無力
なんとか間に合いました。
おれ達は数日間、塩の精製と製粉のためブレストに滞在していた。
「いつの間にか、かなり自由にしてるみたいだな」
今日は魔王がこの街に来る日だったらしい。
言われてみれば数週間前までは、ここに来るのも一苦労だったのに、今は気軽に来れるようになっている。
「パンをつくるから、できたらたべてみてね」
魔王は「フン」と返事をして街の方に戻っていった。
それからさらに数日かけて、大量の塩と小麦粉を精製することに成功した。
あとは糖分と酵母があれば作れるわけだが、原料になりそうなものを探さなければならない。
もう少し時間がかかりそうだ。
とりあえずトモンとマモンに挨拶をして、シャティロンに帰る。
そのつもりで両領主に会いに来たわけだが…
「つかさ、シャティロンより鬼族に顔を出しに行くのはどうだ?」
「少し条件が必要だが、龍族の村に行くのもいいんじゃないか?」
この2人はなぜか素直に送り出してくれない。
確かに2人が言うことも無しなわけではない。
ペッシュに果物の入手方法や、刀についても聞きたいことがある。そもそもアンポンタンに会いたいってのもある。
龍族の村ってのも興味が無いわけではない。神器を揃えるためにもいつかは行かないといけないわけだし。
(どうしようかなぁ)
(その2択なら、龍族の村がいいかと思います。)
ラパンが提案してくれた。
「いってみるか、りゅうのむら」
おれが呟くと、領主達が食い気味に乗っかってきた。
「いいじゃないか、龍族の村。イヴトって言うんだけど、少し行くのが難しい。」
「つかさなら行けるさ!まずは下の湖、タンプルに向かえ。そしてトゥフを登れば龍の集落に着くらしいぞ!」
らしいぞって、不確かな上に、トゥフを登るってなんだ。行けば分かるものなのか?
これで街が出れるなら、とりあえず向かってみるしかないわけだが。
(タンプルは魔族領の北に位置し、シュバルに乗れば数時間で着くと思われます)
遠くはないのか、シュバルが速いのか。シュバルならさらっと魔族領一周してしまいそうだな。
いつも通りシュバルに乗って、クテクを首に巻いて出発する。
ビテスはブレストの海が気に入ったようなので、ここでお留守番。
「ちょっと待て!こいつも連れて行ってくれ。」
おれが支度をしている間に、マモンが連れてきたのはいつかの女の子だった。
「アモーラも連れて行ってくれ。パトラ様から預かったんだが、おれ達の手には余る。」
「ふん!ここにいるのも飽きたから私も行ってあげるわ!」
来てくれなくていいよ、とも言えず、仕方無しに同行することになった。
バインフーを召喚して、モンシューと一緒に乗ってもらうことにした。
「「いってらっしゃーい」」
トモンとマモンに見送られおれ達は出発した。
湖を目指して北東に進む。
例え小さくても、白馬と白虎が草原を駆け抜ける姿は風格があり、モンスターが寄り付く隙もない。
1時間ほど走ると、草原を抜け穀倉地帯になった。おれはリクドウを使って刈りまくり、本に収納しまくる。
その間みんなには休憩を取ってもらっていたが、アモーラはおれの行動が理解できずにいた。
「つかさー、まだーー?」
そんなに休憩がいらなかったようで、すぐ出発することになった。
ここではたくさんの大麦を収穫することに成功した。
南にも穀倉地帯があるのではないかと、少し期待に胸を膨らませながら、今回は北に進んだ。
穀倉地帯を抜け森を少し進むと大きな湖がそこにはあった。湖の真ん中には滝があるが、なぜか滝の始まりを確認することはできない。
「おそらくここがタンプルで、のぼるってのは、あのたきだろうな」
「あんた龍の伝承知らないの?」
なんのことでしょうか。
アモーラはため息を1つつきながらも、説明をしてくれた。
「タンプルの魚は登竜門と呼ばれる門をくぐることで、龍になると言われているの。その登竜門は滝の中にあるそうよ」
めっちゃ知ってるじゃん。
つまりおれの予想はあってるわけで、滝を越えた先に龍の村があるってことですね。
問題はどうやって滝を登るか。
と言うか、どうやって滝まで行くか。
泳ぐことなら魚のビテスに期待して召喚してみる。
ブレストで小麦粉と塩を精製している間に大きくなったビテスに乗って滝へ向かった。
おれは一応耐水性の水着を着用して、アモーラはシュバルに乗って湖の上を歩いて付いてくる。
おれもそれでよかったくね?
なんて思ったら負けで、鯉が滝を登ると竜になることを信じて、ビテスで滝を登る。
そんなつもりで来ました、滝です。
正直ビテスもおれもポカーンと口を開けたまま、滝を見上げていた。
想像以上に大きく勢いのある滝で、シュバルは近づくことができない程だ。
(ビテス、行けると思うか?)
おれは半分引き返すことも考えてビテスに聞いてみたが、それを突っぱねるようにビテスは気合いを入れて、滝に向かっていった。
滝壺は周りの水を飲み込むほどに勢いが強く、とても登れるようなものではない。
ビテスが近づいても飲み込まれて、滝を登る以前の問題だったが、ビテスは果敢に何度も試みる。
おれは魔法が使えない。
支援魔法でバフをかけることもできないし、滝を弱めることもできない。
ただただ、ビテスを信じて背中に乗ることしかできずにいた。
日が沈み始めて、ビテスの体力も厳しくなってきた。挑戦できるのも残り2、3回程度だろう。
たくさん挑戦して、滝の中に登竜門らしき物が見えるが、届く気がしないぐらい高いところにある。
そしてビテスの体力が尽きた。
泳ぐことができなくなったビテスをバインフーの風魔法で運んで、一度陸に戻った。
バインフー魔法使えるようになってたんだ…
日が沈み、この日はきれいな満月の夜だった。
召喚獣とアモーラが寝る中、おれは1人滝を見ながら攻略する方法を考えていた。
満月が滝を照らしているため、登竜門も綺麗に光っているのが見える。
おれはそれを見て、慌ててビテスを起こした。
「おきろ、ビテス!いくぞ、たきのぼり」
ビテスは完全回復はしていなかったが、また挑戦できるぐらいには元気になっていた。なぜ慌てて起こされたかは聞かずに、ビテスとおれは滝へ向かった。
それは言葉にする必要がなかったから。
登竜門は七色に光って滝を吸い込んでいる。
急いで滝壺まで行き、滝を登り始めた途端、勢いよく登竜門を通ることができた。
「なんじゃ、珍しいのう。客なら案内するんじゃけど」
そこには肌に鱗があり、太い尻尾を生やした女性がパイプを吸っていた。




