人情とは、苦悩を知る者が持ち得るもの。――1
はじめてソロでダンジョンを攻略してから半月が経ち、俺は洞窟系ダンジョンの最奥でロードモンスターと戦っていた。
黒いローブをまとい、フードを目深に被った人型のモンスター『ウォーロック』だ。
『オオォオオオオ……!』
ウォーロックが砲弾ほどの火球を生み出して放ってくる。炎魔法『ファイアーボール』。
ウォーロックはMPと魔法力に優れた魔法使い系のモンスターで、四属性の――炎・水・風・土の魔法を扱えるのだ。
ファイアーボールが俺を焼き尽くさんと飛来する。
だが、問題ない。
「頼む、英雄願望のトナカイ!」
こちらには頼もしい護衛がいるのだから。
俺を庇うように立った英雄願望のトナカイが、迫りくるファイアーボールに二本角を突き込んだ。
ファイアーボールが炸裂し、爆音と炎光が生じる。
もうもうと立ちこめる黒煙。
その黒煙を、英雄願望のトナカイは角を振るって散らした。
英雄願望のトナカイはまったく応えていない様子だ。
『オオォオオオオ……!』
ウォーロックがめげずに次の魔法を発動させる。
無数の水の弾丸が宙に浮かび、こちらに向けて放たれた。水魔法『ウォーターショット』だ。
ウォーターショットが俺を蜂の巣にせんと飛来する。
だが、問題ない。
「英雄願望のトナカイ!」
二本角の乱れ突きで、英雄願望のトナカイが、水の弾丸を片っ端からたたき落としていく。
すべての水の弾丸を迎撃し、英雄願望のトナカイが自慢げに、『ルオォオオオオオオオオオオッ!』と雄叫びを響かせた。
たしかにウォーロックの魔法力は高いが、英雄願望のトナカイの魔法耐性はその上をいく。
英雄願望のトナカイは、『カカシ作り』で喚び出された二四体のカカシを率いている。HP5のカカシが、スキル『正義の味方』の条件を満たしてくれるので、英雄願望のトナカイの魔法耐性は、125にまで引き上げられているのだ。
ウォーロックがいくら魔法力に優れているといえど、いくらロードモンスターといえど、いまの英雄願望のトナカイは、Dランクダンジョンのモンスターごときが太刀打ちできる相手ではない。
『オ……オォ……』
連続で放った魔法を完璧に防がれたためか、ウォーロックがたじろぐ。
チャンスだ!
攻撃が止まった隙を突いて、俺は英雄願望のトナカイに命じた。
「攻撃に転じよう、英雄願望のトナカイ!」
『ルオォオオオオオオオオオオッ!』
俺の指示を受けた英雄願望のトナカイが、ひときわ高らかと吠えて、ウォーロック目がけて飛び出す。
目にもとまらぬスピードでウォーロックに接近した英雄願望のトナカイは、勢いそのままに二本角を突き込んだ。
『オオォオオオオオオッ!!』
胸を角で穿たれたウォーロックが真後ろに吹っ飛び、岩壁に衝突する。
大鐘を鳴らしたような轟音。
揺さぶられる最奥の広間。
大ダメージを受けてぐったりするウォーロックに、素早く接近した英雄願望のトナカイが追い打ちをかけた。
全体重を乗せた突進。角を左右に振るっての打ち据え。さらにはリズミカルな連続突き。
魔法使い系のモンスターは物理耐性が低い。英雄願望のトナカイに攻め立てられたウォーロックにもはや為す術はなく、ろくな反撃もできないまま、泥のように溶けて消えた。HPが0になったのだ。
ウォーロックが倒れたことで戦闘は終了。カードの効果は戦闘時にしか発揮されないため、二四体のカカシと、英雄願望のトナカイは消滅した。
あとに残ったのは、ウォーロックを倒したことで出現した宝箱だけだ。
「よしっ! 攻略成功!」
俺はグッと拳を握った。
これで俺が攻略したダンジョンは計六つ。カードの真価を見出してから、俺は積極的にダンジョンに挑戦していたのだ。
自分が六つものダンジョンを、それもソロで攻略したなんて、一ヶ月前の俺が知ったら腰を抜かすだろう。
いまの戦闘を見せたら、夢か幻かと、目を擦るはずだ。
「本当にカード様々だ。どれだけ感謝してもしたりないよ」
頬を緩めつつ、俺は宝箱に近づいて蓋を開ける。
宝箱に入っていたのは、黒い杖と、数枚のカードだった。
普通の探索者なら、カードには目もくれず黒い杖に興味を示すだろう。
しかし、俺は真っ先にカードを手にとった。俺にとって、カード以上の武器は存在しないのだから。
手にとったカードをまじまじと眺める。
「『敵愾心マグネット』……アイテムタイプのカードか」
・敵愾心マグネット
カードタイプ:アイテム
消費MP:50
効果:敵愾心マグネットの効果は、防御力・魔法耐性が10以下のクリーチャーが所持している場合にしか発揮されない。所持しているクリーチャーは常に相手のターゲットになる。
敵愾心マグネットの効果を確認して、「なるほどなるほど」と俺は頭を縦に揺らした。
「特定のクリーチャーを盾役にするってことだね」
盾役とは、敵モンスターの攻撃を一手に受け、味方が攻撃しやすい状況を作るポジションだ。バスタードでは宝条さんが務めている。
盾役はパーティーの中心と呼べるほど重要なポジションだ。その盾役を作ることができるのだから、敵愾心マグネットはかなり強力なアイテムと言える。
「まあ、そう簡単にはいかないみたいだけれど」
敵愾心マグネットが効果を発揮するのは、防御力・魔法耐性が10以下のクリーチャーが所持している場合のみ。
しかし、防御力・魔法耐性が10以下のクリーチャーを盾役にするなんて不可能だ。一撃で葬られるのがオチなのだから、盾役の役目なんて果たせるはずがない。
まあ、たとえ不可能に思えたって、カードゲーマーの俺が諦めるはずないんだけどさ。
防御力・魔法耐性が10以下のクリーチャーが、相手モンスターの攻撃を凌ぐことができれば、敵愾心マグネットは神アイテムの仲間入りだ。
だからこそ、俺がやるべきは、敵愾心マグネットの活用法を考えに考え抜くこと。
「もちろん、楽しみながらね」
早速思考の海に沈みながら、俺は広間をあとにする。きっと俺の目は、キラキラと輝いていたことだろう。




