●新入部員
銚吠市は県境に位置し、太平洋に面している。そのため日本でも有数の漁業地帯として有名である。
近くには大きな醤油工場があり、昔から新鮮な海鮮物をウリに観光名所としても名が通っていた。
市立銚吠高等学校は、文武両道を目指し、『和』の心を大切にした自由な校風が自慢の学校である。
電車で通学する学生も多いため、登校時と下校時は通学路に行列ができる。
小高い丘の上に位置していることから、地元では『おやま』と呼ばれており、高校名よりも『おやま』の愛称で地域住民に親しまれている。
丘の……山の上にあるから『おやま』なんて安直だが、浸透率を考えるとネーミングセンスのある名前なのかもしれない。
放課後になると約束通り、歴史資料室に足を運ぶ。
「先輩。今現在、我が欲部會が抱えている問題をご存じですか?」
テーブルの上で指を組み、神妙な面持ちでこちらを見てくる。
「安心しろ」
「気づいていたんですか?」
「もちろんだ。これは早急に解決しなくてはいけない問題だ。しかし、既に解決済みだ」
「……さすが先輩ですね」
一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻る。
「だけど、最終決定権はわたしにあります。果たして、わたしを満足させられますかね?」
「フフフ、心配するな! その点も抜かりはない。俺の目と足で厳選してきた」
「これは期待できそ……なんですかこれ?」
「スパッツだよ」
「それは見てわかります。なぜこのタイミングでスパッツなんですか?」
俺が出したスパッツを不思議そうに見つめる。
「欲部會が早急に解決しなくてはならない問題。それは毎日履くスパッツの準備だ。だが、安心しろ。スパッツは俺が用意する!」
「先輩のブレない姿勢は好きですよ。だけど、迫っている問題は違います」
そう言いながらも、スパッツを履いてくれるリサは優しい。
「そうなると、次の問題は部員数か?」
「部の存続よりも、スパッツの方が優先順位が高いのは先輩だけですよ」
「欲部會がなくなったら、スパッツ愛好会を創ろうぜ!」
「そうならないためにも、あと一人の部員が必要です」
他の学校の規則がどうなっているか知らないが、銚吠高校の場合、同好会は一部例外を除き、人数が最低三人必要になっている。
欲部會はリサが創設し、仮認定されただけであり、今月末までに部員を三人にしなくてはならない。
俺とリサに加え、あと一人必要なのだ。
「活動承認通知書を見た時から気づいていたさ。翌梨が声をかければ、すぐに集まるだろ?」
「烏合の衆に興味はありません。少数精鋭、わたしが欲しいのは欲深い人間だけです」
「当てがあるのか?」
「友達と情報の共有ができない孤独な先輩は知らないと思いますが、新入生に面白い生徒がいるんです。同じクラスなので、明日連れてきますね。きっと先輩も気に入りますよ」
「それは楽しみだな」
「だから、スパッツではなく、人の目を見て話して下さい」
次の日の放課後、一人の女子生徒がリサと共に歴史資料室へやって来た。
「こんにちはぁ~」
半開きの目に、パーマのかかった明るめの髪。耳にイヤリングをつけ、セーラー服を着崩し、スカートはやけに短い。
一言で言えば、ギャルである。
「一年の日向寺岬です。よろしくお願いしまぁ~す」
おっとりとした声は聞きやすく、心地よい。
聞く者すべてに癒しを与えてくれる。
屈託のない笑顔が良く似合い、少し天然が混じった独特な空気感を持っていた。
特筆すべきは、短いスカートから出ている小麦色の生足。
いつもなら賞賛の声を高らかにあげたいところだが、俺の頭の中には一つの大きな疑問が浮かんでいた。
「君は……誰だ?」
「もおぉ~、日向寺岬だって言ったじゃないですかぁ!」
プンプンと頬を膨らませる。
「昨日、話した新入部員候補ですよ」
「転入生? それとも、完全な学校部外者か?」
俺の言葉にリサが反応する。
「……どうしてそう思ったんですか?」
「俺はこの学校の全ての女子生徒及び女性職員の太ももと名前が一致する。しかし、彼女の太ももと一致する生徒はこの学校に存在しない! と、言うか日向寺岬なんて生徒知らない」
「とんだ変態発言ですね」
「彼女の足腰周り……俺はこの学校内で、この太ももを見たことがない!」
「呆れる一方で、その観察眼には驚きを隠せません」
「それで、彼女の正体は?」
「フフフ、そう! 彼女は……いえ、彼は男です!」
リサが自慢げに胸を張る。
「……意味がわからないぞ」
本当に意味がわからない。
「女装しているんです」
「リサちゃん、それは違うよぉ」
岬が会話に入ってきた。
「女装は女を装うって書くでしょ? だけど、私はかわいい恰好をしたいだけ。心も体も男で、女の子になりたい願望もないよぉ」
「待て待て待て! 俺の頭が追い付いていない! つまり、日向寺は男なんだな?」
「そうですよぉ」
俺は男の腰周りに興味はない。
スルーしていたので、俺の脳内リストに日向寺岬のデータがないのも当然だ。
確かに着崩したシャツは、ぺったんこである。
「つまり、日向寺は女扱いされたくないんだな?」
「そうそう、そうですぅ。でもでも、可愛い格好はしたいし、可愛いって言ってもらえると嬉しいですぅ~」
「その服はどうしたんだ?」
「ネットで買いましたぁ」
業者にもよるが、男でも在学証明書と購入理由を提示すれば、女子の制服が頼めるらしい。
校則でも『学校指定の制服着用』は義務化されているが、男女どちらの制服とは規定されていない。
「その声は地声?」
「ムフフ、ボイストレーニングの成果ですぅ!」
「最後に……なんでギャルなんだ?」
「だって、ギャルってとっても可愛いじゃないですかぁ~」
「ろくな生徒がいない中、彼のような生徒は極めて貴重です!」
質問が一段落したところで、リサも会話に加わる。
リサは入学当初から、特別な共感覚で学校中の生徒を調べ尽くしていた。
「みんなつまらない生徒ばかりです。何なんですか、この学校は?」
「それが普通なんじゃないか?」
「普通って何ですか? みんな同じなんて、気持ち悪い! みんな欲望を押し殺し過ぎです! そんな人生で燃えますか? 燃えるわけがない! 欲部會に置いては、正常こそが異常。異常こそが正常なんです!」
「クラスでのリサちゃんとは、ずいぶんと違うねぇ」
岬がクスクスを笑う。
「みんないい子ばっかりです。もっとドス黒い欲望の持ち主がいて欲しいんですけど、全然見つかりません。先輩のような、目的の為なら人からどう思われても構わないタイプの生徒が欲しいです」
サラッと吐く毒にも慣れたものだ。
「だけど、日向寺がいた。これで部員問題も解消されただろ?」
今月末までに、もう一人部員を集められなければ、欲部會の申請は取り下げられる。
一度不認可されてしまうと、再度創立させることは大変困難になり、事実上欲部會は永久に消滅する。
「それがそうもいかないんですよ」
「どういうこと?」
「今、すっごく困っていることがあるんですぅ~」
「困っていること?」
「実は先生や生徒会から、女の子の恰好をするなって言われてしまってぇ~」
校則で厳密に記載されていなくても、この世界は常識と言う名の理で縛られている。
当然、岬の恰好や行動が注意の対象にならないはずがない。
「だけどぉ~、学ランよりセーラー服の方が可愛いし、化粧もしたいし、どうにかなりませんかねぇ~?」
岬が上目使いで俺を見てくる。
ネジが一本外れている天然、不思議系男の娘かと思っていたが、そうではない。
岬は現代のテイレシアス。
狡猾で、男心も女心も知り尽くした歴戦の強者だ。
「つまり、俺たちがその問題を解決すれば、欲部會に入るってことか?」
「そうです。何かいい案がありますか?」
「もちろんある!」
「ええっ! 本当にぃ?」
「その前に日向寺はスパッツを履こう。すべてはそれからだ」




