1-85 色、色々
「はあ。とりあえず、サロンにお茶の準備をしておこう。しかし、母上があんなになっちゃうとはね……おしゃれに目覚めているしね、むしろ遅すぎ~くらいまであるかもね。でもさ、ホームレスのババァとか、なんでそんな言葉を知っているんだろう。僕、そんなこと口にしたことないのに」
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「あ~、やっぱりラノベは心のご飯よね! でもさ~、聖女がホームレスとか、よもまつだわね! あ、お姉様~ 後で食べたいからさ、バニラビーンズたっぷりのシュークリーム、用意お願いね~ はあ、あたしの星でも、さっさとシュークリームとかバニラアイスとか作らないかしらね……お姉様に集りつづけるのもね、それはそれで別にいいんだけど~ あたしのシュークリームとかあたしのバニラアイスとか、早く作るように神託でも出させようかしらね! さ、続き続き……」
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「うーん、確か、色を定着させる方法は、酢とか塩とかあった気がするけど……草木染とか? たまねぎの皮染とかは直ぐにできそう。確か春菊で草木染したら黄色になるんだっけかな……あ、トマトとか干物魔法でカラッカラにしてから石臼魔法で微粉末にしたら、染め物できそうな気もする。あ、カボチャとかも? あ、ニンジンとかも? うん、出来そうな気もするし、ホームレス色になっちゃいそうな気もする。試してみないとわからないかな……」
…………
「仮に、トマトで赤色、カボチャで黄色の絵具みたいなものが作れるとして、後は青さえあれば、混ぜたら色々な色ができるよね、多分。染料として考えたら、染め上がりと洗濯後に色が全然変わっちゃうけどさ、絵具みたいなものができれば、混ぜたら何とかなるかも」
…………
「……あら、ミチイル、待たせたわね。少し寝たら、なんだかすっきりした気分よ。ごめんなさいね、取り乱してしまって」
「ううん、母上がそこまで思い悩んでいたなんて、知らなかったよ……とりあえず、紅茶を用意して、と。さ、イチゴショートを食べよう!」
「まあ! このケーキはとっても美味しかったものね! ふふ、私とミチイルの二人だけで食べるなんて、罪悪感が逆に美味しさをプラスしそうだわ!」
「ハハ そういう食べ物もあったかも知れない。じゃ、いただきまーす」
「いただきます……ふう。そういえば、ゆっくりお紅茶も飲んでいなかったかしら、ここ数日」
「まあね、僕も忙しかったし、お祖父さま達は暇なしだしね」
「お父様が忙しいのは、ジェームズ以外にはメリットしかないから、大丈夫よ。静かでいいわ!」
「ノーコメントで。じゃ、ケーキケーキ~」
「んまあ! ほんとうに美味しいわ! これは他に例えられない味よね!」
「うん、そういえばそうかも。ショートケーキはショートケーキの味だね。生クリームと他のケーキでも似てるけど、ショートケーキのふわふわ溶ける感じはしないし。ところでさ、布に色を着ける方法は、色々あるかな、と思うんだ」
「そうなの? わたし、いくら研究しても、どうにもならなかったわ。色が綺麗と思っても、おしぼり業者したら汚くなったりするのだもの……」
「うん、染め物はね、難しいの。元々の素材の色と、布に染めた時の色と、染めた布を洗った時の色、さらにそれを干したときの色とね、全然別な色になったりするから、想像通りに行かないし、とってもとっても難しいの」
「そうだったのね……わたし、一生懸命、布にカボチャをこすりつけたりしていたのだけれど」
「ハハ それでね、うまくいくかどうか、わからないの。僕も実験とかしてみたいしね。今日はとりあえずやめにして、明日にしよ!」
「そうね。今日はわたしもゆっくりお風呂に入って、休ませていただくことにするわ」
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今日は公都セルフィン到着から五日目。アタシーノから、料飲部の平民男性が食材とともに来てくれた。
そうだよね、僕はいいけどさ、お祖父さまとジェームズだけになったら、食事に困る。セルフィンの使用人は来てくれているけど、料理は作れないもんね。お祖父さま達に乾燥マッツァだけ食べさせるわけにもいかないし。僕、そこまで気が回らなかったけど、さすが伯父上たち。
さて、セルフィンでやる事も、もう無いからね、今日帰ってもいいんだけど、母上がこれ以上ぽやっとし続けても嫌だし、かわいそうだし、今日は母上の研究を手伝おう。そして、明日にでもアタシーノへ帰るかな。向こうの方が、材料とかも多いしね。母上も納得してくれるだろう。
「あ、母上。じゃ、西棟北の部屋に行こう」
「ええ。ミチイルは、もうセルフィンでやる事は終わったのかしら?」
「うん。やろうと思えばいくらでもあるけどね、セルフィンの平民達にも頑張ってもらわないとならないから、後は任せる事にする」
「そうね。アタシーノから職人たちも来てくれるし、お父様も残るものね。もう充分よ」
「うん。それでね、母上。布に色を着けるのは、基本的には、水で色の材料を煮出して、その色水に布を浸けて、色を布に充分移してから、その色が落ちないように塩とか酢とかを入れた水でさらに浸けておいて、それから洗って干す、っていう手順なの」
「そうだったのね……カボチャやニンジンを直接擦り付けてもだめだったのね……」
「うん、それでね、今日はそれじゃなくてさ、色の粉を作ってみようと思うの。ここじゃさ、さっき言ったみたいに火を使ったりするのも何をするのもね、アタシーノの僕たちの別邸より不便だし、そういうのは帰ってからやろうと思うの」
「そうね、それがいいわ。じゃ、色の粉を作りましょう! それで、どうするのかしら」
「うん、とりあえず、トマトを乾燥させて、石臼魔法で粉にしてみよう! んじゃトマトをスライサー魔法で賽の目に切って、干物魔法でカラカラに、そして石臼魔法で微粉末に、それっ」
ピカピカピカッ
「うん、とりあえずは……粉にはなったね。でも……赤い色っていうより、殺人事件の現場の血糊色だよ……見たこと無いけど。はあ、食紅みたいにきれ」
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――ピロン 食紅魔法が使えるようになりました。材料の色をそのまま食紅にし、色をつけるのも思いのままです
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「あ、母上。母上の願いが聞き届けられたよ。ちょっと待ってね『食紅』 」
ピカッ パフン
「けほけほ……ああ、これは気をつけないといけないね……大きいボウルの中でやるとかしないと」
「まあ! とってもきれいな赤い色だわ! これはトマトからできているのよね?」
「うん、そうだと思う。色にしたい材料にね、さっきの食紅魔法をかけると、こんな風に染粉が作れる魔法だね」
「んまあ! まさにわたしが求めていたもの、そのままなのね!」
「うん。とりあえず、これを水に溶かして布を浸してみよう。母上、キッチンにいこ!」
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「さて、トマト水に晒し布を入れてみたけど、割ときれいな赤色だよねえ」
「ええ! ええ! ほんとうに!」
「後は、これで色が落ちなければいいんだけど……まだ布を液につけて一分くらいしか経ってないけど、とりあえず、おしぼり魔法と干物魔法でピカッと」
「まーー! とってもキレイ! こんなきれいな色の布、初めてよ! これでスカートとか作ったら、とってもステキになると思わない? ミチイル」
「うん。世界の度肝を抜きそう……」
「いやあね、ミチイル。度肝だなんて。こんなにエレガントで高貴な貴婦人にふさわしい色の布なのに!」
「うん。そうだね。時代や国によっては、赤とか黄色とか紫とかが高貴な色っていうのもあったかも」
「紫? そんな色、あったかしら」
「うん、母上は見たことが無いかも知れないけど、ナスの花の色とかは薄紫だし、そもそもナスの皮も濃い紫な気がする」
「言われてみれば、そうだったかも……知れないわね。うん、きっとそうだった気がするわ!」
「母上、農作業したことが無いでしょ……姫育ちなんだし」
「んもう、ミチイルったら」
「ハハ とりあえず、色の粉が作れて、それで布を染められることがわかったからね、もうアタシーノへ帰ろう」
「ええ、そうね。じゃ、お姉様にお知らせしてもらうよう、使用人に頼みましょう」
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「ミチイル様、この度は高貴なる御身をお運び頂き、衷心から拝謝申し上げます。更に様々なる奇跡、神の御業、神恵をセルフィンにも御神授下さいました儀、セルフィンを代表致しまして、篤く御礼申し上げ奉ります。また、本来であればセルフィン大公である拙夫が、万難を排し御前に馳せ参じ、伏して御礼申し上ぐるべき所なれど、中央エデンからの帰国が遷延し、ミチイル様のご尊顔を拝し奉る事叶いませぬが、ご寛恕下さいますれば、望外の喜びにござ」
「母上~」
「お姉様、何度言ったら」
「わかっております。けれど、わたくしには感謝の言葉を重ねる以外、今できることがございません。何も差し上げることもできませんし、何かをなすことも叶いません」
「僕は、救い主だから。何も貰わなくても大丈夫。セルフィンで女神信仰を広めて、美味しい食べ物を女神様に捧げてくれればいいの。伯母上、よろしくね」
「もちろんでございます。この身に代えましても、身命を賭しまして粉骨砕身、誠心誠意取り組んで参ります」
「ハハ……」
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ということで、僕と母上はアタシーノへ帰って来た。
別れ際、お祖父さまは、もっとゆっくりしていけ、と駄々を捏ねたけど、母上と伯母上とジェームズに一蹴されてたよ……
ちょっとだけ、かわいそうだけど、お祖父さま、頑張って~




