知らない
閉じられた扉を前に、どうしようもなくなり、帰ることにした。
「仕方ないわよね……」
後ろ髪をひかれるどころか、がっつり握りしめられてるような気もするけど、気もするけど!! いつまでもここにはいられない。早くアオに届けないといけないから。
なんか、もうあの子には会えないような気もする。そんな不安と、なにか、思い出せないもやもやしたのを感じるけど、今は吹っ切る。仕方ないが合言葉!!
門の所まで戻ると、ジャックが座り込んでうつむいていた。寝てる?
「アリス、終わった?」
近づくと疲れたような笑みを浮かべてこちらを見上げた。
「ど、どうしたの?」
とても怖い悪夢を見た後みたいよ?
「んー、ちょっと、怖いこと思いだしちゃってぇ?」
「よ、よくわからないけど、大丈夫?」
「大丈夫ぅ。心配してくれてありがとぉ」
そう笑って立ちあがった。ふらついてないし、大丈夫かしら? は、走らせすぎちゃった? やっぱり重かったかな……だ、ダイエット頑張る!! お茶会のおいしすぎるお菓子たちの誘惑にも負けない!!
「今度はアリスが大丈夫ぅ?」
「大丈夫!! 今日は運動させすぎてごめんなさいね!!」
「あー、それは大丈夫だよぉ? だって俺騎士だしぃ、いつも訓練してるからぁ。……あれくらい、エースの鬼訓練に比べたらどうってことないよ……」
後半のセリフが若干震えていたのは気のせいだろう。顔が青いのは気のせいだろう。笑顔が引きつってるのも気のせいだろう!!
「あ、あのさ!」
よし、話をぶった切ろうず!!
「アオの所によってもいいかしら? できれば早く名前返してあげたいじゃない?」
なんか疲れてるのは体力的問題じゃなさそう。だったらいいわよね~、あははー……。
精神的問題の方が気遣い重要じゃね? とか言っちゃダメなのよ。
「うん、もちろんだよぉ。イモムシだって待ち遠しいだろうしねぇ」
「じゃあ、案内お願いできるかしら? 私一人じゃいけないから……」
「もっちろん。てか、俺は護衛だよぉ? ついでに騎士。ちゃんと傍にいるのが仕事ぉ。だからぁ、アリスは気遣わなくていいんだからねぇ?」
くすくす笑って頭を撫でられる。
むぅ、こういう時無駄に爽やか、お得。イラッとくるけど。
「ちょっと、髪が乱れるじゃない」
「ごめんごめん。じゃあ、早くここから出ようかぁ。日が暮れそうだから、早く行かないと危険だからねぇ」
そうして私たちは歩き出した。
――――――――。
「え?」
「どうしたのぉ?」
「ん? んー、いや、気のせいみたい。なんでもないわ」
「そーぉ?」
「そうそう」
ただちょっと風の音が、誰かの声に聞こえただけ。
――アリス、また会えて嬉しかったわ。またね。
誰だっけ? 思い出せない。けれど、きっと大事な人の声。
なんだかんだでアオの森に到着。現在真っ暗。かなり夜。
でもなんかアオの森は蛍みたいなふわふわ浮かんでいる光とか、ぼんやり光ってるキノコとかがあって怖くない。幻想的で……さっすがファンタジー!!
「イーモムシさーん。いるー?」
「んぅ? あぁ、ハートの騎士じゃないか。アリスも? どうしたの、こんな時間に?」
大きな葉っぱに寝転んで、アオが煙管を吸っていた。私たちを見て体を起こし、葉っぱの上で胡坐をかく。
毎回思うけどすごい葉っぱ丈夫よね……。
「こんばんわアオ」
「こんばんわアリス」
「名前見つかったわよ」
「え、早くないか?」
アオがアレキサンドライトの目を見開く。
いつも澄ましているけれど、こういう素の表情を見るとまだちょっと子供だなぁと思う。
「後伝言を頼まれて来たわ」
ポケットから紙を取り出してアオに近づく。
「伝言?」
「えっと、もう返すわ。ありがとう。ですって。それで、この紙を渡せばあなたに伝わるからって言われたんだけど……」
本当にこれで合ってるんだろうか。間違っていたらやり直し、ならいいけど、これでだめだったら永久に帰れないってことにもなりかね……ないこともないのかしら? 口説き落とせって言ってたし……?
不安で少し視線が彷徨ったけれど、アオが葉っぱから降りて目の前に立ったから目線を合わせる。
アオの瞳も揺れていた。あぁ、アオも不安なんだ。それもそうだよね。欲しいもの、突然目の前に出されても疑うよね。
「二人ともぉ、もうちょっと喜びなよぉー。せっかく見つかったんだよぉ?」
背後から元気づけるような声とともに、肩をポンポンと叩かれた。
「失敗してもやり直せばいいんだしぃ。ねぇ? ほらほらぁ~」
「ハートの騎士様は……ポジティブだな」
「えぇ、本当、ポジティブね」
根暗×2は半眼でポジティブな騎士様を見る。
「あははぁ~。それ褒めてないよね?」
「「よくわかったね」」
「……。でもいいもぉん。ポジティブだから、いい方に受け取るしぃ! アリスたちが暗いだけだよぉ! 明るい方がいいだろぉ?」
明るすぎるのもどうかと……。
アオを見ると同じように微妙な顔をしている。
「一番明るいだろう太陽を見ると目が焼けるがな」
「あぁ! イモムシさんたら酷いんだぁ!!」
胡散臭いからなー。怒り方も本気じゃないし……。似非爽やかだし……。
でもまぁ、確かに。明るい方がいいわよね。気分まで明るくなるし。暖かくなって、不安も解けて消えちゃった。
それを言ってやるのはむかつくから言わないけども。
「じゃぁ、ハイ、アオ」
「……うん」
アオの手がそっと伸びて、私の持っていた紙に触れる。
「っ?」
アオの手が触れた瞬間、紙が小さく光り、蝶々へと姿を変えた。
「あ……」
蝶々がアオの指先にとまって、消える。
それと同時にアオの体もうっすらと光を帯び、徐々に変化していった。
髪は胸当たりまで伸び、背がアリスを超えた。顔の輪郭も、子供っぽい丸みが消えていく。そして一番の変化は、背中にうっすらと蝶の羽のような光が見えること。
「あ、アオ……?」
その変化についていけずに小さく呼んでみた。
「……そっか。そうなんだ」
小さく、そう呟く。
「え?」
「やだ、止めて。行かないで。許さない。僕が、私が、捕まえるから。あげるから。だから……」
「アオっ!? どうしたの!?」
小さく、ぼそぼそとつぶやき続けるアオの肩を思わずつかんで揺さぶった。
「アリス……」
アオの瞳はぼんやりとしている。正確に言うと、淀んでいる。私を見ないで素通りする。
視線をジャックに滑らせて、問いかけた。
「ハートの騎士様は知ってたか? 覚えていたか?」
「いいや。さっき思い出したとこ。あの子のところ、行った時」
「そうか……」
意味がわからない会話。でも話を聞ける雰囲気じゃない。
「それでお前は私に名前を返させたのか? 私は望んでいなかった」
「でも『アオ』が望んでた」
「僕は知らなかった。覚えていなかった」
「代償でしょ? 仕方ないじゃん」
「だったら周りが止めろ! お前たちが、お前たちしかいなかっただろう……。お前たちだって望んでいなかった」
「うん、そう。でも、アリスはゲームをすすめないと。俺たちはただの駒だよ。ゲームに私情を挟んじゃだめだ、イモムシさん」
「……」
「それに今回は……」
「そんなもの、白兎と帽子屋の勝手な事情だろう!! 私たちを巻き込むな!!」
「彼女は望んでいたんじゃないの?」
「そんな……っ」
少し年下の男の子から、自分より年上の男の人になったアオ。ぐっと顔を悲しみにゆがめて、絶望、という言葉がぴったり。
ジャックはいつもと違うほんの少し冷たくて、呆れたような、八つ当たりみたいな変な態度。
「私は認めない」
「じゃあどうするの? もう戻れないよ。諦めなよ」
「諦めてたまるか」
「伝言聞いてなかったの? もう返すって、言われたじゃん」
「それでも、それでも私は……!!」
「『イモムシ』さん、ゲーム、続けないと」
感情に支配されかけてるアオとは違って、ジャックは冷静だ。不自然すぎる。
私はどうしてもそれが許せなかった。
「アオ!!」
「っあ、アリス……」
やっと気が付いたみたいに、アオが私の目を見る。ジャックのことは知らない。ただ背中に視線が刺さるきがする。
「わた……僕は……」
「好きにしていいわ。好きにしていいのよ」
「え?」
「アリス?」
二人の怪訝そうな声が重なる。でもしーらないっ。
「ねぇ、名前教えて。わかったんでしょ?」
「あ、あぁ、アズール。アズール・ユルベール。……ぁ……」
欲しかった名前。思い出したのはよかったの? よくないのよね、きっと。だからお礼は言えないの。でも気にしないわ。
少しだけ申し訳なさそうに、悲しそうに、視線を伏せたアズール。
「アオっていうのはあながちはずれじゃなかったのね。アズールって青って意味でしょう?」
「そうだね……」
「じゃ、アズール。あらためて、私の名前はアリス(仮)よ。よろしくね」
無理やり適当だった最初の自己紹介を、今完成させようとする。
「かっこかりって……」
ちゃんとツッコんでくれる、大丈夫。よかった。
「ほら、あなたは?」
「……。アズール・ユルベールだ。よろしく、アリス」




