スペードの騎士
「こんな廊下の真ん中で何溜息ついてるんだ?」
後ろから声をかけられた。最近後ろから接近されることがとても多いんだけど?
「あ、エースぅ!」
現れた男の人に飛びつこうとジャックはしたが、あっさり避けられる。
光に透けると青く見えるサラサラの黒髪に、黒曜石の瞳。服はジャックの物を黒にした同じ意匠のロングコート。剣はジャックの物より若干小さめ。手には紙束が。
「飛びつくな気色悪い」
「毎回だけどバッサリいうね!」
「嫌ならあきらめろ」
「嫌だ!」
「……はぁ」
会話が一区切りついたところで私に目を向ける。
「で、彼女は?」
「ラビ様にお客さん~。アリスだってぇ」
「アリス?」
眉間にしわを寄せられる。なんですか? 厄介者扱いですか?
「失礼。俺はエース・スペード。ここの騎士だ」
「どうも。アリスです」
「敬語はいらない。君がアリスなら」
「はあ……」
なんだ、どういう意味だ?
「あれ? エース、それ、書類……」
徐々にひきつるジャックの顔。どうやら紙束に気が付いたようだ。
「お前の分だ。……どこほっつき歩いていやがった?」
「……えへっ」
舌を出して、片目を閉じ、こつんと頭に軽く握った手を当てる。
「ぶりっこするな気持ち悪い」
手にもった書類で軽くジャックの頭をはたく。
「相変わらずバッサリぃ~」
「うざい」
エースさんつえー……。
「あぁ、そうだ。ラビ様は今部屋にいらっしゃらないぞ?」
「え」
「陛下の所だ」
「……え、エースぅ? あのさ、一つお願いがあるんだけどぉ……」
ジャック、腰引けてるわよ?
「ジャック? この書類、お前の分代わりにやってやったのは誰だと思ってる? それからこの前、金貸してやったのは? それと……」
「分かったよぉ! 行けばいいんでしょ行けば!! どうせエースも来るんでしょ!?」
「これ出しにな」
「うわー!! やっぱいきたくないー!!」
……なにがあった。
たぶんだけど、ジャック、何かやらかしてるな。それもいつも。今日は書類もあんのか。……確実にダメ人間だな。
「誰がダメ人間なのかなぁ!?」
「わっ!?」
また心の声が!?
「事実だろう」
「ぐはっ」
「もっと言ってやろうか? 書類はやらない、稽古はサボる、酒に汚い。寝坊はするわ、遅刻はするわ、言い訳をダラダラ並べるわ……」
「わーわー!!」
「……女癖が悪くないのだけが救いか?」
「うぅ……」
エースさんかっけー。ジャック、屑~。
「嫌ならちゃんと仕事しろ」
「はぁ、行こうかぁ……うぅ~」
「まったく……。アリス」
「え、あ、はい!? なんでしょう!?」
「……そこまで警戒しなくても……」
「あ、あぁ、ごめんなさい!?」
「……」
「え、えぇっと!?」
「仕方ないか。すまないな、仕事の話をしてしまって」
「い、いいえ。大丈夫ですよ!?」
「いや、悪かった。あとそれから、今後こいつがかなり迷惑かけるかもしれんが、それも先に謝っておく。すまない」
「ちょっとぉ?」
「いえ、それも大丈夫ですよ。もう諦めましたよ……」
剣さえ振り回さなきゃ。
「アリスまでぇ?」
「まぁ、あれでも根は悪いやつじゃない、と思う」
「悪くないよぉ!?」
「だから、まぁ、その、なんだ……あまり嫌わないでやってくれ」
「エースは俺のお母さん!?」
「えぇ、大丈夫ですよ。嫌うだなんてそんな、そんな仲にならないと思いますから」
「アリスぅ!?」
「そうか、なら、あまり近づきすぎないことだな」
「ちょっとぉ、ねぇ!?」
「分かりました」
「聞いてるぅ!?」
「何か困ったことがあればいうといい。力になる」
「二人ともぉ……」
「はい、ありがとうございます」
「……」しょぼーん
「さぁ、行こうかアリス」
「えぇ、エースさん」
「俺に敬称はいらないぞ? 敬語もな」
「じゃぁ、エース」
「これからもそうしてくれ。よろしくな」
「えぇ、よろしくエース」
すたすたすたすた……
「え、ちょっとぉ!? 真面目に最後まで無視な感じなのぉ!? ねぇ、ちょっとぉ!! 待ってよぉ!!」
虚しい叫び声が長い廊下に響いたのだった……。




