●許せない行為
本日四回目のスペシャルタイムも大好評である。
在学生はもちろん、外部のお客さんも多く詰めかけていた。
これはスパッツ布教活動に腕がなるぜ!
警備が俺の仕事なので、くまなく会場全体を見回す。
何人たりとも二つの眼からのがれることはできない。
幸い、今まで問題もなく進んでいたのだが、今回は違った。
「んっ?」
一般客の中に不審な動きをしている奴がいた。
スペシャルタイムはもちろんだが、美術室内ではカメラ、携帯その他電子機器の扱いを制限させてもらっている。
静かな空間でデッサンを楽しんでもらいたいのはもちろんだが、一番の理由は盗撮などの犯罪防止だ。
俺は今まで犯罪スレスレの修羅場を何度も経験してきた。
そんな俺だからわかる。
あの動きはおかしい。
周りはごまかせても、ヤマトアイズは誤魔化せない。
周りもまだ異変に気づいていない。少し角度を変えて、男の様子を見る。
うん、あのカバンが非常に怪しい。
「すみません」
「はい?」
眼鏡をかけたヒョロヒョロした男性客。
「何しているんですか?」
「へっ?」
「とぼけても無駄ですよ」
強引にカバンを奪い、中を開ける。
「き、君! な、何をするんだ!」
「それはこっちのセリフです! 何ですか、これは?」
俺の手は小さなカメラを探り当てた。
周りがざわめき出す。
「か、返せ!」
「ぐえっ!」
男の攻撃を避けられない辺りが俺である。
情けない声を上げると共に、倒れ込む。
「うぐぐ……」
それでも再生ボタンを押し、中身を確認する。
何たる非道なる行為。
そこには美術部だけではなく、校内での盗撮の証拠がビッシリである。
「このクズ野郎……ぐげっ!」
勢いよく立ち上がると、カバンをおもいっきり顔面にぶつけられた。
「このっ……ぐはっ!」
今度は顔面に男の拳が入る。
情けないが、その一撃で俺は尻もちをついた。
喧嘩なんて今までしたことがない。
あんなヒョロヒョロした弱弱しいパンチでも当たると痛いものだ。
それを好機とばかりに、男が荷物を持って逃げ出した。
「待ちなさい!」
リサが男を追うため、走り出そうとした。
「んんっ! や、大和先輩?」
追いかけようとするリサの手を掴む。
「翌梨たちは他の生徒やお客さんを頼む!」
すぐに体を起こした。
「で、でも、それじゃあ、あいつは?」
「俺が……必ず、捕まえる!」
美術室から飛び出したはいいが、あの男、見た目に反して意外と足が速い。
帰宅部の体力のなさを舐めるなよ……早くも息が切れてきた。
「し、仕方がない!」
距離は十分詰めた。
ここなら攻撃範囲内だ。
右手でスパッツを握りしめる。
禁断の禁術を解放する。
これは女の子を傷つける技じゃない。
女の子を助けるための技だ!
解放条件『大切な人を守る時』だっ!
「タキオン・スパッツ・ハーフ・フュージョン!」
「わわわっ!」
男の足にスパッツを途中まで履かせた。
バランスを崩した男に飛びかかる。
「こ、この! 離せ! 離せ!」
しがみついた所までは良かったが、何度も殴られる。
周りの生徒や一般客は何が起こっているのかわからない様子だ。
「お前はやってはいけないことをした!」
「う、うるさい!」
「楽しいはずの文化祭が、お前のせいで台無しだ!」
「ううぅ……黙れ! 黙れ!」
「ぜ、絶対に許さな……ぐえっ!」
カバンで思いっきり殴られる。
打ち所が悪かったのか、頭がクラクラしてきた。
それでも男から手を離さなかったのは、自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
「この! この!」
今度は足蹴りだ。窮鼠猫を噛むとはこのことだろうか。
先ほどからのダメージが蓄積され、意識が朦朧としてきた。
どんどん体から力が抜けていくのがわかる。
あれ? これヤバいんじゃないの?
「さっさと離せよ! お前みたいなリア充を見てると反吐が出る!」
「リア充? ぼっちの間違いだろ!」
自慢じゃないが、俺とリア充は対極の関係だ。
数学で言えば、ねじれの位置。決して交わることがない。
「あんな可愛い子たちと楽しい高校生活を送りやがって! ぼ、僕なんか三年間ずっと一人ぼっちだった。蔑まれ、笑われ、バカにされ続けたんだぞ!」
「だ、だからって、盗撮を……人の心を傷つけていい理由にはならない!」
「うるさい! うるさい! うるさい! みんなぼくをバカにしやがって! これは復讐だ! 聖戦なんだよ!」
「なにわけの分からないこと言ってんだよ!」
頭上から再びカバンが俺を襲う。
カバンの中身は何やら怪しい機材が多く、硬くて重い。
カバンが後頭部にヒットした。
その衝撃で、顔面から床にダイブする。
鼻からは盛大に血が噴き出す。
「ひゃあ!」
自分でやっておいて、男は俺の血を見て驚いている。
何たる小心者。こんな奴に負けてたまるものか!
「ぜ、絶対に離さないぞ! 罪を償え!」
ゼェゼェ……鼻で息ができないので息苦しい。
酸素が足らずに、弱っていく魚の気分だ。
周りに人が集まってくる。
「離せ! 離せ!」
「うぐぐ……」
誰か早く助けろよ! 俺はもう限界だぞ!
しかし、悲しきかな傍観者はしょせん、どこまで行っても傍観者。
ただ俺たちを見ているだけである。
「おいおい、ヤバいんじゃないの?」
「誰か早く止めろよ」
「誰か先生呼んで来いよ」
「これヤベ~よ!」
他力本願マジ勘弁!
そこの奴、のんきに動画取ってる場合じゃないぞ!
その間も男の攻撃は容赦なく俺を襲う。
何、このサンドバック状態?
「うう! 離せよ!」
男が泣き出した。
何が悲しくて、泣いている男に抱きつきながら、殴られなくてはならないのか。
なんだよ、このカオスでシュールな光景は?
「何でいつも僕ばっかりこんな目に遭うんだ。真面目に生きてきただけなのに、いつも得する奴らは決まっていて、僕ばっかり損をする!」
「じ、自分の人生……か、簡単に諦めるんじゃね~よ!」
うぅ……マジでフラフラしてきた。
「僕は幸せになる権利があるんだ!」
「そんなもん、誰だってあるに決まってんだろ! 盗撮された子にだって、幸せになる権利がある。お前はそれを奪った!」
「そんな言葉聞きたくない! 聞きたくないよ!」
「お前のような奴は絶対に許さない! 自分の欲望のためだけに人を傷つけるお前を俺は許さない! もっと違う形で欲望を吐き出しやがれ!」
「よ、欲なんてどれも一緒だろうが!」
「違う! 俺は知っている! 純粋で淀みのない欲は美しい。お前の欲は淀んで醜い!」
「な、なんなんだよぉ! お前はよぉ!」
「俺はスパッツ愛好家、大和大成っ! 女の子の味方だっ!」
「ス、スパッツ愛好家?」
「あんただって、スパッツが好きなんだろ?」
男の攻撃が止まった。
「ほんの一瞬見た盗撮動画。最低だったけど、スパッツ愛が感じられた」
「うう……ああぁぁぐぁぁ……」
男がむせび泣く。
「だけどお前は大好きなスパッツを自分の手で汚したんだ。スパッツ愛好家失格だ! 罪を償え。そして、今度は胸を張ってスパッツ愛好家を名乗れ!」
「もう無理だよ……君にはもっと早く会いたかった……」
男はポケットからナイフを取り出した。
えっ……マジですか?
「いやいや、マジで止めろって! それだけはダメだろ!」
慌てて男から手を離す。お互い立ち上がり、一定の距離を保つ。
「さすがにそれはダメだから!」
男は相当追いつめられているご様子。既にお互い体力の限界で終わりは近い。
「大和先輩! お疲れ様です!」
そんな最悪のタイミングでリサがやって来た。
「バカッ! さっさと逃げろ!」
俺の制止を無視して、リサが男に近づく。
止めようとしたが、足が絡まって転んでしまう。
「フゥフゥフゥ……」
ヤバい、これはマジでヤバい!
リサと男が対峙する。
「翌梨! 早く逃げろ!」
「先輩、ここまでよく頑張りましたね。後はわたしに任せて下さい」
視線を俺に向けて、ニッコリと笑う。
「ウウゥゥゥ……ぼ、僕を無視するなぁぁぁぁぁっ!」
無視された男は、ナイフを大きく振り上げリサに襲い掛かる。
「そんな自分勝手だから、モテないんですよ!」
一瞬の出来事であった。
ナイフとリサが交差した瞬間、男は宙に舞い上がり、床に叩き落された。
「ふぅ……一件落着ですね」
「な、何が起こったんだ?」
男は大の字で気絶している。
いつの間にか、俺たちの周りには大勢の人だかりができていた。
すぐに教員たちが駆けつけ、最後は警察の手により男は御用となった。
俺が覚えているのはそこまでだ。
緊張の糸が切れ、俺はそのまま意識をなくした。




