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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第四章 文化祭
42/54

●亀裂

「これがわたしのすべてです。こんなことを言ってもいいのかわかりませんが、先輩がわたしの残りの人生に輝きを授けてくれた」

 ジッとリサが俺を見てくる。

「どうぞ軽蔑するなり、罵るなり……それでも気が済まなければ、先輩の好きにして下さい。わたしは甘んじてそれを受け入れます」


 先ほどまで晴れていたのが、嘘のように黒い雲が空を覆い出した。

「あ~、俺は今の翌梨しか知らない。過去に翌梨に何があったか知らん。興味がないと言えば、嘘になるけど、別に知らなくてもいい」

「先輩……」


「俺を騙していた? 別に俺は騙されていたなんて思ったことは一度もない。そんなことばっかり考えていたら、高校生活がつまんなくなっちまうぜ!」

「フフフ……ア~ハッハッハッ!」

 急にリサがお腹を抱えて大笑いした。


「やっぱり、わたしと先輩は違う。楽しい学園生活を送るなんて無理です」

「どうしてだよ?」

「わたしと先輩は、似て非なる人間。わたしが持っていないもの、欲しいものを先輩は全部持っている。だからこそ、先輩に惹かれたのかもしれません」


 風が吹き始めた。

「わたしは……今でも人が絶望した時の表情が忘れられません。人の不幸こそ、わたしにとって最大の喜び。破壊と混沌こそが、わたしの望む世界!」

 以前、リサのことを怖いと思ったことがある。


 あの時は何が怖いのかわからなかったが、たった今わかった。こいつは純粋に破壊することを楽しんでいる。


「翌梨……お前は俺が必ず止める」

「わたしを止める?」

「そうだ!」


「余計なお世話って知ってます? ハッキリ言って迷惑なんですよ!」

「自己満足だってことぐらいわかってる! だけど、俺はお前を止めてみせる!」

「そうやって希望を持たせることが、どれほど罪深い行為なのかわかっていない! ダメなんですよわたしは! 人の幸福を素直に祝福できない! 人の不幸を喜んでしまう!」


 三つ子の魂百まで。

 人格を形成する幼少期に擦り込まれた価値観は簡単には変わらない。

 リサは両親の愛情を知らずに育った。


 父親から洗脳に近い、徹底した英才教育を受けた。

 それは一番にならなくては価値がない、一種の選民思想だ。

 そんな洗脳の中、自分自身を守るために他人を傷つけることを覚えてしまった。


 だけど、そうしないと自分が壊れてしまったはずだ。

 本当は誰よりも優しい女の子のはずだった。誰よりも人の幸福を祝福できて、誰よりも人の不幸を悲しむことができたはずだった。


「契約解消ですね」

 リサは履いていたスパッツを脱いで、乱暴に投げつけてきた。

「やっぱり先輩とわたしは出逢わなかった方が良かった。そうすれば、こんな辛い気持ちを抱かなくても良かったんだから……」


 雨がポツリポツリと降ってきた。

「学校をあるべき姿に戻す。それですべてが終わります」

 いつもとは違う目が俺を見つめる。


「わたしは先輩のすべてを否定して、わたしのすべてを肯定する! 止められるものなら、止めてみて下さい!」

 それが挑発なのか、懇願なのか俺にはわからない。

 去りゆくリサに何も声をかけることができなかった。

 雨脚が強まり、先ほどまで温かかったスパッツが急激に冷たくなっていった……


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