全知纏
11/16(土) 10:30 p.m.
「行ってきます!」
「いってらっしゃい」
平日の朝と同じようにおばあちゃんに私の元気を見せて、家を出た。
くっく、今日もくしゃっと顔を崩した笑顔が可愛い私の大好きなおばあちゃんだった。
今日は土曜日だ。平日の朝は朝起きを欠かさない私だけれど、いつのも休日ならもう少し眠っている。流石にお昼前には起きるけどね。
なら、どうして休日のこの時間に家を出たのかというと、これからお友達とおデートだからだ。
……ん? 友達とデートというのは矛盾しているのかな? まっ、細かいことは気にしない気にしない。
もう少し詳しく説明すると、引っ越してきたばかりの椿姫さんに、この町を案内してあげようと考え、昨日学校で彼女に提案したのだ。
勿論、最初は「別にいい」と即答で断られてしまったけれど、屋上の時と同じように押せ押せで誘い続けると承諾を得た。というわけだ。
呼とも友達になってもらおうと思って誘ってみたのだけれど、今日は忙しいからと断れてしまった。まあこれは大方予想していたことだけれどね。ダメで元々、駄目元というやつだ。
そういうわけで、今私は待ち合わせ場所に指定した私達の学校、好世中等教育学校の高校側の校門前に向かっているところだ。
平日と休日で学校に向かう心境は、やっぱり少し違うと思う。
例えば、生徒が休日に学校へ向かう理由の大多数は、生徒それぞれの部活動の為だろう。
とある事情で帰宅部所属の私には、憶測で語るしか手段がないのだけれど、恐らく部活動所属の生徒達は、普段の登校よりも遅い時間に学校に向かうことが多いのではないだろうか。それこそ、今の自分の様に。
更に運動系の部活動を行う生徒なら、制服ではなく体操着、或いは部活着での登校になるのだろう。そうやって学校へ向かう生徒の姿は、何度かうちの窓から覗いて見かけたことがある。
そういう生徒達はこんなことには慣れているから、なんの違和感もなく学校に向かうのだろう。
でも、私は彼らとは違う。
だって、私が今こんな中途半端な時間に学校に向かっているのは部活動のためではなく、デートのためなのだから。
私服と体操服、部活動指定の服というのは、やっぱり一線を越える差があるけれど、それでも運動会以外で制服以外を着用して学校に向かったことのない私にとっては、やっぱりなんとも表現の難しい違和感があるのだ。
まあそれも恐らく彼らと同じように慣れの問題で、私と同じこの違和感を共有できるのは多分、始めての部活動を迎えるピチピチの一年生と、同じ帰宅部部員の不特定少数の生徒くらいだろう。
んー、いけないことをやってしまっている感ってところかな?
別に今日は平日ではないし、生徒としてではなく一人の少女として学校に向かうことは何も悪いことではないけれどね。
悪いことをしている気分になりたいのかもしれない。そういうの、ないかい?
少し小さめのトートバッグを利き手で弄り、愛用の腕時計を取り出す。説明するまでもなく、時間を確認するために。
待ち合わせは11時だから、だいたいあと20分か…かなり早く家をでてしまった。心なしか、いつもより歩くペースが早くなっているのかもしれない。
例えるなら、はじめての友達とのお出かけに弾む心と弾む足取り、或いは本当に初デートみたいなテンションだねこれは。いや、残念ながら例えておきながら後者の経験は、未だ一度もない。前者もないけれど。
それにしても、今日は冬の一日にしては幾分か肌寒さがマシなようだ。
それでも着用している厚手のコートは脱げない寒さの中、ぽかぽか太陽を頬で感じながら、我が校の校門を目前にして、ふとそういえばと思い出すことがあった。
それはいつの話だとか、そんな細かいことは思い出せないしどうでもいいことだけれど、以前図書室に行った時、咲良さんから土曜日も図書室は開けることになっているという話を聞いたということだ。
どうせだし、椿姫さんと色々回った後で顔を出してみようか。
もしかしたら休みの日まで駆り出されてあのそんなに広くない図書室の番をさせられている咲良さんは、退屈で退屈で、退屈過ぎて窮屈すぎるから、私を待っているかもしれない。そういう誘いの意味で、私に教えたのかもしれないし。
っと、しかししかしもしかしもしかしかし。
私服で学校内に入るのはいけないことをしてしまうことになるのだろうか?
でも折角のこういう機会だし、校内に私服で入ることを経験してみてもいいかもしれない。仮にもし先生ないし生徒に見つかって咎められても、そんな校則知らなかったと言えば、大したお咎めもなしで話はつくだろう。
どうせ、校則を熟読した生徒という珍しい人物は指で数える程だろうしね。
ましてや目的は図書室で、いるのはあの咲良さんだ。全く問題ないだろう。
職員室さえ見つからずに突破すればーーおっと、ここを曲がらないと。
ぐいっと右脚を軸に左脚を回して最後の曲がり角を曲がる為に方向転換。
見慣れた校門の方へ目を向けると、そこには既に待ち人がいた。
あいも変わらず、いつも彼女が学校の休み時間にしているのと同じ様に、棒付きのキャンディーを咥えた彼女は、一目見ただけで今日は休日だと伝わってくるほどラフな、しかし外出するレディにはどうもそぐわない適当な服装をしていた。
紛れもない、その苗字に姫とつく私の友達だ。姫っぽさが微塵も見当たらなくて逆に清々しいね。
転校して来たその日から、同じく彼女の頭に乗っかっている眼鏡の黒猫ちゃん。名はフォルテというその子がまずこちらに気が付き、にゃーとひと鳴きすると、つられて椿姫さんが此方を見た。
右の瞼は閉じたまま、左目で私を捉えて欠伸を一つ。その口を手で抑えようと伸ばしたては顎付近で止まり、私を見つめたまま固まってしまった。
「おはよう椿姫さん。まさか、待ち合わせで私が負けるなんて思ってなかったよ」
どうしたんだろう? そうは思いながらもまずは挨拶だ。
それと、私より早く待ち合わせの場所に到着したことに対する敬意かな。学校の登校だって、一度しか負けたことがないのに。15分前集合とは、見習うべき行動力だ。
「…まあ、それはただ単にこいつに朝っぱらから叩き起こされたからなんだけどよ……なんだ、その格好」
と、言いながら口元にあった右手でそのまま頭の上でうつ伏せに寝そべるフォルテちゃんを指差し、そのまま滑らかな動きで此方を指差してそう言った。
私の服装を指差してそう言われてしまった。
むむむ、一体何がおかしいというんだろう。
改めて自分の服装を指差し確認する。
少し自分より大きいサイズのショートパンツのオーバーオールに黒いタイツ、黄色のスニーカー。そしてこれまた少し自分のサイズより大きめで、真ん中にカラフルな星々が散りばめられ、そこにポップなデザインで"Super girl!"と描かれた水色のトレーナー。その上に寒さを凌ぐ防寒具として白色のダッフルコートを羽織り、天辺に毛糸のポンポンがついたピンク色でもふもふのニット帽。ちなみに今日はこのニット帽をかぶる為にポニーテールを作っていない。茶髪の艶やかストレートだ。
……おかしい。全くおかしなところが見つからない。
「…お前がそれでいいならそれでいいけどさ」
そう言われると、なんだか諦められた気がして悔しい。
「うーむ。私なりに、おめかししてきたつもりだったのだけれど…遠慮しなくていいから、何処がおかしいのか教えてくれないかい?」
自分自身で気が付けない自分の違和感は多分、自分以外の誰かに尋ねなければ一生気付かない。
だって、それは恐らく自分にとっては普通のことだろうから。
椿姫さんは私と服装を見比べ、頭をかいて宙に目を泳がせる。と、はぁーっとため息をついてちょびっとだけ頭と肩を落とし、再び私を視界に捕える。
「……似合ってないわけじゃない。むしろ、ぴったりなんじゃないかと思うんだけどな……とても女子高生には見えない」
……結果的に、褒めて貰ったような気がする。文面的には。でも、後半の言葉がそれを根底から台無しにしている。
とても、女子高生には見えない。
「……じゃあ今の格好は、椿姫さんにはどう見えているんだい?」
「ちょっと背の高い小学生か、年相応の女子中学生」
ごふっ。しょっく!だいしょっく!
私のオシャレセンスが小学生レベルだっていうのもショックだけれど、上下ジャージのウインドブレーカー女子にファッションを全否定されたのもショック!
否定の言葉はなかったけれど、子供っぽいと私に進言することがもう否定そのものだ!背が低いっていうな!
「……いや、似合ってるぞ?」
「思い出したようにフォローしないでくれたまえ。しかもちっともフォローになっていないよ。非の打ち所がない完璧な追い打ちだよ」
そうか。と、あまり関心なさそうな表情で言えば気まずそうに頭をかき、学校の方へと視線を背ける椿姫さんと、こちらを見つめているフォルテ。なんだ、見世物じゃないぞっ!
いや、いや、いや。
落ち着け落ち着け。せっかくの椿姫さんとのお出掛けだ。こんなところでテンション下がってなんていられない。私が気に入っていればそれでいいんだ。うん。
両手の人差し指を立て、両頬に当ててぐりぐりと頬を解す。笑顔笑顔!
「よし!気を取り直そう椿姫さん!」
「……乱れてるのはお前だけだけどな」
「ふっ。こんなに清楚な私が、校門の前なんかで乱れるわけないだろう?」
「マジで落ち着け」
はじめて即答された上に、はじめて怒られてしまった。いや、叱られてしまった。
いやー、つい悪ノリの癖が。
「いやいや、落ち着いてはいるんだけどね。自信があるこの私服コーディネートをはじめて全否定されたショックは大きかったけれどさ」
改めて大の字に体を広げて椿姫さんに見せてみる。
チラッと顔を見上げると、うんと一度頷いて彼女はこう言った。
「だから、似合ってるって」
今さっきもそれだけ言ってくれれば、仏頂面からでる色のない褒め言葉でも全く気にせず喜べたのに。
嬉しいはずの褒め言葉が、今ではすっかり慰め言葉だ。
子供っぽい服装だけれど、君には似合っているよ。非常に嬉しくない。似合っていてまだよかった程度にしか嬉しくない。
正直な椿姫さんは全く悪くないけれど、ちょっとばかしの仕返しに、少し面倒くさそうに頭をかく椿姫さんを下から目を細めて見据え、批難の目線を送ってやる!
「……椿姫さん。はじめに案内するのはわが町が誇る大型ショッピングモールデパート、ヒトトセでいいかな?」
ジトッと目を細めて見つめると、椿姫さんはあっさりと視線をそらした。ジト目に見つめられることに弱いのだろうか?
仏頂面の眉間にほんのちょびっとシワを寄せ、不機嫌にというよりは困ったように一度此方を見て、また他所へと視線を外して頬を掻く。
「別にどこだっていいよ。どーせこのちんけな町を隅々まで歩くつもりなんだろお前は」
その通り。名所だけを引き抜けば、今日の一日で観光は事足りるからね。
私より背が高くて我儘ボディの椿姫さんに対する一方的な私怨で、出来心の意地悪してしまったので、しかも思ったより効果的だった故の微妙な罪悪感で、それを払拭するためにニッコリと彼女に笑いかける。
「それじゃ、行こうか」
「…なんだその手は」
「え? 手を繋いで歩かないのかい?」
「歩かん」
「ちぇっ」




