偵察
盗賊団の偵察。
確かに、周辺の脅威がどの程度のものか、それは今後の集落の開発にも影響する。
現状、俺は盗賊団の存在を又聞きしているだけだ。
この集落では、荒天や干ばつで苦しむことは多かったけれど、魔獣や怪物の脅威もまれだったし、まして人間同士の争いなんてほとんど見たことがなかった。
長老に盗賊団について聞いてみても、人数や規模、どんな戦力を持っているかは未知数だった。
イッシキがいた集落のことは知っていて、歩いて3日程の距離だという。長時間歩き続けることが出来る俺達なら、2日もあれば着くだろう。
途中の道の様子をイッシキに聞いてみたが、逃げてくるときは、追われにくいよう隠れやすい地形を選んでかなり曲線的に移動してきたため、直接向かう場合の道は分からないらしい。
長老に大まかな道のりを教えてもらい、出発する。
イッシキが持っていた小さな羊皮紙で、簡単な地図を作ることにする。
荷物は大体精霊化して小さくまとめており、遠出の気配は消してある。
誰かに目撃されても、近場の集落の子供が二人、ちょっと外へ食べ物を探しに来たという風を装うつもりだ。
集落を出て少し歩いたあたりで、イッシキが話しかけてきた。
「それでは、我々のROEについてレクチャーを開始します」
「アールオーイー?」
「ROE、交戦規定とも言われますが、危険だと思われる対象に遭遇した時、どう対応するかの取り決めです」
「ここ数日、俺がこなしてきた訓練は、対応のためのものだったんでは?」
「はい。防壁の展開、遮蔽物の構築と利用、塹壕や地下道の展開、精霊術による隠密行動。
立体三次元的機動については、さわりしか伝えられなかったのが残念ですが、これはわたしも未熟であるので仕方ありません。
貴方は、最低のウジ虫野郎を卒業し、立派な虫ケラになっていることを認めています」
訓練中は人間扱いされていなかった覚えがあるが、訓練が終わった後でも虫ケラだったとは。
「確かに訓練はしてきましたが、それは技術的な、体の動かし方の面に限られていました。
ROEを検討するには、どの程度精霊術が使いこなせるかを判断する必要がありました」
「アイアイ、サー」
「マムと呼んでください」
「アイ、マム、サー」
その後、遭遇時の対応…相手の人数や装備、地形、時間帯などの要素を絡めつつ……について実践的なレクチャーが行われた。
細部はともかく、その意図するところはシンプルなものだ。
まず、敵は倒さない。
得られるものが少ないし、殺そうと思うと、動きを封じて石の剣で殴り殺すしかない。
俺はやりたくない。イッシキもやるわけがない。
微妙に義務度合いが違うな。
殺さずに無力化しても、この場所では半日くらいで結局死ぬ。悲鳴や怨嗟の声をBGMに歩くのは、願い下げだ。
したがって、基本的には戦闘を回避する。
見つかっていない状況はもちろん、攻撃を受ける状況になっても、崖の上に上がったり、地中に潜るなどして全力でかわす。
精霊術の出し惜しみはしない。
「精霊術を見せちゃっていいんですか?」
「構いません。優先度の問題です。現在のわたし達にとって、最大のリスクではありません」
「精霊術を知られて、狙われるよりも大きなリスクがあるんですか…」
「はい。わたしにとっては、それはアイン、貴方です」
ええー。
「反抗ぐらいはしますけど、裏切ったり売り飛ばそうとしたりなんてしませんよ…?」
「貴方が捕まって目の前で殺されかねない状況になったら、わたしも無力化されます」
お、おう?なんだ?
「しかし、貴方が精霊術の使い手だと分かっていれば、相手は貴方に価値を見出して生かしておく可能性が出てきます。あるいは、危険だとみなして捕まえずにすぐ殺すでしょう」
えーと。
「駆引き上の問題ってことでいいですか?」
良くわからなかったがそうなんだろう。
イッシキは少し首をかしげていたが、まあそうです、と言った。
この辺りの荒れ野は生き物の少ない土地だが、荒涼としているだけで移動しづらい場所ではない。
地面は粘土質で堅く、地形はなだらかで、ところどころに岩や崖があるくらいだ。
俺たち二人は、常人の小走りくらいの速度で移動し続けていた。
陽が傾いてきたころ、野営によさそうなちょっとした崖を見つけた。
「今日はここで野営にしましょうか」
「はい。わたしが小屋を作るので、アインはかまどを作ってください。崖を利用するといいでしょう」
「えっ?」
アインは、移動を繰り返す氏族で暮らしてきたので、季節ごとの野営を何度も体験している。
そのための道具も、最低限だが持ってきていた。
二人がその気になれば、かなりの建築物を作ってしまえることを、失念していたのであった。
「あ、はい」
アインがかまどと、そのそばに石のテーブルを設置している間に、イッシキは三度ほどその周りを走り回って往復し、上から穴をあけた大きな土饅頭のような覆いを作り上げていた。
内側にちょっとした仕切りを作ると、こちら側がわたしです、と言って例の寝床を取り出している。
アインも、土を少し盛り上げてベッドのようにしてみる。寝袋のような毛布も取り出しておく。
「かまどは、どうするんです?灯りの代わりですか」
「パンを温めて、あとは魚を焼きましょう」
「魚!?いつの間にか、釣りに行ったんですか」
「それは大渓谷に戻ってからのお楽しみです」
「えー。俺、この世界に来てから魚なんてほとんど食べたことないんですよ」
「ふっふっふ。楽しみにしていいんですよ」
小精霊化しておけば、冷凍ほどではないが割と生鮮食品も持つらしい。
「小さくて小骨の多い魚です。生だと食べられる場所が少ないので、塩焼きにしました。
ほどよく焼けば、ひれも美味しく丸ごと食べられます」
「あああー。う、うまいです。ほろほろの焼き魚…って、イッシキは、試食済みなんですね」
「お客様にお出しするために、研鑽を重ねておりました」
かまどの石炭が燃え尽きたタイミングで、寝ることにした。
壁だけで天井までは覆っていないので、夜空が見えている。
乾燥した土地だからか、ほかに光がないからか、星がはっきりと見える。
「そういえば、こんな過ごしやすい時季に集落の外で野営するのは初めてですよ。
いつも、耐えられなくなるくらい暑いか、寒いか、大雨か砂嵐かって感じで」
「アインは、あの集落で暮らしていて、辛くなかったんですか。厳しい気候とか、空腹とか」
「そりゃ、前世じゃあり得なかったような暮らしだけどな……。
周りもみんなそうだったし、あんまり深く考えてなかったな」
当たり障りのない話をしているうちに、俺は寝てしまった。




