3:船旅に
「潮の香りって好きだわ。何だか背中にツバサが生えて、飛べそうな気になるの」
キッポの故郷からはるばると。客船の停まる港街、タシンにやっと着いた。徒歩と馬車の旅で来たものだから、カラダが疲労でくたくた。でも、潮の香りでちょっと生き返りそう。
「大きな船なんだね。人間って、よくこんなスゴいの造れるなあ。大きいのに海に浮かぶんだよね? あ、そうか。もう浮かんでるんだ」
実に、森の民らしい発言ありがとう。キッポは興味津々みたいね。ムリも無いか。わたしだって初めての時は、わくわくとどきどきに満ちてたから。
「乗船手続きしないとな。どこだ?」
ルカスが露店で満ち溢れてる中、停泊案内所を探してる。石造りの倉庫が並び、売り子たちの声がいたるところから聞こえて来る。わたしは見たいんだけど、きっとまたルカスに反対されるんだろうな。
「あそこね。看板が出てる」
わたしは指差した。停泊している船たちの、ちょうど中間あたりに停泊案内所、切符売り場があった。これから乗ろうとしている人たちが列を作ってるわ。
「よし。とりあえず行くか」
「『トビウオの塩焼き』してるよ。リムノ、食べる? ボク、食べたい」
「いりません」
相変わらずキッポは、食欲優先なんだから。
「食べたければ、乗る寸前に買いましょ。ルカスの好きそうな、蒸留酒も量り売りしてるし」
3人で歩きながら、ルカスが、
「いいのを見付けてくれたな。オレは乗る前に買う」
ふと思い返して、
「お金、キツキツじゃなかったっけ?」
「それとは別腹だ。安心しろ。こんな時のためにヘソクリがある」
わたしはまたもや呆れた。お酒のためにそこまでするの、ルカス? そして、
「ちょっと。そのヘソクリって、わたしたちの共同財産じゃないでしょうね?」
「そこまでオレはセコくない。オレだけのだよ。信用ねーな」
「前科あり過ぎ」
きっぱり。ルカスとお酒が結ばれると、ロクなことが起きないから。
話しながら列に並んだ。どこ行きの船だろう。大きな銅鑼の音がして、これから出航するようだ。列から首だけ出して、見てみた。
白い大きな客船だった。甲板にいる乗客たちが、さかんに手を振っている。岸壁では、鎖を張られた手前で、名残惜しさか泣いている人もいた。
「あんな船のスイートとか、入ってみたいなあ」
わたしのつぶやきに、
「バカ言うな。その分を食費に回さないと」
それはそうだけど、夢見るぐらいいいじゃない。――実家に帰れば、そのくらいのお金は何でもないんだけど。いくら資産家の家に生まれたからって、自分が稼いだお金以外は、使いたくないもの。まして、両親に頼んでお金を工面してもらうなんて、考えたくも無いわ。
「次の次だ。リムノ。どこ行きの船だっけか?」
「シワタネ。そこが一番近いから」
わたしたちは切符を買った。シワタネまでの船が出るのは、明後日だって。お金の都合上、最下層にあるDルームのしか買えなかったけどね。
「んー。さすがに疲れたな。明後日までの宿も決めないといかんし。ココにギルドがあれば、手間が一つ省けるんだが。訊いてみるか」
「そうね。時間も出来ちゃったことだし」
「ねえ、リムノ、ルカス。前から訊きたかったんだけど、『ギルド』ってなあに?」
素朴なキッポの質問。
「えーとねー。自分が、例えばわたしだったら、魔道士でしょ? その部落みたいなものなの。世界各地にあって、情報を交換したり、求められてる冒険の手がかりを教えてもらって、それをこなしたら賞金がもらえるって言う……。上手く言えないわね。要するに、旅人の情報交換所」
うう。わたしはホントに考えながら話すのが苦手だ。ルカスに指摘されるだけはある。それでもキッポは納得してくれた。
「ボクのに似てるんだね。リムノとルカスにとって、大切な場所なんだ」
「少し待っててくれ。訊いて来る」
ルカスが案内所の方へ行った。わたしは、
「キッポ。海の上でもドルイドの力って出せるものなの?」
「うん。森の中ほどじゃないけど、海水が味方になってくれるから。それに、今のボクには宝珠があるし」
「そうだったわね」
――キッポが宝珠を手に入れるまでの、険しい道のりを思い返した。だからこそ。今キッポが一緒にいてくれるんだもの。あ、ルカスが帰って来た。
「どうだった?」
首を横に振ってる。
「どんなギルドも無い。シワタネで探すしかないな」
「それなら仕方が無いわね……。夕暮れ時にもなって来たし。宿を決めよっか」
「ボクはおなか減った」
いつものキッポ。ルカスが、
「メシ代ぐらいはいいが。宿は安いところにするぞ? シャワー無しだが我慢してくれ、リムノ」
「平気。横になれるなら」
さすがに疲れてるからね。旅の途中だもん。シャワーが無くても割り切れるわ。
「じゃ、行くか」
うなずいたわたしたちは、宿を決めに案内所へ向かった。