勇気とは、絶対に逃げないと決意すること。――2
千代田区の公園に出現したダンジョンの再探索は、二日後の日曜日に決行された。
集まったのは、俺・天原さんと、先日の探索に参加したという、五組のSランクパーティーだ。
集合した俺たちは、装備を調えて早速ダンジョンに踏み入った。
ドラゴンエンペラーの捜索は、手分けして行うことになった。
それぞれがドラゴンエンペラーを探し、見つけたら戦わずに待機。通信石版で探索参加者と連絡をとり、全員が集合してから挑むという手筈になっている。
俺と天原さんは、遭遇したモンスターを倒しつつ、記憶を頼りにダンジョンを進む。
三〇分ほど経ったとき、俺は違和感を覚えた。
「あそこ、曲がり角だったっけ?」
視線の先に左への曲がり角があるが、以前は丁字路だった気がする。
怪訝に思ったのは俺だけじゃなく、天原さんもだった。
「いえ。曲がり角ではなく丁字路だったはずです」
「だよね? おかしいなあ」
「わたしたちの記憶に間違いがなければ、ダンジョンの構造が変化したことになりますが……」
「そんなの見たことも聞いたこともないよね」
「ええ」
俺と天原さんは、顔を見合わせて首を傾げる。
ゲームに登場するダンジョンでは構造が変化することがあるが、現実のダンジョンではそんなことは起きない。ダンジョンの構造は、出現時から変わらないのだ。
しかし、いま俺たちの前にある道は、明らかに変化している。あり得ないことが起きている。
おかしい。おかしすぎる。奇妙を通り越して不気味さを感じるほどだ。
しばらくその場に立ち尽くし――俺たちは決断する。
「行ってみよう」
「はい。お互いに注意を怠らないようにしましょう」
俺と天原さんは頷き合い、最大限の警戒をしながら曲がり角へ向かう。
息を潜めて歩いて行き、左に曲がると、俺たちの前に巨大な門が現れた。金属製と思われる両開きの扉だ。
「あれも以前はなかったよね?」
「ええ。妙ですね」
不可解な現象に俺と天原さんは戸惑う。
そのときだった。
地響きと、金属が軋むような音を伴って、門が勝手に開きはじめたのは。
俺と天原さんはハッとして、即座に臨戦態勢をとった。俺はいつでもカードが使えるようにストレージを開き、天原さんは大盾を構える。
門はなおもゆっくりと開いていき――
『ブモオォオオオオオオオオッ!!』
三メートルほどの背丈を持つ、牛頭人身のモンスターが飛び出してきた。
血で染めたように赤い毛並みを持つそのモンスターは、巨大な両刃の斧を携えて、もの凄いスピードで俺たちに迫ってくる。
俺は急いで四枚のカードを実体化させて、使用した。
「魔力ブースト、発動!」
カードを使った戦術の下準備。魔力ブーストでMPを確保する。
そのあいだにも、牛頭人身のモンスターはどんどん距離を詰めてきていた。あと三秒もすれば俺たちへの攻撃がはじまるだろう。
速すぎる! これじゃあ、カードを使う余裕さえない!
牛頭人身のモンスターが斧を振りかぶり、俺は体を強張らせる。
「『タウント』!」
声に焦りを滲ませながら、天原さんがスキルを発動させた。
天原さんを中心とした大気の揺らぎが発生し、牛頭人身のモンスターの視線がそちらに向かう。スキルによって、牛頭人身のモンスターの狙いを自分に引きつけたのだ。
奇襲にも対応するなんて! 流石はSランクパーティーの盾役だ!
俺が感服するなか、牛頭人身のモンスターが斧を振るい、天原さんが大盾で受け止める。
鼓膜が破れるほどの金属音が、ダンジョンに木霊した。
「ぐ……っ!」
天原さんは歯を食いしばって衝撃に耐える。攻撃は防げたが、天原さんの体は約二歩分、後ろに下がっていた。
俺は驚愕に目を剥く。
天原さんが圧された!?
これまで一緒に探索をしてきたなかで、天原さんの防御を揺らがせたモンスターはいなかった。唯一、ドラゴンエンペラーを除いては。
どうやら、この牛頭人身のモンスターは、いままで俺たちが戦ってきたモンスターとは次元が違うらしい。
防御成功時に与えられるはずだったダメージの一部を反射する、天原さんのスキル『リフレクト』の効果により、牛頭人身のモンスターを白い粒子が貫く。
牛頭人身のモンスターは意にも介さず天原さんに斧を振るった。
振るわれた斧をなんとか防ぎ、天原さんが動揺に染まった声を上げる。
「どうして『ブラッディーミノタウルス』がここに……!?」




