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あたしにもマイルドじゃない時があった

※暴力表現があります。

 あたしの名前は、ハルカって言う。

 春生まれだと思われることが多いけど夏生まれだ。

 漢字で「晴夏」って書く。

 これは今は亡き母親が付けた名前だ。


 あたしが産まれた日は、梅雨が明けてすぐの雲ひとつない快晴の日だったんだって。

 難産だったから母親は疲れ切ってベッドに横になったまま病院の窓から空を見上げて、そのきれいな色に驚いたって言ってた。

 見たこともないような青い空だったって。


 だから、あたしの名前は晴夏(ハルカ)になった。




 残念ながらいい話なのはここまで。


 そのあたしの母親はあたしが小学校に入った直後くらいに死んだ。死因はガンだった。その二年前に妹が生まれていたんだけど、妊娠していたからガンの治療が遅れたのがいけなかったんだろうって婆ちゃんが言ってた。

 

 あたしは別に妹が悪いとかは思ったことはない。

 でもあたしと違って命の危機にさらされなかった妹に対して、嫉妬したことならいっぱいある。


 あたしの父親は会社人間だった。

 母親が死んでから父親は手間のかかる妹を自分の母親、つまり婆ちゃんに預けていた。

 母親の実家は頼らなかった。お葬式の時に母親のガンの治療について揉めていたから、あんまり関わりたくないと思ったんじゃないかな。オッサンって無駄に頑固なところがあるし。


 父方の爺ちゃん婆ちゃんは優しい人たちだったけど、爺ちゃんの方が心臓かどこかが悪いという理由で、婆ちゃんが「子供を預けるのは1人だけにしてくれ」って言ったらしい。

 要するにあたしは小学1年生の夏休みに、一人で家にいることになってしまったのだ。


 でも、それだけならまだ良かった。

 そのころ急に父親が1週間ほど海外出張に行くことになったのが、あたしにとっての災難だった。


 父親は何を思ったのかいわゆる家政婦の派遣を依頼した。一週間ずっと通いで来てもらいたいって。

 そういう派遣の会社は派遣する常勤の人をギリギリの数で回しているらしくて、急にそんな依頼をされても困るものなんだそうだ。一週間も一定の時間が取れる人なんて、常勤の人の中にはいなかったんだって。

 それなら断れば良かったのに、その会社は目先の依頼料のために仕事を請けた。

 その会社は後になって、人手不足のために「かなり問題のある人」に声をかけてしまったっていう言い訳をずっとしてた。




 その「問題のある」家政婦のオバサンは朝10時ごろ、ピンポンも鳴らさずに家に入ってきた。驚いて固まるあたしを尻目に全部の部屋を見回って他に誰もいないことを確認すると、オバサンは突然あたしにビンタを張ってきたのだ。


 あたしだってそれまでそこそこ可愛がられて育てられてた子供だったから、いきなりの暴力に驚きすぎて何もできなかった。今でも思い出すとあの時に戻ってババアをブチ殺してやりたい気分になる。


「生意気そうなツラして」


 挨拶すら交わしてない子供に向かってババアはそう言い放ち、ほぼ無抵抗のあたしを殴りまくった。特に顔を殴られたような気がする。ほっぺたが腫れ上がって、口の中が切れて痛かったのを覚えてる。


 その次は蹴りが腹に飛んできた。あんなの、ちょっと前まで幼稚園児をやっていたような子供に防げるわけがない。

 あたしはどうしたらいいかわからなくなって、そのままサンドバッグにされていた。

 たぶんその後あたしは気を失ってしまったんじゃないかな。


 ケガの痛みで気が付いた時、あたしは何かが動いている気配を感じて、腫れて開かない目を無理やり開いて見た。そしたらなんとあのババアがまだ部屋にいたんだ。あたしに背中を向けてゴソゴソと何かをしていた。

 あっちこっち移動しながらクローゼットや引き出しを開けている様子は、泥棒が物色している姿そのものだった。


 あたしは怖くて怖くて、身動きひとつ取ることができなくて、すごく悔しかった。


 全部の部屋を荒らして回ったババアが鼻歌を歌いながら悠々と家を出て行くまで、あたしはずっと目をつぶって震えていた。


 誰か助けて……なんて、どんなに願っても助けが来ないときは来ない。

 あたしはその時たぶん、心の中は不満でいっぱいだった。自分は何にも悪いことをしていないのにどうしてこんな目に遭って、誰も助けてくれないのかって。


 そんなの後になって考えてみれば当たり前のことだ。こんな事件が起きてることを知ってんのは、あたしの他には犯人のあのババアだけなんだから。


 でももし神様がいて、誰かに助けられていたとしたら、あたしはこんな風になってなかっただろう。


 ババアが消えて気がゆるんだのかあたしはそのまま意識を失った。




 次に気が付いた時には病院のベッドの上だった。

 最初に目に入ったのは年配の看護師さんで、ババアとは似ても似つかない顔付きだったけど背格好がなんとなく似てた。あたしは彼女を見るなりパニックを起こしてワーワー叫んで大暴れしたらしい。


 肋骨にヒビが入っていて、その病院には結局2ヶ月くらい入院していたと思う。でも不思議なことにあの看護師さんにはその間、まったく会わなかった。

 もし気を使ってそうしてくれたんなら悪いことをしたって、あたしは今でも思っている。



 あたしを助けてくれたのは父方の婆ちゃんだった。父親が海外へ行くことを前日にメールで知った婆ちゃんが、その翌日に爺ちゃんの検診のために我が家の近くのクリニックまで来て、その待ち時間に様子を見に来たんだ。

 ちなみにその時妹は、父親の妹である叔母さんに預けられていた。


 息子の家の中が荒らされ、上の孫は顔がブクブクに腫れて全身アザだらけで転がっている。その惨状を目の当たりにした婆ちゃんは、腰を抜かしてあたしと一緒に救急搬送された。


 海外にいる父親に直接文句を言う術を持たなかった婆ちゃんは父親の会社へ電話をかけた。そしてそれはもう、もの凄い罵詈雑言を父親の上司に浴びせた。

 その結果父親は出世を望めなくなったらしい。


 父親に悪気はなかったんだろう。それはあたしにも理解できる。

 治安がいいと言われている日本でこんなことが起こるとは、予想もしていなかったに違いない。だからあたしは別に父親が憎いとか思ったことはない。



 あたしのトラウマは長引いた。ただでさえ母親がいなくなって不安に揺れてる時期に、あの暴力ババアの出現だ。小学1年生の精神力はそんなに強くなかった。年配の女性の教師が怖くなったし、ちょっとでも人が手をあげる動作をしたら体がビクッとして動けなくなった。


 事件があってから、父方の婆ちゃんは無理をしてあたしを引き取ってくれた。でも病気の爺ちゃんと幼い妹の世話に明け暮れる婆ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかなくて、あたしは長い間1人で悩むしかなかった。

 手間のかかる幼い子供の世話をする側から見れば、正直あたしくらいの年齢になったら自分の事は自分でしてくれって思うのは、仕方がないことなんだけどさ。


 父親が家政婦の派遣会社を訴えたり、派遣会社が倒産して損害賠償がどうなるのかわからなくなったり、あたしの知らないところでいろいろあったらしい。

 あの暴力ババアが無事警察に捕まって、判決が出たのはあたしが小学4年か5年の頃だった。

 強盗は結構重い罪になる。望んでいた通りの刑期が確定して父親と爺ちゃん婆ちゃんは喜んでいた。


 そういうのを見ていた子供が思うのは、普通は「警察官になりたい」とか「刑事さんになりたい」とか「裁判官に……」ってとこなんだろう。でもあたしが思ったのはたった1つだけ。


 強くなりたい、って。


 あの理不尽な暴力に対抗できるくらいの力があたしにあったら、ババアを返り討ちにしてやれたのに。あいつがシャバに出てきたらあたしがされたのと同じことをやり返してやるんだ。


 小学6年からあたしは駅1つ向こうのキックボクシングのジムに通った。出所したババアをボコボコにするという目的のために。

 毎日ジムまで走って行ったり、休みの日は朝から晩まで練習したりした。だからそこそこ強くなったと思っていた。

 でも結局あたしが中学生になった時に入ってきた年下の男子に一度も勝つことはできなくて、あたしは大いにモチベーションを下げた。

 たぶんあたしに才能はなかった。


 やりきれない思いや自分へのイライラがあったせいか、あたしは同じジムに通っていた先輩たちとよくつるむようになった。

 つまり、グレた。

 父親は爺ちゃんが死んだ影響だと思っているみたいだけど、思春期ってそんな単純じゃないから。


 背が伸びなくなるって聞いて酒もタバコもやったことはない。

 ただ学校をサボるようになった。他校の生徒と殴り合いの喧嘩を数えきれないくらいやった。あたしの拳や蹴りは男に通用しないこともあったけど、女相手になら負けたことはないんだ。あたしは強くなったような気がして調子に乗った。


「強い」ってのはいいことだ。先輩たちにそう認められれば、集団の中であたしの居場所ができていくから。

 それで思ったんだけど、社会のルールに縛られたくないって感じの不良の歌があるじゃん。でもそう言って逃げた先にも、集団の中の決まりごとみたいなのがあるわけ。

 じゃあ逃げた意味あんのかよって、誰も思わないのかな。結局みんな自由じゃないってことなのかな。


 中三になってあたしは憑き物が落ちたように喧嘩をやめた。

 ちょうど先輩たちが高校に進学した頃だった。高校生の身分で暴力事件を起こしたらシャレにならないっていう真っ当な理由もあって、一緒に足を洗うにはいい時期だった。

 要するにそこまで真剣にグレてなかったってことだ。


 あたしはそれから一生懸命勉強して何とか底辺高校の1つに入学できた。

 底辺高校だけあって、かつてのあたしみたいにグレて徒党を組んでる奴もいたし、中学卒業まで引きこもってた奴もいたし、後輩みたいに極度のオタクで他に何も興味を示さないような奴もいた。

 入学した当初は、中学とは違うカオスっぷりに驚いたな。


 そういう連中の中でそれなりに過ごしてきてようやく卒業が見えてきたって時に、こんなことになるなんて。


 あたしは妹みたいに何の苦労もせずにクラスで一番の成績を取ったり、同級生の男子数人にチヤホヤされる人生が羨ましかったよ。



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