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心配症な王女と意外な事件の解決

 ある日、城下から離宮に帰ってきたセラフィーネが諸々の所用を済ませてサロンに入ると待機しているはずのジェラルドの姿がどこにもないことに気が付いた。


「ジェラルドはいないの?」


 目敏い彼女の言葉にエレノアはビクリとしながら、力なく「ええ……」と呟く。

 態度のおかしいエレノアを見た彼女は、すぐにジェラルドが作戦を決行しに行ったのだと悟る。


「決行日に主人に何も言わずに出て行くなんて薄情だわ」


 一言くらいあってもいいのにとセラフィーネは頬を膨らませた。

 彼女の言葉でジェラルドが不在の理由を悟られたと知ったエレノアは主人の機嫌を取るために優しげな声で話しかける。


「ぼったくり店の首謀者を捕まえるということは、多少なりとも戦闘があるということでしょう。そうなれば、姫様がご一緒だと危険に巻き込むことになりかねません。ですから、何も言わずに出て行ったのですよ」

「いいえ、違うわね。今回は外野として大人しくしていると約束したもの。私に言わなかったのは言ったら私が付いて行くと思ったからよ。そのようなことをしなくても、お留守番くらい私にだってできるというのに」


 拗ねたような口調のセラフィーネであったが、どこか傷ついたような表情を浮かべている。


(この間は尊敬しているとか言っていたのに、私は信用されていないのかしら。そりゃあ、色々と首を突っ込むところはあるけれど、それはジェラルドが側にいてくれるからよ)


 絶対にジェラルドが守ってくれるという信頼があるからだ。

 恋をしているという点を差し引いても、彼は肉体的にも精神的にも強い男である。

 やむを得ず戦いになったときでも、彼が膝をついたところなど見たことがない。

 いつだって涼しい顔で敵を薙ぎ倒してきた。

 そんな彼がセラフィーネの近衛騎士だなんて誇らしいと彼女は思っているというのに。

 秘密にされていたのが思いの外、心にくる。


「ジェラルドの馬鹿……」


 悲しさと悔しさからか、セラフィーネの目には涙が浮かんでいる。


「……姫様」


 傷心中のセラフィーネを見てられず、エレノアが己のハンカチをそっと差し出した。

 無言でそれを受け取った彼女は遠慮することなく盛大な音をたてながら鼻をかむ。

 言っておくが、彼女のではなくエレノアのハンカチである。

 どんな状況であっても、彼女の神経は割と図太い。


「はあ……鼻をかんだら落ち着いたわ」

「それはようございました。ジェラルドが帰ってきたら、姫様を傷つけた罪でボコボコにしてやりましょう」

「……そうね。ジェラルドが震え上がるくらい凄んでみせるわ!」


 やってやるわよ! とセラフィーネとエレノアは拳を上げたのだった。



 けれど、セラフィーネの意気込みも虚しく、ジェラルドがその日、離宮に帰ってはこなかった。

 連絡もなく離宮に姿を現さないことなど今まで一度もなかったのに、何の音沙汰もない。

 しかも、外界から隔離されたこの離宮には外の情報は入ってこない。

 まさか彼の身に何かあったのでは? と心配したセラフィーネはエレノアに頼んで王城の連絡係に文を渡してもらうことにした。

 しばらくして連絡係から返信が届き、彼女はエレノアが差し出した文を素早く受け取って中を確認する。

 だが、読み進めていく内に彼女の期待に満ちた表情は、どんどんと暗いものに変わっていった。


「そのご様子だとジェラルドのことは教えてもらえなかったようですね」

「……ええ、彼は何も知らないと書かれていたわ。……けれど昨晩、王都で"何か"があって城は朝から慌ただしいとも書かれていたわ。だから、私に割ける時間はありません、とのおまけ付きでね」

「ということは、ぼったくり店の首謀者を捕まえること事態は上手くいったということですね。協力者して下さった騎士達に感謝しなければ」

「ええ。本当に」


 作戦が成功したのは喜ばしいが、ジェラルドがいないことがセラフィーネは気掛かりだった。

 怪我をしているのではないか。捕まっているのではないか。ご飯はちゃんと食べさせてもらっているのか。

 嫌な考えは出来る限りしないようにしながら、彼女はただひたすらにジェラルドの無事を祈っていた。

 心配しすぎて顔面蒼白になった彼女の震える手をエレノアが優しく握る。


「大丈夫ですよ。ジェラルドはしぶとい男です。姫様の目の届かない場所で怪我をするわけがありません。きっといつものように飄々と帰ってきます」

「……ええ、そうよね。帰ってきたら、心配をかけたことを叱ってやらないと」

「姫様の当然の権利です。……ああ、そうです。時間はありそうですから、刺繍をしてみてはいかがです? そろそろお金が必要になる頃では? それに、良い気分転換にもなりますよ」

「そういえば残りが少なくなっていたわね。確かに刺繍をしていたらあれこれ余計なことを考えずに済みそうだわ」


 エレノアと会話したことで、いつの間にかセラフィーネの手の震えは収まっていた。

 そう、ジェラルドはこんなことでいなくなるような男ではない。

 きっと元気な姿を見せてくれると彼女は信じていた。


 けれど、翌日も翌々日もジェラルドは離宮に戻ってくることはなかった。

 さすがにこれは時間がかかりすぎである。

 気を紛らわすために始めた刺繍はすでに五つも出来上がっている。

 これ以上の逃避は精神的にも無理だった。

 刺繍道具を乱暴にテーブルに置いたセラフィーネは、勢いよく立ち上がる。


「もう我慢できないわ! 城下に行ってジェフから話を聞いてくる!」

「姫様!?」


 我慢の限界を超えてしまったセラフィーネはエレノアが止めるのも聞かずに隠し扉のある塀に足早に向かっていく。

 追い縋るようにエレノアが追っていくが、強い意志を持つ彼女を止められない。


(ちょっと聞いて帰ってくるだけなんだから平気よ!)


 興奮状態のセラフィーネが隠し扉を開けた瞬間、現れた人物を見て彼女は体を硬直させた。

 突然開いた扉に驚き、目を丸くしている男性がそこにいる。

 彼女の目が確かならば、目の前のいるのはジェラルド・バークス本人。

 ポカンと口を開けている彼女の顔は間抜けであったが、ずっと安否を心配していた相手が立っていたのだから仕方がない。

 元気そうな彼の姿に見る見るうちに彼女の目に涙が溜まっていく。


「ジェ、ジェラルド……」


 三日ぶりのジェラルドに感動していたセラフィーネであったが、すぐに真顔になって彼の足元に目をやった。


「生きてます。生きてますから、人を幽霊と勘違いしないで下さい」

「ほ、本当にジェラルド? 誰かの変装とかではなく?」

「はい。正真正銘のジェラルド・バークスです。確かめますか?」


 そう言って、ジェラルドはセラフィーネに向かって両手を伸ばしてくる。

 涙が頬を伝うのも構わず、彼女は伸ばされた手ではなくジェラルドの体に飛び込んで背中に両腕を回した。

 まさか抱きつかれるとは思わず、彼は表情を変えることもできず固まっている。

 セラフィーネは無事を確認できた安心感からか、彼の変化にまったく気付く様子もなく声を荒らげた。


「今までどこで何をしてたの! 怪我をしたのではないかと心配していたのよ! 連絡役に聞いても教えてくれないし、貴方の身に何かあったのではないかと気が気じゃなかったのだから!」

「心配をおかけして申し訳ありません。あと、泣かせてしまったこともお詫びします」

「そうよ! もっと謝りなさい! 馬鹿!」

「連絡手段がなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんでした」


 セラフィーネはジェラルドの胸元に顔を埋めて泣きじゃくっている。

 泣きながら抱きしめている状態の彼女の背中にジェラルドはそっと腕を回そうとしていたが、鬼神の如く禍々しいオーラを放っているエレノアを見て手を止めた。

 行き場のない手を彷徨わせた彼は、できるだけエレノアの方を見ないようにしながら頭に手を置く。


「……泣くほど俺の無事を喜んでくれるとは、近衛騎士冥利につきますね」

「それだけじゃないわよ……!」

「……そうですか。ですが、そろそろ解放してもらえると助かります。先ほどからエレノアが殺さんばかりの目で俺を見てるので。それに、今回の件の報告もありますし」

「……………………分かったわ」


 非常に名残惜しいが、セラフィーネはジェラルドの背中に回していた手を離して彼から距離を取った。

 みっともない顔を見せたくなかったので、彼女は乱暴に涙を拭うと、深く深呼吸をする。

 それだけで、彼女の心は大分落ち着きを取り戻していた。


「じゃあ、ひとまず部屋に入るわ。そこで洗いざらい全部吐いてもらうからね」

「はい。全てお話しします」


 離宮に戻っていくセラフィーネの背後では、ジェラルドを憎らしげに見上げているエレノアが彼の鳩尾に一発お見舞いしていた。

 主人を泣かせてしまった罪悪感から彼は甘んじてその攻撃を受け、意外と強い衝撃に前のめりになる。


「良い……拳を、お持ちです、ね」

「次はありません」

「肝に、命じておきます」


 セラフィーネは背後でそんなことが繰り広げられているとは露知らず、動く様子のない彼女達を急かしていた。


 そうして離宮に戻り、ソファに腰を下ろして一息入れたところで、ジェラルドから今回の経緯を説明される。


「作戦自体は何の支障もなく無事に進みました。ですが、最後の最後でちょっとした戦闘になってしまい、王都の騎士達が呼ばれてしまいまして。それで、こちらと王都の騎士とで言い合いになって」

「まさか、首謀者に逃げられたの!?」

「いえ、別の出口から逃げようとしていたのを待機していた元同僚が取り押さえてくれました。ですが、その首謀者というのが王都内の一般市民の中でも偉い人物だったことで、予想外にことが大きくなってしまったのです。俺は事情聴取のために騎士団の詰め所に缶詰にされるわ、なぜあそこにいたのかをきつく尋問されるわで大変でしたよ」

「悪者を捕まえたのに、どうして貴方が尋問されるのよ」


 本来であれば褒められる行いのはずだ。

 まるでジェラルドが罪人であるかのような扱いである。


「それは、俺が一部の騎士団の上司や同僚から疎まれているからでしょうね。あまり功績を上げて欲しくないんですよ。だから、今回のことは騎士団が主導となって捕まえたことにされました」

「横取りということ! ジェラルドはそれでいいの?」

「構いません。あまり目立ってしまうとセラフィーネ様の近衛騎士から外されてしまいますからね」

「え!? ……そ、そう。そんなに私の近衛騎士にやりがいを感じてくれていたのね」


 平常心を装っているが、セラフィーネの心の中では祝福するかのような音楽が鳴り響き、紙吹雪が舞っている。

 深い意味はないというのに、好きな人から言われると彼女はすぐに有頂天になってしまう。

 知らずうちにピンク色のオーラを出していたセラフィーネを現実に戻すため、エレノアが二人の会話に割って入った。


「なるほど。だから、三日も帰ってこられなかったんですね」

「はい。尋問を受けていたため、連絡を取ることも出来なかったのです。その点に関しては申し訳ないと思っています」

「まあ、無事に帰ってきたのですから。それに姫様が何も仰ってないので、私が文句なんて申し上げることはできません。ですが、やけにあっさりと事件が解決しましたね」

「それは俺も驚きです。まさか、あんなに上手く行くとは思いもしませんでしたよ。相手が迂闊だったといえばそれまでですが」


 ジェラルドは上手く行きすぎたことに違和感を覚えているようだが、セラフィーネには気になることがまだあった。


「ねえ、あのお店はどうなるのかしら? 働いていた女性達は? まさか捕まったりしてないでしょうね?」

「それなら大丈夫です。あの店は潰れましたし、店から見つかったお金は被害者に返すことで決着してます。店員の女性達も脅迫されていたということで、注意だけで済みました」

「良かった……。なら、今度城下に行ったときに馴染みの店で雇ってもらえるように頼まないとね」

「ああ、それなら真っ先に手を挙げてくれたエイムズ伯爵が責任を持って再就職先を斡旋してくれるそうですよ」


 エイムズ伯爵。

 その名前を聞いた途端に、セラフィーネはあまり良くはない出来事を思い出して眉を顰めた。


「どうかしましたか?」


 セラフィーネの変化を心配したジェラルドの問いかけに、彼女は少し機嫌が悪そうにしながらも口を開く。


「……私を病弱ということにして離宮に置くようにお父様に進言したのは彼なのよね」

「そうだったんですね。慈善事業を率先して行う模範的な貴族だと思っていたのですが」

「国のことを考えれば妥当な判断だとは思うけれど、あまり良い印象がないだけよ。彼にしたら王であるお父様が一番大事なのだから、恨むのはお門違いだわ」


 セラフィーネには思うところがあるが、貿易で財を成し、率先して慈善事業に乗り出しているエイムズ伯爵であれば、下手な再就職先を紹介することもないだろう。

 貴族としての評判も良いことを踏まえて、彼女はそれとこれは別だと気持ちを切り替えた。


「私の話はこれでお終い。色々とあったけれど、無事に事件は解決したわね。ジェラルドの功績にならなかったことだけが残念だけど、困っている人を助けることができたことを喜ばないと」

「そうですね。けれど、今回の件が無事に解決したのはセラフィーネ様の策のお蔭ですよ」

「何を言ってるの。私が策を考えても協力してくれる人達がいなければ、どうにもならなかったわ。だから、これは全員の力によるものよ!」

「本当に、貴女という人は公平な目をお持ちですよ」


 目を伏せて苦笑しているジェラルドであったが、口調はとても優しいものであった。

 騎士団が出てくるという予想外なこともあったものの、悪者を捕まえられて良かったとセラフィーネは微笑む。


 けれど、これが後に王国内を揺るがす大事件の幕開けであったとは、このときの彼女達は知る由もなかった。

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