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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第四章 文化祭
40/54

●激闘の後

 夢を見た。

 この感触はスパッツ。そして、これはスパッツ膝枕だ!

 すごくいい匂いがする。肌触りも最高だ。


 視覚……神々が創り出したと錯覚させるほど完成度が高い見た目!

 触覚……モチモチしたスベスベ肌と一体化したスパッツの触り心地!

 聴覚……擦れば奏でられる悠久の音色!

 嗅覚……体の内側が洗われ、昇天しそうな魅惑の香り!


 視覚、触覚、聴覚、嗅覚……そして出来ることなら、スパッツを食べてみたい。味覚も合せた五感すべてでスパッツを堪能したい。

 革靴を食べられると何かの本で読んだことがある。

 ならば、きっとスパッツだって食べられるはずだ。


 スパッツは衣類であり、食材でもあるのだ。

 同時に額に温かい温もりを感じた。額を撫でられているのだろう。

 小さい頃、風邪を引くと母さんがこうやって額を撫でてくれた。

 不思議なもので、そうされると頭の痛みが引いていった。


 子供にとって、母親の手は魔法の手に違いない。

 とどのつまり、男はみんなマザコンなのだ。

 結婚相手に母親と似た人を選ぶ傾向があるそうだが、納得できる。


「ううぅ……」

 重い瞼を開いて、スパッツの主を確認しようとした。

 しかし、視界がぼやけて誰だかわからない。

 そのまま、俺は再び眠りについた。目が覚めた時、外は真っ暗になっていた。


「ぐぐ……」

 上半身を起こすと、体中が痛い。何ヶ所も包帯が巻かれている。

「先生! 目を覚ましました」

「どれどれ?」


 医師と二人の看護師が俺のベッドを囲んでいた。

 訳が分からないまま、診察が始まる。

「うん、今の所、異常は見られないね。ただ、頭部を強く打っているから、明日は精密検査をしましょう」

「え、えっと……」


 話を聞いて、ようやくここが銚吠総合病院だとわかった。

 頭は疑問で一杯だが、体が言うことを聞かない。

 結局何もわからないまま、痛み止めを打たれて、その日は深い眠りについた。


 次の日は朝から検査が行われ、一日中グルグルと院内の施設を回された。

 結果は異状なし。

 健康体に産んでくれた両親に感謝しなくてはならない。

 大事を取って、その日は病院に泊まり、次の日の昼に退院することができた。痛み以外は異常なし。

 急いで待合室へ向かう。


「おお、大和。ハロウィンにはまだ早いだろう」

 包帯を巻かれた姿を見て、鬼瓦先生が笑う。

「お待たせしました」

 知っている顔を見て、少しホッとした。


「顔が悪いが大丈夫か?」

「それを言うなら、顔色でしょ! なんですか、顔が悪いって!」

「すまん、すまん。そこまで頭が回って、話せるなら大丈夫そうだな」


 鬼瓦先生の車に乗ると、煙草の匂いがする。

「家で大丈夫か?」

「学校でお願いします。この時間なら、まだ生徒もいるでしょう」


 文化祭の次の日は日曜日なので学校が休みである。

 月曜日は振替休日になる。

 生徒たちはその二日間で自分たちのクラスや部活の後片付けをするのだ。


「しかし、息子がこんな非常事態なのに、親御さんに連絡が取れないとはどういうことだ」

「いや~、息子の俺が言うのもなんですが、なにぶん変わっている人たちで……」

「大和が変わっているなんて言うとは……よほど変わり者なんだろうな」


「父さんは学会で有名らしいんですが、大学の教授を辞めて、世界中を飛び回っているような人ですからね。母さんはそんな父さんにベッタリです」

「今頃、弟か妹ができているんじゃないか?」

「冗談だと笑えない所が怖いですよ」


 連絡が取れない両親に変わって、鬼瓦先生が俺を迎えに来てくれたのだ。

「でも、そのおかげで休日に先生に会うことができ、車にも乗せてもらえた。俺は嬉しいですよ。ん~、先生の匂いがしますね!」

「ここで降りるか?」


「一応、怪我人なんだから、少しはいたわって下さいよ」

「例の盗撮犯な……常習犯らしく、他でも余罪が見つかったそうだ。後日、警察から大和へ感謝状が贈られる」

 褒められるかと思ったら、ギロリッと睨まれる。


「だが、勘違いするなよ。私は怒っている。一歩間間違えば、怪我では済まない。緊急事態だとは言え、自分を危険に晒すな。もっと教師を頼れ! このバカッ!」

「アハハッ~、すみません……そっすか。ありがたいお話ですが、辞退しておいて下さい」

「私は怒っているが、それとこれとは話が別だ。素直に受け取れ!」


「ん~、結局俺は何もしてませんし、表彰とか苦手なんですよ」

「仕方がない奴だ……断りの連絡を入れておく」

「そうしていただけると助かります」

「ところで、入院生活はどうだった?」


「すこぶる快適でしたよ。普段は予約しても待たされるほど混んでいるのに、順番を飛ばして診察を受けることができた。個室に個別診察、専属の医者と看護師までいました。どれほどの人脈と財力があれば、こんなビップ待遇が受けられるんですかね。まるで誰かが裏で手を回したかのようだ」

 車は市街地に入ろうとしていた。


「……やはり、お前は勘が鋭いな。私に聞きたいことはないのか? 翌梨本人から承諾は得ている」

「直接本人に聞きますよ」

「だから学校へ行くのか」


「一から十まで翌梨のことを教えてもらうのは簡単ですが、それでは意味がない」

「まぁ、承諾は得ているとは言え、裏でコソコソ嗅ぎ回れるのは誰だって嫌だろうな」

「それもあるんですけど、俺は事実よりも、彼女の心を知りたい。本人の口から、本人の言葉で聞きたいんですよ」


 市街地を抜け、通学路へ入った。

「心か……大和は翌梨のすべてを知る覚悟があるか?」

「ずいぶんと大げさですね。覚悟……覚悟ならないわけでもないですかね」

「……わかった」

 車は坂を登り、正門の前を通り過ぎる。


「あれ? 学校に行くんじゃ……」

「翌梨の待っている場所へ向かう。そこで翌梨の心を聞くといい」

 車は大きく方向転換し、海沿いへ走り出した。


 海岸沿いのカフェにリサはいた。

 名物特大パフェの空のグラス、数冊の分厚い本がテーブルに散乱している。

「ここのメニューは全部大盛りで食べごたえがありますね。先輩も何か食べますか?」


「いや、いい」

「教師を足に使うなんて、信じられ……」

「今度は公認会計士の先生をご紹介しますね」

「ここの会計は私が持っておこう」

 先生が伝票を持って、レジへ向かう。


「ふぅ……それでは、少し外を歩きましょうか」

 お腹をさすりながら、散乱している本を片付ける。

 鬼瓦先生が帰った後、俺たちは海岸沿いを歩く。


「病院での生活はどうでした?」

 リサは堤防の上に飛び乗り、両手を広げながら歩いている。

「至れり尽くせり。惜しむべきはスパッツ要素が足りなかったことかな」

 この角度差から見えるスパッツは最高だ。

 俺は隠す素振りも見せずにガン見する。


「先輩らしいですね」

 しばらく沈黙が続く。平日のこの時間帯は人気が少ない。

「先生から何か聞きました?」

「いや、何も聞いてない。直接、翌梨から聞くことにしたよ」


「フフフ、それも先輩らしいですね」

 立ち止まり、ふぅ~と大きく深呼吸をする。

「これより、翌梨リサの全てをお話いたします。果たして、先輩にわたしのすべてを受け入れることができるでしょうか?」


「人間は神様じゃないから、すべてを分かり合うことなんてできないさ」

「そうですね。もし、相手の全てがわかれば、この世から争いなんてなくなりますよ」

「だけど、理解する努力はできると思う。教えてくれよ」

 リサは頷くと、淡々と語り始めた。


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