8:生きた屍
「ちょ……。ルカス。やっぱり止めようよ……」
「何をそんなにビクついてんだ?」
「ただの古い塔だよ?」
ルカス、キッポ。あなたたち平気なの?
「だって。いかにも何かいそうな雰囲気じゃない」
「『いそうな』じゃなくて『いる』んだよ。そいつらを蹴散らして、金稼がねーと」
ちーがーうーのーよー。
シワタネの外れもいいところ。地図が無いと、こんな丘の中にある古びた塔まで、とてもじゃないけどたどり着けなかっただろう。今にも崩れそうな、赤茶けたレンガで造られていて、6階建てぐらいかな? 屋上はもう、ぼろぼろになってるみたい。ツタがいたるところに張っていて、しかも枯れていた。入り口の扉だけ立派で、確かに何者かが出入りしているのは分かった。でも……。
「じゃ、行くか。とっとと片付けてメシにでもしようぜ」
大胆にも、ルカスは言いながら扉を大きく開けた。埃が舞う。中は、射し込んだ陽の光で少しだけ見通しが効いた。折れた剣や、錆付いている鎧などが、無造作に転がっている。
「――誰もいない、みたい、ね?」
こわごわルカスの背中越しに中を覗いたわたしは、確認するようにつぶやいた。ルカスが、
「いいか? こう言う場合、『お約束』ってのがあるんだよ。たいていそう決まってる。オレたちが中に入るとな?」
言いつつ3人、中に入った。ルカス。だいたい分かったから、これ以上怖がらせないでよ。
キィ、と音を立てて、扉が勝手に閉じた。暗順応が追い付かない。見にくいままノブに手をやる。びくともしない。はあー。
「な? こうなるってのは、古今東西、決まってるんだ」
「すごいね。ルカス」
「キッポ。呑気に感心してないで。わたしたちの現状を考えてよ」
「閉じ込められちゃったこと? 何とかなるよ」
その、天然な考え方。わたしも見習った方がいいのかしら? こんな時。何だかすごくイヤな予感がするんですけど。ルカスに言われるまでも無く。
「で。敵も『お約束』を守るとすると、相手をすることになるのは、だいたいゾン」
「もういいわ。早く出ようよ」
わたしは遮った。生きた屍相手に、どんな魔道が有効か懸命に考えながら。
遠くから、『ぬちゃっ』っと言うイヤ~な音が聞こえた。べたべた~&でろでろ~な。
「な? さてと。研いだばかりの斬れ味を、ひとつ試してみるか。キッポ、行くぞ? リムノは適当な魔道を使ってくれ。まずは明かりが欲しい。オレだって、長居はしたくないんだからな」
すらりと長剣を抜いたルカスに言われた通り、わたしは『光』の魔道を発動させた。相手の姿を、進んで見たい気分じゃ全然無かったけどね。キッポもハルバードを構える。ウィル=オ=ウィスプのように、光の塊が宙に浮く。その範囲内に、『ぬちゃっ』の正体がゆっくりと姿を現した。腐敗臭と共に。
青カビが体中に生えていて、ぼろぼろの衣服を身にまとい、腐った肉片をしたたり落としながら、ゾンビーたちが歩いて来る。まるで、わたしたちの生命を欲してでもいるかのように。うわ! 見えかけの肋骨の間を、無数の蛆が蠢いてる! お願いだからこれ以上、こっちに来ないで~! わたし、半ば以上パニクっちゃってるよ! 何でもいいから、近寄らせない魔道を! あ~もう、『思念体』でいいや!
薄緑色の光球が2発飛ぶ。2発。たったの2発~!? 魔道の額冠がリミッターカットされていない! 光球はそれでもあやまたず、先頭のゾンビーに命中した。爆発が起こる。肉片があちこちに飛び散った。わたしの足元まで。――ウソでしょ~!? 必死で避けた。こんなのもう、イヤ過ぎる~! 気持ち悪いの苦手なのよ。勘弁して!
命中したゾンビーは、ずるる、ずるると音を立てながら、崩れて行った。ただの腐った肉塊になったその上を、次のゾンビーが『ぬちゃっ』と歩いて来た。たーすーけーてー! わたしの集中力は、著しく低下した。脳裏の構造式が、まるで今さっき見た蛆のように蠢く。これじゃ魔道を使えない!
「わたし、もうダメ! ルカス、キッポ。何とかして~!」
悲鳴を上げた。とにかく逃げ帰りたくって、きびすを返す衝動をこらえるのがやっと。
「とに。じゃあ下がってろ。オレとキッポでぶっ潰しちまうから。キッポ。右手側から行ってくれ」
「うん。リムノ? さっきのゾンビーだけど、崩れる時に、『呪いから解放してくれて、ありがとう』って、お礼を言ってたよ? 自信持って」
――ドルイドの力ね、キッポ。そっか。『ありがとう』、か。でもでも! 気持ち悪いのは一緒よ! そりゃ、呪いをかけられて生きた屍になってることには、多少同情しないでも無いけど……。あ~。それとこれとは別!
ルカスとキッポが一気に攻め込んだ。飛び散る肉片なんかものともせず、もはやわたしが見る限り、手当たり次第めちゃくちゃに斬りかかっている。ゾンビーたちは抵抗する間も無く、『う~』とか『あ~』とか言いながら、いいように攻撃されていた。腐敗臭が塔の中に満ちて来た。『う~』はわたしのセリフよ、全く。それにしてもあの2人、平気なのがスゴいところね。とてもじゃないけどマネ出来ない。わ! また肉片が飛んで来た! 『お約束』は守るから、早くここから出させて~!
「こんなもんか」
光が届くぎりぎりから、ルカスの声が聞こえた。
「キッポ。どうだ?」
「やっつけた。みんなぐちゃぐちゃのべたべた。あと、どろどろ」
そんな実況中継は止めて欲しい。きぼでぃわでゅい。うっぷ。
「――終わったの」
恐る恐る訊いた。
「ああ。これで2200なら、いい稼ぎだよ。さすがに研ぎたてだな。よく斬れた」
「ボクのハルバードも、少し手入れしたいなあ」
「いいぜ。帰りがけの、オレのギルドでやってもらおう」
「本当だったら、自分で手入れしないといけないんだけどね。もう一人前のドルイドだから」
そんなことを話しながら、ルカスとキッポが帰って来た。いつの間にか、塔の扉が開いている。オヒサマの光がこんなに明るいなんて、初めて知ったわ。はあ。心底疲れちゃった。魔道はたったの1回しか使ってないのにね。それにしても魔道の額冠、こんな時こそリミッターカットして欲しかったなあ……。
「帰るぞ、リムノ。キッポ、メシにするか」
「うん!」
キッポの正三角形をしてる耳が、縦にぴくぴく。喜んでるサイン。あなたたち、ちょっと。こんなことのあとで、何だってご飯の話が出来るのよ? わたし、今食べたら絶対に戻しちゃう。うぷ。
「おっと。その前にギルドだ。金をもらわねーと」
ゾンビーは勘弁して欲しいけど、お金が手に入るのは喜ばしいこと。気持ちを何とか切り替えて、
「――そうね。2200あれば、この先かなりラクになれるわ」
わたしも同意して言った。もう絶対に、ゾンビーとは係わりたくないけどね。
これでやっと、師匠のいた村まで行けるなあ。――ごめんなさい、師匠。こんなに遠まわりをしちゃってて。




