10_次の敗北
四日後、《ノット・ウィン》は共和国の農業曳船に引かれ、第一栽培環の修理架へ移った。
主電力路は民間規格への交換に三週間。炉の再較正に十日。もう戦闘出力は出ない。金もない。だが、王国艦の整備班と共和国の水路工が同じ修理架へ入り、保全艦の作業腕が曲がった外板を剥がしていた。誰が味方で誰が敵かは、当番表に書く必要がなくなっていた。
食事の数が一つ足りず、ドーゴが厨房へ戻った。部屋を貸した調査員が、工具を探して戸棚を開けたと、まだ怒っていた。
ネラは仮設艦橋から作業を見た。射線はない。退路もない。代わりに、外板交換の順番、酸素停止区画、戻ってくる住民船の到着時刻が並んでいる。
「最初の復旧支払い」とドーゴが言った。
端末に、王国からの残額が入金された。ザイフ宰相は支払いを拒んだが、イルゼが契約時の公開署名と、王国の敗北記録を保証会へ出した。報酬は十二栽培環の復旧口座へ差し押さえられ、そのまま作業員の未払い賃金へ回った。
「わが社の口座を通過しただけ」とドーゴ。
「今月の分も、忘れずに」
「船長は商売に向きません」
「知ってる」
別の端末が鳴った。次も、その次も、その次も鳴った。
ヴィクトリーが受信数を読み上げる。
『敗戦依頼、百七件。事前相談、二百九十四件。脅迫、十九件。称賛、三千二百――』
「称賛は捨てて」
『高度な謙虚さとして保管します』
ナーブの戦闘映像は、門の両側へ届いていた。最初に届いた王国勝利、次の共和国勝利、最後の《ノット・ウィン》勝利。訂正記録より映像のほうが速い星もあった。事情を全部知る者は少なく、それぞれが自分に必要な敗北だけを見た。
無敗の皇太子から、一度だけ負けたいという相談。退役条件に実戦敗北が必要な要塞艦。
「仕事には困りません」とドーゴ。
「勝ったから依頼が来た」とミラ。
「敗北請負の実績は一件です」とイルゼ。「ヴァルダ王国は、確かに共和国へ負けました」
「そのあと共和国にも負けさせた」
「最終的に、私たちが勝った」とネラ。
三人が黙った。
仮設端末の小さな表示で、ヴィクトリーの勝利数が〈二十〉へ変わっていた。ネラは消去欄を開く。記録は、戦区の公開台帳と同期済みだった。彼女一人では消せない。
「船長」とミラ。「嫌なら、表示だけ隠す?」
ネラは指を止めた。
良い勝利だったとは、まだ言えなかった。
「残して」とネラは言った。「異議つきで」
『異議内容を』ヴィクトリー。
「私たちは、負けるために戦った」
『記録しました。二十回目の勝利は、高度な敗北です』
「逆」
『高度な敗北は、勝利です』
「あとで直す」
『あとで、を期限未定として登録』
修理架の外へ、帰還する《種籾》が現れた。透明な穀物槽には、人と苗と、白い布に包まれた荷物が積まれている。旗ではなかった。鎌雨を抜けたあと、外壁補修に使う繊維材だった。
『戻りました』
ソナは今回も、それだけ報告した。
ネラはその進路を先に見た。修理架との相対速度、接舷角、後続船との距離。次に、乗っている人数を見た。
接舷係から、昨日決めた寝場所では一世帯が分かれると連絡が来た。ネラはソナを待機させず、先に着けるよう指示した。部屋は着いてから、一緒に見て回ることにした。
二百十四人。全員、生きている。
通信卓に、百八件目の依頼が届いた。
『お願いです。どうか、我々に勝たないでください』
ネラは料金表を開いた。
「条件を聞く」




