作戦立案
帽子屋の親子から話を聞き終えたセラフィーネは店を出て、目的もなく歩きながら今後のことを考えていた。
(上手く首謀者だけを捕まえるとなると店に行く必要があるのだけれど、開くのは鐘が鳴った後……。私が行くのは無理だわ。……いえ、一度くらいなら)
バレないかも、と思ったが、そもそも女性が立ち入れる店なのかどうか。
女性が客引きをしているとなると、対象は男性。
セラフィーネでは門前払いをくらう可能性がある。
諦めに近いため息を吐いた彼女は、何の気なしに横にいるジェラルドを見上げた。
「……いっそ、ジェラルドにお店で暴れてもらおうかしら」
「物理で解決しようとするのは止めて下さい。セラ様、頭は良いんですから、ちゃんと考えてもらえますか?」
「頭"は"って何かしら! 私は頭も顔も性格も良いのよ! 失礼しちゃうわ」
「ええ、そうでしたね。セラ様は全てが完璧な方でした」
「まったく心がこもってない言葉をどうも……!」
慣れたように軽口を叩き合っているが、事態は一歩も前には進んでいない。
再度、首謀者を捕まえる策はないかとセラフィーネは考えるが、どれも実現可能なものではなかった。
良い解決策が思い浮かばずに頭を掻き毟っていると、彼女の目に国境から戻ってきていたであろう騎士の姿が飛び込んできた。
王都の騎士の多くは制服をキッチリと着ているが、国境に配属されている騎士は着崩す傾向が多いので間違いない。
途端に彼女はこれだ! と閃いた。
「そうよ。何も私が関わらなくても、首謀者を捕まえることはできるわ!」
「ほぅ。どうやってですか?」
振り向いたセラフィーネはまるで悪巧みを思い付いたような笑みを浮かべた。
彼女の顔を見たジェラルドは嫌な予感しかしない。
そして、その予感は見事に的中してしまう。
「騎士を巻き込めばいいのよ。今なら国境にいる騎士が報告のために王都に来ているでしょう? 中には前の貴方の同僚もいるだろうし、仲が良かった人達に協力してもらえばいいのよ」
「被害者を増やすということですか?」
「違うわよ。平民の格好をして行ってもらえば、貴族や騎士とは思われない。お店の連中は観光にきた旅行客辺りだと見るでしょうね。奴らの格好の餌食。つまり、被害者達と同じようにぼったくろうと考えるはずよ。支払いのときに脅迫されたら、その時点で首謀者を捕まえてもらえば彼らは被害者にはならないもの」
「つまり、潜入捜査をしてもらうわけですね」
その通りだ。
ジェラルドやエレノアから教えられていたこともあって、アレンス王国の騎士や貴族事情に詳しくなっていたので思い付いた策である。
平和な王都で甘えている騎士と違って、国境を守っている騎士は気性が荒く好戦的で義理人情に厚い。
その分、平民に扮せば簡単に貴族だとはバレないし思われない。
中には上位貴族の子息もいるので、上からもみ消される心配もなかった。
「ということで、ジェラルドの元同僚の中で上位貴族の子息はいるかしら?」
「……いますよ。ですが、良い理由が思い浮かびません。セラ様のことを隠しながら、どうやって協力させればいいのか」
「あら、簡単よ。貴方の大事な友人が被害に遭った。助けたいけど自分にはどうすることもできないから力を貸してくれと頼めば良いだけよ」
良い理由だとセラフィーネは思ったが、ジェラルドは一瞬だけ傷ついたような目をする。
「……セラ様から言われると、普段はまったく気にしていないのに王都にいる一部の上司や同僚から疎まれているという事実が胸に突き刺さりますね。貴女から力がないと言われると情けなく思います」
やけに弱気な発言である。
いつもの飄々としたジェラルドからは考えられない言葉だ。
そんなに傷ついたのかと思ったセラフィーネは、彼をフォローしようと口を開く。
「対外的にはそうかもしれないけれど、私は貴方に力がないとは思っていないわ。いつだって私を守ってくれるのはジェラルドしかいないもの。私の命を預けられるのは貴方だけ。さっきのは貴方の立場を考えて理由を作ったに過ぎないのだから」
セラフィーネの言葉に目を瞬かせたジェラルドは、ハッとした後で素早く視線を逸らして片手を口に当てた。
目を閉じて何度か深呼吸をすると落ち着いたのか、居心地が悪そうに頭を掻いている。
だが、再び彼女と目を合わせたジェラルドは普段通りの彼の表情に戻っていた。
「そうですね。セラ様をお守りできるのも止められるのも俺しかいませんからね」
「言い方に棘があるわ」
「事実でしょう? 困ってる人を助けるためとはいえ、セラ様はすぐに問題に首を突っ込むところがありますからね」
「だって放っておけないのだもの!」
「それは分かりますが、今回は外野でいて下さいよ。ここまで大きな事件は初めてなんですから」
いいですね? とジッと見られてしまえば、セラフィーネが反論することなどできない。
彼女の恋心を利用した素晴らしい策である。
「……分かっているわよ。今回は外野として成り行きを見守ってあげるわ」
「そうなるといいんですけどね」
「私の前に困っている人が現れない限り動かないわよ。……ということで、ぼったくり店の首謀者を捕まえてやりましょう! 悪者は退治しないとね」
「……それ、八割方動くのって仲の良い同僚達と俺ですよね」
「作戦の立案者は私なんだから細かいことはいいの! さ、帰って詳細を詰めるわよ」
まだ鐘は鳴らないというのに、セラフィーネは生き生きとした表情を浮かべながら城の隠し扉に向かう。
彼女の後ろ姿からは毎日が楽しい幸せだと生きがいを感じていることが見てとれる。
その姿をジェラルドは目に焼き付けるように魅入っていた。
「本当に、貴女は愛らしくて気高い方ですよ……」
ジェラルドの漏らした本音は風に掻き消え、誰の耳にも届かなかった。
離宮に帰宅後、エレノアを交えながらどうやって首謀者を捕まえるのかを話し合った。
店主が雇われていただけだった場合、黒幕は他にもいること。
その場合、銀細工職人の老人が言っていた"身なりの良い男"が怪しいこと。
彼が店内に入った後で協力してくれる騎士達に乗り込んでもらった方がいいという話になった。
また、乗り込んでもらう騎士だが、そちらはジェラルドが声をかけるとのこと。
義理人情に厚い人間達なので、快く引き受けてくれるだろうと言っていた。
かくして、ぼったくり店の店主と黒幕を捕まえる策は出来上がった。
その後も城下に行って情報収集をしたり、ジェラルドが元同僚達に声をかけたりしながら時間が過ぎていく。
作戦立案から数日後、城下に出たセラフィーネは彼に連れられて大衆食堂へとやってきていた。
「あちらの方々が協力してくれる騎士達なの?」
セラフィーネの視線の先には真っ昼間から豪快に酒を飲み、楽しそうにしている数名の厳つい男達。
厳しい環境で国境を守っているだけあって体格は良く、強そうである。
けれど、鍛えられすぎてて平民には見えない。
「ちゃんと平民に見られるか心配になるほど強そうね」
「大丈夫です。大工だとか、鍛冶職人だとか、傭兵とか色々と言い訳は作れます」
「確かに、今上がったのは屈強な人が多い職業だけれど」
「それに、王都の騎士のような喋り方でもありませんしね。少々、なんというか……乱暴な物言いをする者達ですので」
ジェラルドの説明を聞きながら、横目で彼らを見ていたセラフィーネは温くなったミルクティーを口に含んだ。
(ふ~ん。騎士といっても、色々な人がいるのね。王都の警備担当騎士はどちらかというと高圧的で偉そうだけど)
身分によって配属先が変わることもあり、平和な王都にとって警備を担当する騎士の重要度はそれほど高くない。
よって、下位貴族が多く配属されている。
そういった者達の中には日々の鬱憤をはらそうと一般人に強く出る者が多い。
中には真面目な者もいるのが救いではあるが。
「言葉遣いに関しては別に気にしないわ。そういう口調の人と話すのは慣れているもの。でも私が直接、お話をする機会がないのが残念だわ。国境を守っていたジェラルドの話を聞けると思ったのに」
「日々の仕事をこなしていただけで面白味はありませんよ」
「あら、面白いかどうかを決めるのは私よ。それに、ジェラルドの女性関係を聞かないと」
「それ、絶対に目的は後者ですよね」
白けた空気を感じ取るが、セラフィーネにとっては確認すべき最重要課題だ。
付き合っていた女性がいるのならば、どういったタイプが好みなのかを知る必要がある。
少しでもジェラルドの好みに近づきたいという健気な思いからであった。
こんな会話を知らない向こうのテーブルでは、ガハハと豪快に笑いながら店員に酒のお代わりを求める協力者達の姿があった。
ちょっと短くなったので、見直しが終わったら明日、更新する予定です。




