全知纏:4
11月14日(木) 13:32 p.m.
購買部からの帰り道。会計の寸前で、もしかしたらと思い立って購入したそれらを合わせた二種類のパンと二種類のパックジュースを両手に抱えて廊下を歩く。
もし読みが外れてしまったとしても、その時は一つを持って帰って夜食に回せばいいしね。
私達の教室は二階の一番突き当たりで、西階段の一番そばに位置している。
登校時は混雑を避けるために西階段側の教室の生徒はそちらを使うこともあるけれど、それ以外では西階段が使われることはあまりない。
何故なら、職員室は一階中央階段のそばにあるし、購買部は一階南側と、生徒の使用頻度が高い場所は全て中央階段で事足りてしまうので、わざわざ西階段からそれらの場所に向かうのは、時間の無駄になってしまうというわけだ。
とういうわけで、私も中央階段を利用して二階に戻って来た。
抱えたお昼を落とさないように正面と足元を交互に確認しながら慎重に歩く。こうでもしないと私はきっと転ぶ。それは避けたい。
足元 …正面…足元…正面…足元…正面……?
今、金髪の女子生徒が西階段の方へ向かった気がする。
それに該当する生徒は、うちみたいな全校生徒300程度の小さな高校の中では椿姫さんしかいない。
追いかけたい気持ちは山々なのだけれど、春夏冬の大型学生休暇の宿題を全部合わせて積み上げたくらい山のようなのだけれど、一度教室に入ってこの両手に乗った昼食たちをどうにかしなければ、私の行動スピードが遅すぎて話にならない。現にもう昼休みが半分ほど終わってしまった。
ドアを潜り、眠り続けてい新宿君の後ろを通り過ぎてまっすぐ自分の席に向かう。
焦らないように、慎重に。
机の上に抱えて来たそれらを置いて、ようやく息をつく。たぶん、直ぐに移動することになるんだけどね。
私の斜め右前の席で、机を二つくっつけて仲良く昼食をとっている女子たちに声を掛ける。
「ねえ、椿姫さんがどこに行ったのか知っているかい?」
会話に割ってはいる形になってしまったかは少し申し訳ないけれど、時間が惜しいので許してもらおう。
「え? あ、椿姫さん? なんか、気分が悪いから保健室に行くって言って出て行っちゃったよ?」
「実際元気なかったしねー」
なるほど保健室か。
しかしまあ、元気のなさは元々だと思う。もしかしたら、あれでいて元気一杯だったりするかもしれない。
「ありがとう。じゃあ保健委員として、様子を見てくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
二人に笑みを返し、席に戻ってカバンにお昼を詰め込む。これでいくらか移動が楽になる。
中でぐちゃぐちゃにならないようにカバンを両手で持ち、教室を出る。
さて、保健室に行くという言い訳は、なんというかベタだなと思う。だけどそれ故に、誰も疑うことはしなかったのだろう。
というか、それが当たり前のことだ。
保健室に向かうならこのまま西階段を降りればすぐ。図書室の右隣に位置しているのだが、私は迷わず上に向かった。
恐らく、彼女の向かう先は保健室じゃない。ましてや図書室でもないだろう。
だとすればだ。一人になって落ち着きたい場所といえば、あそこだと思う。
今朝の落下事故で認識の新しいここ、屋上だ。
両手が埋まっているので仕方が無い。
女子としてのはしたなさなんて気にせず、私は左足を軸に足を振り上げてドアを強く蹴った。
するとドアノブを回すことで開くはずのドアは簡単に開け放たれ、私はバランスを崩してしまう。
蹴った方の足で廊下と屋上の境をググり抜けながら、頑張ってけんけんでバランスをとる。
因みに何故蹴っただけでドアが開いたのかだけど、実はここのドアはバカになっていて、少し強くければ開くようになっているのだ。
なんとかバランスをとってから前を見ると、落下したフェンスがあった場所に立ち、呆れ顔で溜め息をついている椿姫さんの姿と、その隣で此方に背を向け、四つ足揃えて座っていふ黒猫の姿が見えた。
「やあ椿姫さん。毎日の昼食はここで取るつもりかい? 奇遇だね。私も入学以来毎日ここでとっているんだ」
のそのそと足を進めながら口から出まかせを放つ。宛ら良く歌う鼻歌のようにスラスラと。
しかし彼女にはあっさり見破られてしまったようだ。
「……何か用があって来たんだろ?」
一瞬言いどもったように見える。まあ、いきなりドアを蹴り開けられて、そこから女子が現れればそうもなるか。
さて、見抜かれてしまってはもう認めるしかない。素直に彼女を誘うとしよう。
「その通り。一緒にお昼を食べよう」
ニコリと笑顔を作って近付き、カバンの中身をを見せる。
慎重に持ってきたはずが、最後の蹴りでパンにジュースが乗りかかりを決めていたが、大丈夫。形状に変化はなさそうだ
「……ホント、お節介だなお前」
「違うね。自分を売り込もうと必死なのさ。友達になってもらうためにね」
はぁ…と、大きな溜め息をつかれてしまう。何、この程度じゃへこたれはしない。
一目惚れとは、こちらから一方的に押し付ける愛なのだ。
「一応聞くけど、どうして保健室なんて嘘をついて屋上へやって来たんだい?」
椿姫さんは私から視線を外し、フェンスがなくなった先に見える町に目をやる。傍に座っている黒猫にも、私にも目を向けてくれない。
「一人で過ごすなら、ここで十分だ。ガヤが耳障りだけどな」
眠そうにというよりは、とても退屈そうに、ふぁあと大口を開けて、欠伸をした。
思わず貰い欠伸をしたくなってしまうような、あまりにも美しい絵に描いたように綺麗なそれだったので、貰いたくなるだけに留まらずに実際に頂戴しようと口を開けてみたのだけれど、毎日規則正しい生活の私には難しかった。
つまり、ただ口を開けただけになった。
このままだとあまりにも情けない姿を晒しているだけで終わってしまうので、そのまま舌を動かして椿姫さんの言葉に答えて誤魔化そう。
「……それはどうかな? 私は一人で過ごすには少し贅沢すぎる場所だと考えているよ」
私に興味を持ってもらえるように、少し挑発気味に別の意見があることを告げる。
すると、どうやらこの作戦がうまくいったようで、椿姫さんは左方向から私の方に顔を横顔を向けた。横目でしっかり私のことも見てくれている。
まず、これで第一歩だ。コミュニケーションは、相手を見るところから始めるものだからね。
「風も気持ちいいし、何より広いし、校舎では一番お天道さまに近い場所だ。独り占めなんてズルいと思うね」
私に背を向けたまま私を見ていた椿姫さんは、何気なくそのまま腰に手を当てて振り返った。
丁度その時に冬の神風が吹いたおかげで、スカートが軽く煽られる。サイハイソックスとスカートに間に生まれていた絶対領域の奥、ぞくぞくするような内腿が一瞬伺えたが、私は気にしない。動じない。全く、食事の前だけれど、ご馳走様。
「はぁ……つまり、お前と一緒にここを使えって言いたいのか?」
「その通り。ごらんの通り、私には昼食を共にする相手がいないから、同じくクラスに馴染めず一人寂しくしている転校生に相手して貰おうと思ってね」
「……好きにしろよ」
溜息をつくのは、どうやら彼女の癖らしい。動作的な癖というより、口調的な癖かな?
言うなり、彼女は腰を下ろす。元々はフェンスがそこにあり、今はただの段になっているところにどかっと座って脚を組んだ。
惜しい。もう少し背が低かったらよかった。
いやいやいやいやいやよくないよくないこれいじょうちぢみたくない。
無表情な表情の中に少し拒否の意思を見せるような、瞳以外は私をまっすぐ見ていない視線で彼女は再び開口する。
「別にいいけど……こんな奴といても楽しくねぇぞ?」
更にその言葉を紡ぐ様子を、傍に控える黒猫に見つめられているせいか、無表情がちょっと不機嫌顔になった。くっく、まるで監視されているみたいだね。
「それについては問題ないよ。もしそう思ったらすぐに教室に戻るさ。なにせ私は正直者だからね」
まっ、意地でも戻らないけれどね。
私の返事に対して肩を上げてすーっと息を吸い、はぁーっと長い溜息をついて俯いた彼女は、たった今諦めた。こいつには何言っても無駄だな、と。そう思ってもらえれば万々歳だ。
「あっそ、じゃあ、なおさら好きにしろよ」
両手を肩の位置まで上げての降参ポーズ。うむ、このチャンスは絶対逃さないよ、椿姫さん。
ぺしんと椿姫さんの膝を叩く黒猫にも一瞥し、改めて彼女を見つめてにっこりと笑みを返す。
「じゃあ早速だけれど、隣いいかい?」
鞄を両手に抱えたまま、ちょっとさっきより雑に歩いて彼女に隣に腰掛ける。
腰掛けたけれど、自分の髪をお尻で踏んでしまって首が上手く回らない。
仕方がないのでもう一度立ち上がり、ぶんぶんと頭を振ってポニーテールを暴れさせて背中からどかそうと試みるのだけれど、なかなかどうして上手くいかない。
「……とっとと座れ」
私の不器用な操作に見かねたのか、椿姫さんが右手て差し伸べて私の尻尾を持ってくれた。
先程からの彼女の乱雑な動作から出たとは思えないくらい丁寧なその動作に、クラっとくる。
感覚的には知らない人の鞄を持ってあげる程度のものだったけれど、ぶっきらぼうな口調に反した誠意ある態度にグッとくる。
「ありがとう」
お礼は大切だ。きっちり笑顔をつくり、行為に甘えて彼女が持ってくれている間にこぶし二つ分ほど間を空けて隣へ座る。
「じゃあ椿姫さん。尻尾のお礼にどちらか一つをあげよう」
プレゼントするちょうどいい口実が出来たので、彼女の昼食の有無を心配して買ったそれを彼女に見せる。鞄の中でまたパンとジュースが取っ組み合いをしていたけれど、まだ許容範囲の乱れ具合でだったので、こっそり安心する。
「は? ……このくらいのことで一々礼なんていらねぇよ」
完全に呆れ顔だ。むむむ、少し口実にしてはこじ付け過ぎたかな?
んー、やっぱり変な小細工はなしにしよう。その方が、彼女とは仲良く出来るのかもしれない。
一筋縄に行かないあたり、実に燃えてくる相手だね椿姫さん。
「くっく、参ったよ椿姫さん。実際のところ、これのうち一つは君の為にと買ってきたのさ。転校祝いだと思ってうけとってくれたまえ」
「……祝いにパン、ねえ」
「私の見込みだと、君は今日購買に行くつもりだったんだろう? それがああやって囲まれてしまったから購買が込む時間になってしまって、更には転校生に対する興味から来る質問攻めに絶えかねて屋上に逃げて来たからお昼ごはんはない。違うかい?」
私の推測を興味なさそうに屋上の入り口を眺めながら聞いていた椿姫さんは、こちらを見ずに溜息をついた。その頭に控えていた黒猫が飛び乗り、頷いたように一度かくっと頭が下がる。
「……クリームパン」
「くっく、なんとなくそっちを気がしていたよ」
本当になんとなくだけれどね。クリームパンと焼きそばパンしか手に入らなかったというのがこの二つを選んだ最大の理由だけれど、なんとなく甘いものがすきなんじゃないかという推測はあった。そう思って、飲み物も彼女用にパックのいちごオーレを用意してきたのだから。
はいっと片手にクリームパン、もう一方にいちごオーレを持って手渡す。すると、小さな声だったけれどお礼を言ってくれた。
もしかして彼女、実はツンデレ属性? と、期待してみたけれど、黒猫がべしべしと頭をたたいていたのが目に入ったので、今朝の映像がフラッシュバックする。
本当に、意思を持って彼女に指示しているみたいに見える。そう思ってじっと見つめてみるのだけれど、こちらに気付いても懸命に彼女の頭を叩いていた。んー、偶々タイミングか重なっているだけで、ただの考えすぎかな?
っと、今は黒猫のことはいいか。
遠慮がちに封を切り、クリームパンを咥えた彼女の横顔に質問をぶつける。まずは、お互いを知るところからだ。私のことはおいおい話すとして、彼女のことがとにかく知りたい。
「それで椿姫さん。もう何度も教室で聞かれた後だろうから、こんなことを質問されるのはもう飽き飽きかもしれないけれど聞かせてもらうね。こんな微妙な時期に、どうしてこんなヘンピな所に転校して来たんだい?」
私たちの住むここ、皆思町は決して都会とは言えず、田舎と言うには別に豊富な自然があるわけでもない、非常に中途半端な町だ。
目立つ建物といえば昨年出来た町唯一のデパートと、今は廃工場となってしまった鉄の塊のような建造物と、中高一貫性のこの校舎に、並列する小学校くらいだ。
もちろんコンビニエンスストアなる便利な店は近隣に存在しない。
その代わりに自称なんでもそろう商店街があるが、やはりデパートに客を取られ、各店の経営は厳しくなっている。うちも、その経営が厳しくなっている商店街で店を開いているのだけれど。
とまあ、いってしまえばこんな何にもないところに引っ越してくるなんて、よほどの物好きが、そうせざるを得ない家庭の事情なんかじゃないのかと思ったわけだ。
後者だとしたら、簡単には答えてくれないだろう。
綺麗な歯型のついたクリームパンを口から離し、口をもごもごさせながら椿姫さんは遠くを見ている。ガサツに見えて、下品ではないみたいだ。しっかりと口の中を空にして、私から受け取ったイチゴオーレにストローを刺しながら答えた。
「……なんでだろうな。強いて言うなら、飽きたから…かね」
ほう、とても意味深で、興味深い答えが返ってきた。
飽きたというのは、そのまま素直に都会での生活に飽きてしまったという単純な意味で捉えていいのだろうかとそう思考した時、自分の思い違いに気がついた。
彼女が都会から来たというのは私の勝手なイメージで、本当はどこからやってきたのか私は知らない。
じゃあそれについて、どこから引っ越してきたんだい? そう聞こうと口"ど"の形を作り、はじめの息を出す寸前でそれをやめる。
こんな質問はきっと、教室でもう既に行われたくだりであることはほぼ間違いない。それにウンザリして屋上までやってきた彼女を退屈させるような質問はナンセンスだ。
それよりも、彼女が何か刺激を求めてこの町にやって来た、或いそうじゃないにしても何か変化を求めているのは飽きたという言葉から明白なわけだから、そこから会話を広げてみよう。
「飽きた、か。何に飽きてしまったのかはわからないけど、この町は、君の渇きを潤すことができそうかい?」
「……満たされなかったその時は、黙って消えるだけかな」
……広げようと思っていたのに、なんとも悲しい返事が返ってきてしまった。じっとその表情を伺おうと見つめてみるのだけれど、その瞳からは悔しいことになにも伺えない。
やっぱり、今日あった相手から感情を見抜くのは無理だ。
でも、こんな言葉を聞いてしまったからには黙っているわけにはいかない。
「そういうことなら、私に任せてくれ!」
私は、自分の人生の中ではそう経験のない、無理をすることに決めた。
無理をして胸をはり、右手でドンと胸を叩き、キリッと表情を作って椿姫さんの前に立った。
……いや、別に胸がないから無理をして胸を張ったとかそういう物理的な意味ではなくて、精神的な意味で、なんの自信もないのにって意味で、だ。
あーもー!なんだか今日はすごく自虐的だ!それもこれも全部この美人のせいだ全く!好きだ!
「私と友達になろう。毎日のように君を連れ出し引き摺り回して、飽きることが出来ない日常を送らせてあげるから!」
彼女の両手を握り締め、ぐいっと顔を近付けて叫ぶ。もう殆ど力技になってしまい、これには流石に仏頂面の椿姫さんも表情には出さないものの驚いたようで、もの凄く気まずそうに忙しなく瞳を泳がせた。
でも、私のことを押しのけようとも、手を払いのけようともせず、諦めたように溜息をついて私の瞳を見た。ほんの1秒ほど。
「威しか何かか? 手荒なことは勘弁して欲しいね」
私の視線から逃げるように、さっき座るときに床に置いた私の鞄の方を見つめ、飽きれたような、おびえたような、馬鹿にしたような、諦めたような、なんとも判断しがたい苦笑を浮かべて言う彼女に、
「友達なんだから、そんなことはしないさ」
私は即答だった。
心配しなくても、私は絶対脅迫なんてしない。断られても毎日毎日友達になってもらうその日まで話しかけ続け、交渉を続けるだけだ。
ぎゅっと掴んだ手を握り直して返事の催促をするのだけれど、当然というべきか私の意志は全く伝わっていない。だから、私は改めてもう一度声をかける。改まって、声をかける。
「椿木小春さん。私と友達になってください」
私の自他共に認める真剣な口調に眉を少し潜めてこちらを見つめる彼女に、ニッと笑顔を作って見せた。悪意なんてこもってませんよ。信用して大丈夫ですよ。私はあなたの最高のお友達になりますよ。そういう意味をこめた、笑みだ。
小さく、うっ…と声に出した椿姫さんは、また忙しなく瞳を泳がせ、少し唇を震わせたかと思うと、肺の中から空気を全部出してしまったのではないかというほど長い溜息を吐いて俯き、次に顔を上げた時にはそっぽを向いて、控えめな大きさと口調でこう言った。
「はぁ……わかったよ」
こうして、私にとても美人で素敵な友達が出来ました。




