群れなす屍蟲
トリックは見破った。
しかしそれは、戦局の打開とイコールというわけではなかった。
ガサガサガサと、耳障りな音が四方八方から近づいてくる。たぶん足音だろう。
何の足音なのかは考えるまでもなかった。壁の上方に設けられている換気口から、
無数のトカゲや大型昆虫が我先にと湧き出して来ている。どれもこれも真っ黒だ。
まるで壁が黒い染みに侵食されるかのように、数十・数百という数の小型生物が
大講義室の壁や天井にあふれ返った。
正直、虫嫌い即死の光景である。あたしは平気だしタカネは聞くまでもないけど、
ミロスは大丈夫だろうか?念のために確認してみると…
「飢えた時は焼いて食べてたよ。」
さいですか。
見た目よりずっとたくましいなあ、この子。
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もちろん、あたしたちを見た目でショック死させようとしてるわけじゃない。
この無数のトカゲや虫たちは、言わば移動砲台だ。一匹だけにその役割を任せれば
いずれあたしかタカネが仕留める。しかしこの中に紛れさせて輪を隠す事により、
死角からの不意打ちがますます効果的に行えるようになる…って算段だろう。
バシュッ!!
策を講じる間もなく、あたしとタカネのちょうど中間あたりから蒼炎レーザーが
顔面目掛けて射出された。あやうくかわしたものの、髪がひと筋焼き切られる。
「なろっ!」
ドンドンドン!
狼牙弾を数発叩き込んだけど、2匹の虫を潰して黒血が飛び散っただけだ。
ほぼ同時に天井からの狙撃を受け、タカネは左のつま先を撃ち抜かれていた。
厄介が過ぎる。
もちろん、本気で探せば「指持ち」を捕捉する事はできるだろう。あたしじゃなく
タカネなら、水の探知陣を広範囲で使う事だって可能だから。
しかし、見つけたからってどうすればいい。
相手は文字通り、二階堂さんの指を携えているのである。下手に撃ってその指に
直撃でもしたら、彼女の体に取り返しのつかない損傷を残す結果になってしまう。
何度も言うけど医学はまだまだ未発達の世界だし、いくらリータやタカネがいても
ゾノスがパーツを作れても、神経を含めた移植なんて施術は不可能だ。
じゃあ鱗とか骨とかで囲い込めばいいだろうと思われそうだけど、それも難しい。
これまた大前提で、物質のあるところに重ねて物質を作り出す事はできないのだ。
壁や床を無数に生物が這い回っている状況では、囲い込むための”檻”が作れない。
ましてや相手は高速で移動している上、他の個体に絶えず指のパスまでしている。
これだけの数がラッシュの手でコントロールされ、完全に連携しているのである。
こちらの殺傷能力の高さが、もろに裏目に出てしまっている。
そこまで想定していないだろうけど、敵は実に効果的な封じ手を完成させていた。
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「危ない!」
悲鳴と共にミロスがあたしを引っ張り込んだ、まさに次の瞬間。
ゴオッ!!
壇上に立つ二階堂さん本人が直接放った蒼炎の奔流が、あたしが立っていた場所を
一瞬で炭化させた。被害は受けなかったものの、輻射熱でチリチリと髪が焦げる。
指砲台に気を取られ過ぎて、本体からのダイレクト攻撃を察知できなかった。
認めざるを得ない、苦戦である。
「なぁにぃ?…威勢よくやって来た割に、てんで大した事ないのねぇ。」
黒い群れを操っている当人は、わざとらしく首をかしげてこちらを煽ってくる。
高度な連携と言えなくもないけど、実質的に二階堂さんは攻撃の道具でしかない。
完璧に使われているという今の現状を思えば、やはり強攻策は取りづらかった。
くそぉ。
あたしたちはチートじみた万能のはずなのに、こんな攻撃に手も足も出ないのか。
力ずくという考え方を肯定する気がないとはいえ、ここまでの窮状は想定外だよ。
けど退路は断っている。今さら尻尾巻いて、ここから逃げ出すわけには行かない。
考えろ!
このヒドい状況で、最も効果的な対応ができるのは誰だ?
ちょっと考えれば判る。ギルクだ。
彼の粘糸を使えば、ナントカホイホイ的な足止めを広範囲に展開できるだろう。
人ひとりを持ち上げる事にさえ不安が残る強度だけど、こんな小さな相手ならば
まさにうってつけだ。しかし今、彼は扉の向こうであり、その魔法を再現する事は
ラグジでもない限りとても不可能であり…
……うん?
ちょっと待って。
本当に無理か?
「タカネ!」
「何?」
なおも断続的に襲い来る指レーザーに晒されながらも、あたしはタカネに問うた。
「確かガロック山の時に言ってたわよね?」
「何を?」
「ギルクの粘糸が、薬品として使える成分でできたものだって。」
「言ってたけど…それが?」
やっぱりそうだった。つまり…
「あれ、食べて解析したって事なんでしょ!?」
「あ。」
察したらしい。
言えばすぐ察してくれるのに、思いつく事ができない。ここが彼女の限界なのか。
…って、今の今まで思いつかなかったあたしに言えた義理じゃないけど。
つまりそういう事である。
あたしたちには、誰の魔法も決して再現する事はできない。それは絶対条件だ。
しかしギルクのように何かを生成する魔法であれば、生成物自体はただの物質。
しかもあの粘糸は、縫合糸として使えるほど生体物質に近い。どっちかと言えば、
ゾノスの人体生成に近い概念の代物なのである。
だったら、それ自体にあたしの遺伝子を組み込んで現出させる事は可能なはずだ!
バシュッ!!
タイミングを合わせたような蒼炎レーザーの一撃をギリギリでかわしたタカネが、
発射された位置の群れに向けて右手をかざした。おお、珍しく型から入るね。
「そこだ!!」
ダダダダダダン!
掛け声と共に、虚空に浮かんだ6つの白い塊が同時に射出された。
音速には程遠い速度だけれど、それでも急加速によってその塊は一瞬で形を崩し、
パッと広がりながら一気に黒い群れに覆い被さる。
派手な弾着もない。破片や黒血が飛び散る事もない。
そこにいた虫やトカゲは、まるで縫いとめられたかのように動けなくなっていた。
おお、さすがの粘度!ホイホイ顔負け!!
やっぱりあたしたちってチートじゃん。
ねえ?




