●未来
放課後、俺とリサは屋上にいた。
普段は厳重に鍵が閉められており、特別な時しか開閉されない。
屋上と言えば、青春の代名詞なのに、現実の屋上は青春とかけ離れている。
「ここは資料室よりも高いから、ますます偉くなった気がしますね」
フェンス越しに生徒たちを見下ろす。
「屋上の鍵……どうしたんだ?」
「企業秘密ですよ」
リサが相手だと、その理由だけでも納得してしまう。
「昔は屋上に鍵なんてかかってなかったそうですよ」
「今のご時世、安全面を考えると屋上を解放するのはできないんだろうな」
「お父様は屋上が好きだって、お母様がよく話してくれた」
リサが遠くを見つめる。
「校舎は建て替えられて、風景も変わってしまったから、お父様とお母様が見ていた景色とは違うんだろうな」
「それで俺をここに呼んだ理由はなんだ?」
「怒ってますか?」
「怒ってるよ! スパッツ成分が足りなくて、スパッツゾンビになる直前だったんだぞ!」
「そっちですか……」
「それ以外に何がある?」
「やっぱり先輩は先輩ですね」
クスクス笑っている。久々にリサの笑った顔を見た気がした。
「いろいろと秘密にしていたことです」
「人はそれぞれ事情や秘密を抱えている。親しき仲にも多少のミステリアスな部分があった方が楽しいだろ」
「フフフ、それもそうですね。しょせん、わたしは何かを捨てなければ、何かを手に入れられない。そして、大切なモノを捨ててもお父様に敵わなかった……」
「別に生徒会長になれなかったから負けとは、限らないだろ。仮になれたとしても、大事なのはそこから。なった後に何をするかじゃないのか?」
「あの先輩がまともなこと言ってる」
「俺をなんだと思っていたんだ……一つのことがダメになったからって、すべてがダメだと考えるのは現代人の悪い癖だ」
「いつもの先輩じゃない……」
「いいよ、いいよ、いいですよ。それならハッキリ言うぞ。適材適所、得手不得手。得意なことで勝とうぜ! 俺と共にスパッツ業界で天下を取ろう! スパッツ界のヴィーナス誕生!」
「やっぱり先輩はそっちの方がいいですよ!」
「あんまり嬉しくないな」
「褒めているんですよ……先輩は本気でその夢を叶えられると思っているんですか?」
「当たり前だろ。ただ、俺一人では無理だ。だから俺はみんなの力を借りて夢を叶える。俺一人の力に限界はあっても、それは仲間の限界じゃない」
「貪欲で、強欲な純粋さ……憧れます。そんな先輩について行けば、少しはわたしでも変われるんですかね?」
「難しいことはわからん。翌梨次第じゃないのか?」
「わたしは今まで多くの過ちを犯してきました。その事実は変わりませんし、今後も繰り返すかもしれません」
「他人の不幸は蜜の味だっけ?」
「そうです。先輩のスパッツと同様、わたしも定期的に他人の不幸を望んでしまう。そんなわたしが先輩の隣で夢を追う資格なんてあるんですか?」
「頭がいい奴は、簡単なことでも難しく考える癖がある。そんなに蜜が好きなら、ハチミツを食べればいいじゃないか! はい、問題解決!」
「だけど、そんな過去を持つ女……先輩は気にならないんですか?」
「だったら、翌梨が今まで傷つけてきた人数の倍の人を助けよう!」
「倍?」
「難しいことは忘れたけど、世界中の人たちって、意外と繋がりが近いんだよ」
「六次の隔たりですか?」
「そうそう、多分それ! 翌梨が倍の人数を助ける。その助けられた人たちが、他の人を助ける。そうやって繰り返して行けば、その内、翌梨が傷つけた人を助けることに繋がる。ほら、数学の樹形図みたいに永遠に広がり続けるイメージ!」
「間接的に傷つけた相手を助けることができる?」
「そうそう! 二人でやれば、すぐに倍の人数なんて助けられる。だからさ、辛い記憶は、楽しい記憶で塗りつぶそうぜ! 俺たちには無限の可能性があるんだからよ!」
リサが隣にやって来た。
「また、わたしが暴走したら止めて下さいよ」
「大丈夫、大丈夫。もう、翌梨は暴走しないよ」
「無責任すぎますよ……」
「俺は翌梨を信じているからね!」
「バカじゃないですか……」
リサが顔を背けた。
「……わたしの負けです!」
「勝ち負けはどうでもいいよ。肝心のスパッツで天下を取る話は?」
「ご安心を、先輩の夢はわたしが叶えてあげますよ!」
目を擦りながら、振り向く。
「よしっ! それじゃあ、俺は俺の夢を叶える翌梨の夢を叶える!」
「どういうことですか?」
「二人で一緒に夢を叶えようってことだよ! だから、翌梨の夢を教えろよ」
「う~ん……夢……お父様に認められること……お父様を超えること……」
「ファザコンを否定はしないが、もっと何かないのか?」
「今まで、お父様が……お父様の教えがわたしのすべてでしたから。それを取ったら、何も残りませんよ」
サラッとすごいことを言ったな……
「もうさ、お父さんのことはいったん忘れれば?」
「じゃあ、何を信じればいいんですか?」
「俺!」
「それは遠慮しておきます」
「即答かよ!」
青春王道ルートに入ったと思っていたので、これは少しショックである。
「それに……わたしって結構……いえ、かなり依存しますよ」
「それは今までの行動から、なんとなく察しがつく。お父さんへの執着心すごいもんな。じゃあスパッツ! スパッツに依存しよう!」
「何でそうなるんですか?」
「もう放課後だけじゃなくて、いっそのこと毎日スパッツを履こう! そうだ、三百六十五種類スパッツを俺が用意するから、毎日違うスパッツを履こう。そしたら、当然毎日違うスパッツだから、同じスパッツに会えるのは一年後。まるで織姫と彦星。毎日が七夕気分だ!」
「わたしが織姫なのはわかりますけど、先輩が彦星ですか?」
「俺なら年に一度と言わず、どんな手を使っても天の川を渡って翌梨に毎日スパッツを届けるよ。俺から言わせれば、織姫も彦星の愛も所詮はその程度。覚悟が足りないよ、覚悟が!」
「休日はどうするんですか?」
「もちろん、翌梨の家に行くに決まってんじゃん! 大丈夫、一目見たら帰るからさ」
「それはそれで怖いですよ……」
「欲部會たるもの、常に欲望には忠実でないと。これから俺のことは、大成・グリード・大和と呼んでくれ!」
「変なミドルネームですね。あ~あ、そう言えば最近、部室行ってなかったな」
「ああ、日向寺が待ってるから、そろそろ行くか」
「ええっ! 本当に! それを早く言ってくださいよ」
ジュルリッと唇を舌で舐める。
「早くチョコーヒーを飲まないと! ほらほら先輩、さっさと来る! 今日のお菓子はな~にかな!」
「さっきまで深刻な話をしていたのがウソのようだな」
「むむむっ! 欲部會たるもの、常に欲望には忠実でないとダメなんですよ!」
「それじゃあ、部室まで競争するか?」
「ああ、その前に生徒会室へ寄ります! あのままじゃ癪ですから!」
今、俺すごい勇気持って恥ずかしいこと言ったのに、一蹴されたよ……
やっぱり、俺には青春王道ルートは存在しないのかもしれない。




