第十四話 生と死と
人狼は突如現れたシャドウゴブリンを警戒し、こちらの様子を伺っている。
対してゴブリンたちもまた、「グギャッ!」「ギギ……」と喚くだけで、動く様子は見られない。
「(全身が痛くて、盾を持つのもしんどいな……。短期戦で、さっさと終わらせるしかねぇか?)」
「何か作戦はあるのかよぉ?」
ヴィンゴの問いにヒイロは何も答えない。
いや、答えられなかった。
そもそも、作戦など何も無いのだ。
この召喚されたゴブリンだけじゃなく、自分の力さえまともに把握していないのに作戦など立てようがなかった。
「(さて、どうするか……。ゲームと違って命は一つだからな。器用にローリングで回避なんて芸当はまず出来ない。何より剣が重くて攻撃すらままならないっていうね……)」
働きもせず、家に引きこもっていたのだから当然と言える。
ヒイロが工事現場のバイトでもしていていたなら、もう少しマシな動きが出来た事だろう。
そんなヒイロの逡巡も束の間、ついに人狼が動き出した。
人狼は目で追えぬほど速いスピードで、ヒイロとゴブリンを囲う様に走り回始めた。
そして隙を見つけては、一匹、また一匹とゴブリンを攻撃し、着実にその数を減らしていく。
「チッ……」
どの方向から襲い来るか分からないその攻撃に、神経をすり減らし冷や汗が流れる。
戦力差が着実に広がっていく中、ヒイロは意を決して攻勢に出る決断をした。
「お前ら一瞬でいい、アイツの動きを止めてくれ! その隙にオレが攻撃を加えて、またゴブリンの数を増やしてやる」
「「「グギャアァァ!」」」
その指示に応える様に、ゴブリンたちはまとまり、体を寄せ合って前進する。
しかし、人狼はゴブリンたちには見向きもせず、一人だけ取り残される形となったヒイロを襲った。
「!? クソッ……」
なんとか盾を翻し直撃は避けたものの、人狼の攻撃はさらに続く。
「(マジかよ……。まさかこっちに来るなんて──)」
自身の思うように事が運ばず、緊張と焦りから心拍数が跳ね上がる。
だが、ゴブリンたちはゲームのCPUとは違い、思ったよりも優秀だった。
ゆっくり前進していたゴブリンたちは、ヒイロに襲いかかる人狼に気づくと、すぐさま反転し飛びかかる。
そして、少しでも隙を作ろうと、人狼の腕や背中に必死でしがみ付いていた。
そんな彼らの努力も虚しく、人狼は一瞬にしてゴブリンたちを薙ぎ払っていく。
それでも、一瞬の隙は作ったのだった。
「ここだぁ!」
次々と消えいくゴブリンたちを見送りながら、ヒイロは息を整え、人狼目掛けて突きを繰り出す。
「ぐあぁっ!!」
そんな決死の覚悟で挑んだヒイロを、まるで虫にでも刺されたかの様に、容易に振り払う。
だが、ヒイロは諦めなかった。
人狼に吹き飛ばされた時、咄嗟に剣を構えたおかげで、さらに一撃を浴びせる事ができたのだ。
五体のゴブリンが消え、二体のゴブリンが新たに召喚される。
「ハァ、ハァハァ……」
ヒイロの体はすでに限界を迎えていた。
昼間の傷が癒えぬ中この戦闘を開始し、さらに傷を増やした事で、もう起き上がる事さえ出来なかった。
「クソ、やっぱ無理だ。ゴブリンを召喚するだけじゃ、どうにもならねぇ……」
そう弱音を吐いている間にも、残った二体のゴブリンは、すぐさま人狼によって討ち取られてしまう。
「(消滅したゴブリンの数は十体。これで、ナヴァが出てきてくれなきゃ負け、だな……)」
「おい、何してやがる! 早く立て! もう、すぐそこまでアイツが来てんだぞ!」
ヴィンゴの喚く声が、キンキンと頭に鳴り響く。
そんな悲痛な叫びと共に、ザスッ、ザスッと近づいてくる人狼の足音──。
それが、またも止まった。
「心配には及びません、私がいます」
シャドウゴブリンたちが残した残骸が、一箇所に集まり幾何学模様を描いていく。
そして、青い魔法陣と共にナヴァが姿を現した。
「まさか、こんなに早く会えるだなんて……。夢にも思っていませんでした」
「ナ、ナヴァお姉さま……!?」
ヴィンゴは声を上擦らせ、突如現れたその存在に驚く。
待ちに待ったナヴァの登場に、ヒイロは横になったまま彼女へ笑顔を見せる。
「やっぱ、オレ……。お前がいなきゃダメみたいだな」
「フフっ♡ 旦那様はすでに私の魅力でメロメロの様ですね」
「それじゃあ、さっさとこの獣を倒して、先ほどの続きをしましょうか」
ナヴァは言い終わると同時に剣を抜き、人狼目掛けてタックルを仕掛ける。
そしてゴブリンロードの時と同様、怯んだところへ一太刀浴びせた。
「グウゥゥゥ……!!」
その斬撃を喰らい、宙返りをして後退する人狼。
ナヴァは刃先に付いた血を落とす様に、地面へと向けて剣を振る。
それが「ピシャッ!」と音を立て、地面を濡らした。
「しかし旦那様、こんな相手に苦戦していたのですか? 人狼はゴブリンロードよりも弱いはずですよ?」
そんな嫌味にも聞こえるナヴァの問いにヒイロは、顔だけを上げて答える。
「だから、ちょっとは戦えてたって……。昼に受けた傷がなければ、絶対倒せてたな。マジで、マジで──」
そんなヒイロの情けない言い訳を聞き、ナヴァは意地悪な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、トドメは旦那様に刺してもらうとしましょう!」
「……え!?」
彼女の突然の一言に、ヒイロはただただ動揺する。
しかしナヴァは、そんなヒイロを無視してゆっくりと人狼へ近づいていく。
野生の本能がそうさせるのか、人狼は勝てない事を悟りながらも、迫り来る驚異を威嚇している。
「フフっ……。逃げ出せば殺される、それを理解しているからこそ吠える事しか出来ない。ホント、可愛らしいこと。」
「や、やっぱおっかねぇな。お姉さまはよぉ……」
味方であるはずのヴィンゴですらも恐怖するナヴァの空気感に、人狼は堪らず背を向けて走り出す。
一閃──。
「グギャァァァァッ!!」
けたたましい咆哮を上げ、人狼は崩れ落ちる様に倒れた。
ナヴァはヒイロの元へと人狼を引きづり、暴れられない様に右手を剣で串刺しにし、左手は盾で踏み付けている。
「さぁ、旦那様。トドメを刺してあげて下さい」
「い、いや……。でも──」
ナヴァの物より一回り小さい自身の剣を渡されるも、ヒイロは人狼にトドメを刺すのを躊躇している。
そんなヒイロを宥める様に、ナヴァは優しく声をかけた。
「安心して下さい、旦那様。これから沢山の命を奪うことになりますが、コ《・》レ《・》はその始まりに過ぎません。じきに慣れます。さぁ──」
そう言ってナヴァはヒイロの手を取り、剣を人狼の腹へと突き立てる。
「グウゥ、ギィヤァァァ……!!」
人狼の叫び声に似た咆哮と共に、血飛沫が上がる。
鮮血が顔や服を染め上げていく中、ヒイロは初めて拍動に終止符を打った。