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ジェラルドの活躍

 階段を降りたセラフィーネ達は足音を立てないように慎重に地下に入り、周囲を確認する。

 廊下に出て見回っているような足音は聞こえず、また見える場所に人はいない。

 しかし、人はいないのだが、地上で作業している音や人の話し声らしきくぐもった声が漏れ聞こえてきていた。

 おまけに、どこからか少女達のすすり泣く声も。

 ローラ達の声に違いないと思ったセラフィーネは、間に合ったことに安堵する。

 同時に、どこからすすり泣く声が聞こえてくるのか耳をすませるが、他の音が邪魔をして特定ができない。

 彼女が他のことに気を取られている間に、ジェラルドとフレデリクは地下の構造を観察してひそひそ声で何やら話をし始めた。


「あの男の言っていた通りだな。ということは、敵は残り三人ということか」

「口が軽い男で助かりました。増援を呼ばれないためにも一人ずつ確実に仕留めます。ということで、まずはそこの部屋から調べましょうか。ああ……セラフィーネ達は、そちらの箱の後ろに隠れていて下さい」


 ローラ達のことに意識を向けていたセラフィーネは、フレデリクに背中を押されて人が隠れられそうな箱の後ろに身を隠す。

 どうか部屋にいますようにと願いながら、彼女は箱の脇から頭を出してジェラルドの様子を窺った。

 彼は扉に耳を当てて中に人がいるかどうかを調べている。

 少ししてセラフィーネ達の方を見た彼は手の動きで室内に人がいると知らせてきた。

 一気に緊張感に包まれるが、ジェラルドは淡々とした様子で軽く扉をノックし、四角となる方の壁にピッタリと張り付いて身を屈ませた。

 少しして扉が開き、室内から人相の悪い男が顔を覗かせる。

 彼の死角に入っていたジェラルドは、室内から他の人の声や物音がしないことを確認すると、しゃがんだまま素早く男の前に移動して勢いよく立ち上がった。

 そして、躊躇うことなくそのまま渾身の力を込めて男にアッパーをくらわせたのである。

 かなり鍛えている騎士の一撃に男は声を上げる暇もなく意識を失い、後ろにひっくり返りそうになるが、ジェラルドは彼の胸ぐらを掴んで阻止した。

 倒れた音を聞いて他の敵が部屋から出てきてしまっては困る、という彼の判断だった。


「まずは一人。あと二人ですね」


 世間話でもするように普通に口にしたジェラルドは、ゆっくりと男の体を床に横たわらせ、先ほどのときと同じように室内にあった紐で彼の体を縛っていく。

 最後に猿轡をかませて終了かと思いきや、彼は室内にあったものを見て目の色を変えた。

 様子が変わったジェラルドにセラフィーネはどうしたのかと疑問を投げかけようとしたが、とても愉快そうに笑う彼を見て思わず口を噤む。

 だが、フレデリクは彼の様子よりも室内の方が気になるようで、身を隠していた大きな箱から出てしまった。


「どうかしたのか、バークス。部屋に誘拐された少女達がいたのかい?」

「いえ、残念ながらおりません。ですが、室内に牢屋がありました」


 ニヤリとフレデリクに笑いかけると、ジェラルドは床に寝かせた男の胸元やポケットに手をいれて牢屋の鍵を探し始める。

 牢屋!? と驚いた二人は、足音を立てないように気を配りながら室内に目を向けた。

 掃除されていないのか埃っぽく乱雑に物が置かれた部屋だが、確かに脇にさほど広くはないが、頑丈そうな牢屋がある。

 今は人が捕らえられておらず、その役割を果たしていない。


「特になんの変哲もない牢屋に見えるけれど、どうして笑ったの?」

「敵を放り込むのに最適で、何て良いものがあるんだと思ったからですよ」

「え? 身動きを取れなくしているのだから、それで十分ではなくて?」

「何かの拍子で抜け出されても困ります。絶対に出てこられない場所に捕らえておけば危険度は下がりますからね。……あ、ありました」


 お目当ての鍵を見つけたジェラルドは、その鍵で部屋の牢屋の鍵を開けた。

 床に横たわる男を牢屋にいれた彼の表情は非常に清々しい。

 さらに、足早に部屋を出て行った彼は階段の上から未だに意識を失っている男を担いで戻って来ると、同じように牢屋に入れてしまった。


「鍵もかけたので、これで出てこられないはずです。俺は次の部屋に向かいますが、セラフィーネ様達はこの部屋にいて下さい」

「分かったわ……と言いたいところだけれど、手際が良すぎるのではなくて?」

「国境警備騎士時代に賊を捕らえて牢屋に入れるのことが多かったので、慣れているんですよ。まあ、単に隣国が荒れていて、そこから豊かなアレンス王国に侵入する者がいたというだけですが。……というのは蛇足でしたね。では、そろそろ向かいます」


 いつになく真剣な表情を浮かべたジェラルドは、セラフィーネに背を向けて部屋の外へ出て行った。

 いつまでも出て行った扉を見つめている彼女に、フレデリクは苦笑しながら声をかける。


「心配しなくてもバークスは強い。二人がかりでも余裕だろう」

「そこの心配はしていないわ。私の騎士が強いのは分かっていてよ」

「……君は、本当に彼を信頼しているのだな」


 苦笑交じりのフレデリクにセラフィーネは返答する代わりに自慢げに胸を張る。

 なんとも気の抜けた空気が漂っているところだが、急に外が騒がしくなってきた。

 複数の男の声が聞こえてきたので、ジェラルドは一気に二人に見つかったようである。

 男の怒号と揉み合うような音が聞こえる中、セラフィーネ達は固唾をのんで扉を凝視するしかない。

 どれぐらい時間が経っただろうか。

 誰か人が投げ飛ばされたような大きな音がしたと思ったら、途端に外が静まり返った。


「終わった……のかしら?」

「そのようだ。様子を見てこよう」


 先ほどとは打って変わってピリピリとした空気を出しているフレデリクが廊下に出る。

 どうなっているのか気になったセラフィーネも開いた扉から顔を出すと、廊下には男が二人伸びていた。

 傍らには息ひとつ乱れていないジェラルドが立っていて、彼女達のいた部屋の扉が開いた音にこちらに視線を向けている。

 だが、階段の方を見た彼は焦った表情を浮かべて駆けだした。


「部屋に戻ってください!」

「え?」


 どういうことなのかとセラフィーネが混乱していると、背後から近づいてきた別の敵に二の腕を強く掴まれてしまう。

 あまりの力強さに彼女は痛みで顔を歪ませた。

 驚いた彼女が振り返ると、下卑た笑いを浮かべる男がもう片方に持っていた剣を大きく振り上げているところであった。

 彼女は切りつけられる恐怖よりも先に、この男を何とかしなければ! という思いが湧き上がる。


「触らないでもらえるかしら!」


 衝動のまま後方に体重を移動させ腕を振り払う振りをしながら男に体当たりをしようとした。

 すると、セラフィーネが体当たりをしようとした同じタイミングでジェラルドが腰に携えていた剣を鞘ごと抜き取り、男に向かってやり投げのように一直線に投げ飛ばしたのである。


「セラ様に汚い手で触れるなゲス野郎! 俺ですらできないのに……!」


 ジェラルドが声を張り上げながら投げた剣が男に当たるのとセラフィーネの体当たりが成功したのは、ほぼ同時。

 頭と鳩尾に衝撃を受けた男は、予想だにしてなかった攻撃に為す術もなくまともにくらうことになった。

 しかし、他の敵とは違い鍛えているのかひっくり返ることもなく、よろける程度のダメージしか与えられない。

 幸いにして、この攻撃により二の腕が解放されたセラフィーネは、すぐにジェラルドのいる方に向かって走り出した。

 途中で駆け寄ってきたジェラルドは彼女を保護することはせず、そのまま男に向かって駆けていく。

 代わりにフレデリクに保護された彼女が男に目を向けると、剣と素手での対マン勝負が繰り広げられていた。

 一見するとジェラルドが圧倒的に不利である。

 この騒ぎの中で他に敵が出てこないところを見ると残りは彼だけのようだ。

 何とかしてジェラルドに勝って欲しいセラフィーネは、遠慮することなく息を吸い込んだ。


「負けたら許さないわよ!」


 セラフィーネが声を張り上げると、ジェラルドは男の繰り出す剣を避けながら、同じように大声を上げた。


「なら、応援してください!」

「は? お、応援!? どういうこと!?」


 いきなり変なことを言い出すジェラルドにセラフィーネは目を丸くする。

 応援してこの状況が改善するのかと混乱していると、そんなことは関係ねぇとばかりに彼の言葉が続いた。


「とにかく応援してください! できれば絶え間なく!」


 ジェラルドは何が何でもセラフィーネに応援して欲しいらしい。

 守られる立場なので、やることも特にないが意味が分からなかった。

 困り顔の彼女であったけれど、それでジェラルドが頑張れるのならと腹をくくる。


「が……頑張りなさい! ジェラルドならできるわ! 貴方の強さは私が一番良く知っているのよ! 私の騎士は誰にも負けないのだから! 頑張るのよ! え~と……あとは、あとは……」


 絶え間なく応援し続けるというのは存外難しいものである。

 セラフィーネは早々にネタ切れを起こしていた。


「もっと! もっと応援して下さい!」


 もっと応援しろと言われても新たな言葉が思い浮かばない。

 言葉に詰まっているとジェラルドから、しきりに催促されて続ける状況に彼女はやけになって口を開く。


「足が長くて顔が小さいのが羨ましいと思ってたの! あと、涼しげな目元が素敵よ! それから、ゴツゴツとした豆のある手を見る度に、ジェラルドも男の人なのだなと思って、いつもドキドキしてるの! 口では小憎たらしいことを言っていても、肝心なところで優し言葉をくれるところが好き! 危ないことがあったら真っ先に私を庇ってくれるところとか、仕事だと分かっていても嬉しいし、頼もしいとも思ってるわ!」


 もはや応援ではなくなっているが、それでもセラフィーネは思い付くまま声に出した。

 フレデリクがいることは分かっていたが、恥ずかしさなど捨て去っている。

 これなら、ジェラルドも満足してくれるに違いないと彼女は思った。

 なのに、彼は急激に目に見えて動きがぎこちなくなっている。

 らしくない行動にセラフィーネは目を瞠っていると、男の攻撃を凌いだ彼が距離を取って、フゥと息を吐いた。


「予想外のことを言い出すの止めてください! 危うく手元が狂うところでしたよ。ここに他にも人がいることを忘れてませんか? あんまり可愛いことを言わないでください!」

「ジェラルドがしつこく催促するからじゃない! 大体、応援と言ってもそこまで語彙力はないのよ! 頑張れくらいしか言えないわ」

「さっきの敵に踵落としを決めるなんて、やるじゃないかとか他にもあるでしょう!」


 ジェラルドがどんな攻撃を仕掛けていたなんて見ていないセラフィーネは、こめかみを押さえた。

 戦っている最中だというのに余裕があるにもほどがある。

 目の前の敵に集中しなさい、と逆に冷静になるが、お蔭でジェラルドの言葉にツッコみたい箇所があることに気がつく。


「…………ちょっと待って。さっきの敵にってことは、もしかして貴方、そこで伸びている敵に踵落としをしたの?」

「はい。綺麗に決まりました!」

「何をしているのよ! 貴方、騎士でしょう! 剣を使いなさいよ! 剣を! 今さっき投げたけど、腰に差してあるのは飾りなのかしら!?」

「ほぼ飾りですね!」

「即答しないでちょうだい!」


 騎士らしからぬジェラルドの言葉にセラフィーネは声を荒らげている。

 側で見ているフレデリクは、なんて緊張感のない会話なんだと呆れ顔だ。

 けれど、対峙している男は、普通に会話をする彼らに激昂している。


「他所に意識を向けるなんて余ゆ……うぐっ!?」


 ドゴッ! というおおよそ耳にしたくない音とともに、ジェラルドと戦っていた男が床に倒れてしまった。

 話している最中に攻撃を仕掛けるなど、騎士にあるまじき行為である。

 口をポカンと開けているセラフィーネと小さく拍手を送るフレデリク。

 対してジェラルドは、投げた剣を拾い上げて落ち着いた様子で男を縛り上げていた。


「……まったく。最初の男は見張りは自分を入れて四人だと言っていたのに、人数を誤魔化していたとは……」

「真実の中に一部、嘘を入れるのは良くあることだ。最初の情報が合っていたから安心しきっていた僕達の落ち度でもある。けれど、この騒ぎで出てきたのは一人だけ。ということは、地下にいたのは五人……ということだろう」


 最初の男が嘘を言っていたとはいえ、これでセラフィーネ達を邪魔する敵はいなくなった。

 安心して地下の捜索ができるということだ。

 ひとまずは襲撃される脅威が遠のいたことで、敵に捕まえられ殺されそうになった彼女は気が抜けたのか壁にもたれかかる。

 ジェラルドやフレデリクが男達を縛り上げて、別の部屋の牢屋に彼らをいれている間も彼女は一歩も動けずに様子を見守るしかなかった。

 だが、そうしている内に彼女は先ほどジェラルドが口にした言葉を思い出すことができた。

 まさか彼からそういう言葉が出てくるとは、と彼女は頬を染める。

 あれはどういう意図で言ったのだろうかと好奇心がムクムクと涌いてくる。

 敵もいなくなったことで心に余裕を持てた彼女は、ジェラルドが男達を牢屋に入れて部屋から出てきたところで声をかけた。


「ねえ、ジェラルド。先ほどの言葉はどういう意味なのかしら?」

「……先ほどの言葉、とは?」

「惚けないでもらいたいわ。俺ですらできないのにと言っていたではないの」

「そんなこと言いましたか?」

「言ったわよ!」


 異常事態に混乱していたが、確かにセラフィーネは耳にしたのだ。

 言い逃れは許せない彼女はジェラルドに詰め寄る。

 しかし、彼は記憶にないと言わんばかりに首を傾げるのみ。

 聞き間違いでぬか喜びして終わらせられない彼女は、きつくジェラルドを睨み付ける。


「あくまでもシラを切るつもりなら、私の都合の良いように受け取るわよ」

「如何様にでも受け取って下さい」


 平然と口にするジェラルドの表情からは感情が読み取れない。

 仕草や口調からも動揺するところは見られなかった。

 本当に自身の聞き間違いなのかと疑うほどに、彼は通常通りであった。

 覚えていないことが不満な彼女は口を尖らせるが、ここでいちゃつかれても困るフレデリクが割って入ってくる。


「その言い合いは終わった後でいくらでもしてくれ。今は証拠と誘拐された少女達を見つけるのが先だろう?」


 まったくもって正論である。

 事件は何も解決していないのに、何をしているのだろうかとセラフィーネは反省した。


「君達の関係を事細かに聞きたいところだが、まずは他の部屋を調べて、本当に敵がいないのかを確認した後で、もうひとつの出入り口がどこに続いているのかを調べなければならない」

「……ええ。その通りですね」

「自分のことを優先に考えていたことが恥ずかしいわ」

「分かってもらえて良かったよ。僕も外に待機している護衛達に情報を伝えなければならないからな。さあ、急いで他の部屋を調べよう」


 その言葉に、セラフィーネ達は言い合いをしていたことを忘れ、神妙な顔をして頷いたのだった。

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