砦
朝起きると、イッシキの姿が見えなかった。
壁に開いていた穴から外を覗いても、見当たらない。
外に出て、ようやく見つけた。
見上げて挨拶をする。
「イッシキ、おはよう」
「おはようございます」
なぜ見上げているかと言えば、イッシキは土を積み上げて5メートルくらい上にいるからだ。
「何か見えますか」
「思ったよりも、わたし達は速いペースで移動してきたようです」
「ということは」
「はい。まだ距離はありますが、わたしが作った砦が見えます。
ここからは見えませんが、その少し向こうに、集落もあるはずです」
「盗賊の動きは」
「今は人影は見えませんが、あいつらは、普段は朝早く動くことはないんじゃないでしょうか」
「このまま接近していくと、丸見えって感じですか?」
「途中に小さな丘があるので、そこまでは大丈夫そうです。そこから身を隠して進みましょう」
速やかに小屋を撤収し、移動を開始する。
向こうが活動を開始する前に、監視体制を整えたい。
イッシキが目を付けた丘まで、30分ほどでたどり着いた。
「それじゃ、遠慮なく」
俺は、鉄のシャベルを取り出して小精霊化を解除する。
「いくぜ、パイルバンカー!」
技名を呟いてはいるが、単に掘っているだけだ。
ザザザザ、と砂の波のような音を立てて地中にトンネルが開いていく。
製作してみて驚いたことに、この鉄のシャベルは、土や砂ならば1秒で3メートルくらい、人が通過可能な空間を掘ることができる。しかも、掘った後の土砂は、圧縮したように小さく、堅くなって脇の壁に張り付いていくので、簡単には崩れない。
掘削と支持を同時に行う、シールド工法のような道具なのだ。
入り口部分はイッシキがカモフラージュを施している。
訓練の成果で、真っ暗な中でも方角や距離感は失わない。
「そろそろか…」
シャベルの動きを緩やかにする。
小さく顔の前方を削っていくと、やがて光が射し込んできた。
外を覗いてみるが、土でできた建物の周りには、誰もいない。
入り口っぽい場所にも、見張りなどは立っていない。
静かなものだ。
イッシキと交代し、内側の壁を少し削って広げ、滞在できる空間を作っていく。
イッシキがどこまでの「偵察」を考えてるか分からないが、相手の行動パターンや人数を把握しようと思ったら、少なくとも1日か2日はかかるだろう。
「アイン…」
イッシキが囁く。
「どうした」
小声で返す。
砦までは50メートルほどか。
開口部はスリット状で、周辺には砂を配置しているので、普通に喋っても声が砦の周辺に届くことはない。
イッシキは何かに気づいたのだ。
「砂燕のつがいが、砦に出入りしてるんです」
「それがどうした」
問い返しているうちに、おかしなことだと気が付いた。
砂燕は、臆病な鳥だ。
一羽でも、人や獣の気配がある場所になど近づかない。
つがいの時には、なおさらだ。
少なくとも半月は、出入りがなかったことになる。
「砦に、人はいないのか」
「そうとしか」
「砦の地下まで、トンネルを掘ります。気配だけなら、危険なしに探れるでしょう」
イッシキもうなづく。
シャベルを握り、足元から階段状に掘り下げていく。
「砦の構造は覚えていますか」
「もちろんです。集落の人がまとまって避難することを考えてただけだから、中は簡単な構造です。人がいるような部屋は、さっき見えていた入り口の延長上に並んでいます」
ザザ、ザザ、ザザ…
先ほどよりはゆっくりと、音を下げて掘り進める。
それでも数分だ。
この辺り、という目星をつけたところでいったん手を止める。
何も聞こえてこない。
慎重に、小さな穴を天井部分に開けていく。
貫通したが、真っ暗だ。
ホコリとカビの気配はあるが、生活臭はない。
イッシキに合図して、精霊灯を取り出した。
これは最近の発見で、俺が石炭と木から作り出したものだ。
松明と同じ素材なのだが、両者を小精霊化した状態で組み合わせると、設置した状態でもいつまででも光り続ける効果を持つ品物が生まれたのだ。精霊、自重しろ。
と、緊張感が途切れているな。
精霊灯で穴の向こう側の様子を見てみるが、ガランとして何もない。ひもで肩のあたりに固定しておく。
交代してイッシキに見てもらう。
「イッシキ、様子が変わったところはありますか?」
「特にありません。器が出来ていただけで、集落の人に避難所のことをどうやって説明しようか考えていた段階だったのです。細かい造作はわたしにはできませんし」
「このトンネルを撤収ルートとして、中の様子を探ります」
イッシキもうなづく。
脱出時にトンネルに走り込みやすいよう形を整えてから、内部に進入する。
「ジョウチャク!」
防具を装備し、左手には土の小精霊、右手にはシャベル。
イッシキは大きな石材は小精霊化できなかったせいで、この砦は土と砂だけで出来ている。
トンネルへの退路を断たれ、他の進路もない場合は、壁か天井をぶち抜く算段だ。
剣など要らぬ!シャベル、それは文明の利器であると教えられた我らには。
イッシキが後衛で指示を出しながら進む。
クリアリングっていうのか?
だが、そんなことをするまでもなく、この砦は明らかに使われていなかった。
床には砂ぼこりが溜まり、足跡も残っていない。
壁のところどころには、いたずらに破壊したような跡がある。
最も大きい集会室のような作りの部屋には、酒瓶や乾ききった残飯の成れの果てがわずかに散らばっていた。
「イッシキ、ここでは、戦闘や襲撃はあったんですか」
「いいえ。この砦に入る前に、集落の方で襲われました。
……皮肉なものですね。
わたしは、この砦を作ったせいで集落が襲われたのだと思っていました。
でも、今こうして訪れてみると、わたしが盗賊だとしても、こんな場所で過ごしたいとはちっとも思わないでしょう。
あいつらは、なんだここ、って感じで面白半分で散らかして、それで去って行ったんです。
わたしが作ったものには、全然価値なんてなかったんですね……」
こんな風に思いを饒舌に語るイッシキは、珍しかった。
俺は、ぼんやりとイッシキの姿を眺めていた。
イッシキは、泣き笑いのような顔をして立っていた。
いや、精霊灯のオレンジの光の中で、目元に光る雫が見えた。
それでも、何かが少し、柔らかくなっていた気がした。
少したたずんだ後、地上から外に出ることにした。
「冷静に考えれば、この砦にも集落にも、盗賊団にとって長居する理由はありませんでした。
まともな水場も草地もないので、馬を養うこともできません。
襲撃の拠点としても、もっと目標に近い場所がいくらもあるでしょう。
わたしは、自分のしでかしたことの陰に怯えて過ごしていただけなのです。
ひょっとしたら、追ってきた盗賊の影さえ幻だったのかも」
俺は、何も言えなかった。
入り口から地上に出て行こうとすると、砂燕のつがいが慌てて飛び立っていった。
「おっと、悪いことをしてしまいましたね」
「大丈夫ですよ。もうここには、誰も来ませんから…」
すでに予感はしていたが、集落の方にも人の気配はなかった。
盗賊は、最後にこの土の砦で暇つぶしをしていったのだ。
すでに、集落での暇つぶしは終わっていたのだろう。
集落は、砂ぼこりに覆われていた。
砂塵風が訪れたのだろう。
何のにおいもしないのは、ある意味救いだったのかもしれない。
装備はしまい、イッシキの後について、歩いていく。
イッシキは、最初に集落の入り口で手を合わせると、そこからはしっかりとした足取りで進んでいった。
「わたしの家だけ、確かめさせてください。お別れを告げてきます」
俺は黙ってうなづいた。
イッシキは、一軒の粗末な家に入って行った。
粗末と言っても、俺の集落のテントよりは、よっぽど家らしかったが。
外からは、中には誰もいないように見えた。
◇◇◇◇◇
思いもかけない展開に、ホッとしたような、哀しいような、複雑な気分に包まれていた。
大勢の人が亡くなったのは確かなのだが、泣き叫ぶような強い感情は浮かんでこなかった。
家に入り、見慣れたはずの一角に目を向けた途端、鳥肌が立つ。
そこには、ぽっかりと何もない空間がある。
わたしの、寝床があった場所。
記憶が、蘇る。
わたしは、ここから逃げ出した。
奴らに殺されたあと、寝床や食料や、使えそうなものを片っ端から精霊化して、麻袋に詰め込んで。
リスポーンだ。




