勇気とは、絶対に逃げないと決意すること。――1
天原さんの推薦が無事に受け入れられ、俺はBランク探索者に昇格した。
これで、ダンジョン攻略成功時に与えられる報奨金の額が増える。嬉しい限りだ。
Bランクに昇格したその日の夜。夕食を終えた俺は、ベッドに寝転がってカードを眺めていた。こうしてカードを眺めるのは、もはや日課になっている。
今日考えているのは、先日、天原さんと攻略した樹海系ダンジョンで手に入れたカードの、活用法だ。
・連立式複製装置
カードタイプ:アイテム
消費MP:80
効果:連立式複製装置は、名前が異なるソーサリータイプのカードを1枚ずつ、最大2枚まで取り込める。連立式複製装置に取り込んだカードはなくならない。連立式複製装置に取り込まれたカードの一方と同じ名前のカードを使用したとき、連立式複製装置は取り込まれたカードのもう一方を発動する(この効果は連立式複製装置により使用されたカードでは誘発しない)。取り込まれたカードと違う名前のカードを使用したとき、連立式複製装置は消滅する。
連立式複製装置は、『一度の戦闘で、同じ名前のカードは四枚しか使用できない』というルールを破壊するカードで、コンボパーツとして非常に優秀だ。このカードをうまく活用できれば、俺はさらに活躍できるだろう。
「考えるべきは、どんなカードを取り込ませるか、だね」
「うーん……」としばらく考えて――ひらめいた。
「そうだ! あのカードとあのカードを組み合わせれば……!」
思いついた二枚のカードを組み合わせると、コンボの王様ともいえるあれが行える。
うん! このアイデアは素晴らしい! もっと詰めていこう!
一度ひらめいたらワクワクが止まらない。
俺は思考の海に沈んだ。
「このコンボを成立させるにはあのカードが必要で……となると、決め手になるカードはやっぱり……」
ブツブツ呟きながら、ひらめきを発展させていく。
そのときだった。
ピピピピピ……ッ
俺の思考を遮るように、電子音に似た音が聞こえてきた。
音の発生源は机の上に置いてある通信石版で、音が意味するのは着信。通信石版は、メッセージを送るだけでなく通話もできるのだ。
思考を中断されて複雑な気分になりつつも、俺はカードをストレージにしまい、ベッドから起き上がって通信石版を手にとる。
通信石版に表示されていたのは『天原さん』の四文字。
ドキリ、と胸が鳴った。
家族以外の女のひとと通話するのって、なにげにはじめてなんだよなあ。
若干の緊張を覚えながら、俺は通信石版をタップして、耳に当てる。
「はい、勝地です」
『天原です。こんばんは、勝地くん』
「こんばんは。どうかしたの?」
『勝地くんにお願いしたいことがあるのですが……』
「お願い?」と聞き返しつつ、俺はひっかかりを感じていた。
天原さんの声、なんだか元気がないような……。
俺が首を傾げるなか。天原さんが話しはじめる。
『先ほど、探索者協会から要請がきたのです。千代田区の公園に出現したダンジョンの探索に、協力してほしいと』
「千代田区の公園に出現したダンジョン? もしかして、そこって……」
『はい。ヴァルキュリアがドラゴンエンペラーと遭遇したダンジョンです』
「やっぱりあそこか……」
当時のことを思い出して、俺は顔をしかめた。
あの日、ドラゴンエンペラーはヴァルキュリアを襲撃し、壊滅寸前まで追い込んだ。俺が助けなければ、天原さんを含めたヴァルキュリアのメンバーは、全員この世にいなかっただろう。
『弾性スライム×敵愾心マグネット』のコンボでドラゴンエンペラーの注意を逸らし、なんとか逃げ延びることができたけど、あんな体験は二度としたくない。思い出しただけで寒気がするほど怖かったのだから。
「けど、ヴァルキュリアのメンバーはいまも療養中なんだよね?」
「はい」
「それならなんで、探索者協会は天原さんに要請したんだろう? ヴァルキュリアはまともに活動できないのに」
『ドラゴンエンペラーが見つからないかららしいです』
「見つからない?」
不可解な話に、俺は眉をひそめる。
『先日、五組のパーティーが手分けして探索したそうですが、ダンジョンのどこにもドラゴンエンペラーがいなかったらしいのです』
「それはおかしいね。ドラゴンエンペラーはおそらくロードモンスター。ロードモンスターがダンジョンにいないなんてあり得ないのに」
『探索者協会も不思議に思っているようです。ですから、わたしに要請してきたのですよ。「五組のパーティーによる再調査に加わってほしい」と』
「なるほど。ドラゴンエンペラーと遭遇した天原さんなら、その居場所もわかるんじゃないかって考えたわけか」
『はい……』
納得しながら、天原さんの声に元気がない理由を俺は察した。
ヴァルキュリアはドラゴンエンペラーに襲われて、全滅の危機に瀕した。そのドラゴンエンペラーがいるダンジョンに再び挑戦しなくてはならないのだから、元気もなくなるだろう。
「それで、俺へのお願いってのは?」
『よろしければ、勝地くんについてきてほしいのです。ご迷惑でなければなのですが……』
申し訳なさそうな声で天原さんがお願いしてきた。
いつもの天原さんなら、俺に頼ることはなかっただろう。俺が自分の戦術を隠したがっていることを、天原さんは知っているのだから。
それでも俺に頼ってきたということは、それだけ天原さんが弱気になっているということだ。
きっと、天原さんにとって、ドラゴンエンペラーの存在はトラウマなのだ。怖くて心細くてしかたないから、俺に頼ってきたのだろう。
たしかに俺は、カードを使っていることをバラしたくない。バスタードを追放されて、絶望に見舞われて、悩んで悩んで悩み抜いて、やっと手に入れた希望なのだから。俺だけの戦術なのだから。
けど、パートナーである天原さんが不安に陥っているのに、見捨てるのはどうなんだ? 俺はそれでいいのか? そんな自分に満足できるのか?
天原さんは、俺に憧れていると言ってくれた。
天原さんは、俺をBランク探索者に推薦してくれた。
天原さんは、俺に突っかかってきたバスタードのメンバーたちを、撃退してくれた。
俺は何度となく、天原さんに助けられてきたのだ。
だったら、いまがまさに恩返しの機会なんじゃないか? 天原さんの力になるときなんじゃないか?
そうだよ。俺の答えなんて決まってるじゃないか。
ひとつ頷いて、俺は答えた。
「わかった。俺もついていく」
『よろしいのですか?』
「うん。俺もドラゴンエンペラーと遭遇してるから、探索の手伝いができるかもしれないし」
「それに」と微笑みながら続ける。
「ほかでもない天原さんのお願いだからね」
『勝地くん……』
感じ入るように天原さんが呟いた。
通信石版の向こうで、ホッと胸を撫で下ろす気配がする。
『ありがとうございます』
不安が消えた穏やかな声で、天原さんがお礼を口にした。




