触れた彼の指先は、驚くほど熱かった。

 

 私の解析システムが、その瞬間に激しいアラートを鳴らす。


 【検知:未知の熱量】

 【定義:算出不能】


 「……ああ、これが」


 私は、昨日彼が言った言葉を反芻する。「余白がないんだよね」


 完璧な対称性も、管理されたスケジュールもない、この予測不能な波打ち際。


 私の端末では【資産価値:0】と切り捨てられる、この不揃いなガラス片。


 それこそが、システムが記述できない、彼の中にある「余白」そのものだった。


 「解析の結果を、修正します」


 私は、画面上の【資産価値:0】という文字を、自分の手でデリートした。

 

 「この物体そのものに価値はありません。ですが、この接触によって生じた私のバイタルログの乱れ、および未知の心理的パラメーターの上昇分を考慮すると、現時点での完全な『無価値』の証明は……不可能です」


 「それってさ。『特別だ』って、認めたってこと?」


 「……。次回の観測まで、判定を保留にするだけです」


 私は、必死に論理の壁を再構築しようとする。

 けれど、握りしめたガラスの熱と、ユウの「またここに来よう」という約束が、私のシステムの最深部に、消去不能な「優先順位:最高」のログとして刻まれてしまった。


     ◇


 帰りのモノレールの中。

 窓の外に、学園の完璧な夜景が見えてくる。

 

 秩序に満ちた、光の幾何学模様。

 けれど、私のポケットの中には、不揃いな形をした海辺のガラスが一つ。

 

 結局、分析結果を送信することはできなかった。

 なぜなら、彼がくれた「記念」という名の余白が、今の私にとって、学園のどの正解よりも「重い」ものになってしまったから。


 ──この重く甘いエラーが、数週間後の残酷な放送によって、悲痛な決意へと変わることを、今の私はまだ知らない。


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