変化とは、常に勇気を必要とするもの。――12
ハンマーオークがゼェゼェと肩で息をして、両拳を突き上げる。
『グウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ハンマーオークが咆哮した。「俺は勝ったぞ!!」と誇るように。
「そうだよね。勝ったと思うよね」
ハンマーオークが勝ち鬨を止め、声がしたほうに――背後に顔を向けた。
ハンマーオークが愕然と目を剥く。
カードを構える俺を見たからだろう。
カードから溢れる膨大な闇を見たからだろう。
「カードゲーマーには機転が必要なんだ。カードゲームには常に運が絡むし、対戦相手の行動によっても戦況が左右されるからね」
驚愕するハンマーオークに俺は語る。
「運悪く石つぶてでカカシが倒れたとき、俺は戦況が変わったことを察した。相手はおそらく、英雄願望のトナカイの、強さのからくりに気づくだろう。英雄願望のトナカイを弱体化させるため、カカシたちを倒そうとするだろうって」
だから、こっちも手を打つことにした。
「相手はカカシに注意を向ける。だったら、カカシを囮にしようってね」
ハンマーオークはカカシを倒そうとするだろう。カカシに注目するだろう。ならば必然的に、俺への注意は薄れる。
そこで俺は、カカシの側を離れ、ハンマーオークの背後に回り込んだのだ。
「弱体化したとはいえ、英雄願望のトナカイは強かった。英雄願望のトナカイをスルーしてカカシのもとに向かうのは不可能だ。できるとしたら遠距離攻撃。けれどきみは魔法を使えない。弓などの遠距離武器を持っているわけでもない」
だとしたら、
「きみは鉄槌を飛び道具として使うだろう。ブーメランのように投げるだろう。勝つためにはそれしか手がないんだからね」
結果、見事カカシを排除して、英雄願望のトナカイの弱体化に成功。ハンマーオークは英雄願望のトナカイに逆転勝利した。
しかし――
「それって、自慢の鉄槌を手放すことになるよね?」
英雄願望のトナカイに勝つために、ハンマーオークは強みを捨ててしまった。
「それって、打ち返しが使えない状況ってことだよね?」
ハンマーオークの打ち返しは、『鉄槌で殴った魔法を跳ね返す』強力なスキルだ。
ただし、打ち返しを使うには鉄槌がなければならない。
カカシを倒すため、ハンマーオークは鉄槌をぶん投げた。いま、ハンマーオークの手元に鉄槌はない。
それならば――
「きみはどうやって、俺の怨恨破を防ぐのかな?」
ハンマーオークが頬を引きつらせる。
カードから溢れる闇が膨れ上がった。闇の量は、ゴブリンと戦ったときよりも遙かに多い。
それもそうだ。ゴブリンとの戦闘で、戦闘不能になったクリーチャーは一八体。
一方、今回の戦闘で戦闘不能になったクリーチャーは、カカシ二四体+英雄願望のトナカイ一体=二五体なのだから。
闇とともに響き渡る、亡者の叫びのような音が、ハンマーオークの顔を青ざめさせる。
ハンマーオークを真っ直ぐ見据え――
「終わりだ、ハンマーオーク!」
俺は怨恨破を発動させた。
膨大な闇が開放される。
迫りくる闇の濁流に、ハンマーオークはただ立ち尽くすことしかできない。
鉄槌を持たないハンマーオークに怨恨破を防ぐ手立てはなく、闇の濁流にのみ込まれるほかなかった。
闇の濁流がハンマーオークを消し飛ばす。
濁流が収まったあと、そこにはひとつの宝箱があった。
ドロップアイテム――モンスターに勝利した証だ。
「……勝った?」
呟く俺に答える者は誰もいない。辺りはシン、と静まり返り、自分の息遣いだけが聞こえている。
「……勝ったんだ」
宝箱はたしかに目の前にある。消えもしないしなくなりもしない。
自分の顔に笑みが浮かんでいくのがわかった。
「最弱ステータスでも勝てるんだ」
カードがあれば、こんな俺でもダンジョンを攻略できる。生活費を稼ぐことができる。
もう悩まなくていい。
「俺は、俺の人生を変えられたんだ!」
喜びが爆発した。
「――っうおぉおおぁああああああっ!!」
感情の赴くまま、俺は勝利の雄叫びを響かせた。




