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月影の記憶  作者: しまゆり
第二章 月の姫と賢木の出会い

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第6話 賢木との出会い

必要とされなければ、生きていけないと思っていた少年。

期待に応えなければ、置いていかれると思っていた少女。

そんな二人が初めて出会い、同じ机を囲む。

これは、“月の姫”と、その補佐役が、まだ幼かった頃の話。

 月の宮は静かに佇む。

 白銀の回廊はどこまでも淡く、磨かれた床には冷たい光が広がっている。


 足音が響きやすいその場所を、賢木は音も立てずに歩いていた。

 凛とした雰囲気を纏っており、年は14歳といったところだろうか。


 感情を表に出さない子だ、と周囲の大人達は言う。

 聞き分けが良く、聡く、扱いやすい。


 だからこそ、“月の姫の補佐役”として選ばれた。


「明日から、姫のお側についてもらう。そのつもりで」


 神官からそう告げられた時も、賢木はただ頷いただけだった。


 呼ばれれば行く、命じられれば従う。


 それが当たり前だった。


 賢木には両親がいない。

 物心ついた頃には、もういなかった。

 理由は知らないし、知ろうと思ったこともない。


 自分が有益な存在であることを示さなければ、ここにはいられないと、理解していた。


 案内役の女官が、静かに扉を開ける。


「姫様。賢木様をお連れしました」


 部屋の奥、小さな影がぴくりと揺れた。

 まだ幼い少女だった。


 淡い髪に透き通るような白い肌。

 大きな瞳だけが、こちらをじっと見ている。


 それが、月の姫――美琴との初対面だった。


「……はじめまして」


 先に口を開いたのは姫の方だった。

 小さな声で、それでも礼儀正しく頭を下げる。

 賢木も静かに頭を下げ返した。


「賢木と申します。本日より、お側に仕えます」


 部屋には、ぎこちない空気が漂っていた。

 姫は何か言いたそうに唇を動かしたが、結局そのまま俯く。

 見かねた女官が、穏やかに声をかけた。


「では、本日の学習を始めましょう」


 卓の上には、古い記録帳がいくつも積まれていた。

 土地の流れ、水脈、生育周期、地上の気候変化。

 豊穣を司る月の姫が、学ばねばならないものは多い。


 机を挟み、二人は向かい合った。

 最初、賢木は姫を“守られるだけの存在”だと思っていた。

 だが、それはすぐ覆される。


「この流れだと、水脈が変わりますか?」


「……何故そう思われたのですか」


「こちらだけ、水の流れが急すぎる気がして」


 賢木は目を見開いた。

 理解が早い。

 説明したことを、すぐ吸収していく。


「こちらの土地は、秋になると流れが変わりやすいのです」


 気づけば、賢木は夢中で話していた。

 もっと知ってほしい。

 もっと一緒に考えたい。

 そんな相手は初めてだった。


「……すごいですね」


 思わず零れた言葉に、姫がぴくりと肩を揺らす。

 しまった、と賢木は思った。

 余計なことを言ったかもしれない。


 けれど。


「……ありがとう、ございます」


 俯いたまま返された声は、少しだけ震えていた。

 小さな指が、記録帳の端をきゅっと握っている。

 姫は、まさか褒められるとは思っていなかった。


 間違えれば呆れられるかもしれない。

 理解できなければ、失望されるかもしれない。

 もし“月の姫として足りない”と思われたら。


 賢木も、いつか離れていくのではないか。

 幼い姫は、視線を上げかけては落とした。


 けれど賢木は気づかない。

 姫はただ、褒められて嬉しかったのだろうと思っていた。


 ◇


 その日から、二人は毎日のように机を並べた。

 記録帳を閉じる頃には、外の空が藍色へと移ろっていることも珍しくなかった。


「……ここは?」


 小さな声で尋ねながら、不安そうに賢木の顔を見る。


 聞き漏らさないように。

 置いていかれないように。


 部屋に戻っても、姫は何度も記録帳を開き直していた。

 翌朝にはまた、新しい問いを抱えてくる。

 そうしていれば、“必要ない”と思われずに済む気がした。


 賢木は真っ直ぐに話を聞いてくれる姫と向かい合う時間を不思議と心地よく感じていた。


 けれど、まだ人の感情へ目を向けられるほど器用ではない。

 姫が時折向ける、どこか縋るような視線にも気づかなかった。


月で育った姫と、彼女を見守る補佐官・賢木。

今回は二人が出会った時のお話です。

続きは夏、秋、冬、季節が巡って春までのお話をかきました。

ゆっくりお楽しみください。

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