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翌梨リサは欲深い  作者: 夏蹴礼
第四章 文化祭
39/54

●許せない行為

 本日四回目のスペシャルタイムも大好評である。

 在学生はもちろん、外部のお客さんも多く詰めかけていた。

 これはスパッツ布教活動に腕がなるぜ!


 警備が俺の仕事なので、くまなく会場全体を見回す。

 何人たりとも二つのまなこからのがれることはできない。

 幸い、今まで問題もなく進んでいたのだが、今回は違った。


「んっ?」

 一般客の中に不審な動きをしている奴がいた。

 スペシャルタイムはもちろんだが、美術室内ではカメラ、携帯その他電子機器の扱いを制限させてもらっている。


 静かな空間でデッサンを楽しんでもらいたいのはもちろんだが、一番の理由は盗撮などの犯罪防止だ。

 俺は今まで犯罪スレスレの修羅場を何度も経験してきた。

 そんな俺だからわかる。


 あの動きはおかしい。

 周りはごまかせても、ヤマトアイズは誤魔化せない。

 周りもまだ異変に気づいていない。少し角度を変えて、男の様子を見る。

 うん、あのカバンが非常に怪しい。


「すみません」

「はい?」

 眼鏡をかけたヒョロヒョロした男性客。

「何しているんですか?」

「へっ?」


「とぼけても無駄ですよ」

 強引にカバンを奪い、中を開ける。

「き、君! な、何をするんだ!」

「それはこっちのセリフです! 何ですか、これは?」

 俺の手は小さなカメラを探り当てた。


 周りがざわめき出す。

「か、返せ!」

「ぐえっ!」

 男の攻撃を避けられない辺りが俺である。

 情けない声を上げると共に、倒れ込む。


「うぐぐ……」

 それでも再生ボタンを押し、中身を確認する。

 何たる非道なる行為。

 そこには美術部だけではなく、校内での盗撮の証拠がビッシリである。


「このクズ野郎……ぐげっ!」

 勢いよく立ち上がると、カバンをおもいっきり顔面にぶつけられた。

「このっ……ぐはっ!」


 今度は顔面に男の拳が入る。

 情けないが、その一撃で俺は尻もちをついた。

 喧嘩なんて今までしたことがない。

 あんなヒョロヒョロした弱弱しいパンチでも当たると痛いものだ。

 それを好機とばかりに、男が荷物を持って逃げ出した。


「待ちなさい!」

 リサが男を追うため、走り出そうとした。

「んんっ! や、大和先輩?」

 追いかけようとするリサの手を掴む。


「翌梨たちは他の生徒やお客さんを頼む!」

 すぐに体を起こした。

「で、でも、それじゃあ、あいつは?」

「俺が……必ず、捕まえる!」


 美術室から飛び出したはいいが、あの男、見た目に反して意外と足が速い。

 帰宅部の体力のなさを舐めるなよ……早くも息が切れてきた。

「し、仕方がない!」


 距離は十分詰めた。

 ここなら攻撃範囲内だ。

 右手でスパッツを握りしめる。

 禁断の禁術を解放する。

 これは女の子を傷つける技じゃない。

 女の子を助けるための技だ!

 解放条件『大切な人を守る時』だっ!


「タキオン・スパッツ・ハーフ・フュージョン!」

「わわわっ!」

 男の足にスパッツを途中まで履かせた。

 バランスを崩した男に飛びかかる。

「こ、この! 離せ! 離せ!」


 しがみついた所までは良かったが、何度も殴られる。

 周りの生徒や一般客は何が起こっているのかわからない様子だ。

「お前はやってはいけないことをした!」

「う、うるさい!」

「楽しいはずの文化祭が、お前のせいで台無しだ!」

「ううぅ……黙れ! 黙れ!」


「ぜ、絶対に許さな……ぐえっ!」

 カバンで思いっきり殴られる。

 打ち所が悪かったのか、頭がクラクラしてきた。

 それでも男から手を離さなかったのは、自分で自分を褒めてやりたい気分だ。


「この! この!」

 今度は足蹴りだ。窮鼠猫を噛むとはこのことだろうか。

 先ほどからのダメージが蓄積され、意識が朦朧としてきた。

 どんどん体から力が抜けていくのがわかる。

 あれ? これヤバいんじゃないの?


「さっさと離せよ! お前みたいなリア充を見てると反吐が出る!」

「リア充? ぼっちの間違いだろ!」

 自慢じゃないが、俺とリア充は対極の関係だ。

 数学で言えば、ねじれの位置。決して交わることがない。


「あんな可愛い子たちと楽しい高校生活を送りやがって! ぼ、僕なんか三年間ずっと一人ぼっちだった。蔑まれ、笑われ、バカにされ続けたんだぞ!」

「だ、だからって、盗撮を……人の心を傷つけていい理由にはならない!」

「うるさい! うるさい! うるさい! みんなぼくをバカにしやがって! これは復讐だ! 聖戦なんだよ!」


「なにわけの分からないこと言ってんだよ!」

 頭上から再びカバンが俺を襲う。

 カバンの中身は何やら怪しい機材が多く、硬くて重い。

 カバンが後頭部にヒットした。

 その衝撃で、顔面から床にダイブする。

 鼻からは盛大に血が噴き出す。


「ひゃあ!」

 自分でやっておいて、男は俺の血を見て驚いている。

 何たる小心者。こんな奴に負けてたまるものか!

「ぜ、絶対に離さないぞ! 罪を償え!」

 ゼェゼェ……鼻で息ができないので息苦しい。

 酸素が足らずに、弱っていく魚の気分だ。


 周りに人が集まってくる。

「離せ! 離せ!」

「うぐぐ……」

 誰か早く助けろよ! 俺はもう限界だぞ!

 しかし、悲しきかな傍観者はしょせん、どこまで行っても傍観者。

 ただ俺たちを見ているだけである。


「おいおい、ヤバいんじゃないの?」

「誰か早く止めろよ」

「誰か先生呼んで来いよ」

「これヤベ~よ!」

 他力本願マジ勘弁!


 そこの奴、のんきに動画取ってる場合じゃないぞ!

 その間も男の攻撃は容赦なく俺を襲う。

 何、このサンドバック状態?

「うう! 離せよ!」

 男が泣き出した。


 何が悲しくて、泣いている男に抱きつきながら、殴られなくてはならないのか。

 なんだよ、このカオスでシュールな光景は?

「何でいつも僕ばっかりこんな目に遭うんだ。真面目に生きてきただけなのに、いつも得する奴らは決まっていて、僕ばっかり損をする!」


「じ、自分の人生……か、簡単に諦めるんじゃね~よ!」

 うぅ……マジでフラフラしてきた。

「僕は幸せになる権利があるんだ!」

「そんなもん、誰だってあるに決まってんだろ! 盗撮された子にだって、幸せになる権利がある。お前はそれを奪った!」


「そんな言葉聞きたくない! 聞きたくないよ!」

「お前のような奴は絶対に許さない! 自分の欲望のためだけに人を傷つけるお前を俺は許さない! もっと違う形で欲望を吐き出しやがれ!」

「よ、欲なんてどれも一緒だろうが!」


「違う! 俺は知っている! 純粋で淀みのない欲は美しい。お前の欲は淀んで醜い!」

「な、なんなんだよぉ! お前はよぉ!」

「俺はスパッツ愛好家、大和大成っ! 女の子の味方だっ!」

「ス、スパッツ愛好家?」


「あんただって、スパッツが好きなんだろ?」

 男の攻撃が止まった。

「ほんの一瞬見た盗撮動画。最低だったけど、スパッツ愛が感じられた」

「うう……ああぁぁぐぁぁ……」

 男がむせび泣く。


「だけどお前は大好きなスパッツを自分の手で汚したんだ。スパッツ愛好家失格だ! 罪を償え。そして、今度は胸を張ってスパッツ愛好家を名乗れ!」

「もう無理だよ……君にはもっと早く会いたかった……」

 男はポケットからナイフを取り出した。

 えっ……マジですか?


「いやいや、マジで止めろって! それだけはダメだろ!」

 慌てて男から手を離す。お互い立ち上がり、一定の距離を保つ。

「さすがにそれはダメだから!」

 男は相当追いつめられているご様子。既にお互い体力の限界で終わりは近い。


「大和先輩! お疲れ様です!」

 そんな最悪のタイミングでリサがやって来た。

「バカッ! さっさと逃げろ!」

 俺の制止を無視して、リサが男に近づく。

 止めようとしたが、足が絡まって転んでしまう。


「フゥフゥフゥ……」

 ヤバい、これはマジでヤバい!

 リサと男が対峙する。


「翌梨! 早く逃げろ!」

「先輩、ここまでよく頑張りましたね。後はわたしに任せて下さい」

 視線を俺に向けて、ニッコリと笑う。


「ウウゥゥゥ……ぼ、僕を無視するなぁぁぁぁぁっ!」

 無視された男は、ナイフを大きく振り上げリサに襲い掛かる。

「そんな自分勝手だから、モテないんですよ!」


 一瞬の出来事であった。

 ナイフとリサが交差した瞬間、男は宙に舞い上がり、床に叩き落された。

「ふぅ……一件落着ですね」

「な、何が起こったんだ?」

 男は大の字で気絶している。


 いつの間にか、俺たちの周りには大勢の人だかりができていた。

 すぐに教員たちが駆けつけ、最後は警察の手により男は御用となった。

 俺が覚えているのはそこまでだ。

 緊張の糸が切れ、俺はそのまま意識をなくした。


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