●変化
休み明けに登校すると、職員室で教師陣からめっぽう怒られた。
四面楚歌とはこのことだ。
少しくらいは褒めてくれてもいいと思うのだが、生徒の安全を一番に考える学校側の主張もわかる。
はいはい、と文句の一つも言わずに返事をして、早々に職員室から逃げ出す。
「おい、あれ!」
「大和だ!」
「マジで怪我してんじゃん!」
「まさか、あのスパッツバカがな~」
いつもと違う視線を浴びつつ、教室へ向かった。
教室でも普段とは違う好奇の目にさらされる。
普段が養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だけに、この変化には戸惑いを隠せない。
原因はわかっている。
文化祭での盗撮魔との死闘。
あれが動画撮影されていたらしく、ネットの某動画サイトに投稿された。
すぐに消されたのだが、時すでに遅し。
流出は止まらず、有名なまとめサイトで紹介され、お祭り騒ぎ。
優秀な特定班の手により、学校と俺の名前が晒された。
盗撮魔にしがみつき、無様に殴られる俺の姿は永遠にネットの闇を彷徨い続けるだろう。
世間に極上のネタを提供し、恥を晒してしまった。
誹謗中傷の嵐かと思いきや、意外にも賞賛の声が多かったのには驚いた。
『熱い! 熱すぎる! 俺はかつて、これほど熱い男を見たことがない!』
『スパッツ愛好家! スパッツ界の英雄現る!』
『ヤベ~、ヤベ~よ! 俺、こんな動画で感動している!』
『命は死にあらがう程、美しく輝きを増す。この青年の命は光り輝いている!』
『やまとたいせい、最高! 俺はお前を称えたい!』
おそらく、この動画を銚吠高校の生徒全員が目にしたはずだ。
その結果、スクールカースト最底辺だった俺は、一目置かれる存在となった。
それは良かったのだが、リサの件……どうしたものか。
とにかくリサが生徒会長になることを阻止しなくてはならない。
文化祭が終わると、生徒会の任期も終わる。七月に役員選挙が行われる。
約一週間、立候補者は選挙活動をし、自分の公約や具体案を知ってもらう。
選挙当日は、体育館で立会演説会が行われるが、それは最終確認。
勝負は選挙活動期間で決まると言っても過言ではない。
立候補者は、推薦人を一人つけられる。推薦人とは支援者である。
立候補者と共に選挙活動をし、応援演説をする。
「推薦人は立候補者のことを良く知り、好印象を与えられるスピーチができなくてはならない。生徒を取り込める人望と人気があり、批判や異議を封殺できるそんな人物が理想的」
以前、リサが言っていた。
また、選挙とは言え、学生である。悪い言い方をすれば、人気投票だ。
そのため、公約も大事だが、いかに生徒たちの心を掴むかが勝負の分かれ道になる。
リサを止めると大見得を切ったものの、どうすればいいのか皆目見当もつかない。
放課後になると事態は、一気に進展した。
「繭が翌梨の推薦人になるだと?」
「うん」
放課後、俺と司は繭に無人の生徒会室に呼び出された。
「だ、だって、繭は司の推薦人になるんじゃないのか?」
「そのつもりだったけど、それじゃダメなんだ」
司は黙って聞いている。
「何がダメなんだよ?」
「ボクは今までずっと大成や司の背中ばかり見ていた。だけど、これからは一緒に横で歩きたい。対等になりたいんだよ。だから、ボクは司と戦う」
「繭の気持ちもわかるけどさ……」
「そもそも、ボクが司の推薦人をやる義務なんてない。頼まれもしない補佐役を、わざわざボクから頼むのもおかしいよ」
もっともな意見だ。
「翌梨はボクの力が必要だと言ってくれた。だから、ボクは翌梨の推薦人になる。司には悪いけど、遠慮はしない。全力で戦うよ」
司と繭は、最強の矛と盾。
この二人ならリサであろうと、簡単に打ち破ることはできない。
しかし、繭がリサに味方するとなると話は変わる。
「それだけ伝えたかった。これはボクからの宣戦布告だ」
「ちょ、ちょっと……」
「いいじゃないか」
初めて司が口を開いた。
「確かに繭っちの言う通りだ。ここは繭っちの自主性を尊重すると共に、成長を喜ぼうじゃないか。自分の信じた道を進めばいい」
「ありがとう、司」
「だ、だけどさ……」
「悪いけど、これから翌梨と作戦会議があるんだ」
そう言い残し、繭は去って行った。
「どうするつもりだ?」
残された俺と司。
「別に推薦人の候補は繭っちだけじゃない。他にも優秀な生徒はいる」
俺には司と繭以上の組み合わせが思い浮かばない。
「全く問題ない。繭っちがいなくても、あたし一人で当選してみせる」
以前、リサは『繭がいなければ司は何もできない』的なことを言った。
それを相当気にしているようだ。
冷静さを失い、強引に成果を上げようとする。
しかし、今回は単純な力技が通じる相手ではない。
「よしっ! わかった!」
「何?」
不機嫌そうな目でこちらを見てくる。
「俺が司の推薦人になろう!」
一瞬、キョトンと固まった司。
しかし、すぐに大笑いする。
「ニャハハハハッ! 大和があたしの推薦人? 冗談は顔だけにしてくれよ」
「冗談みたいな顔で悪かったな。だけど、あの二人に勝つにはこれしかない」
「だったら、あたしは潔く敗北を認めるよ」
「それは司の自己満足だ。このままじゃ、歴代の先輩たちが……お前が守ってきた学校の秩序がすべて壊されるぞ」
「そんなのあたしの知ったことじゃ……」
「ウソだっ!」
司の言葉を遮る。
「俺は司が誰よりも、銚吠高校を愛していることを知っている。お前ほど愛校心溢れる生徒を俺は知らない! そんなお前が愛した学校を翌梨の欲望に使われていいのか!」
「いいわけないだろっ!」
司が吠える。
「ちゃんリサは優秀だ。だけど、同時に危うい面も持っている。歪んだ才能、能力は自身と他者を破滅へと向かわせる」
「俺は翌梨を止めたい。司は学校を、生徒を守りたい。利害は一致したはずだ。敵の敵は味方。俺を頼るのは嫌だと思う」
「当たり前だろっ!」
嫌われていると感じていたが、まさかここまでとは……
「頼れって何? 自分はあたしを頼らなかったのに、あたしには頼れって言うの?」
んっ? どういうことだ?
「一年前、あたしは選挙でお前に負けた。上級生ならともかく、同学年に負けたのは屈辱だった。でも、お前の下で働き始めたら、自分が負けたことにも納得できた! あたし以上に学校や生徒のことを考え、自らが行動する。そんなお前に惹かれていった!」
人がいないとは言え、ここまで感情をあらわにする司を見たことがない。
「あたしがどれだけ本気でお前を信頼し、尊敬していたかわかるか? そして、その信頼を裏切られたあたしの気持ちがわかるか?」
小さい体と声を震わせている。




