9:師匠の墓前
懐かしい風景が広がっている。森に寄り添う形で小さな集落が見えて来た。馬車は通らないから、わたしたちは徒歩。疲れてるけど、懐かしさが先立ってわたしの歩調は自然と速くなった。
「変わって無いなあ」
思わずつぶやく。出た時と季節は違うけど、森が金色に包まれているかのような、見事な紅葉が懐かしい。ちょうど見ごろね。あと1週間遅いと、もう散り始めちゃう。
「キレイな森だね。葉っぱがにこにこしてるよ。フォクスリングの部落は無いみたいだけど」
「ごめんね、キッポ。部落を探す旅なのに。わたしのせいで、どんどん遅れちゃうわね」
「そんなこと無い。興味あるもの」
「小さいけど、住み心地の良さそうな村だな」
これはルカス。
「うん。だからわたしもここを離れる時、とっても辛かったわ」
「師匠のの家はどうなってるんだ?」
「取り壊されてるはず。わたしが出る時に頼んでおいたから。書物は最小限のものだけを頂いて、あとはお墓の中」
今でも数冊が、バックパックの中に入ってる。あ。誰か歩いて来た。――ソソノおばさん! 間違い無いわ! 小さな村だから、村人全員の顔と名前が一致しているから。
「あんれまぁあ! リムノちゃんかえ? おっきくなってからに!」
ソソノおばさんが駆け寄って来てくれた。懐かしい話し方!
「お久しぶりです。お変わり無いですか?」
「わたしゃあ元気だよぉお? この通りぴんぴんだあ。畑仕事しとれば、元気でおれるからによぉお。そんでも。変わり者さんと一緒だなぁあ? でけん。失礼な物言いで。勘弁してやってくよぉお? かっこええ御仁に、めんこかキツネの坊っちゃん。よう来てくれたよぉお?」
強い訛りと話し方に苦笑したルカスが、
「お初にお目にかかります。ルカスと申します。こっちのフォクスリングはキッポ。リムノさんと共に、あちこち旅しております。以後、お見知りおきを」
「まあまあ。ご丁寧だねぇえ。口悪いけど、許してくようぅよ? わたしゃがあと10若きゃ、連れ人にしたよぉ。でけん。こんなから、じぃじに叱られよるよぉお?」
「おじさまもお変わり無く?」
「わたしゃよりぴんぴんしとぉと。ネコが仔さ5匹も産んだと、大喜びだえぇえ?」
思わずわたしも苦笑い。何て安心出来るんだろう。もしかしたら、自分の故郷以上かもしれないな。うん。ある意味、故郷だもの。口元が自然にほころぶ。
「今日は、師匠のお墓参りに来ました。村に変わりは無いですか?」
「全然だよぉお。そっかあ。先生の。きっと喜んでくれよぉお? さっそく行っておやりよぉ」
「はい。じゃ、後ほどまた」
軽く会釈して、わたしたちは村の外れにある墓地に向かった。――わたしの気持ちを察してか、ルカスもキッポも何も言わず、付いて来てくれる。緑の芝生が一面に生えている墓地に着いた。師匠の墓前には、誰が手向けてくれたのか、花束が供えられていた。
「ここか?」
「うん。この地方の風習でね? 男性は丸石、女性は角石。墓標はそう決まってるの。だから、丸石」
わたしは芝生に座り、手を合わせた。
(リムノです。ここまで成長しました。全部師匠のおかげです。――旅をする仲間もいるんですよ? 辛いこともありますけど、譲って頂いた魔道の額冠で乗り越えています。もっともっと修行して、師匠の弟子であったことを誇れるよう、研鑽を積み重ねたいと思っています。――また。また旅の途中で立ち寄らせて頂きますね。本当にありがとうございました)
涙が一筋、流れた。わたしはそれを拭うと、
「ルカス、キッポ。良かったら……」
「ああ。キッポ?」
「うん」
2人も手を合わせてくれた。ルカスは東方独特の念誦を、キッポはドルイドの印を切りながら、祈ってくれた。これ以上ない回向になっただろう。
「――ありがとう。きっと、ううん、絶対に師匠も喜んでくれたと思う」
ちょっと、しん、とした思いで、わたしはお礼を言った。ルカスが、
「オレはこの地方の風習に、それほど詳しくはないから。とりあえず、一番大切な光明真言を唱えさせてもらった」
「ボクも分からないから、感謝の印を切ったよ。これで良かった?」
「うん。充分だと思う。遠回りになっちゃってごめんね。わたし。これでまた、旅を続けられるわ」
本当の気持ち。さあ、これからが新しいスタートだって、そんなふうに感じるもん。
「もういいのか?」
ルカスの問いに、
「うん。新しい第一歩を踏み出すわ。これで……、これで、故郷に帰る決心がもっと固まったから。――もしかしたら。両親とも話せるかもしれない」
「良かったね、リムノ」
「キッポも。ありがとう。また大周りの旅になっちゃうけど、部落の情報を探しながら、進んで行きましょ」
素直にそう言えた。しっかりしなさい、リムノ。胸を張って帰郷しなきゃ。




