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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第二章  クロキ・スポーツクラブ
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第17話  ジムの申し子

 「癖がある」とみずから語った『クロキ・スポーツクラブ』の人たちだが、勤務を続けるなかで彼らと私の距離はますます縮まり、比例してクラブそのものにも居心地の良さを感じるようになってきていた。

 深身先生の言葉に甘えて、調査が済んだあともここでバイトを続けてもいいかな、と最近は真剣に考え始めてもいる。

 

 そもそもカレンさんや山川さんを見ている限り、この人たちが三島由紀夫のトレーニングノートなどを隠しているようには思えないし、何かヒントのようなものを知っているかすら怪しい。繋がりがあるのはやはり、お客さんや出入り業者などのほうかもしれない。



 その日も、早番だった私は仕事が終わった夕方から、会員さんに交じってトレーニングさせてもらっていた。


「お、早坂さん、相変わらず綺麗なスクワットだねえ」

「今日は早番? 懸垂できてよかったわね」


 すっかり顔馴染みになった常連さんたちに、女子大生としてはいささか微妙な声をかけられていると、本人より先に答える声があった。


「当然よ。この子はうちのホープ、あたしの秘蔵っ子なんだから」


 トレーニング記録用のバインダー片手に現れたのは、オネエキャラ全開のチーフトレーナーだ。どうやらパーソナルトレーニングを一本、終えてきたところらしい。


「お疲れ様です、山川さん」

「お疲れ様、もえちゃん。今日も素敵な腓腹筋してるわね。いいカットだわ」

「……ありがとうございます」

 

 もはや慣れてしまったし、そもそも褒められているはずなのに、これまた微妙に嬉しくないコメントである。ついでに言うと「うちのホープ」扱いしてくれるのはありがたいけれど、この人の秘蔵っ子というコメントは、私もボディビルダーを目指しているみたいに受け取られそうで、なんだか心配にもなってくる。


 ささやかな不安をよそに常連さんたちと山川さんの間では、かしましいトークが始まっていた。


「でもよかったねえ、山ちゃん。やっと頼りにできそうなアルバイトさんが入って」

「ほんとほんと。早坂さんは大事にしてよね」

「そうよ。たまにジムに新しい子が入ったと思っても、いつもすぐ辞めちゃうんだもの。山ちゃん、セクハラとかしまくってるんじゃないの?」

「失礼ね、あたしがセクハラなんてするわけないでしょ! ちょっと広背筋や大腿四頭筋のつき方確認したぐらいで逃げ出すような根性なしのメンズには、そもそもジムのスタッフなんて務まんないのよ」


 ……それは、立派なセクハラと言うのではないだろうか。


「でも、女の子だって長続きしないよね?」

「そりゃそうよ」

「え?」

「チーフトレーナーが、これほどの豊満な肉体と美貌を誇ってるんですもの。並の女じゃ公開処刑気分になって、いたたまれなくなっちゃうのも仕方ないわ。ああ、罪なあたし」


 豊満、という日本語の使い方がだいぶ間違っている気がする。いずれにせよ『クロキ・スポーツクラブ』のジムスタッフの入れ替わりが早い理由は、これでよくわかった。


「でも早坂さんは、すぐに辞めちゃう心配はなさそうよね」

「そうね。いつも楽しそうにお仕事してるし」

「自分のトレーニングだって、一所懸命やってるものね」


 にこやかな視線が揃ってこちらに向けられた。なんだかんだ言っても、こうして温かい言葉を、しかも会員さんからかけてもらえるのは本当に嬉しい。


「ありがとうございます!」


 素直に頭を下げた隣で、山川さんも誇らしげな顔をしている。


「でしょでしょ? 初めてこの子のスクワット見たとき、ちょっとモノが違うわ、いいモノ持ってるわってあたしも思ったもの。大殿筋の使い方もセクシーだし、ジムの申し子がついにあたしのもとに現れてくれた! って感じよ」


 セクシーな大殿筋の使い方がいかなるものかはわからないし、「ジムの申し子」という二つ名もどうかと思うけど、いずれにせよ私のことを買ってくれているのはたしかなようだ。


「ありがとうございます」


 苦笑しつつこちらにもお礼を言っておいたが、そのあとに続けられたのは、さすがに聞き捨てならない台詞だった。


「それに、もえちゃんとあたしじゃプロポーションは比べようがないでしょ。ボクシングで言えば、ヘビー級とモスキート級ぐらい違うようなもんだし、お互い張り合う気にもならないのよ。あたしの胸囲はGカップサイズだけど、この子はA――」

「ちょ……!? 山川さん!」

「ん? どうしたの?」

「プロポーションの話とかはいいですから! 特に、その、む、胸のこととか……」

「あら、そお? でも、ちっちゃいほうがマニア受けするって――」

「そ、そんなことより! あ、そうだ! ほら、この前仰ってた、ジェファーソン・スクワットっていうの教えて下さい! やりましょう、ジェファーソン・スクワット! うん、そうしましょう!」


 常連さんたちに失笑されながら、私はお喋りなチーフをスクワットラックのほうへと、なかば無理やり連行していった。

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