第9話
タケル君は決心した表情で私をじっと見詰めていた。そんな彼の表情を見て、私は下手な言葉では断ることは出来ないと考えていた。
これから向かうのは呪いの根元と思われる山。まだ子どもの彼を巻き込むわけにはいかない。
「・・・ここから先は命の危険もあります。そのような場所になんの力もないあなたを連れていくわけにはいきません」
「それは・・・わかってます。だから僕は山の入り口まで案内させて下さい。僕はお侍様の後を付いていったので分かります」
む、なかなか意志が強いみたいだ。頼もしくはあるけど、やはり危険には晒したくない。しかし後をこっそり付いてこられても困るし・・・。
「わかりました。山の入り口までの案内をあなたに頼みたいと思います」
私の言葉にタケル君はパアァッと笑顔になった。
「だが! ちゃんとお爺さんに話をしてからです!」
「・・・はい」
途端にしょんぼりとした表情になるタケル君。コロコロと表情が変わってなんだか面白い感じがした。
──────私はお爺さんに話をした。
その結果、「法術士様とご一緒なら安心できます。お役に立てるのなら孫をよろしくお願いします」と言われた。
いやまぁ確かに、弱っている人達ばかりの村より、ゲームバランス崩壊装備でレベルカンストの私の方が安全ではないかと考えるのは分かる気がするが、今私が向かっているのは呪いの根元の山なのだが・・・。
複雑な思いの私とは裏腹に、タケル君は意気揚々とした面持ちで私の前を歩いている。
「ところで、山の入り口はどのくらい時間が掛かるか分かりますか?」
「えーと、お侍様の時は日が真上の時に村を出て、入り口を見てすぐ戻って来たときには日は少し傾いてましたが、夕暮れではありませんでした」
ふむふむ・・・。つまり昼から夕方前な感じで、往復は約2~3時間てところか。
出来るだけタケル君を早く村に返したいし、時間を掛けるわけにはいかないな。
ならば、試したい事を実行してみるか。
私は目を閉じて頭の中にメニュー画面を開く。そして道具欄を選択すると、ゲーム時から持っていた道具がずらりと出てきた。
あまりの文字の多さに酔ってしまいそうになったが、必要な道具を思い浮かべると、細かい文字の中から浮かび上がってくる。
私は道具から取り出す事を考えると、手のひらに光が集まり、一本の巻物が現れる。
「タケル君ちょっと待って。試したいことがあるの」
「それはなんですか、法術士様?」
「これは式神の巻物。今から式神を召喚するよ」
私は式神が出てくるように念じると、巻物がひとりでに浮かび上がり、巻物を結んでいた紐がほどかれる。
広げられた絵巻には馬の絵が描いてあり、巻物が無数の光の粒となり弾けると、馬の姿を形作っていく。
私の目の前に現れたのは馬である。その姿は雄々しく力強さに溢れ、美しく黒い毛並みは太陽の光を浴びて輝いていた。
名を『松風』。かつてゲームの前田慶次コラボイベントで手に入る式神であり、風のごとき速さの松風に跨がりゲーム内を駆け回って妖魔狩りを行えるのだ。
見た目は無双くらいで、強さは世紀末覇者作画の漫画に似てるかな。
あまりにも迫力満点な松風を見て、タケル君は愕然としている。まあこんな馬が急に現れたら、誰だって驚いて固まるだろう。
さて・・・一つ問題があるとすれば、この華奢な体では松風に登れないってこと・・・。
そんな私の気持ちを感じ取ったのか、松風が体を屈めて私が乗りやすいようにしてくれたのだ。
ああ、ありがとう松風、なんて忠馬なんだ。
私はなんとか松風の鞍に跨がると、タケル君を呼び手を伸ばした。
「タケル君、あなたも乗って」
「えっ!?」
「ほら。手を掴んで」
タケル君は恐る恐る私の手を掴むと、彼が松風に乗りやすいように手を引いて体を引き寄せた。
彼を私の前に跨がらせてから、手綱を引いて松風を立ち上がらせると、初めての乗馬に胸を高鳴らせた。時代劇が好きな私にとって、乗馬は憧れだったのでとても嬉しくもある。
「じゃあ行くね。ハァッ!」
私が手綱で合図を送ると、松風の嘶きが響き渡り、蹄は土を抉りながら目的地の山へと向かって駆け出したのだった。