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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: 木ノ宮
第2章 婚活の道は長く険しい
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ノーナの双璧


 硬い岩に囲まれた洞窟内の細い通路を、全速力で駆ける者たちがいた。


「なんでよりにもよってこんなやつと……! ったく、フランたちはどこいったんだよ……!」

「それはこっちのセリフですわ! ……ああ、わたくしとしたことが、愛するフランさまを危険な目に遭わせてしまうなんて……!」


 白い騎士服を着た銀髪の美青年と、青いドレスを着た金髪の美少女だった。

 服と髪を振り乱しながら並走する二人は、傍から見れば足の速さを競っているようにしか思えない。

 特に金髪の少女、マドレーヌの方は、フリルのついた丈長のドレスに足を取られることもないのだからいっとう不思議だった。


「何か知らねえがここは危ねえ! はやくあいつらを見つけないと……」

「落ちてしまったフランさまはともかく、マオまで姿を消してしまうなんて。本当に妙な場所ですわね……!」


 大量の泥玉による攻撃を受けたあと、上方から飛び降りるように落ちてきた何十体もの怪しい影。

 正体はわからない。だが、それらの重みと衝撃によって足場が崩れ、瓦礫とともにフランが地下まで落ちてしまったことは事実だった。

 ランドリーとマドレーヌは運よく落下から逃れることができたが、激しい砂埃と崩落が収まったあと、辺りを見回すとマオの姿も消えていた。

 フランが落ちた穴は深く、階下の様子は確認できない。

 飛び降りるのも危険だと判断したランドリーたちは、別の通路を回ってフランたちと合流することにしたのである。


「おい! あそこ!」


 通路の先に出口のような光が見えた。

 走る足にいっそうの力を入れてその光に向かった二人は、次の瞬間目に飛び込んできた光景にはっとした。

 先程の場所と雰囲気の似た、広々とした空間だった。

 岩壁にはいくつかの松明が飾られており、地面には白骨化した人間の骨と、古びた荷物が山積みにされている。

 違う点は一つ。大きな樹の枝がそこかしこに生えていることだ。

 地面や壁を突き破るようにして生えた長く太い樹の枝が、ぐねぐねと蛇のように蠢いていた。その奇妙な姿は、まるで意思のある生き物のようだった。

 そして──空間を支配する大量の枝の中心には、長い杖を両手で握りしめたピンク髪の少女がいた。


「マドレーヌ!」

「わかってますわ!」


 刃のように尖った枝の先が少女を狙った瞬間、ランドリーが叫んだ。

 それに応えたマドレーヌが、扇子を振り払い、生み出した火の球を少女を襲う枝にぶつける。

 枝がボッと赤い火を灯した。

 が、燃え尽きるまでには至らない。火力が足りていないのだ。

 しかし、枝の標的となった少女は無事だった。いつの間にか彼女の近くにまで駆け寄っていたランドリーが、抜いた剣で枝をバラバラに斬り刻んだからである。


「ランドリーくん! マドレーヌ嬢!」

「マオ! 無事か!?」


 ピンク髪の少女、マオがこくりと頷く。

 合流した三人は、互いの背中を合わせるようにして円形の陣を組んだ。

 そんな彼らを、みるみるうちに増殖した大量の樹の枝が一斉に取り囲む。


「何をなさっていたのですかマオ。あなたの精霊術ならこんなやつら一瞬で一網打尽にできるでしょう」

「無理ですって。マドレーヌ嬢も気づいてるでしょ」

「おい! くるぞ」


 ヒュン、と猛烈な勢いで飛んでくる無数の枝。その先端は研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、刺さればひとたまりもないことは、火を見るよりあきらかだ。

 ランドリーは、自分たちに向かってくるその枝をすべて斬った。

 横から伸びてきた枝を最低限の動きで避け、足元から生えた根を蹴り飛ばし、その勢いを利用して背後の枝を一掃する。

 正面から襲ってきた蔓のように絡み合う枝をバッサリと斬り伏せたあと、近くに立つマドレーヌたちにランドリーは文句を言った。


「──お前ら、なんで戦わねえんだよ!」

「それができないんだ。ここ、マナが枯渇してるからさ」

「はあ!?」


 マオの返答にランドリーは顔をしかめた。困ったように肩をすくめるピンク髪の少女の横で、金髪の少女は涼しい顔で腕を組んでいる。


「その樹の化け物が周囲のマナを吸い取ってるんだ。森のマナが乱れていたのも、魔獣が変に暴れてるのも、全部こいつのせいだろうね。ちなみにボクは、この枝に運ばれていつの間にかここにいたのさ」


 マナは生命の源であり、そのマナが操作可能なエネルギーに変換されたものが魔力である。

 空気や水、火や土、植物など、自然界のあらゆるものに宿るマナを利用することで驚異的な力を生み出すのが精霊術だ。

 だが、洞窟内のマナはすべてこの巨大な樹の怪物が支配している。

 そんな現状で精霊術を使うには、自らの体内に元々宿るマナを消費するしかないのだが。


「個人のマナには限りがあるからね。がんばったところでそいつにすぐ吸われちゃうし。マドレーヌ嬢の攻撃がいつもより弱火なのも、哀れなボクが助けを待つしかなかったのも、それが原因さ」

「と、いうわけですランドリー。あとはあなたが何とかなさい」

「嘘だろ!?」


 必死に枝を斬り伏せるランドリーをよそに、マドレーヌは懐から取り出した扇子で、優雅に顔をあおいでいた。

 図らずも孤軍奮闘を強いられることになったランドリーは、無情な婚約者の態度にピクピクとこめかみを軋ませながらも、猛攻をしかけてくる樹の枝を次々と斬り落とした。

 天井まで伸びた枝を足場にして高所に移動し、上空で一度に複数の枝を細切れにする。

 ボトボトと地面に落ちる大量の枝切れとともに着地したランドリーは、マオたちの後方で暴れ始めた樹の処理をするため、颯爽と身を翻した。

 激しくなびく白い騎士服と、銀色の髪。赤い瞳が静謐な光を宿す。態度こそやけになっているように見えるが、その動きは驚くほど繊細だった。


「おお~ さすがランドリーくん」

「当然ですわ。腐っても騎士の名門、グローツラング家の嫡子なのですから」


 王国が誇る第一の騎士家系がサラマンダー侯爵家なら、第二の騎士家系はグローツラング伯爵家だ。

 初代当主が平民上がりの騎士であったことから貴族としての立場はそれほど高くないグローツラング家だが、サラマンダー家と並ぶ王国守護の要として人々からの支持は厚い。

 現当主は、騎士団で第三師団の団長を務めるバル・グローツラング。

 その息子であるランドリーも、将来が期待される若く優秀な剣の使い手だった。


「そりゃあ婚約もさせられるわ。我が国の双璧同士が家族になったら向かうところ敵なしだもん」

「マオ。いまはその不快な話は──」


 わかりやすく顔をしかめたマドレーヌが、抗議の視線をマオに向けたときだった。

 ボコ、と大きな音を立て、二人の足元が激しく揺れた。


「!」

「マドレーヌ嬢!?」


 マオは驚愕した。隣にいたはずのマドレーヌの姿が一瞬のうちに消えたからだ。

 はっとして天井を見上げる。消えた少女は上空にいた。

 地面から突き破るようにして生えてきた、蔓のように蠢く長い枝。

 先端が裂けて増殖したその枝がマドレーヌの全身に絡みつき、彼女の身体を洞窟の上部まで連れ去ったのである。


「放しなさい! わたくしの身体に無許可で触れていいのはこの世でただひとり、フランさまだけですわよ!」


 腰に巻きつく枝をバシバシと叩き、マドレーヌが激昂する。

 そうできるだけの右手はかろうじて自由なようだが、左半身や両足は容赦なく縛られており、青色のドレスは皺が寄ってくしゃくしゃだ。

 その隙間から、めくれたレースと白い太腿が覗いている。


「大変だランドリーくん! 君の婚約者があられもない姿に!」

「願ったり叶ったりだ! そのまま化け植物の肥料になっちまえ!」

「なんですって!?」

「どうして君たちはこんな状況でも喧嘩するかなあ……!?」


 斬っても斬っても増え続ける無数の枝。ランドリーにも余裕がないのだ。


「……おいマオ! そこに落ちてる剣をあいつに投げろ!」


 地面に転がる長剣の存在に気づいたランドリーが、マオに向かって目配せする。

 はっとしたマオは、言われたとおりにその剣を拾った。ここで死んだ者たちの私物だろう。最初の場所にもいくつか落ちていたものだ。


「マドレーヌ嬢!」


 錆びた剣の柄の部分を握りしめたマオは、顔を上げ、宙に捕らわれたマドレーヌに視線を向けた。

 槍のように剣を投げる。

 風を切りながら上空を飛んだ剣の柄が、ちょうど空いたマドレーヌの右手に触れた瞬間。

 ザン、と。

 少女を縛っていた数本の枝が、空中でバラバラに斬り刻まれた。


「まったく……」


 所々が破れたドレスをふわりと浮かせ、たんと地面に降り立ったマドレーヌが、呆れたようにため息を吐いた。

 彼女の手には、マオが投げた細い長剣が握られていた。


「わたくしの炎で燃やして差し上げられないのは残念ですが……致し方ありません。一刻でも早くフランさまのもとに向かうためですわ」


 ヒュン、と少女が剣をなぎ払った。四方で大量の枝が蠢き、静かに佇む彼女を狙う。

 次の瞬間、そのすべてが一瞬で細かな枝の欠片になった。

 マドレーヌが斬ったのだ。

 切れ味などほとんど失われた錆びた剣で。ただの人間には目にもとまらないほど、俊敏な動きで。


「──当然だろ。腐っても騎士の名門、サラマンダー家の一人娘だからな」


 ふっと呟いたランドリーが、目の前で暴れる枝を負けじと斬り落とした。

 その間も、マドレーヌは華麗な剣さばきで次々と枝の猛威を退けていく。

 丈の長いドレスを着ているとは思えない、軽やかな身のこなし。ここが洞窟ではなく宮廷の中だったなら、剣舞のようにしか見えなかっただろう。

 マドレーヌは、優れた剣の才覚の持ち主だった。

 優秀な騎士を輩出するサラマンダー侯爵家の血。彼女の中にも紛うことなく流れている剣士の血である。


「とはいえ……」

「このままじゃきりがねえな!」


 大量のマナを吸収した樹の化け物から生まれる枝は、いくら斬っても一向に数が減らない。

 終わりのない戦いに、さすがのマドレーヌたちも眉をひそめるしかなかったとき。

 彼女たちの全身を、眩い光が包み込んだ。


「──ドレイン!」


 地面全体に出現した大きな紋様。琥珀色の線で描かれたその陣の中心に立つマオが、杖を前にかざして叫ぶ。

 すると暴れる枝の動きがとまった。

 力を失い、バタバタと地面に落ちる樹の枝たち。意思のない本来の植物に戻ったかのようだった。

 剣を下ろしたマドレーヌとランドリーは、ふうと息を吐くピンク髪の小柄な少女を、ぽかんとした顔で見つめる。


「マオ。何かしたのか?」

「ドレインさ。樹から魔力を奪ったんだ」

「すげえな! 助かったぜ。……けど、そんなことできんなら最初からそうすればよかっただろ」

「無茶言わないでよ。魔力……一度その生物のものとして変換されたマナを吸収するのは容易じゃないんだ。相手の生命力に干渉するんだから。時間がかかるし、精神力もかなり使う」

「あなたも王立学園で習ったでしょう」

「そうだっけか」

「詠唱なしにノータイムでドレインが使える術師なんてフランくんぐらいだよ。まあでも、今回は君たちが時間を稼いでくれたおかげでどうにかなった。ラッキーなことに相手は樹。ボクと相性のいい地属性だったからね」


 これで一応仕事はしたことになるかな、と肩をすくめるマオ。

 十分ですわよ、とマドレーヌがにこりと笑う。


「けど……こいつはおそらく森中のマナを自分のものとして取り込んでるはずだから、またすぐに復活するよ。はやくここから離れてフランくんをさがさないと」


 足元に転がる枝を軽く蹴飛ばし、マオが言った。


「だから──出てきてよ。そこにいる君たち」

 

 マオの瞳が洞窟の隅に向けられる。

 ランドリーたちは驚き、同時に彼女の視線を追った。

 岩壁の下の方に、長い布のようなものが張られていた。薄汚れた茶色い布だった。

 その布が、何やらゴソゴソと蠢いている。


「あれは……」


 やがて布がはらりと捲れ、後ろに隠れていたものがその全貌を現した。


「何ですの? あれは」

「さあ……」


 マドレーヌとランドリーは、気の抜けた声で呟いた。

 三人が見つめる壁面で、緑色の服を着た十人以上の小人たちが、身を寄せ合ってぷるぷると震えていた。



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