人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――9
なんとかドラゴンエンペラーに追いつかれることなくゲートまで逃げ延びることができた。
ゲートをくぐって外界に出ると、すでに日が暮れていた。
傷だらけのヴァルキュリアのメンバーを目にして、探索者協会の職員たちはギョッとした。
すぐに救急車が手配され、ヴァルキュリアのメンバーは病院に運ばれた。
俺はもう帰ってもよかったのだが、ヴァルキュリアのメンバーの容態がどうしても気がかりで、搬送先の病院までついていった。
それから三時間が経ち、待合室の椅子に座っている俺のもとに、治療を終えた天原さんが戻ってきた。
天原さんの体には、ところどころ包帯が巻かれていた。なんとも痛ましい姿だ。
ガタッと椅子から立ち上がり、俺は天原さんに駆け寄る。
「容態はどう? 天原さん」
「わたしは大丈夫です。ほかのメンバーも一命を取り留めました」
「そっか……よかった」
俺は胸を撫で下ろす。
そんな俺に、天原さんが深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます。勝地くんが助けてくださらなければ、わたしたちはダンジョンで息絶えていたでしょう」
「い、いいよ、お礼なんて! 頭を上げて、天原さん!」
あまりにも丁寧なお辞儀に俺は慌てる。
しばらく頭を下げ続けていた天原さんだったが、俺がうろたえていたためか、やがてゆっくりと頭を上げた。
「そういえば、俺を勝地くんって呼んだけど、天原さんは俺のことを知ってるの?」
「ええ。同級生の勝地真くんですよね? どうしてそのような質問をされるのですか?」
「いや……天原さんって、あまりみんなとつるまないからさ」
俺は後頭部を掻きながら苦笑する。
天原さんは、学校では高嶺の花で通っている。常に単独行動しているし、誰かとやり取りするときも、最低限の受け答えしかしない。そのため俺は、天原さんは他人に興味がないのではと考えていたのだ。
それに、天原さんはSランク探索者。最弱ステータスの俺なんか眼中にないと思っていた。実際、バスタードから追放された日に天原さんと会ったけど、挨拶ひとつなく素通りしていったしね。
けど、それは俺の勝手な思い込みだったみたいだ。正直、天原さんが知っていてくれて、ちょっと嬉しい。
くすぐったい気持ちになっていると、天原さんが真剣な目で俺を見つめてきた。
「勝地くん、なにかお礼をさせていただけないでしょうか?」
「お礼?」
「はい。わたしたちが助かったのは、すべて勝地くんのおかげです。勝地くんにいただいた恩に報いたいのです」
「別にいいよ。天原さんたちを助けたのは、見捨てたら後悔すると思ったからだし」
「ですが……」
俺が断るも、天原さんは眉根を寄せて食い下がる。
律儀なひとだなあ、天原さんは。
ひとつ苦笑して、「じゃあさ」と俺は人差し指を立てた。
「俺にお礼する分を、天原さんやパーティーメンバーの治療費に充ててよ。一刻も早くヴァルキュリアが再建するのが、俺にとっては一番嬉しいからさ」
俺の母さんは、無茶をしたことで虚弱体質になってしまった。ほかのひとに、そんな苦しみは味わってほしくない。
だからこそ、ヴァルキュリアのメンバーには元気になってもらい、また活躍してほしい。それが俺の望みだ。
俺の望みを聞いた天原さんは、感極まったような、それでいて申し訳なさそうな、複雑な表情をした。
まだなにか言いたそうに、しかしなにを口にすればわからないように、天原さんが、口を開けては閉めてを繰り返す。
そんななか、ズボンのポケットにしまっていた通信石版から、ピコン、と通知音が聞こえてきた。
「ちょっとごめんね」
天原さんに断りを入れて、ポケットから通信石版を取り出す。スマホに似たかたちの、長方形の板だ。
通信石版の表面には、優衣からのメッセージが表示されていた。
優衣:もう九時だけど、おにぃ、大丈夫? ケガとかしてない?
メッセージを見て、俺はハッとする。
もうそんな時間なのか!
考えてみれば、俺たちがダンジョンから出てきたのが夕方で、それから三時間近く病院にいたのだから、たしかにそれくらいの時間になるだろう。
母さんが倒れた一件があるためか、優衣はしっかり者だけど心配性でもある。これ以上、優衣を不安がらせるわけにはいかない。
いまだに言葉を探している様子の天原さんに、俺は手を合わせた。
「ごめん、天原さん! 家族が心配してるみたいだから、俺はもう帰るね!」
「えっ、あの……はい」
戸惑ったようだけど、天原さんは「また学校で」と会釈する。
「うん、またね」と別れの挨拶をして、『大丈夫、いまから帰るよ』と優衣にメッセージを送り、俺は病院をあとにした。




