エイムズ伯爵の倉庫
フレデリクと再会した二日後、約束していた時間の少し前にセラフィーネとジェラルドは港へやってきた。
だが、呼び出した張本人の姿が見当たらない。
「フレデリクお兄様は、まだ来ていないみたいだわ」
「予定がずれ込んでいるのかもしれません」
「指定してきたのはあちらなのよ。まったく……。早くローラ達を見つけてあげたいのに」
今すぐにでもエイムズ伯爵の倉庫を見て回りたいセラフィーネは、ソワソワと歩き回っている。
ジェラルドは落ち着かない彼女に冷静さを取り戻させようと口を開く。
「誘拐された女性達が心配なのは分かりますが、我々だけでは危ないですよ。殿下の到着を待ちましょう」
「それは分かっているけれど、エイミーとの約束もあるからジッとしていられないのよ」
エイミーの名前を出されたジェラルドは悲しげに目を伏せる。
実はフレデリクとの話し合いの翌日、彼女に姉のローラが誘拐された可能性が高いことを知らせていた。
秘密裏に動こうと決めていたので、フレデリクが関わっていることは教えられなかったが、それでも彼女は知らされた事実に泣きじゃくってしまったのである。
下手に慰めても、余計に心の傷が深くなるのではないかと思ったセラフィーネは、ただ彼女の手を握るくらいしかできなかった。
そして、こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、彼女は強い眼差しを向けてきた。
『お願い。お姉ちゃんを助けて』
痛いぐらいにセラフィーネの手を握り、切々と訴えるエイミーに応えようと、彼女は「絶対にローラ達を見つけてみせるわ」と約束をしたのである。
ということがあったので、余計にセラフィーネは使命感に燃えているというわけだ。
彼女は港の入り口を睨み付けるように見ながら、フレデリクがやってくるのを今か今かと待ち侘びている。
そんな彼が姿を現したのは、セラフィーネ達が到着したときにやってきた荷馬車が荷下ろしを終えて港を出て行こうとしていたときのことだった。
護衛も付けずに姿を見せた彼は、悪びれる様子もなく手を挙げて挨拶をしてくる。
しかもご丁寧に黒髪のカツラをかぶっていた。
遅刻している彼の優雅な登場に彼女は腹立たしさを覚える。
「遅いわよ!」
「貴族に呼び止められて長話に付き合わされてしまってね。これでも急いで来たんだが」
「優雅に歩いて来たように見えたけれど?」
「目立たないようにしていただけだ。さ、言い合いをして時間を食うのも嫌だし、早く倉庫に向かおう」
まだまだ文句は言い足りなかったが、セラフィーネ自身の不満をぶつけている場合ではない。
何となく上手く煙に巻かれた気がするが、まずは目的を果たそうと彼女は歩き出したフレデリクの後に続いた。
「ところで、騎士を連れてくるのではなかったのかしら?」
「もちろん連れてきている。見た目が見た目だから、少し距離を取ってもらってるんだ。ほら、あそこの建物の影のところ」
フレデリクの視線の先をセラフィーネが見てみると、一般人の服に変装した屈強な男が一人壁にもたれかかっているのが見えた。
「数名ではあるが、他にも連れてきている。だが、報せを飛ばせばすぐに騎士団から応援がくるから安心してほしい」
「それなら大丈夫ね」
ホッとしたセラフィーネがフレデリクから意識を逸らすと、何やら興味深い話をしている人達の声が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? また女のすすり泣く声が聞こえたんだとよ」
「ああ、倉庫街のとこからだろ? ここ最近、ずっとだよな」
「不気味ったらありゃしないぜ。そのせいで夜は誰も近づけねぇ」
それは誘拐された少女達の泣き声なのではないだろうか、とセラフィーネは彼らからもっと詳しい話を聞き出したかった。
だが、彼女たちはあまり目立つような真似はできない。
歯軋りしながら、聞き流すことしかできないのが彼女は悔しかったが、重要な話を聞くことはできた。
「倉庫街で女性のすすり泣く声、ね。これは間違いなく――」
「誘拐された女性達の可能性が高いだろう。どこら辺から聞こえてきたのか気になるが、まずはエイムズ伯爵の倉庫に行ってみよう」
「そうね。"また"と言っていたということは、少なくとも彼女たちがまだ捕らわれている可能性があるということだもの。エイムズ伯爵の倉庫に行けば声が聞こえてくるかもしれないわ」
そんな会話をしながら、セラフィーネ達はエイムズ伯爵の所有する倉庫に到着する。
伯爵の倉庫は見た目は普通の倉庫であったが、他の倉庫の通りとは違い人通りが少ない。
「貴族の倉庫だから、こんなに人気がないのかしら。まあ、調べるには助かるけれど」
「見咎められることはなさそうですね。この隙に色々と調べてしまいましょう」
「どこに何があるのか分からないから、セラフィーネは気を付けるんだよ。バークスは別に気にしなくてもいいが」
「了解致しました」
涼しい顔をして答えるジェラルドを見たフレデリクは面白くなさそうに眉を顰めるが、意識を集中させていたセラフィーネはまったく気付く様子もない。
こうして、エイムズ伯爵の倉庫を外から調べ始めたのだが、昼間ということもあって遠くから聞こえてくる人々の声のせいで倉庫内の音が聞こえにくい。
こうなったら、壁に耳を当てるしかないと思ったセラフィーネは、周囲に人がいないのを良いことに、エイムズ伯爵の倉庫に近寄り耳を寄せる。
そして、ある箇所に差しかかったところで彼女は足を止めた。
(あら? 壁の中から風が漏れてるわ……。他の場所は何もなかったのに、ここだけどうしてかしら?)
明らかにおかしいと思ったセラフィーネは、付近に耳を付けて風が吹き付ける場所を捜索する。
そうすると、ある一定の場所の壁から風が漏れていることに気が付いた。
「隙間なんてないはずなのに風が吹いているなんておかしいわよね」
セラフィーネの言葉に付近を見ていたジェラルドとフレデリクが寄ってきて、彼女がくまなく捜索していた壁に手を当てる。
すると、確かに不自然に風が漏れている場所があった。
手に当たる風の感触からレンガの継ぎ目から風が漏れているらしく、彼らが手を当てながら辿っていくと、一周したところで人一人が入れそうなくらいの大きさになることが判明する。
顎に手を当てて考え込んでいたジェラルドは「もしかして」とポツリと呟いた。
「この大きさからすると、これが隠し扉なのかもしれませんね」
「でも、押してもなんともないわよ? 取っ手もないし」
セラフィーネの言う通り、風が漏れている壁は他の場所と同じで外観上は変わったところがない。
けれど、ジェラルドが風が漏れている場所とそうでない場所を強く叩くいてみたところ、微妙に鳴る音が違っていた。
「この部分だけ作りが違うようですね。押してみても動かないところを見ると、どこかにスイッチがあるのかもしれません」
「レンガで偽装しているのかしら? もしかしたら、ここら辺とか押したら開いたりして」
口にしながらセラフィーネは適当に押していくが、残念なことにレンガは凹みもしない。
当てが外れたことで頬を膨らませた彼女は苛立ちながら壁にもたれかかる。
その間にもジェラルドとフレデリクが周辺のレンガを押していくが、堅いだけでビクともしない。
様子を見ていたセラフィーネは、くまなくレンガを押していく彼らの手助けをしようと隠し扉らしき壁に手をついて力一杯押したりしていた。
ジェラルドは試行錯誤を繰り返していたが、フレデリクの方は、さすがに簡単過ぎるかと諦めかけ、ため息を吐きながら少し出っ張っているレンガの縁に手を置く。
若干、下の方にあったので壁にもたれかかるようにして体重をかけた瞬間、不意に彼が体のバランスを崩した。
彼が手を置いたレンガが下に下がったと同時に、ガタンという音がしたかと思うとセラフィーネが押していた壁が回転してしまう。
力一杯押していたため、彼女は体勢を崩してその奥に広がる空間に転がり込んでしまった。
「きゃあ!」
「セラ様!?」
「セラフィーネ!」
血相を変えたジェラルドは慌ててセラフィーネが転がり込んだ空間に飛び込み、彼女の体を抱き起こして怪我をしていないかを確認する。
後ろでは、出遅れたフレデリクが持って行き場のない手を頭に置いて、居心地が悪そうに空いたスペースに足を動かした。
特にすることもなかった彼は、半開きになった回転した壁に手をかけて色々と調べ始める。
「ガッシリした見た目とは違って、軽いな。張りぼてといったところか……」
この作りであればセラフィーネが転がり込んでしまうのも頷けた。
案外早くに隠し扉が見つかったことをフレデリクが喜んでいると、遠くの方から人の話し声と足音が聞こえてくる。
彼の護衛は今も離れたところから見ていることを確認した彼は、第三者に見つけられることを恐れた。
外にスイッチがあったということは中にもあるはずだと思い、彼はそっと壁を閉じた。
人が来ていることなど知りもしないセラフィーネは、いきなりの彼の行動に目を瞬かせる。
「フレデリクお兄様?」
「静かに。誰か来た」
無関係の人間か敵か分からなかったセラフィーネは、ギョッとして口を手で塞いだ。
シーンと静まりかえる中、外から目の前の通りを横切る足音が聞こえてくる。
すぐに足音が遠のいたことから、どうやら無関係の人間がたまたま通りがかっただけだったようだ。
危険は去ったが、壁は完全に閉じられている。壁の隙間から僅かな光が漏れていた。
明かりもない場所でこれからどうするのかとセラフィーネは壁を凝視していたが、ジェラルドはすぐに冷静さを取り戻し、彼女に視線を向ける。
「セラ様。先ほど見た限りでは怪我はなさそうですが、立てますか? 足を捻ったり、頭を打ってませんか?」
「だ、大丈夫よ。上手く横に一回転して衝撃を分散させたお蔭か、片腕を軽く打ったくらいだから」
「無駄に受け身を取るのがお上手ですね。教えたわけでもないというのに」
「体幹がしっかりしてるからじゃないかしら」
「しっかりしてたら、転がりませんよ。一回転して立ち上がるくらいして下さい」
「無茶を言わないでもらえるかしら!?」
心配していたと思ったら、すぐにこれだ。
だが、動揺していた彼女からしたらジェラルドの憎まれ口は、ある意味で安心する。
お蔭で冷静さを取り戻した彼女は、ため息をひとつ吐いて立ち上がり、服に付いた埃を手で払っていく。
「それにしても、無事に隠し部屋に入る入り口を見つけられて良かったわ。早く外に出たいけれど、こう薄暗いとどこに何があるのか見えにくいわね」
「僕の不注意で怪我をさせた上に、警戒して扉まで閉じてしまうなんて申し訳ない」
「開くかもしれない壁を力一杯押していた私の責任よ。それに、敵かそうでないかなんて分からなかったのだし、フレデリクお兄様の判断は間違っていなかったわ。気にしないで」
「だが……」
「それに、外にスイッチがあったのだから、中にもあるはずよ。探してみましょう」
セラフィーネの言葉にジェラルドは頷き、三人は先ほどのスイッチと同じ場所周辺のレンガを下に押してみようと試みるが、まったく動かない。
周囲をくまなく押したり下げたりしてみたが、どこも結果は同じだった。
もしや閉じ込められてしまったのかと不穏な空気が流れ始める。
「こちらにスイッチがないとなると、外から開けてもらうしかないな」
渋い顔をしたフレデリクは回転した壁を叩き、外にいる騎士達に話しかけた。
「そっちから開けられるか?」
『それが……何度も殿下が触ったレンガを押しているのですが、扉が開く様子がなく……』
「ということは、どうやら仕掛けを戻す装置が中にありそうだが、こう薄暗いと探すのも大変だな。まあ、外に騎士達がいる以上、仲間を呼ばれる心配はなさそうではあるが。しかし、中がどうなっているのか分からない以上は留まるわけにもいかない」
「一応、ここから地下に行く階段があるようですが」
薄暗い中で周辺をくまなく捜索していたジェラルドの言葉に、セラフィーネ達は摺り足で近寄っていく。
そっとのぞき込んでみると彼の言う通り、少し先に地下へと続くであろう階段があった。
さらに、階段の下の方に明かりがあるのが見える。
恐らくあれはランタンだろうとジェラルドは当たりを付ける。
「明かりを持って来ますので、セラ様はそこでジッとしていて下さい」
「一緒に行った方がいいのではなくて?」
「いえ、確かエイムズ伯爵はかなり慎重な人物のはず。なら、護衛を雇っていても不思議はありません。途中で見つかり戦闘になる可能性もあるので、ここで待っていて下さい。偵察がてら行ってきます」
「……そう。では、任せるわ。ここで大人しくしているから、早く戻ってきてちょうだいね。気をつけるのよ」
不安そうなセラフィーネを安心させるように、ジェラルドは笑顔で頷く。
蚊帳の外のフレデリクは仲の良さそうな二人を見て、モヤモヤしていた。
彼はジェラルドが階段を降りていくのを見送ると、セラフィーネと二人きりになったのを良いことに徐に口を開く。
「近衛騎士とはいえ、随分と仲が良いんだな。あそこまで親しくする王族は、そういない。……まさかとは思うけど、こ、恋人……というわけではないだろうね?」
「恋人ではないわ」
「そう、恋人ではないのだな……」
フレデリクは目に見えて安堵している。
だが、セラフィーネは続けざまにとてつもない大きな爆弾を落としてしまう。
「ただの私の片思いというだけよ」
「………………は? 片思い? セラフィーネはバークスが好きだということか? 男として? 異性として?」
「もちろん、男性として好きということよ。決まっているでしょう」
薄暗いためセラフィーネからは見えないが、フレデリクは絶望に打ちひしがれた表情を浮かべている。
純粋培養で育った箱入りの妹だと思っていた彼からしたら、鈍器で頭を殴られたようなものだ。
突然黙ってしまったことでセラフィーネがどうしたのかと疑問に思っていると、階段の方から誰かと揉めているようなジェラルドの声が聞こえてきた。
何があったのかと彼女達が階段を覗いてみるが、薄暗くてよく見えない。
その間にも男のくぐもった声が聞こえてくる。
何やら揉めている様子にセラフィーネ達は顔を見合わせた。
「あれって、敵……よね?」
「よく見えないけど、状況から考えるとそうだろう。あ、倒れた奴と奥に行く奴とで別れたな。もう一人がこちらに向かって来ないところを見ると、奥に行ったのはバークスのようだ」
「って、言ってるそばから、戻ってきて片手で敵を抱えて上ってくるわよ」
「片手に松明、片手に敵というのは異様な光景のはずなのに、恐怖心が涌かないのはなぜだろうな」
「ジェラルドだからではないかしら?」
まったく理由にはなっていないが、妙な説得力があった。
割と緊迫した状況なのに、非常に呑気なものである。
ややあって、ようやくジェラルドが松明と男を抱えて二人の許に戻ってきた。
その顔に疲労の色は見られない。
「巡回している敵と遭遇しました」
「でしょうね」
「無事に仕留めました」
「見れば分かるわ」
「あと、こいつから聞き出せるだけの情報は得ました。地下の敵はこいつを入れて全部で四人。今はこいつ一人が巡回していたようです。中は円形の一本道で、部屋は全部で六部屋。外に出る出入り口は赤い印がしてある扉だそうです。あと誘拐された少女達は牢屋に入れられていると。ただ、証拠となる書類がどこにあるのかは分からないそうです」
いきなり言われた情報量の多さにセラフィーネの頭がこんがらがる。
あの短時間でよくそこまで聞き出せたものだと感心すると同時に、優秀すぎるジェラルドが誇らしかった。
対して初めて彼の仕事を目の当たりにしたフレデリクは、見た目にそぐわぬ強さに舌を巻いていた。
「少し様子を見てきたところ、地下は一本道のようでしたので、こいつの情報は確かかと思われます。他の敵は部屋で寛いでいるでしょうから、仕掛けを作動させて早く外に出ましょう」
「……君は、何者なんだい?」
的確に指示を出すジェラルドをフレデリクは驚愕の眼差しで見つめている。
問われた彼は、平然とした様子で口を開いた。
「ただの国境警備帰りのどこにでもいる普通の近衛騎士ですよ」
「普通の騎士でもこんなに手際よく仕留められない。君のような優秀な騎士を飼い殺しにするとは、どうやら騎士団の奴らは相当、見る目がないとみえる」
「俺は一部の上の人間や同僚から嫌われていますので、昇進の機会がなかっただけです。それと、俺の話はどうでもいいです。まずは確認させて下さい」
「なにをだ?」
「仕掛けを探している最中に敵の襲撃があるかもしれません。フレデリク殿下は戦力と考えてもよろしいでしょうか? さすがに俺一人でお二人を守れるか不安があるので」
何を言われたのか理解できていなかったようで、フレデリクは目を瞬かせた。
だが、すぐに理解するとフッと軽い笑みを漏らした。
「バークスよりは弱いかもしれないが、子供の頃から鍛えられてきたし、城下で絡まれて実践は積んできたから、そこそこは実力があると思っている」
「でしたら、申し訳ありませんが手を貸して頂けると助かります」
「僕だって、こんなところで死にたくはないからな。自分の身は自分で守るとしよう。君はセラフィーネを守ることだけを考えてくれ」
「承知致しました」
一礼したジェラルドは、すぐさま横たわる男の上半身の服をはぎ取り、ビリビリと細長くなるように破いていく。
二本を絡ませるように捩ると、あっという間に即席の紐が完成した。
そして、騎士団の服から装飾用の腰紐を抜き取ると男の腕を後ろ手で縛り、細長く破った服を使って手足を何重にも重ねて縛っていく。
最後に残った布を男の口に入れて紐で口を縛って固定すれば完成だ。
「これで身動きはおろか、助けも呼べません。さあ、仕掛けを探しましょう」
手慣れた手腕を目の当たりにしたセラフィーネは男を凝視していたが、爽やかな笑顔を浮かべるジェラルドに促され、頭を振る。
まずは、外に出る方法を見つけなければならない。
三人はランタンの明かりを頼りに回転扉の付近を探していたのだが、一向に仕掛けを発見できずにいた。
それもそのはず、この隠し扉の仕掛けを戻すスイッチは階段の下にあるのだ。
いくらここで探していたとしても絶対に見つけることはできない。
ありもしないスイッチを探していたせいで、三人はずいぶんと時間を取られてしまっていた。
「結構な時間、探しているけれど、このままだと帰ってこない仲間を他の人が探しに来くるのではなくて?」
セラフィーネの言葉に、二人は考え込むように難しい表情を浮かべている。
「……この場所で戦うとなると狭すぎて剣が振るえませんね。階段から落としたとしても、増援を呼ばれるとさすがにきつい。ですので、フレデリク殿下。増援を呼んでもらえないでしょうか?」
「呼ぶのは構わないが、証拠が何もない以上は倉庫内に立ち入ることはできない。むしろ不法侵入でこちらが不利な状況になる」
「そうなると、このまま残りの敵を個別に仕留めて、もうひとつの出入り口から外に出た方が早いかもしれません。増援を呼ばれないためにも出入り口がどこに通じているのか知る必要がありますね」
「外に繋がっていることを願おう。……何にせよ、このまま仕掛けを探していては敵に見つかり、捕まえられるかもしれない。ならば、敵を排除して証拠を見つけることを優先させるとしよう」
つまりは、地下内に三人が入る、ということだ。
危険度は上がるが、このままここに留まっていてもどうにもならない。
経験豊富なジェラルドはすぐに答えを出した。
「でしたら、俺が先頭に立って敵を仕留めます。見張りの数が増えていることも考慮して、手前の部屋から捜索して行きましょう」
「じゃあ、後ろは僕が守ろう。敵と遭遇したらセラフィーネは物陰に隠れること。いいね」
「了解よ。足を引っ張らないように大人しくしていると約束するわ」
ということで、三人は敵がいる地下に行くことを決めた。
キュッと表情を引き締めたセラフィーネは、前を歩くジェラルドの背中を真剣な目で見つめている。
(これから危険な場所に向かうのだから、警戒心を持つのよ。ジェラルドの足手まといにならないようにしないと)
決意をしたセラフィーネは周囲を警戒しながら、ジェラルドの後に続いて地下に向かったのだった。




